同時に、メンバー全員のスマホがメールの着信を告げた。

 メールを開いたマリアがつぶやく。

「佐々木誠司、0825、死亡確認……」

 他のメンバーにも、同じ文面が送られていた。

 長い沈黙の後に、武市がつぶやく。

「嘘だろう……武勇談、聞かせてくれるって言ってたのに……」

 呆然とうつむくスタッフに、黒崎が命じる。

「悲しむのは、全てが終わってからだ! 今は襲撃阻止に全力を尽くす!」

 現場に居合わせた黒崎にとって、それは覚悟していた結果でもあった。佐々木の傷は、一目で危険だと分かったのだ。それでも、テロは進行している。

 改めて、自分に命じる。

 悲しむのは、テロを潰してからだ!

 同時にミサのコンピュータに通信が入る。千葉県警からだった。

 ミサが、震える声で言った。黒崎に叱咤され、精一杯平常心を保とうと努力しているのが伝わる。

「千葉県警が……教団拠点に着きました」そして画面を全員のアイパッドに転送する。「画像も入ります」

 黒崎がヘッドセットを付ける。あえて、何事もなかったかのような口調で言った。

「教団跡地の現場、聞こえるか?」

『聞こえます。こちらは千葉県警東金警察署、雨宮警部です。指示を』

 4分割された画面には、それぞれ違う人物からの映像が送られている。

 広めの駐車場越しに建物が見える。普通のコンビニより一回りほど大きそうな、剣道場のような和風建築だ。しかし、遠目でも古い外壁があちこち壊れているのが見て取れる。視界はまばらな森に囲まれ、他の建物はないようだ。森の木々が海風に煽られて揺れているのがはっきりと判別できる。小学生なら『幽霊屋敷』とでも呼んで遊び場にしそうな場所だ。

 黒崎が体制を確認する。

「調査班は4人。2人は自衛官。全員防護服を着ている。それでいいかな?」

『その通りです。私も自衛隊の装備をお借りしています』

「サリン対策を取っていない者は現場に近づけないように」

『了解しました』

「まずは建物周囲を回ってみてくれ。周囲の地面や茂みに異変がないか確認を」

 そして教団裏手の崩れかけた車庫から、ガス爆発で死んだ大滝という男をデモ現場からピックアップした車両が発見された。ナンバーが黒崎の記憶と一致する。

 さらに近くの茂みの中には掘り返した痕跡があり、そこから古い消火器の残骸も見つかった。しかも周囲には、死後間もない白骨化した小動物の死骸が散乱していた。消火器はその場で化学防護隊の簡易的な検査を受け、サリンの残留物が検出された。

 一団は建物の中に入った。決定的だったのは、室内からサリンで死んだ長妻の指紋が検出されたことだった。

 教団跡地で消火器からサリンが移し替えられたことは間違いない。長妻には危険な薬品を扱うスキルも備わっていた。だが作業中の事故でサリンに触れて死亡し、新宿まで運ばれて心中に偽装されたのだ――。

 漏れ出たサリン自体は海へ流されていって人的被害はそれ以上広がらず、事件として認知されることもなかったのだろう。

 一連の調査を見守っていた武市が言った。

「ほら、クロさんが行かなくたって指示できるでしょ。これで時間も手間もだいぶ省けたし」

 それでも黒崎は不満げだ。

「だが、匂いが分からない」

「またそれだ」

 黒崎が現場を監督していた間に別の報告が入っていた。

 変わって報告を受け取っていた坂本が割り込む。

「公安から新たな情報です。死んだ老人たちの過去を再調査した結果、新たな事実が分かりました。北海道の帯広で『天廃協』の名義で大きな農地が買われていますが、1人がそこの共同名義人になっていたということです。しかも資金を提供しているのは、どうやら中国資本のようです」

 ミサがつぶやく。

「『天廃協』って、何?」

 説明したのは本庄だ。

「『天皇制の廃止を求める市民協議会』――だったかな。靖国神社の周辺で時々デモをやっている左翼団体ですよ。何を主張しようが日本では許されますけど、よく交通障害も起こすんで地元じゃ嫌われ者ですね」

