第7話 ナイヴァル総主教

 レファールが忠誠を誓ったことを確認し、シェラビーが改めて帽子の位置を正す。


「さて、もう一つの件を片付けないと、な」


 その言葉に客人が来ると言っていたことを思い出し、レファールは辺りを見渡す。


「私はどこにいればいいでしょう?」


「スメドアとともに俺の後ろにいるといい」


「あれ、そういえば…」


 スメドアの姿を全く見ない。


「ああ、迎えに行かせている」


「迎えですか…」


 ミベルサ大陸を掴もうという、枢機卿の一人をして「迎えを出す」と言わせるだけの人物はどれほどの者なのか、レファールの興味が募る。


 およそ三十分経っただろうか、外から馬の嘶きが聞こえてきた。




 スメドアが連れてきたのは40代半ばくらいの男であった。濠が深い、いわゆる渋みが走ると表現できそうな顔をしている。


「枢機卿猊下。どうやら木材の問題は解決しそうですな」


 と語る男が、レファールに視線を向ける。


「ああ、この男はこの村の責任者をしていた男でレファール・セグメントと申す者ですが、今般、我々と共に戦うことになりました」


 シェラビーの言葉に、男の顔を明るくなる。


「おお、これは確かに有望そうな顔をしていますな。私はセイハン・トレンシュと申しまして、南東にあるアクルクア大陸からやってまいりました」


「アクルクアから…」


 ミベルサの南東にアクルクア、西に行けばガルスクスと呼ばれる別の大陸があるということはもちろん知っている。だが、レファールはどちらの大陸も行ったことがないどころか、コルネーから外に出たことないので、言葉としてしか知らない。


「はい。我が国はミベルサとの交易圏を確保したいと思っておりますが、この大陸の沿岸部にある国々は非常に閉鎖的なところが多く、苦労しております」


 セイハンの言葉をシェラビーが受ける。


「そこで、我々が名乗りをあげたということだ。我々がミベルサ南部の沿岸を平定して、交易を進める。そうすると我々の必要なものも多く手に入り、より強くなっていくという寸法だ。時にトレンシュ殿、先程施設の方は確認していただいただろうか?」


「もちろんです。中々たいした施設ですな」


「ええ、幸か不幸か宗教施設ばかり作らされている関係で、一般の兵士でも並の大工よりはできますので、更に…」


 シェラビーがスメドアに指示をした。一瞬、戸惑った顔をしたが、「あれか」と気づいたようで奥の部屋に向かった。程なく、大きな箱を抱えて現れる。


「前回要請されたものがこちらになります」


 と言って、スメドアが箱を開いた。中を覗くと、まばゆいばかりの宝石が輝いている。セイハンも嘆声をあげた。


「おお、これは素晴らしい。とは申しましても、私は宝石のエキスパートではございませんので、後ほど鑑定させまして、相場の方を提示したいと思います」


「よろしくお願いする」


「それでは、私は一回サンウマに戻ります。枢機卿猊下の施設を見まして安心いたしました」


 にこやかに笑い、セイハンは恭しく頭を下げて、建物を出て行った。




「さて、おまえの身代金分くらいは確保できそうだ」


 セイハンが出て行った部屋で、シェラビーは冗談めいた笑いを浮かべる。


 レファールはというと、宝石の量に圧倒されていた。


「ナイヴァルにはあれだけの宝石があるのですね」


「ああ。だが、ナイヴァルでは、これらはユマド神の造られたものであり、当然神に捧げるためのものという扱いだ。全くといっていいほど人のためになる使われ方をしていない。勿体ないだろう?」


「そうですね」


「ナイヴァルだけではない。コルネーもそうだろう。自分達こそ全てというような感覚で対等な交易という発想がない」


「……なるほど」


 子供の頃、コルネーは天に近い国であり、他は全て下の方にある国というようなことは教わった覚えがある。下から来る人間と、対等の立場で通商をする発想はないのかもしれない。


