第6話 罪と罰


 「微塵も残してやらないから……。 爆ぜろ! 流星ミーティア


 アイネの指先から炎が渦を巻いて現れ、拳大こぶしだいほどの火球を形成すると、甲高い炸裂音と共にこちらへ向かって発射された。

 その攻撃を読んでいた我輩は、躊躇ちゅうちょすることなく流星ミーティアへ向かって走り出す。

 先ほど我々を襲ったモノと同じなら、障壁で防いだり着弾地点より後方へ逃げるのは危険だからだ。


 轟々と音を鳴らし迫る流星ミーティア。 一瞬でも判断をあやまれば直撃し死ぬだろう。

 だが、百戦錬磨の英雄である我輩からすれば、この程度の圧力プレッシャーなど児戯に等しい。

 流星ミーティアと重なる直前に半身を右に傾け、ギリギリで避けると同時に魔術を発動する。


 「大力無双イーヴァルディ鉄槌てっつい


 アイネに手の内が見えないよう、右手に古代文字ルーンが刻まれた鉄槌を召喚し飛び上がった我輩は、アイネの頭上目掛けて鉄槌を振り下ろす。

 だが、こちらの動きも読まれていたのか、アイネは後方へ飛び退き、鉄槌の一撃は空を切った。


 着地と同時に後方から爆発音が鳴り響く。軽い振動と生暖かい風が背中を通り抜け、先ほどの記憶を甦らせる焦げた匂いが、我輩の気持ちを昂らせた。

 視線を向けると、流星ミーティアの着弾地点から発生した衝撃波が扇状に広がり、範囲内にあるモノ全てを破壊し尽くしていた。

 大地はえぐれ、木々は粉々に砕け散り、なんとか形を保っている欠片もいずれ灰となるだろう。 自然と共に生きてきた妖精族われわれにとって、この光景は耐え難き苦痛でしかない。


  世界樹ユグドラシルに住む妖精族は火の魔術を使うことは禁止されている。

 火は多くの祝福を与えるが、誤って使えば全てを滅ぼす力となる、と幼い頃から教えられてきたからだ。

 火を起こすことを許されるのは、認められた鍛冶師か精霊のみ。

 妖精女王ティターニアからも耳がタコになるぐらい、何度も何度も聞かされたのひとつだ。

 だから我輩も火の魔術は使えないし、今後も使うことはない。


 同族であるアイネが火の魔術であろう流星ミーティアを使ったことで、この者が本当に裏切ったのだと確信し、心が怒りと悲しみに染まっていく。

 そんな気持ちをあおる声が聞こえてくる。


 「その避け方はせいかーい。 一度見ただけで対応できるなんて、さすが我が国の英雄様ね。 これも戦争で生き残った経験によるものなのかしら?」

 「……そうだな。 多くの命を奪った経験が、いまや我輩の命を守っておる。 そして戦争未経験の貴様が、禁止されている火の魔術を使って自然を破壊している……これが運命だとしても、冗談が過ぎる」

 「そうね。 でも、これは全て貴方が犯した罪が原因なのよ? 罪は永遠に消えないし、忘れるなんてことは絶対に許さない。 その身にしっかりと罰を受けてもらうわ」


 指先をこちらに向け、再び戦闘を開始しようとするアイネに対し、我輩は素早く指を動かし宙に魔法陣を描き始めた。

 動きに気づいたアイネの邪魔が入る。


 「円環? させるわけないでしょ。 爆ぜろ! 流星ミーティア


 かかった!


 我輩は発動に時間が掛かる円環魔術アナルアスを餌に、釣られた流星ミーティアに対し魔術を発動する。


 「甘い! 穿うが飛ぶ鷲アルタイル


 差し出した右手から稲妻を放つと、瞬く間に流星ミーティアに直撃し誘爆を引き起こした。

 強烈な光で目を背ける。

 軽い衝撃波と生暖かい風が通り過ぎるころ、視界の先に現れたのは炎と雷が渦巻く竜巻だった。

 炎と雷による過負荷の爆発と飛ぶ鷲アルタイルで爆風が増幅され、竜巻が発生したのだ。

 ほとばしる轟音と熱波を放つ竜巻のおかげで、アイネは我輩を見失った。


 予定通りだ。 今のうちに仕掛ける!


