9.尋問
数日後の夜。
レナードに面会の約束を取り付けた俺は、早速アルノーを連れてリーズデイル邸へと出向く。
応接間に通されるなり、俺はレナードに詰め寄った。
「──というわけで、アビゲイルと叔母から真実を教えてもらいまして。今日は、こうして事実を確認をするためにあなたの元へやって来たというわけです」
「なっ……! ギルフォード君。まさか、君……その話を鵜呑みにしたのか? そんなの、でっち上げに決まっているじゃないか! その二人は、私をはめようとしているんだ!」
話を聞き終えるなり、レナードは激しい剣幕で怒号を上げた。
だが、彼のサファイア色の目は僅かに泳いでいる。
その様子から、少なくとも動揺しているであろうことは伝わってきた。
「ほう……もし、あなたの言い分が正しければ、全く接点がないはずのアビゲイルと僕の叔母が口裏を合わせてあなたを陥れようと企てていたということになりますが」
「ハハハ……君も人が悪いな。いくら、調査が難航しているからって、依頼人の私まで疑うのはやめてくれないか?」
「あの人形を置いた犯人なら、大体の目星は付きましたよ」
「は……?」
予想外の返答だったのだろうか。レナードは、口をぽかんと開けたまま目を瞬かせる。
……が、すぐに気を取り直して尋ねてきた。
「それで、犯人は誰なんだ? もったいぶらずに、さっさと教えてくれないか?」
「まあ、そう焦らずに聞いてくださいよ。……ところで、レナードさん。昔、あなたのお父上が起こしたスキャンダルのことはもちろんご存知ですよね?」
「……それが、どうしたんだ?」
「結局、あの騒動も先代リーズデイル公が権力を行使してもみ消したようですが、当時の新聞にはしっかりと詳細が載っていましたよ」
「ハッ、だから何だというんだ? それと、人形を置いた犯人と一体何の関係がある?」
かなり苛立った様子で聞き返してきたレナードに、俺はとどめを刺すべく言葉を紡ぎ出す。
「──僕ね、つい先日、ジャック・クリストフ氏と会ったんですよ。あの痛ましい放火事件の唯一の生存者である、クリストフ子爵のご子息です」
「……!!」
「当時のゴシップ記事によると……なんでも、彼の父親である子爵とあなたのお父上は過去に一人の女性を巡って争っていたそうですね? それから暫くして、クリストフ家の邸であの放火事件が起こった。偶然にしては、タイミングが良すぎると思いませんか?」
「……つまり、何が言いたい?」
遠回しな言い方に腹を立てたのか、レナードは思い切り顔をしかめる。
「──ジャック・クリストフの復讐」
「な、なんだって……?」
「そう考えると、全部しっくりくるんですよ。ちなみに、現在のジャックは人形店を営んでいるみたいですよ。彼なら、きっと大量のビスクドールを用意することも可能でしょうね」
ゴミでも見るような目でそう言い放った俺は、僅かに口の端を吊り上げ嘲笑してみせる。
「ハハッ……仮に、その呪いとやらがジャックの復讐だったとしよう。だが、呪いで人を殺せたなんて事例は今まで聞いたことがない。所詮、迷信に過ぎないよ。全く、冗談も休み休み言ってほしいな」
「なるほど。でも……果たして、本当にそうでしょうか? 現に、あなたは今、妻であるエルシーがいなくなって途方に暮れている。そのことによって、執務にもかなり影響が出ているのではないでしょうか? 先日、アビゲイルからあなたは執務のほとんどをエルシーに押し付けていたと聞きました。有能な妻がいなくなれば、当然、今までとは違い拘束時間が増えてしまう。その上、仕事も上手く回らない。結果として、今、あなたは大分ストレスがたまっているのではないでしょうか? 顔には出していないようですけれどね」
「……」
「それだけではありません。例えば、あなたのその怪我ですが──」
言いながら、俺はゆっくりとレナードの右手を指差す。
「確か、転倒して手首を捻ったんでしたっけ? もしかして、その怪我も……」
「な、何を言っている? そんなの、ただの偶然に決まっているだろう?」
「他にも、思い当たる節があるんじゃないですか? ああ、そう言えば……つい最近、数年前に病気を患って亡くなったあなたの母上の形見であるペンダントがメイドに盗まれるという被害に遭われたそうですね。しかも、そのメイドは行方をくらましたまま未だ見つかっていないのだとか……」
「な、何故君がそんなことを知っているんだ!?」
「以前、この邸を訪れた際、メイドたちが立ち話をしているのが聞こえてきたんですよ。その時は、大変だなぁと思いつつも、特に気にも留めなかったんですけれどね」