 坂本がアイパッドを見ながら続ける。

「公安が『天廃協』を監視していて、帯広の土地も北海道警察が定期的に調査しています。周辺の土地が中国関係の企業に買い占められているんで、神経質になっているようです。その農地で、3週間ほど前からドローンを何機も同時に飛ばしていた記録が見つかりました。報告が警察庁まで上がらなかったのは、農地開拓作業の一環だとしか思わなかったからだそうです」

 マリアが言った。

「それって、ミサが言ってた実験じゃないの⁉」

 黒崎がうめく。

「帯広だろう? こんな雪だらけの時期に、何が農地開拓だ⁉ 頭を使わないから、こんな大事な情報も見逃すんだ!」

 坂本は淡々と続ける。

「ただし、映像記録は保存してあるそうです。担当者は何か変だなとは思っていたようですね。こっちに送るように指示しましたが――あ、今画像が届きました」

 ミサがコンピューターに向かう。

「あ、これね。今開いてみる……みんなも見られるよ」

 アイパッドに雪に覆われた風景が映し出される。背後に模型飛行機のエンジンのような音が流れている。

 画像を見た黒崎が言った。

「遠すぎて、何をしてるのか分からんな……」

 ミサがうなずく。

「待ってて。解像度を上げて、ドローンの部分だけ拡大するから」ミサが素早くキーボードを操作して、言った。「これで少しはわかりやすくなったでしょ」

 映像はぶれて見ずらかったが、ミサが予言した通りだった。

 白いタンクを抱えた、ずんぐりとしたドローンが浮遊している。黒いフレームが蜘蛛の足のように6方向に伸び、その先でプロペラが回転しているようだ。さらに、やや高い高度を飛ぶ翼型のドローンがその前方にいる。2機は、ロープか鎖のようなものでつながれているのが確認できた。

 本庄がマリアのアイパッドを覗き込みながら、自分のアイパッドで何かを検索している。

「あ、やっぱりだ。タンクがついているドローンは、ハイブリッド型で長時間飛行できます。翼型は……あ、こっちっぽいな。まずい……これ、多分ドイツ製のVTOLですね。オスプレイみたいに垂直離着陸ができて、いったん空中に上がると飛行機みたいに飛ぶのでスピードが出せます。カタログによると……うわ、時速160キロで1時間飛行可能です。以前報告があった固定翼ドローンよりずっとパワーが上です。実験して能力不足だと分かったんで、こいつに切り替えたんじゃないでしょうか。すぐ、輸入記録を調べます。おそらく、個人輸入だと思うんで!」

 本庄は直ちに調査の手配を始めた。

 黒崎がミサの傍に立つ。

「実用性はどうだ?」

 映像の中では2台のドローンが干渉することなく、上下左右に自在に動かされている。加速も停止もスムーズだ。

 ミサが感心したようにつぶやく。

「システムとして完成されているみたい。翼型の牽引ロープが2機目のローターに絡むこともないし。高度差を上手に利用している……。補助的な部品も付けたのかな……。あ、多分自動車工場で自作したのね。その上で、飛行姿勢の自動化のために相当高度なプログラムを使ってると思う」

「ここでドローンの飛行テストや操縦訓練を行なっていたんだろう。テロ攻撃が可能なレベルになっていると思うか?」

「これなら充分だと思う。時速も50キロは楽に出てるみたいだし、あとは通信範囲かな。それがあまり広いと、隠れてる操縦者を燻り出すのは無理かも……」

「手強そうだな……」黒崎は桐谷2佐を見た。「こいつが9台一斉に皇居に襲いかかるとして、レーダーとかで発見は可能か?」

 桐谷が苦渋の表情をにじませる。

「現実的に不可能、でしょうね。機体が小さい上に高度が低い。アメリカの国境ではドローンが麻薬の密輸に使われているという報告もあります。発見が困難だからこその利用法です」

「だとすると、目視以外に手がないか……。これは危険すぎる」

 そして黒崎はスマホでNSCを呼び出した。

「およその襲撃計画が判明しました」そして、検討結果を報告する。「再度お願いします。一般参賀を中止するよう、検討してください。改めて申し上げます。エコーでは、襲撃回避は極めて困難だという結論が出ました」

