　ノイシュは手にした大剣を支えに何とか立ち上がった。視界（しかい）には斃（たお）れた戦士達が敵味方の別なく広がっている。腕（うで）や脚（あし）がどこかに吹（ふ）き飛んでしまっている者、破れた腹部から臓物（ぞうぶつ）を出したまま転がっている遺体（いたい）、真っ黒に焼け焦（こ）げてしまい、その顔も判別できなくなっている炭塊（たんかい）――

地獄（じごく）を再現させたその光景に、ノイシュは思わず瞼（まぶた）を下げた。一体、僕はこの中のうち何人と戦い、その命を摘（つ）み取ったのだろう――

ノイシュはかぶりを振（ふ）って心想の淵（ふち）から無理矢理に抜（ぬ）け出した。周囲からは依然（いぜん）として剣戟（けんげき）と悲鳴が容赦（ようしゃ）なく響（ひび）き渡（わた）っている。

――まだ戦いは終わっていないんだ……ビューレ達を戦場から逃（の）がすためにも、少しでも長くここを防守しなきゃ……ッ――

　ノイシュは何とか荒（あら）い呼吸（こきゅう）を落ち着かせようと無理に大きく吸（す）い込（こ）む。が、途端（とたん）に胸がそれを受け付けずに激しく咳（せ）き込んだ。相次ぐ敵軍の波状攻撃（はじょうこうげき）を受ける中で腕や大腿（だいたい）に刀傷（かたなきず）を刻まれ、それらが容赦（ようしゃ）なく痛覚（つうかく）を訴（うった）えてくる。全身に重苦しい疲労感（ひろうかん）が憑（と）りつき、もはや刀身を振（ふ）り上げる事さえ覚束（おぼつか）ない。そもそも大剣など自分には扱（あつか）いこなせる代物（しろもの）ではないのだ。衝撃剣（しょうげきけん）の威力（いりょく）を最大限に引き出すため、無理して振り回しているに過ぎない――

　不意にレポグント軍側から角笛（つのぶえ）の大音量が響（ひび）き渡（わた）った。ノイシュはそれが次なる波状攻撃（はじょうこうげき）の合図であることに気が付き、素早（すばや）く遠方を見据（す）えると敵戦士（てきせんし）達が渡河（とか）して来るのが視認（しにん）できた。ノイシュは慌（あわ）てて後方を見渡すが、もはやこちらの手勢で戦える者など指折り数える程（ほど）しか確認できない――

　ノイシュは奥歯（おくば）を噛（か）み、絶望（ぜつぼう）に萎（な）えそうな思いを打ち消すべく腹に力を込（こ）めた。そしてどうにか呼吸（こきゅう）を整えると大剣を捨（す）て、腰（こし）に吊（つる）した鞘（さや）から片手剣を抜く。大剣に比べると余（あま）りに心許（こころもと）ない武具だが、今はこれに頼（たよ）るしかない。霊力（れいりょく）を発現できるのも体力からみて、あと一回が限界だろう――

――ここで僕は、死ぬかもしれないな……

　思わずノイシュは眼を伏（ふ）せた。しかしそれも仕方ないと思う。こうして後詰（ごづ）めに自分は身を投（とう）じたのだ。何より敵戦士からすれば自分は戦友を殺した仇（かたき）だった。聖都（せいと）の民を略奪（りゃくだつ）から守るためとはいえ、何人もの敵戦士を斬（き）り捨（す）ててしまった。死んだ彼らにも家族、大切な仲間、そして愛する人がいただろうに……――