 指先に意識を集中し、宙に魔法陣を描き始めた。 魔力配分が大変な魔術だから、発動までに少し時間がかかる。

 今のところアイネに動きはない。

 彼奴あやつはおそらく、我輩の位置を知るために感知魔術を使うはずだ。

 アレも円環魔術アナルアスだから同じように時間が必要になる。


 魔法陣を描きあげ大地に落とし発動させる。

 大地から現れたのは、我輩にそっくりなエルフたちだ。

 しかし、よく見ると半分ぐらいの大きさしかない。

 本当は同じ背格好なのだが、魔力が少ないためこうなってしまった。 まぁ仕方ないと割り切る。 今回の作戦に見た目は関係ないしな。

 魔力をしっかり六等分したので、五体現れている。

 よし、名前をミニルと名付けよう。

 我輩は五体のミニルに指示を出し、周囲の森へ分散させた。

 魔力は六分の一に減ってしまったが、ミニルの仕掛けが上手く行けば、アイネを倒すことが出来るはずだ。


 遠くで我輩の居場所を感知魔術で探っていたアイネが、反応が六つも見つかり戸惑っている声が聞こえてきた。

 デタラメに流星ミーティアを打ってこないか心配だったが、杞憂に終わった。

 罠の可能性や感知した魔力が微量だったからだろう。

 これで、作戦は最終段階まで進んだ。 あとは、彼奴あやつを殺る気にさせるだけだ。


 時間の経過と共に消え去った竜巻の奥から、ゆっくりと近づいてくるのは、もちろんアイネだ。

 耳がピクピク動いているので、周囲の警戒を怠っていないのは流石だ。

 アイネは自信たっぷりな態度で我輩を挑発する。


 「なにか企んでるようだけど、上手くいくかしら? いろんなところに貴方の魔力を感じるけど、どれも微量な魔力ね。 貴方自身もほとんど魔力が残ってないじゃない。 それでワタクシを楽しませてくれるの?」

 「もちろん。 貴様には我輩の恐ろしさをしっかりとその身体に叩き込んでやろう。 貴様が敗北を認めたら全て話してもらうぞ? ヴィオラのこともだ」


 ヴィオラの名を聞いたアイネの表情が一変する。 彼奴あやつにとってこの名は禁句のようだ。 だが、相手への挑発が上手くいったのは僥倖僥倖ぎょうこうぎょうこう。 これで作戦の成功率は跳ね上がったはずだ。


 しかし、どうも気になる。 我輩のせいでヴィオラが死んだといっていたが、まったく身に覚えがない。

 アンネの双子の姉ヴィオラは魂の狩猟ワイルドハントで戦死した。 そのことを知ったのはずいぶん後のことだ。 彼女は違う戦場で戦っていたし、そもそも戦に出てることすらも知らなかったのだ。

 性格は常に穏やかで仲間想い。 魔の才能に溢れ、妖精女王ティターニアを尊敬し憧れていた女王後継者のひとりだったのは覚えている。

 烙印のことで少し避けられていた気がするが、仲が悪かった訳ではない。 女王の元で精霊使いとして鍛錬に励んだ大切な仲間だと、我輩は思っている。

 なにか誤解があるはずだが、いまはアイネとじっくり話す余裕はない、勝つことだけを考えよう。 話はそれからだ。


 そのアイネの様子が変わった。 先ほどよりも魔力が強力に練られている。 我輩の予想通りなら、ここで一気に決める気だろう。 その言葉通り、アイネが動き出した。


 「そろそろ終わらせてあげるわ。 ワタクシの最強魔術、とくと味わいなさい! 」


 アイネの身体から魔力が噴水の様に溢れ出す。

 溢れ出した魔力が次々と光り輝く詠唱文字に変化し、アイネに吸い込まれいくのが見える。数百数千の文字が吸い込まれていくたび、アイネの姿が光に侵食されているように消えていった。

 完全に光と一体化したアイネは、光り輝く卵のようだ。

 卵からかえ雛鳥ひなどりのようにヒビが入り始め、光の卵殻が少しずつ破られていく。そしてアイネが姿を現した。

 その姿は不死鳥の如き、燃え上がる炎。

 炎を纏った真っ赤な鎧を身に着け、同じような炎を纏った赤い槍を持っている。

 ここからでも感じる魔力量は、先ほどとは比べ物にならないぐらい跳ね上がっていた。


 これが魔術を極めることで習得出来る二大魔術のひとつ、形態魔術ゲシュタルトだ。

 効果も非常に強力で、魔術の使用を限定する代わりに限定した魔術全ての魔力消費なし、発動条件の簡略化と時短、そして火力強化の恩恵がある。


 例えば、レックスに使用していた【獅子王ししおう覇気はき】と【ラフレシア・デレアスモス】を限定しておけば、発動中は詠唱しなくても覇気を連続で使用でき、魔力消費なしで何体も同時召喚できる。