 しかしスピーカーから漏れる官房副長官の返事はそっけなかった。

『中止はしない。動かせない判断だ』

「これまでとは事情が異なります。危険は、皇族そのものにも及びます」

『皇族保護ははこちらで責任を持つ。襲撃自体を潰すのが君たちの任務だ』

「なぜそこまで⁉」

『世界が不安定で暴力的になっている中で、我が国がテロに屈するわけにはいかない。日本の弱腰は過去に何度も世界からの嘲笑を受けた。次なる世界で日本の地位を確たるものにするには、戦わなければならない。そのためのエコーだ』

「それは誰の判断ですか⁉」

『私からは話せない。誰も話さない。だが、決定事項だ』

 黒崎は官房副長官が言外に伝えたかったことを嗅ぎ取った。

「アメリカの意向ですか?」

 その答えは苦渋に満ちている。

『答える必要はない』

 黒崎は官房副長官の真意を確かめるために、あえて言葉にした。それは、エコーのメンバーに聞かせるためでもあった。

「日本は尖閣でもEEZでも弱腰を繰り返している。沖縄も対馬も北海道も、周辺諸国に食われ放題だ。左傾化している韓国では日本並みの軍備費を注ぎ込んでいるし、一部の国会議員が〝対馬返還〟さえ公言している。北朝鮮や中国のミサイルが日本に照準を合わせていることはもはや常識です。オバマ時代の民主党政権なら、そんな幼稚な日本をむしろ歓迎したでしょう。しかし今のアメリカは中国と戦う姿勢をむき出しにしている。日本も共に戦うことを求められている。国の根幹である皇室を狙われさえ逃げ回るだけなら、日本が真の同盟国として認められることはないでしょう。ワシントンの役人はともかく、ハワイのインド太平洋軍は日本人を侮蔑する。アメリカは、そんな腑抜けた国のために自国の軍人を犠牲にはしない――そう宣言されたんじゃないですか?」

『ノーコメントだ』

 それは、事実を言い当てていることを認めたも同然の発言だった。

 日本は、アメリカに試されているのだ。

 たとえ幾ばくかの犠牲者を出すことになろうと、自国を守る気概を鮮明に見せなければ同盟国として信頼されることはないだろう。金だけ出していれば守ってもらえる〝牧歌的〟な時代など、これまでも存在しなかったのだ。

 黒崎は、父親の影響で戦後史に興味を持ってきた。特にエリートコースを踏み外してからは、霞ヶ関からは見えない現実を体験してきた。その上で、日本が何度となく手痛い失敗を繰り返していたことを学んでいる。

 かつてニクソン大統領、そしてレーガン大統領が中国に接近したのは、日本が武装を強化して共にソ連と戦うことを拒否したからだと考えている。超大国アメリカは、血を流そうとしない国を味方だとは認めない。ましてや、自国を守ろうとさえしない腰抜けは、敵認定されかねない。

 アメリカは、良くも悪くも力を信奉するカウボーイの国なのだ。

 今、そのアメリカの信頼を失えば、再び日本を〝諦めて〟中国とのディールを模索するかもしれない。その時日本は、中国の属国となって両国の狩場にされるだろう。

 軍事バランスを崩して日本を危機に陥れることは、絶対に回避しなければならない。それがエコーの最も重要な任務のはずだ。

 ならば今は、戦うしかない。守り抜くしかない。

「せめて手荷物検査は徹底的に行ってください」

『そんなことは言われなくても分かっている』

 そして通話は一方的に切られた。

 武市がうめく。

「参列者は守る気がないのか……?」

 ミサもつぶやく。

「犠牲が出てもいいの……?」

「メンツ、ってやつだな……」

 しかし、黒崎は穏やかだ。

「それだけ、とは言い切れない。ハイジャック犯の言いなりになったり、中国に人質を取られて法を曲げたり――これまでの過ちが日本の信用をひどく毀損してきたことは事実なんだ。その結果、どれだけ日本が甘く見られてきたことか……。一度テロ組織の人質に金を払えば、翌日から全ての日本人が標的にされる。時に裏取引は必要だとしても、テロには屈しないというのが世界の共通認識だ。今回は国内問題だと言い訳はできるが、戦おうとしない日本に対して世界の視線が冷淡になることは避けられない。皇室には被害は及ばないという言葉を信じて、参列者を守ることだけを考えよう」