ちなみに、もちろん全部作り話だ。
実際は、事前にアルノーに調査をしてもらって知り得た情報である。
俺自身は、呪いなどといった根拠のないものは全く信じていない。
だが、人間の心理というのは不思議なもので、「自分は呪いをかけられている」と意識した状態で生活を送っていると、ほんの些細な不幸でも全部『呪い』に結びつけてしまうのだ。
というわけで……今回は、その心理を利用してレナードを追い詰めようと思う。
現に今、レナードは「馬鹿らしい」と否定しつつも激しく動揺している。
見事、こちらの策略にはまっているのだ。
「それにしても、おかしいですね……偶然にしては、不幸が重なり過ぎていませんか?」
あわよくば、全部呪いのせいだと思いこんで病臥してくれないだろうかと僅かに期待しつつ。俺は、矢継ぎ早にまくし立てる。
不当な扱いを受けたエルシーに代わって、恨みを晴らすように。
「まさか、そんな……」
余裕を見せようと笑っていたレナードはそう呟くと、落胆したように肩を落とす。
「仮にジャックがあの人形を置いた犯人だったとしたら、呪いを完成させるためにもう一度、この邸を訪れるでしょう。……満月の夜に」
「満月だって? 満月の夜にそいつが戻って来るのか……?」
「ええ、恐らくは。きっと、その最後の儀式で確実にあなた方を仕留める気なんでしょうね。犯人は」
怯えたように尋ねてきたレナードに向かって、不安を煽るようにそう返してやった。
とはいえ、俺自身は『満月の夜』というのはフェイクだと思っている。
仮にジャックが犯人だとしたら、わざわざ本当のことを教える必要性がないからだ。
次の満月まではまだ大分日数があるし、俺たちを混乱させるためにあえて嘘の情報を教えたに違いない。
だから、リーズデイル邸の周辺の見張りは緩めていないし、見張りに当たってもらっている使用人には「犯人を捕まえたら、すぐに連絡をするように」と念を押して伝えてある。
「まあ、あなたは依頼人ですからね。一応、犯人は捕まえますよ。いずれにせよ、犯人にはエルシーの居場所を吐かせないとなりませんし……」
そう言った直後。突然、部屋のドアが勢いよく開かれる。
「し、失礼いたします! 旦那様、大変でございます!」
そんな言葉とともに血相を変えて部屋に飛び込んで来たのは、リーズデイル家に仕えるメイドだった。
明らかに様子が変だ。何かあったのだろうか?
「一体、何事だ?」
レナードが尋ねると、メイドは一呼吸置いて事情を説明し始める。
「坊ちゃまが……テオ様がいなくなってしまわれたのです! 気づいた時には、寝室から忽然と姿を消していて……!」
「なんだと!?」
「なんだって!?」
メイドの言葉を聞いた瞬間、俺とレナードは同時に声を上げる。
レナードに至っては、まるでこの世の終わりかのように顔面蒼白していた。
「はっ……まさか……」
ふと、ある考えが脳裏をかすめた。
──よく考えてみれば、今夜は新月。ジャックが言っていた『満月の夜』がフェイクだとすると……もしかして、本当はあの呪いは『新月の夜』に完成するのか……?
しかも、何故かわからないが、このタイミングでテオが姿を消している。
ジャックが行おうとしているのは、呪いの儀式だ。
儀式を完成させるために、最後は『生身の人間』を生贄に使ったとしても何らおかしくない。
「つまり、ジャックはテオを……くそ! そう動いたか!」
小さく舌打ちをすると、俺はまごついているレナードを横目に応接間を飛び出した。
廊下を全速力で進んでいると、前方から酷く焦った様子のアルノーが走ってくるのが見えた。
「ギルフォード様!!」
「アルノー? お前、確か他の使用人たちと一緒に庭園で張り込んでいたはずじゃ……」
「メイドたちがテオ様を探し回っていたので、不思議に思って事情を聞いたんです。それで、何か手がかりになりそうな物が落ちていないか探していたんですが……そしたら、テオ様の部屋の真下でこんな物を見つけまして」
言いながら、アルノーは白い羽根飾りのようなものを差し出してくる。
「これって、確か……靴に取り付けるタイプの魔道具だよな? 確か一定時間、跳躍力が大幅に上がるんだっけか?」
「ええ、そうです! きっと、犯人はこの魔道具を使ってテオ様の寝室に侵入したんですよ!」
「……! なんてことだ……やはり、犯人の目的はテオだったのか! くそ、盲点だった!」
羽根飾りをぐしゃっと握りしめると、俺はアルノーの腕を掴んで邸を出た。
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