アルテとテラス


 一晩開けてシュウイチとかりんはアサラに連れられてある場所にいた。

「ようこそ。オレの城へ! っつても就業訓練とか自立訓練とかで忙しいから詳しく案内できねえけど」

 そこはもろに宿舎の付いた学校のようだった。

 周囲には柵が立っており通電中の看板が貼り付けられていた。

「おい。城って、職場を見せるために連れてきたのか?」

「いんや、家自体は保護館の奥にある」

「保護館と言うか学校だろこれ」

 シュウイチが見上げるのは何階建てかわからない建物だ。

 建物の中に入るとアサラは

「こっち、えーっと」

 と周囲を見回しはじめた。

 かりんがシュウイチの後ろに隠れるのと同時にシュウイチの鼻が薔薇の香りを捕まえた。

「お、いたいた。ノダテつぁん。こいつシュウ」

 アサラは白衣にメガネの女性、ノダテの肩を叩いて言った。

「あ、いつも聞いてます。シュウイチさん、ですよね。よろしくおねがいします」

 ノダテはポニーテールが地面に付いてしまいそうなくらい頭を下げた。

「シュウの後ろにいるのがかりんちゃん。ノダテつぁんかりんちゃんの身だしなみとか言語訓練とかよろ」

「はい。かりんちゃん、行きましょう」

 ノダテがかりんと視線を合わせそう言うとかりんはシュウイチの服をギュッと握った。

「行って来い、かりん。俺はどこにもいかないから」

 シュウイチが頭をなでて言うとしぶしぶといった感じでかりんはノダテと歩いていった。

 かりんを見送るとアサラは

「さて、シュウ。お前もリハビリするぞ。利き腕がそれだと辛いだろ」

「すぐ治るから良い」

「いや、治す。治験ってやつだ」

 アサラに促されるまま部屋に入ると机を占拠する四角い箱があった。

「なんだこれ」

「手術器? 最近小型化されたやつ」

「これで手術ができるのか?」

「大丈夫だ。初使用じゃない。データが欲しいのは確かだけど安全性は保証できる」

「どう使う?」

「服をまくって右手を突っ込め」

「それだけか?」

「それだけだ」

 袖をまくって右手を機械に突っ込むと自動起動したのか機械音が始まった。

「おおう、もうそんなに動くのか。お前の右腕」

「まあ、な。回復力には自信がある。で、入れたらどうする?」

「待つ」

「待つのか」

「ああ、待つしか無い。それより痛みは?」

「無いな。右腕の感覚がまるっとない感じだ」

「麻酔無しでイケるってマジだったんだな」

「そういや麻酔してねえのに麻酔されてる感じなんだな」

「実験台、ご苦労さんです」

「あとで覚えておけよ」

「ああ怖い。何されるんだろう」

「満面の笑みで言われると本当に襲いたくなるからやめてくれ。あんな事はもう……」

「あ、すまん。ひさびさにふたりっきりで舞い上がったかもしれない」

「俺もだ」

 シュウイチとアサラが見つめ合っていると扉がゆっくりと開きうさぎ、アルテが覗き込んでいた。

「ごしゅじん。いい」

「お、アルテか良い所に来た」

 どうだ? とアサラがシュウイチの肩を抱き頬を寄せる。

 するとアルテは口と鼻を押さえて『b』と指を立てた。

「アルテ、テラスはどうした?」

「あいつ、きらい」

「群れの仲間なんだからちゃんと相手をしてやれよ」

 アルテの頭をアサラが撫でる。

「テラス?」

「オレの牛っ娘。アルテにぞっこんでな。もともとの職場があれだったせいで母性がやばめなんだ」

 そんな話をしているとばんっと音がして扉が開き豊満な胸の牛っ娘が入ってきた。

「アルテちゃん!! 見つけましたーー!!!!」

 むぎゅうと言う声がアルテから漏れる。抱き寄せられたアルテはばたばたと足を動かした。

「テラス、アルテが死ぬぞ」

 アサラの忠告にテラスはごめんねーー!!!! と更に強く抱き寄せた。

 アルテの膝蹴りがテラスの腹の直撃し一瞬緩んだ隙にアルテはさっと逃げ出した。

 懲りないテラスはアルテを追って即座に走り出した。

「いつもああなのか?」

「大抵は」

 ふたりは目を見合わせてふふっと笑った。

「手術、まだかかりそうか?」

「みたいだな」

「アルテの話」

「ん?」

「アルテの話を、聞かせてくれないか?」

「そうだな。丁度いいな」

 アサラは頬杖をついて語り始めた。

「アルテはな。あれでも古参なんだ」

「見えないな」

「だろ? 心身を幼くする薬を投与されたいてな。あいつ、売春夫だったんだよ」

「売春?」

「ああいう姿だろ? そう言った嗜好の男女に春を売らされていた」

「本人は嫌がっていなかったのか?」

「そこがなあ。飼い主。あ、元飼い主な。アルテに対して腐った英才教育を施していやがってな。それが当たり前だと言う感覚を植え付けていたんだ。使っていた薬はさっき言った幼くする物だけじゃない。身体、感覚、意識、全て商売のために積み上げられたんだ。自分の世界はそう言う物だと言う箱の中に囚われていた」

「随分徹底していたんだな。なんで助る事ができたんだ?」

「まあ、それは人間の性というか。儲かれば手を広げたくなる。だろ?」

「まあな」

「単純な管理ミスさ。芋づるで明るみに出ておしまい」

 アサラは両手を上に挙げた。

「正直、あそこまで来るのにすげえ時間がかかったんだよ。すぐに服を脱ぐしべたべたとすり寄ってくるし」

「お前にはご褒美だろ?」

「そうなんだけどさ、あいつには逆なんだよ。べたべたするのが当たり前の感覚を、危機感ってやつを与えるのが大変だった。そこで効果があったのがテラスだ」

「さっきの牛っ娘か」

「ああ、テラスはミルクサーバーだったんだ。風俗店、違法風俗店で搾乳プレイをさせるために常に妊娠状態だった。出し出され、ただの機械の様に置かれていたんだ。なんやかんやあって摘発されてうちに来たんだけどアルテに一目惚れして追っかけになった。アルテもいやいやしてるけどコミュニケーションがテラスに出会って劇的に変わったからなあ」

 アサラがふたりが出ていった扉を見やる、その顔はいつものにやけ顔ではなく親の顔になっていた。

「あのふたりはくっつけてあげたいと思ってる。テラスがアルテを窒息死させる前になんとかしてあげたいんだけどアルテがめちゃくちゃ避けてるんだよなあ。自分の感情がどういうものなのかまだ解ってないのかな」

 いつの間にか機械音は止まっていた。

 シュウイチとアサラは遠くから聞こえる小さな騒ぎ声に満たされた部屋でしばらく黙りこくっていた。

「終わったか」

「ああ」

「違和感は無いか?」

「無いな。すごいぞこれ、傷がほとんど分からん」

 シュウイチはぐーぱーと手のひらを動かして違和感が全く無いことに驚いた。

「シュウ。ここで少し待っててくれないか? 見てくる」

「ああ」

 ひとりになったシュウイチは右腕の薄くなった傷を見つめて思った。

(かっとなったのは俺も、同じか)

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