「だけど――」

「敵が相当量のサリンを保有していることはもはや疑いようはない。今逃げれば、いずれまたテロが繰り返される。その時は、さらに巧妙な手段を使ってくるだろう。すでにエコーが姿を見せてしまったんだからな。次の計画がまた察知できる保証があるか? その時は、法外な身代金を要求されるかもしれない。多くの人命や土地が奪われるかもしれない。その場しのぎの対応は、将来の危険を高めることにしかならない。今なら、おぼろげながら敵の手の内が見えている。一気に潰すことも不可能じゃない。リスクは大きいが、手をこまねいているデメリットはもっと大きい。できる時には、やるべきだ」

 武市がつらそうな笑みを浮かべる。

「その言い方、隊長にそっくりだ……」

 黒崎も悲しげにつぶやく。

「佐々木さんの最後を見せつけられたからな……」

 本庄が、あえて明るく振る舞う。

「とはいえ、日本中から集まってくる参賀客を止めることはもう無理です。だったら、一般人は皇居に集めて徹底的に守り切るべきでしょう。幸い、休日で皇居周辺は人口が急減しています。交通規制も拡大して、徹底的に行います。戦いは、皇居をめぐるドーナツ状の地帯になりますね。ただし、あまり強権的にはできないでしょうから、完全に無人化することは困難でしょうけど」

 黒崎がうなずく。

「1キロから2キロほどの幅の戦闘地域を作るか……。東京駅や有楽町周辺は難しいが……出来るだけ一般人の流入は防ぎたいな。地上から来る参賀客の動線は可能な限り絞り込む。鉄道利用者は駅の出口からの通路を限定する。なるべく広範囲の無人地帯を作るように。警官や機動隊はシンイチの計画に従って配置させる」

 しかしマリアの声は浮かない。

「解毒剤のアトロピンとパムはすでに備蓄が終わったし、即戦力になる看護師に解毒剤を持たせて参賀客の中に配置するように指示したよ。だけどさ……」

 出羽1佐が加わる。

「中国の要人に、一般参賀にも参列してもらえませんか?」

 黒崎が言った。

「なぜ、わざわざ危険に晒す?」

「規制強化の名目に要人警護が使えます。できれば国家主席にも来てもらいたい。日中友好のためだと言えば、規制範囲内の一般店舗に一日だけの臨時休業を強制することも自然です。休業分の損失は国の予算から補填すればいいじゃないですか」

「宮殿に招くのか?」

「参賀客の中に特別席を設けたらどうでしょう? 日本の国民の気持ちを一緒に味わってもらう、とか言って」

「乗った。シンイチ、その線で頼む。私はNSCと交渉する」

「了解しました。交通規制は任せてください」

 武市が叫ぶ。

「広報関係は俺が受け持つ!」

 本庄は国交省との打ち合わせに入った。

 黒崎は他のスタッフに向かって指示する。

「敵の計画をもっと詳細に検討する。そして、それを防ぐ方法を見出す」

 途端にブレーンストーミングが始まった。開始直後は他人の意見を否定しないのが通常の約束だが、すでにさまざまな検討を重ねてきたスタッフにはもはやそんな決まりも必要ない。一見規律のない言い合いのようだったが、誰もが誰もの発言に耳を傾け、検討し、判断し、自分の考えを推し進めていた。

 その間に黒崎は、NSCへ中国国家主席の一般参賀参加を要請していた。

 官房副長官は笑いながら答えた。

『主席は嫌とは言えない。どうせレセプションには出るんだからな。しかもこっちには〝恥ずかしい映像〟という切り札がある。証拠は得られなくとも、黒幕は中国共産党の誰かだと決まっている。連帯責任を取って、もう一度冷や汗をかいてもらおうじゃないか』

 ブレストも白熱していた。他人が見れば感情的な言い合いのような言葉が飛び交っていたが、その中から危機の実相が浮かび上がってくる。

「どうやって位置を特定するんだ?」

「目視ね。警官や公務員を総動員して空を見上げさせるしかないわよ」

「上空からの監視も必要でしょう。クロさんはオスプレイで上空からコントロールを」

「敵はどうやって皇居に近づくの?」

「車だろうね。皇居から離れた幹線道路までは遮断できないから。1時間飛行できるなら、例えば隅田川に浮かべたボートから飛び立たせて、操作しながら首都高速を移動するとか」

