第5話 赤い土と黒い土

 数日後、吾はお願いしたいことがあるとタゴリから連絡を受け、女たちの許を訪ねた。

 タゴリは新しく建てた家の近くで吾を待っていた。裾の長い裳裾に頭巾という姿である。その後ろには、女たちが作ったのであろう、地面を四角く掘り下げた凹地くぼちがあった。


「お出でいただきありがとうございます。お呼び立てして申し訳ありません」

「いや、かまわん。何か頼みごとがあると聞いたが……」

「はい、前に族長様にお話ししたとおり、焼き物を作って食料を調達したいと思います。そのためには窯を作らなければなりません」

「窯とな」


 吾はタギツに未来視で見せられた光景を思い出した。川の曲がりの近くの小高い場所に丸い塚のようなものが作られ、そこから女たちが多くの焼き物を運び出していた。


「穴の開いた塚のようなものであったな」

「覚えておいていただけましたか。そのとおりでございます、聡明なるお方。窯は赤土を焼いて固めて作ります。赤土は山の崖から取れる土、この近くの崖の場所を教えていただき、また、赤土を掘り取るお許しをいただきたいと思います」


 山の中の崖なら心当たりがある。掘り返しても問題など生じない場所だ。


「川の上流にそうした場所があったと思う。土を掘り取っても問題ない」

「ありがとうございます」

「何ならこれから案内してやってもいいぞ」

「仕事の段取りもございますので、明日はいかがでしょうか?」

「大丈夫だ」

「それでは、タギツをほかの者たちとともにヒコネ様にご同行させます。ご案内、ご指導をお願いします」

「うむ」

「明朝、かずら橋で合流させていただくことでよいでしょうか?」

「そうだな」

「では、よろしくお願いします」


 吾の仕事は明日のことになった。ところで、タゴリの足元の凹地くぼちは何なのだろう? 四角形をしていて縦横は人の背丈の二倍ほど、底は平らにならされ地面からは膝ほどの深さがある。四方の縁は丸太を重ねて固めてあった。


 タゴリに訊ねる。

「これはいったい何なのだ」

「これは沈降ちんこういけでございます。泥水を入れ、時間をかけて泥を沈ませ、焼き物の元になる粘土を作るものです」

「粘土とな」

「はい、ちょうどこれから泥水を取りに行くところです。よかったら見物していかれませんか?」

「そうだな」

「ご案内いたします」


 タゴリの後ろについて進み、たどり着いたのは、柳の木に囲まれた差し渡しが人の背丈の十倍ほどの池だった。透き通った水を湛えている。

 既に十人ほどの女たちが池の周りに集まっていた。その中の一人は、池の中に置かれた円形の構造物の上に立ち、池の中に突き立てた棒で体を支えて、足踏みの動作をしている。背の高い女だ。彼女が足を踏み下ろすたびに、キーキーという音とともに構造物の上部から水が流れ出し、横につけられたといを通って池の外へ送り出されていく。


「タゴリ、あれは何だ?」

「足踏み水車でございます。水をくみ上げ、離れた場所に運ぶことができます」


 水車は回転を続け、池の水位が少しずつ下がっていった。池の水が半分ほどに減ったかと思われた時、タゴリが指示を出した。


「そろそろいいでしょう。アヅミ、あなたはしばらく休憩しなさい。他のみんなは池へ入って。足を踏みしめ、池の底を足で薙いで土をえぐるの。淀みを巻き上がらせ、池の水をにごり水にするのよ」


 女たちが沓を脱ぎ、池に入った。身の丈ほどの竹竿を持ち、筒袖の上衣うわぎに、腰衣こしぎぬを膝上までの丈で巻いている。

 女たちはざぶざぶと水音を立てながら進み、池じゅうに散らばった。それぞれの場所で池の底に突き立てた竹竿を片手で握り、足を伸ばして池の底を掻き回す。ひらひらと翻る裾の下で、黒い濁りが巻き起こり周りに広がっていく。一通り掻き回すと、女たちは場所を移動し同じことを繰り返した。やがて池の水は黒い濁りで満たされた。


「もういいでしょう。アヅミとカガツミは池の水を汲みだして。他のみんなはそれを運んでちょうだい」


 背の高い女が再び足踏み水車に乘り、水車を回転させて池の水をくみ上げ始めた。水が運ばれる樋の先では、顔にそばかすのある女が流れ出る泥水を木桶に入れていく。他の女たちは木桶を背負子にのせて運び始めた。


「私たちも行きましょう」

 タゴリに促され、吾も木桶を背負った女たちと同行する。行きついた先はさっきの沈降池だ。


 女たちは沈降池の縁まで来ると、別の女が池の上に掲げた大きな竹のざるにゆっくりと泥水を注いだ。泥水は笊の目の間を抜けて沈降池に流れ込む。

「ああやって混じっている小石を取り除きます」

 吾の横に立ったタゴリが説明した。


 水を注ぎ終わった女は、池に戻ってまた水を運んでくる。繰り返すうちに池の水位が上がり、やがていっぱいになった。

「このまま放置すると三日で泥の粒は沈み、透き通った水になります。大きな粒ほど先に沈むので、底の泥は小さな粒ほど上になった層を作ります。そうしたら上の水だけを抜いて、泥の層を天日で乾かし、乾いた後で上の層だけをこそぎ取って焼き物の土にするのです」

