第2話 平成の口裂け女

 

 平成28年、1人の女が逮捕された。


 

   -1-

 

 連続殺人鬼『三神 夜重子みかみ やえこ』。事件の発覚は逮捕よりさらに5年遡る平成23年。

その5年もの間、警察は顔も素性も判っている犯人を捕まえる事が出来ず、哀れな被害者が屍を重ねていくのを手をこまねいて見ているしか出来ないでいた。一連の事件に多数の目撃者がいながら、である。


この事件には大きな特徴があった。


 1つは被害者の傷。被害者達は例外なく致命傷の他に顔に傷を受けていた。そのほとんどは口端から耳にかけての裂傷。傷口から推測される凶器は様々で、小型のナイフや鋏、鎌といったようなものまであらゆる道具を使って被害者達の顔は、痛めつけられていた。


 もう1つは犯行の目撃例。いずれの事件も、その犯行には必ず1人以上の目撃者がいた。その目撃者が口々いう犯人の特徴。

犯人の女は身長203cmの長身───これだけで街中の人混みで異様に目立つだろう。

衣服は黒いコートに黒い手袋、髪は黒くブーツすら黒い、上から下までの黒尽くめ。犯行時はいつもこの服装で目撃されていた。

 そして更に、この人物を端的に伝えるには、1番最初に出るであろう異常な特徴。


それは顔の左半分に走る口から耳までの大きな傷。



目撃者によれば、殺人鬼は被害者を殺した後、さも最初から見られているのを知っていたかのようにこちらを向き、その口元の黒いマフラーをずらし傷を見せつけてきたという。


そしてあの言葉──────


『アタシ、キレイ?』



各社メディアはこの大事件をセンセーショナルに報道した。


『平成の口裂け女 現る‼︎』────と。


民衆とメディアの批判と失望に苛まれながら、この事件の特別捜査本部は日々口裂け女の捜索に明け暮れていた。足跡も目撃者もありながらその姿を掴めず、指名手配をしてもひとつの報告もない。

通報があるのは決まって事件が起きたその時だけ。

まるで影。影にいくら触れようと触れる事は叶わない。


関係者全てが疲弊しきった時だった。

その日、重大な転機が訪れる。


捜査本部に1人の女が現れたのだ。


「私、明市 灯あけし  ともりと申す者です」


20代前半ごろの、スーツ姿の女性はそう名乗り深々と頭を下げた。綺麗に切り揃えられた前髪が柔らかく揺れる。その下の吊り気味の眼は妖しげに、しかし何か執念めいた光を揺らめかせていた。

 彼女は捜査本部に、自らを囮にするよう告げた。「それであの恐るべき殺人鬼を捕まえる事ができる」と。

無論それは違法捜査だ、認められるわけがない。あまつさえ一般人である彼女を彼らは巻き込む訳にいかなかった。


しかし


「狂ったモノを相手取るのです、こちらも狂気を捧げなければなりません」


彼女の、静寂しじまに雫を落としたような凛とした小さな声に、誰もが不思議と口を挟めなくなっていた。

それから、全ての事が風のような速さで進んでいった。

 上層部から極秘指令として一時的に全ての権限が彼女に渡されたのである。その指令は捜査本部への絶対命令であった。

明らかにおかしい事ばかりが続く。

あまりにも、あまりにも。

しかし誰も────誰もが何も言わず時の流れを見送るしかなかった、不思議なことに。


何もかも不思議なことだった。



「それでは始めましょう」


明市がその口に微笑をたたえた翌日、


狂気の連続殺人鬼、口裂け女が逮捕される事となった。



   -2-


───以下は取り調べの際の三神容疑者の発言の記録である。



「アタシ、『口裂け女』って大好きでさぁ。憧れなんだよねェ。この口も自分でやったんだよ、どう?

『キレイ』だろ?」


「殺し?なんで殺したかって?ああ、動機ドーキってやつ。あー……なんでだろうね。

口裂け女ってさ、廃れちゃったじゃん?