 発動中はその魔術しか使えないデメリットはあるが、それを差し置いても強力すぎる、切り札とも言うべき魔術だ。


 だが、完璧だと思われるこの魔術には、ある重要な欠点がある。

 必ず形態魔術ゲシュタルトを使ってくるだろうと分かっていた我輩は、その欠点を付くため作戦を練り準備していたのだ。  

 そのことを知らないアイネは勝利を確信したのだろう。 傲慢な態度を見せつけてきた。


 「アンタの魔力は残りわずか。 こちらは形態魔術ゲシュタルトを発動し、そっちは生身。 いくらアンタが二つ名の英雄だろうと、この差を埋めることは不可能だわ。 諦めて命乞いしなさいよ。 そうすれば楽に殺して上げてもいいわよ?」


 アイネの強気な態度は当然だろう。 だが、殺されるわけにはいかない。 ラスやローランドが我輩の帰りを待っているのだ。

 作戦の成功率をあげるため、もっとアイネを怒らせなければならない。 そのために心を鬼にして挑む。


 「たしかに、並の術者ならば逆転の可能性は皆無だ。 だがな、我輩は百年近く続いた魂の狩猟ワイルドハントで無敗を誇った英雄、神々の輝り火レギンレイヴだぞ? この程度の差などないに等しい。 それに、貴様のような女王継承者にも選ばれず、実戦を経験したことの無い傲慢なだけが取り柄の小娘など相手にもならんわ。 それをいまから教えてやろう。 ほーれほれ、かかってこい」


 そう言ってにやけヅラで手招きをする。


 怒りが沸点を越えたのか、真っ赤に充血したアイネの目の中には、殺意の二文字がハッキリ映って見える。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛」


 感情が爆発し獣のように叫ぶと、炎を纏った槍から流星ミーティアのような火球を連続で放ってきた。


 よし来た! 我輩は即座にくるぶしに触れ魔術を発動する。


 「ラス、少し力を借りるぞ。 駆けろ! 狩猟豹スプリンター


 襲いかかる無数の流星ミーティアを避けながら左の茂みへ突入する。

 正直、森が吹き飛ばされることに心が痛んだが、この作戦が上手く行けば破壊された場所は元通りにできる。そのためには作戦を成功させなければならない。我輩は決意を新たに猛スピードで森の中を駆け抜けた。

 爆発によって至る所の木々を吹き飛ばすも、魔術で走力をあげた我輩に流星ミーティアは当たらない。 アイネが冷静さを失っていることも大きいだろう。

 円を描く様に走ったことで、元の位置に戻った我輩を見たアイネが、怒りのまま声を上げる。


 「ハァハァ…… ア !? こっちに向かってくるかと思ったら一周しただけ? 何がしたいんだテメェ! 」


 もう言葉使いまで変わってしまっているアイネに、我輩は優しく説明してあげることにした。


 「たしかに形態魔術ゲシュタルトは強力な魔術だ。 その攻撃力は精霊魔法にも匹敵する。 だが、これほど攻撃的な魔術だからこその弱点がある。 それを今から見せてやろう」


 そう答えると、ハッとしたアイネが周囲を見渡す。 なにか気がついたようだが、もう遅い。

 大地に手をつき、残りの魔力を全て使って魔術を発動させる。

 すると、アイネを囲むように光り輝く巨大な円が現れた。 とてつもない速さで術式が書き込まれていく。

 術式が書き終わると、今度は六芒星が浮かび上がり円の中に故郷の象徴世界樹ユグドラシルが立体化して出現した。 光で画かれた世界樹は神々しくも美しい。 枝には多くの果実が実り、その中には詠唱文字が書き込まれている。


 アイネが魔術を発動しようとしたが、残念ながらその中で術を使うことは出来ない。 外へ逃げることも不可能だ。


 これがと並んで、魔術を極めたものだけが形態魔術ゲシュタルトたどり着ける二大魔術のひとつ、立体魔術ソリッドだ。

 そして、この魔術こそ我輩の切り札。 帝国の屋敷で故郷を思い、長年掛けて編み出した魔術【世界樹ユグドラシル】である。


 状況を理解したアイネが吼えた。


 「な、なぜ !? いつの間に立体魔術ソリッドをどうやって用意した! 魔力もほとんどなかったクセに」

 「説明してやろう。 まず、貴様を中心にして六芒星ヘキサグラムの位置に我輩が作り出した分身体ミニルを配置した。 分身体ミニルが普通に攻撃されていたら失敗していたかもしれんが、優秀な貴様だからこそ攻撃はしないと踏んでいた」