「道路は遮断すべきだ」

「どうやって⁉」

「ダミーの爆発とか起こしたって構わない。道路封鎖に必要なら何でもしないと!」

「でも、そもそも渋滞しかねない道路を使うかな……?」

「休日だから、平気だろう?」

「それだって100パーセント確実とは言えない」

「だったら確実なのは、何さ?」

「電車のダイヤ」

「ドローンが大きすぎて電車で運ぶのは無理だろう」

「そうじゃなくて、コントローラーだけ持って乗るの」

「電車の中から操作か……ありえるね」

「どういうこと?」

「例えば、ドローンの離陸は10キロ以上離れた場所で行う。電車からコントロールして、線路沿いに追って来させる。皇居に近づいたら、別の人間にコントロールをバトンタッチする――とかかな。飛行時間が長いハイブリッド型だから、不可能じゃないと思う」

「それじゃあ範囲が広すぎ! ローラー作戦でドローンを探すなんて無理!」

「逆に、侵入経路は線路沿いに限定される」

「でも、操作のリレーが可能なら電車にこだわる必要はないんじゃないか? 例えば、2キロごとに操作者を配置しておく、とか」

「その分、コントロールに習熟した者が数多く必要になる。それほどのメンバーは、教団関係にはいないはずだ」

「だったら、やっぱり鉄道だね」

「電車の交通規制は?」

「全国から参賀客が集まるんだから、難しいだろう」

「でも、皇居周辺を無人化するなら、遊びに来る人たちも少ないんじゃ?」

「そうは言っても、電車を全て止めることはできないよね」

「ドローンのコントローラーって、大きいの? 隠して持ち運べる?」

「電車の中なら目立つね。でも、スマホとかで操作できるように改良されてたら、発見は無理。資料見たら、その程度の技術は持ってたみたい」

「携帯電波使ってるの⁉」

「それも可能かも……」

「携帯電波を遮断すれば止められるか?」

「でも、相手も当然それを予測して対策してるはず。目立たないように操作はスマホでするけど、リュックに入れた本物のコントローラーとブルトゥースで繋げてる、とか……。携帯ゲーム機を操縦機に偽装することも可能かもね。そうすれば携帯の帯域を止められても電波は途切れないから」

「ドローン操作に必要な電波を遮断しちゃえば?」

「どこの場所を遮断するの?」

「ドローンの隠し場所が全部発見できなければ、電波妨害じゃ防げない。飛んでいるものを目視で確認してから妨害したら、墜落しかねない」

「周波数がカタログのままってこともないでしょうしね。スキルがあれば変更は可能だから」

「人口密集地に落ちるかもしれないし、サリンが入ったタンクを爆破でもされたら被害は計り知れない」

「むしろ、無人地帯に追い込んだ方が危険が少ないかも」

「確かにその方が、人的被害は抑えられるかな」

「追い込んでから、地上からの射撃するのは?」

「移動体を撃ち落とせる確証がない。しかも、サリンが散乱する危険は残る。壁で囲めるわけじゃないんだから」

「ヘリコプターで上から網とかかぶせて、落としちゃえば?」

「やっぱり自爆の恐れは防げないね。無人にするとは言っても、周辺領域に拡散したら100人単位の被害が出かねない。撃墜と同時にサリンを無害化できれば安全なんだが……」

「ジェット機のミサイルは?」

「標的が小さすぎるし、ドローンじゃ熱源としてロックオンできない」

「ヘリなら追いながら撃ち落とせるのでは?」

「やはりサリンが飛散する危険がある」

「サリンはどうすれば無効化できる?」

「高温で焼却!」

「高温を発する武器は?」

「ヘリから火炎放射器で焼く!」

「火炎が届くまで接近すると、ヘリのダウンウォッシュの影響が避けられない」

「何、それ?」

「下降気流だよ。ヘリの真下は台風並みの風が起きる」

「小さなドローンなら嵐の中の木の葉のようなものだ。正確に燃やすのは難しいだろう。下手をすると焼却前に地上に叩き落として、気流でサリンを広範囲に拡散させてしまう。焼却の準備はしておく必要はあるが、万策尽きてからの最後の手段かな」

