グレカナ。

BULLETandARROW

グレ1

今日、カナちゃんがグレた。

教室のドアを乱暴に開けて姿を現したカナちゃんは、昨日までのカナちゃんとは対極にいるかのように違った。教室の皆は一瞬、その女の子がカナちゃんだとは分からなかったようだった。だけど、幼馴染の僕はすぐに気が付いた。顔を見れば、その人はまぎれもなくカナちゃんだった。僕を含めて皆が話をやめ、カナちゃんに注目していた。他の教室と違ってこの教室は一瞬にして静寂に包まれた。

廊下と反対側、一番後ろである自分の席に向かう途中、カナちゃんの足は何か書いていた人の机の脚に当たった。少し遠いここから見ても、その人の腕がその衝撃で揺れ、書いていた何かにミスが生じたのは明らかだった。机を蹴られたその人は、すぐに謝罪がないことにムッと口を尖らせ、眉を寄せた。そして、一言言わないと気がすまないと思ったのかさっと顔を上げて、声を発そうとした。だが、目の前の昨日までとは全く異なるカナちゃんの姿を見て言葉を失ったようだった。口はポカンと開いたままだ。そんな顔を横目に捉えたカナちゃんは、立ち止まって「ごめん」と素直に言った。それに教室のみんなは少し拍子抜けしたが、カナちゃんがまた歩き出すと、その瞬間また教室に緊張感が走った。服装は着崩されていて、髪型もとても複雑に編まれている。多分それも校則に引っかかるだろう。この学校は複雑な髪型を禁止としているから……。それに、ネイル、ピアスやイヤーカフなどの耳飾り、化粧……数えきれないほど、校則破りはあった。

カナちゃんの様子は明らかにおかしかった。

――カナちゃんは昨日までは優等生だったのだから。

僕自身も驚きの表情をせずにはいられなかった。だって「優等生」という言葉はカナちゃんの代名詞みたいなものだからだ。なのに……どうして急に……。

皆は昨日までのとてもチャーミングな笑顔……僕が好きな笑顔……とは正反対の冷酷な顔つきで歩いてくるカナちゃんに恐怖を感じ始めていた。カナちゃんの机までの道はまるで女王様が歩いているかのようにひらけてしまった。皆左右に寄ってひそひそ話したり、気まずそうにカナちゃんの様子をうかがったりしている。それらに対してカナちゃんがギロッと睨むと、皆は慌ててカナちゃんから視線をそらした。その眼光はあまりに鋭すぎて、野生の虎そのもののようだった。

カナちゃんの進路を見守っていたその時、カナちゃんの進路の目的地に皆はハッと危険を悟った。また教室に緊張感が走ったと僕は思った。なぜ僕一人だけこんな呑気かって? 僕にはカナちゃんが人に暴力をするなんてとても考えられなかったからだ。

カナちゃんの席には、クラス人気ナンバーワンの……カナちゃんのことが好きな男、本人は必死に隠しているけど、僕から見たら好意が駄々洩れな男、顔が良いだけでちチヤホヤされている奴……が座っていた。カナちゃんは自分の席に男でも女でも、別に誰が座っていようが気にするような人ではない。学校の机は学校のもので、そもそも自分のものではなく、だと思っていたからだ。だが、今のカナちゃんの空気ではヤバイ気がする、何かが起こるのかもしれない、何も起こらないでくれと皆は思ったり、祈ったりしていた。

当の本人は友達と話し込んでいて、気付いていない。あの男はそういうところには鈍感だった。教室が急に静寂になっても、かまわず話し続ける。その周りの男どもも同じだ。

だが、さすがに皆の空気がおかしいと思ったのか、周りの男たちはやっと異変に気が付いた。昨日のカナちゃんとは全く別人の、一瞬見ただけでは分からないまぎれもないカナちゃんをその視界に捉えた彼らは、大きな動揺を見せた。

「え……く、黒林……?」

「お、おい、あれ、黒林か?」

「おい、お前ら、どうしたんだよ?」

男は、やっと異変に気付いた。ほんとに呑気で……本当に不愉快だ。

「お、おい! 早く席からどけろ……っ!!」

周りの男たちの中の1人が男に耳打ちした。あの男もなかなか失礼だな? カナちゃんを迫りくる化け物か何かだと思っているのか? 

僕は正直、内心楽しんでいた。僕の好きなカナちゃんが、皆を支配してしまう女王様に見えて。僕は別にマゾじゃない。けど、そんな偉大な力を持った美しい人が今、ここに君臨したのだ……。

男がなかなかどけようともしない間に、カナちゃんはその椅子の背後にまでやってきた。周りの男たちと教室の皆はどうなるのかと固唾を飲んだ。

背後に気配を感じたのか、男は振り向きながら、

「あぁ、ごめんごめん、椅子借りて……」

と言いかけたが、案の定、カナちゃんの姿を見ると、その続きの言葉は消えた。

「え……?」

男の口からはそれしか出てこない。

「おーい、遠藤……」

「しっ!!」

他の教室からやってきた新たな男はその言動をこの教室の女に制止された。奴も友達に会いに来たフリして……カナちゃん目当ての男だ。

「ったく、なんだよ……え……?」

その男も短くか細い声を発した。

「邪魔」

「えっ」

「どけろっつってんだよ」

「あ、え、あぁ、ご、ごめん」

男らしからぬ弱々しさだった。男と周りの奴らは怖気づきながら、教室の隅へと足早に去っていった。昨日までのカナちゃんなら、男の好意に気づいているが故に、可愛らしい反応をしただろう。それが好きな女の子に「邪魔」って冷淡に言われちゃったなんて……一週間は立ち直れないだろう。それほどあいつがカナちゃんに惚れていることは知っている。可哀そ……ざまあみろ……あぁ、ほんと腹立たしい。

カナちゃんは、不服そうな顔でゴテゴテに飾られたリュックを丁寧に机に上に置くと、椅子に座った。そして「チッ」と皆に聞こえるくらいの舌打ちをすると、机の向きを正した。

カナちゃんのスカートは当たり前のように、膝上まで短くされており、今にも下着が見えそうだった。そして、それを偶然見れたらいい、なんて考えている奴らに

「キモいんだけど、お前らの視線」

と言い放った。

心が凍てつくほどの重低音のその言葉は見事そいつらの心を凍らせてしまったようで、一斉に顔を背けたものだから、僕はもちろん皆に顔が割れた。

まぁ、短くしているのが悪い、なんて言った奴は僕が許さないけど?

教室はすっかり静まり返っていた。カナちゃんが訪れるまでギャーギャーとうるさく騒いでいた教室とはまるっきり正反対であった。

「何?」

カナちゃんが見まわしながら睨むと、凝視していた皆は一斉にその視線を外した。

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