第4話

 ケンジの答えにあたしは目をパチパチとさせた。


「言ったっけ?」


「つい半年前、ご自身がおっしゃったことですが」


「半年も前じゃ、自分が言ったことでも覚えてねえよ」


 あたしとケンジは顔を見合わせて、そろって首をかしげた。

 このあたりの感覚は、付き合っているときも。結婚してからも。この先、どれだけ時間があっても、わかりあえる気がしない。

 ましてや、残り五分でなんて無理な話だ。


 まぁ、いいか……と、お互いにうなずいて、


「俺には笑いのセンスがない」


 ケンジが言った。真剣そのものだ。


「自覚してるだけ偉いぞ。無自覚かと思ってた」


「大丈夫だ、自覚している。そこで三十年計画を立てた。時そばから始めて、まんじゅうこわい、じゅげむ。最終的には……」


「死ぬ間際に素人の落語聞かされて、笑えるわけねえだろ。ヒトの笑いのセンス、安く見積もってんなよ」


 三十年に及ぶ壮大な計画を語ろうとしているケンジをさえぎって、あたしは言った。

 ケンジは大きく目を見開いた。言われてみれば……とか、思ってるんだろう。眉間にしわを寄せると、深々と頭を下げた。


「重ね重ね……大変なご無礼を」


「苦しゅうない。顔をあげよ」


 ケンジは顔をあげると、真顔のままつぶやいた。


「だが、しかし……そうすると……」


 考え込むケンジを見て、あたしはため息をついた。


「わかった、わかった。なら、半年前だかに言ったのは撤回。死ぬときはキスしながら死にたい。これならいけるだろ」


 ケンジはあたしの目を見つめて、こくりとうなずいた。


「一年半の実績がある。回数にすると四百……」


「やめろ、アホ」


 あたしはケンジの口を、足の裏でふさいだ。具体的な数字にされるとこっぱずかしい。て、いうか数えてたのかよ。結構、気持ち悪いぞ、おい。


 なんて、思いながら。あたしはソファに座り直した。

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