古い都市伝説になっちゃってさァ。

だから、もっかい有名にしてやりたかったんだよね『怖いだろー』って。

いちいち殺した後に、それ見た奴にこの傷見せびらかして吃驚させるのは最高によかったよ。

気分がよかった。うん、そんなとこかな。

……いやいや、殺す奴に見せたってしょうがないじゃんか!死ぬのに。

あーでも、死ぬ奴にはさ、口裂け女にやられたって傷を残すんだ。周りの奴らがこの傷を見て『口裂け女』が出たって広めてくれないといけないからね。

 え?殺す必要?いやそりゃまぁわざわざ殺すのは余計だったかも知んないけど、箔付けってヤツじゃない?

傷見せる時にさ、なんかそれっぽい事してた方がいいじゃん。

殺すってのは別にアタシにとって、さ、うん。

捕まる気もなかったし。なんで捕まったんだろうね、アタシ。

あの女、変なチカラ使いやがってさァ。まぁ、別にいいけど」


「…………あー、5年間どこに隠れてたかって?アンタの足元…って言っても信じないか……ははははははは。でもホントさアンタ達が気付かなかっただけ。自覚あんでしょうよ」



────ここで取り調べ官と入れ替わりに明市氏が入室。明市氏の要請にて書取りの捜査官も退室。

 以下は彼女の持ち込んだ録音機の音声である。また、この録音における明市氏自身の言葉は消されている。



「うわ、出た出た。えーと、だっけ?アンタの持ってる変な光で動けなくなって捕まったんだよねェ!なにあれ、超音波とか電磁波とかそういうの?怖いなァ。


それとも、アタシみたいなのと同類かな?


それに、アケシちゃん、ケーサツじゃないんじゃなかったっけ?

ありゃ、もしかして


それより偉い立場にでもいるのかな?


はははははははははは図星だァ!どっちの方かな?どっちもかな?ふ、ふふ…はははははははははは!ゴメンねちょっと待ってよ!ツボに入った…ふふ…くくっ」


───30秒程しばらく笑い続ける三神容疑者。その後もやや笑いを堪えている様子。


「……ふぅ、くくく、ちょっとは気が晴れたかな。アタシの声をやかましそうに聞くアンタの顔でさ。んじゃ本題をどうぞ」



───以降の録音はなんらかの要因によって時折ノイズが入っており、言葉の要所に不明な点がある。それが明市氏自身の手によるものか他の何者かの手が入ったものか定かではない。



「…へぇ。×××××××も××××××ない××××ねェ。

嘘くせ〜。そんなつまんない冗談言う為に来たの?

暇だねオタク」



───3分程の沈黙。



「いいよ、信じようか。アタシ自身心当たりない訳じゃないし。

それで?ふーん、マ××トって言うんだアタシらのこと。ああ、××××を集めろって?つまりアタシみたいな奴らの。××××××?いやぁ、×××××××でしょ、アンタも。

そんでその×××××は×××ると。理解が早い?そらありがとさん。まぁ、なるほどなるほど…


でさ、


嫌って言ったら?」



大きくノイズがはいる。



「あっはは、そう、即刻死刑。アンタので?

だなぁそれ、あんな眩しい中でアタシが無くなっていくんでしょ?

それなら……まだその話呑んで口裂け女を演じてた方がマシか。

………誰にも見られずってのが一番不服だけど、生きてりゃまだやりようあるしね。


んじゃあ……契約成立って事で」



───録音は以上。



   -3-


口裂け女こと三神夜重子は死刑になった。


しかしそれはただ表向きの話でしかない。



悪夢はまだ生きている─────突如現れたひとりの不思議な女と、とある契約を結んで。

生きて殺し続けているのだ。


しかし、殺すのは無辜の人々ではない。


 今、口裂け女が殺すのは、欲に溺れ自らのを、姿の無い異形に喰い尽くされたモノ達、


『マレビト』。


マレビトは今日も吠える。罪を歓喜しながら。

口裂け女は今日も殺す。裂けた口でその罪をわらいながら。

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