「ほう」

 女たちは我らの知らない技術をいろいろと知っているようだ。

「陶土ができたら、それを練り、焼き物の形にしていきます。その時にはまた見物においでください」

「そうだな」

 こうして、その日は女たちの許から引き上げた。


 次の日、吾はかずら橋のたもとでタギツたちと合流した。女たちは十人ほど、その中には昨日の背の高い女とそばかすの娘の姿もあった。皆、背負子を背負い、背の高い女は鍬を手に持っている。


「「お早うございます」」

「お早う。タゴリから赤土を集めたいと聞いた。川の上流、丸太を切り出した場所の近くに土がむき出しになった崖がある。その場所に案内するが、そこの土でよいかどうかは吾にはわからん。だめなら他の場所を探すことになろう」

「それで結構でございます。このカガツミが土の見分けをいたします」

 タギツが、隣に立っていたそばかすの娘の肩に手を置いて、吾に答えた。


「土のことならあたいに任せな。ぐにぐに捏ねてひと舐めするだけで、素性から性根の座り具合まで見抜いてみせるぜ」

 その娘、カガツミが吾に向かってまくし立てた。ずいぶんぞんざいな口調だ。

「すみません、口の利き方を知らない娘で……」

 タギツが恐縮して弁解する。

「かまわぬ。どうせ吾には土の良し悪しはわからぬのだ。大口をたたいた分、働いてもらうだけだ」

「そういう事。任せときな」

 カガツミには悪びれる様子はまったくなかった。


 吾らは川沿いを上流に向かった。いくつもの滝やとろを越え、左右に巨大な壁のような斜面が連なる川原に到着した。十日ほど前に丸太を切り出した場所だ。

 目指す場所はこの先にある。少し進んだところに右の斜面から川に流れこむ小さな渓流があり、吾らはそれを登って行った。両側は羊歯や低木がびっしり生えた斜面だ。しばらく登って行くと、左の斜面が大きく崩れ、赤茶色の土がむき出しになった場所が現れた。


「ここだ」

 吾が告げると、カガツミは飛び出して行って斜面にひざまずいた。右手で一掴みの土を取り、真剣な表情で見つめながら、手の中で捏ね回す。そして、土を握った手を口元に持っていき、ぺろっと舐めた。吾らの方を向いて笑顔を見せる。

「うん、いい土だ。粘りが強くて腰がある。焼いたら硬くなって頑丈な窯に仕上がりそうだ」

 カガツミは立ち上がって斜面を見渡した。

「これだけの斜面なら量も十分だ。ここにしようぜ」

 彼女の言葉に、タギツが吾の許に駆け寄って来た。

「ヒコネ様、ここから赤土をいただいてよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわぬ。存分に使うがよい」

「ありがとうございます。それでは早速、掘り取らせていただきます」


 カガツミが棒でひっかいて、斜面に掘り取る場所の目印を付けた。アヅミが鍬をふるって赤土を掘り返し、掘り出した土をカガツミが吟味しながら袋に詰め込む。できた端から残りの女たちが背負子に載せて運んでいく。タギツも背負子を担いで立ち上がった。

「皆で運ぶのであれば、吾も手伝うぞ」

 タギツに語りかけたが、

「ヒコネ様はここで見守りをお願いします」

 そう言って、他の女たちと一緒に川下に向かって歩いて行った。


 仕方ないので、土を掘り出しているアヅミとカガツミのそばに行く。カガツミが土を見ながらどのくらいの深さまで掘るかを指示しているようだ。

「そろそろ隣に移って」

「はい」

 アヅミは振り返って頷いている。


「ご苦労、吾に出来ることがあれば手伝うぞ」

「うーん、土の見分けはあたいじゃないとできないしね。アっちゃんはどう?」

 カガツミがアヅミに声をかけると、アヅミは急にそっぽを向いて鍬をふるい始めた。

「どうだ、手伝おうか?」

 吾が話しかけても、振り向かずに土を掘り続けている。

「あ、気にしないで。アっちゃんはなじみのない人と話をするのがちょっと苦手なだけなの。親しくなったらぺらぺらおしゃべりするんだけどね」

 アヅミは一瞬、カガツミを睨んだが、すぐに斜面に向き直って鍬をふるう。


 取り付く島がないので周辺の見回りに行く。危険な獣や異変の兆候は見つからず戻ってくると、アヅミとカガツミは休憩に入っていた。

「次に掘るのはここか?」

 カガツミが頷いたので、さっさと鍬をつかんで掘り始める。アヅミがおろおろしている姿が目の隅に捉えたが、何も言ってこなかったのでそのまま作業を続けた。袋五つ分ほど掘り出したところで、カガツミが、

「休憩終わったぜ」

と言ってきたので、鍬をアヅミに返した。


 その後も掘り出しは順調に進み、往復する女たちによって土は運ばれていった。カガツミとアヅミの次の休憩の際も、二人が異を唱えなかったので同じように鍬をふるった。

 日暮れ前に、カガツミが、

「土の量はこれで十分だぜ」

と言ったので、引き上げることにした。カガツミ、アヅミと一緒に川下に向かい、上って来た女たちと出会うたびに終了を告げて一行に加える。かずら橋で女たちと別れ、

「「「ありがとうございました」」」

と言われた時、声の判別はできなかったが、アヅミの口が小さく動くのが見えた。少しは警戒を緩めてもらえたらしい。

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