 アイネが悔しさを滲ませた表情でこちらを睨んでいる。


 「魔術を使う為の魔力は、形態魔術ゲシュタルトで火力が上がった流星ミーティアから頂いた。 貴様を挑発して我輩が囮となり、分身体ミニルに指示しておいた魔力吸収の魔術を発動し、流星ミーティアを吸収したのだ。 あれほど連発してくれれば何発か消えても気がつくまい。 分身体ミニルには、魔力吸収と同時に自動で六芒星ヘキサグラム魔法陣を描く様プログラムしてある。 あとは発動させるだけ……これが我輩の作戦だ」


 アイネは座り込み、ただ話を聞いている。

 我輩は最後に説得を試みた。


 「ここまで追い込まれたのは久しぶりだ。 世界樹ユグドラシルのときでもそうそうなかった。 実際、作戦は綱渡り状態だったしな。 このまま【世界樹ユグドラシル】が発動すれば、貴様の魔力を全て奪い取り、その魔力を上乗せした光属性魔術【ニーベルングの指環】を内部で発生させる。 その鎧は剥がされ生身となった状態では骨すら残らん。 心から敗北を認めれば魔術は解除される。 貴様は死ぬには惜しい。 その力を良いことに使うのだ。 そのためなら我輩はいくらでも罪を償うし、力も貸そう」


 アイネはゆっくりと立ち上がり、吹っ切れた笑顔でこう言い放つ。


 「貴方に頭を下げるぐらいなら死んだ方がマシ。 どんなに善人ぶろうと英雄的行動を取ろうと、世界中が許したとしてもワタクシだけは絶対に……絶対に許さない!」


 最後の言葉と共に【ニーベルングの指環】が発動し、アイネは光に包まれた。



 光が消え去ると、そこにはやはり何も残っていなかった。 胸がキツく締めつけられる。

 英雄殺しの情報は得られなかったが、 それよりもアイネを救えなかった不甲斐なさに、苛立ちが募る。

 アイネが最後に言った言葉が何度も何度も頭の中で反芻はんすうし胸に突き刺さった。


 

 ……落ち込んで座っていた我輩を呼ぶ声がどこからか聞こえてくる。

 元気な声に引っ張られるように顔をあげると、ローランドがラスを抱えて走ってくるのが見えた。

 二人を見たことで安心した我輩は地面へ倒れる。

 名前を呼ぶローランドの声が、子守唄のように我輩を夢の世界へいざなっていった。






 ヴァーミリオン帝国首都デュランダルの王城の一室にて。



「クソがクソがクソがぁ !! 」


 頭に着けていた装置を乱暴に剥ぎ取り、地面へ叩きつけたのは、アイネ・クライネ・ナハトムジークだ。

 その様子を見ていた萎びた三角帽子を被った女がアイネに向かって口を尖らせて怒り始める。


「ちょっと、壊さないでくれる? それ一台しかないのよ。 あーあ、煙出ちゃってるじゃない」

「は? なに、いってんの? 貴方が言ったんじゃない。 この魔導人形使えば、アイツを殺せるって」

「確かにそう言ったけど、どう考えても負けたのは貴方の実力不足よ。 人形ちゃんのせいにしないでくれる? 」


 女のキツい一言にアイネは反論出来なかった。 負けたのは事実だからだ。 悔しそうなアイネを見た女は、ため息を吐きながら慰めの言葉をかける。


「まぁこの魔導人形も試作段階で、アンタも初めて使ったにしては上手く操ってた方よ。 いいデータも取れたしね。 次はもっといいの作ってあげるから待ってなさいな」

「ダメ! いますぐアイツを殺しにいく」

「それこそダメよ~。ここから出たら妖精女王ティターニアに気づかれる。 せっかく世界樹ユグドラシルからバレずに逃げてきたんだから、我慢なさい。 とりあえず、次の手は打っておくわ。 あの子を世界樹ユグドラシルに帰す訳にはいかないもの」

「そうね。 もしアイツが帰ったら、いろいろと不味いのよね? ヴィラ」


 二つ名の英雄【月蝕げっしょくの魔女】ことヴィラ・エクソダスは、笑顔で答える。


「そうよ。 だから、あの子と妖精女王ティターニアには、死んでもらわないと」









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