「だったらナパームとか、気化爆弾は?」

「自衛隊にあるのか?」

「ターゲットの高度は?」

「地上200メートル以内」

「どっちも地上攻撃用だから、被害が大きすぎる」

「ドローンは9機よね?」

「同時に攻撃されたらきついね……」

「高温なら、フレアだ!」

「それ、なに?」

「赤外線追尾のミサイルを騙すための偽の標的だ。ロックオンされたら、フレアを発射する。機体の近くにエンジン排気より高い温度が発生すれば、ミサイルはそっちに引きつけられる」

「ヘリから撃てるの?」

「狙いはつけられるのか?」

「何発も同時に発射するもんじゃないのか?」

「破壊用の兵器じゃない。照準もついていない」

「そうでもないぞ! ドローンにだってダウンウォッシュは発生する。やや前方上空にさえ打ち込めば、アバウトでも勝手に吸い込むのでは?」

「結構なスピードが出てるのに当てられるだろうか」

「無人区域に入ったら、牽引用の翼型は切り離すはず。正確なコントロールがしにくくなるから。スピードはぐっと落ちるよ」

「迎撃できるのは狭い幅の無人地帯だけってことか……」

「地上に被害は?」

「フレアは約2000度の高熱を発するが、3秒で燃え尽きる。被害が出ないとはいえないが、サリンを撒かれるより人的損害は少なそうだ」

「あらかじめ地上には消防を配置する」

「自衛隊ではフレア単発で標的を狙う訓練をしよう!」

「ヘリは9機準備してね!」

「いや、訓練には1ダースは必要だ。伏兵がないとは限らない」

 ドローン迎撃計画は着々と固まりつつあった。

 しかし、反対の意見も飛び出す。

「でも、ドローン対策だけでいいの?」

「確かに、また地下鉄とかにサリンを撒かれたら一大事だな……」

「だが敵さん、そんなに広範なテロを起こせるほどの人員が揃えられるか?」

「すでに結構な数を捕まえてるしね」

「サリンを使ったのって、教団の犯行に偽装するためでしょ? だったら、実行犯は教団がらみの人間じゃないと黒幕が暴かれかねないもんね」

「確かに前回の地下鉄サリン事件とは違って、街や交通機関にはいたるところに防犯カメラがある。その一つにでも工作員の犯行が写ってたら、藪蛇だな」

「無論、交通機関やイベント開催場所には重点的に警官を配置する。不審な荷物は検査するが、制服で立っているだけでも効果はあるものだ。相手が訓練された工作員でない限りは、ベテラン警官なら異常な振る舞いを見抜ける。退職警官にも協力を仰ぐよう、手は打った。そっちは人海戦術で対応するしかないだろう」

「防犯カメラの顔認証ソフトもフル稼働してるしね。危ない奴が引っかかったらリアルタイムで警備に知らせる体制は取ってある」

「うわ、なんだか中国みたい」

「防犯システムに関しては、人権を無視できる中国の方がはるかに進んでるもんね。でも、テロを防ぐには必要よ。やりすぎはダメだけど」

「防犯カメラがなくちゃ、能力が半減するからね。戦いには情報が必要なんだ」

「大きなテロがあるんじゃないかってネットでも騒いでいますから、都心は人出も少ないと思いますよ。みんな、不審者とかには警戒するでしょうしね」

「久保田は、この国を潰すと言った。狙いが皇居であることは確かだろう。我々は一般参賀の警護に集中する。他は、それぞれの現場に任せよう」

 と、黒崎のスマホが振動する。個人のスマホだ。

 出たのは天野警備局長だった。声が緊張している。

『黒崎君、個人的な話だ。近くに他人がいない場所に移動してくれ』

 黒崎は訝りながら、事務室へ移動した。

「なんでしょうか?」

 天野の声が、いきなり震え始める。

『娘と孫が拉致された……。攻撃を妨害するなら2人を殺すと脅してきた』

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