「神が頂点なのか、国王が頂点なのかという違いはあるだけで、人のためにはなっていないということですか」


「そういうことだな」


 シェラビーは先程の地図の前にもう一度立つ。


「自分達が天の上側、他が下側という発想だから、コルネーも、ナイヴァルも国境という概念が希薄だ。この村を取られる意味についてもほとんど考えていないだろう」


「そうかもしれませんね」


「ついでに言うと、奴らは俺のことをたかが下士官に身代金10万枚も求めた愚かな男として見ているだろうから、相手として与しやすいと思っているだろう。だから、当面は何もしてこないはずだ」


「あっ…」


 レファールは思わず声をあげた。

 理解できない高額な身代金にはそういう意味もあったのかと得心した。


「コルネーもそうだが、当面、ナイヴァルの連中も騙しておかないといけないからな。目論見がバレると枢機卿会議で止められる恐れがある」


「……既成事実になるまでは、強引に進めてしまおうということですね」


 シェラビーは「その通りだ」と満足そうに笑い、すぐに天井を見上げて考える。


「そうだな。おまえがいいかもしれないな」


「何のことですか?」


「いや。ナイヴァルの地歩を固めるためには俺の側に立つ大司教を増やしたいのだが、適当な奴があまりいないのでな」


「大司教? 私が、ですか?」


 六人いる枢機卿の下に大司教と呼ばれる地位の者がいることは知っている。


 が、ついさっきまでコルネーにいた自分である。それがナイヴァルの大司教になるというのは考えられないことである。


「スメドア様がいらっしゃるのではないですか?」


「枢機卿の血族は大司教以上にはなれんのだ。ラミューレはともかく、ジェカ、スニー、メムルクは武芸一本槍だから大司教に推薦するには不安だからな。おまえが問題ないようならいずれ推薦したいと思う。ということで」


 地図のど真ん中を指さした。


「とりあえず三か月程度は準備期間に充てることになるだろうからな。その間にお前はスメドアと一緒にバシアンに行って、総主教に会ってこい。そこに行けばナイヴァルのことも色々覚えられるだろうからな」


「えっ、えっ?」


「スメドア、分かったな」


 戸惑うレファールを他所にシェラビーはスメドアに命令した。


 あっという間に、ナイヴァルの神都バシアンに行くことが決まってしまった。




 唐突に決まったバシアン行きであるが、決まったとなると、レファールも考えを切り替える。確かにナイヴァルの枢機卿の下に仕える以上は、ナイヴァルのことを知っておく必要があるし、総主教がどういう人物かも見極めておく必要がある。


「できればあいつも連れて行っていいですかね?」


 スメドアと二人になると、レファールが頼み事を言う。


「あいつというのは?」


「ボーザ・インデグレスです。まあまあ役に立つと思いますが…」


「…そうだな。おまえ以外にもナイヴァルのことを知っている者が一人くらい、この村にいた方がいいだろうからな」


 スメドアの了承を貰えたので、レファールは山を登り、村の方へと向かう。




 村に入ったとき、ボーザをはじめとしたセルキーセ村の者達はちょうど木の皮を剥いでいるところであった。


「あっ、色男大将だ」


 レファールの姿を認めたボーザの言葉。レファールは苦笑する。


「いいですよねぇ。俺らが日々、仕事をしていた間、大将は可愛い女の子と仲良く遊べて」


 ボーザの冷たい視線に他の者も同調している。どうやら、余程サケをもってきた時の様子を羨ましく見られていたらしい。


「あのな…、それはあくまで身代金要求時の立場がない時の暫定的な処置で、今はもうそんなことをしていないぞ。それに、あの娘達は可愛いが、連日色々聞いていると本当に疲れる。ウサギだって十羽くらい捕まえないといけなかったんだからな」


「今は何をしているんです?」


「シェラビー様の配下になった。これからバシアンに行くんだが、ついてこないか?」


 ボーザが自分を指さし、「俺?」と不思議そうな顔をした。


「ああ。この村で、自分以外にももう一人くらいナイヴァルのことを知っておいてほしいということだ」


「……それって、拒否はできない感じですかい?」


「……拒否したいのか?」


「ナイヴァルでしょう。何だか不気味じゃないですか…」


「そうかもしれないが、スメドアもついてくるし、おまえが嫌だと言うのなら、おまえの代わりに誰か別の者が行くことになるのだが……」


「あぁ……、それだったら俺が行った方がいいんだろうなぁ」


 ボーザは大きな溜息をついた。

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