第31話 変わらない思い、変わる思い

 吾子は白虎様が狛に伝えた、

『向き合い理解することが必要だ』

 という言葉をずっと反芻している。

 俯いて、ぶつぶつと言っている吾子を怪訝そうに見守る狛と小虎は、どうしたものか、と考えている。

 しばらくすると、吾子は顔を上げると元気よく、

「狛、私はやっぱり巫女になります!」

 その言葉に狛は目を白黒させる。

「ええ、と理由を聞いてもいいですか?」

 吾子は晴れ晴れとした表情で狛を見ると、

「私の見た目は、村人と違います。もしかしたら、この先も私のような村人と見た目が違う人が生まれてくるかもしれないです。その人のために私はいまから村人と会って、見た目が違うけど、同じ村人です、と理解してほしいのです」

 狛は吾子の考えに衝撃を受ける。吾子はこの先に生まれる見た目の違う人間でも、受け入られやすい環境を作ろうとしている。

 だけど、懸念もある。

「しかし、また暴力をふるわれるかもしれないのですよ?それでもいいのですか?」

「はい、大丈夫です!けど、暴力をふるわれたら、話しを聞いてくれますか?」

 吾子は狛と小虎を見てお願いを口にする。

 狛と小虎は顔を見合わせると、少し考えて、

「わかりました。僕と小虎が暴力から守ります。それは譲れませんから」

 吾子は頷くと、

「白虎様に、もう一度伝えたいです」

 と話すが狛は、

「僕が白虎様に話してみます。ただ、白虎様はあまり快く思っていないので、態度が変わるまで時間がかかると思います。だから、しばらくはこの話しは白虎様にしないでください」

 吾子はまた頷いて、

「狛、宜しくお願いします」

 と頭を下げた。


 狛は吾子の話しをまとめながら、白虎様の部屋に向かう。

「白虎様」

 障子の向こうで不機嫌そうな声を出して、

「入れ」

 と話す。

「失礼します」

 狛は部屋の中に入り、白虎の元に近寄ると、

「あこのことなのですが……」

 狛がそう切り出した瞬間、布団の上に移動し、狛に背を向ける。

 そんな態度にため息をつきながら、勝手に話し始める。

「あこが巫女になりたいと言ったことについて話しを聞きました」

 白虎は不機嫌らしく、しっぽをばたんばたんと大きく音を出しながら床に叩きつけている。

「あこがなぜ巫女になりたいかと言えば、あこがこの家にきてから嬉しいこと楽しいことがあることを知って、もしこの国に異変があって村人に伝えられずに死んでしまうことになったら、嬉しいこと、楽しいことを奪ってしまうのではないかと考えたそうです」

 白虎は相変わらずしっぽをばたんばたんと床に叩きつけているが、狛は構わずに話しを続ける。

「それと、吾子は白虎様が俺に言ってくれた言葉によって、村人と向き合って髪や目の色が違くても同じ村人なんだと伝えたいと言っていました」

 狛の話しに白虎は低い声で、

「余計なことを話して」

 と狛に言う。

「白虎様」

 狛は呼びかけるが振り向かないこともわかっている。

「あこはあこなりに考えて巫女になりたいと伝えてきました。俺はあこの幸せが一番大事です。辛いことを忘れて穏やかに生きてくれればいい、と願っています。だから、今回の話しを受け入れてはいけないことなのだとわかっています。ですが、今回はあこの考えを尊重したいのです」

 白虎はしっぽの動きを止めて、狛の気配を伺っている。

「初めてあこが自分で考えて出した答えなのです。今までは選択肢のない状態だったのに、巫女という選択肢があらわれて、あこは巫女になることの長所と短所を深く考えて出した結論なのです。だから、あこの願いを受け入れてくれませんか?」

 狛は白虎に向かって頭を下げる。

 だが、白虎からは返事を聞くことはできなかった。

 

 その日の夜。

 吾子はいつものように食事の支度をしながら、落ち着かない気持ちを抱えていた。

 朝の食事の時に白虎様を怒らせてしまい、それ以降一言も話さないうちに部屋を出てしまった。

(今日、夜会えたら謝らないと……)

 吾子はそう決意したが、それが叶うことはなかった。


 狛が疲れた顔をして厨(くりや)に顔を出す。

「あこ、申し訳ない。白虎様が1人で食事をする、と言って先に持ってきてほしいと」

 狛の言葉に吾子は俯いてしまう。

「白虎様、かなり怒っているのですね……」

 吾子は肩を落としながら、かまどの鍋から白虎の皿にかゆをよそうとそのまま部屋に持って行こうとしたら狛に止められる。

「あー、え、と僕に持ってこいと言われているので、あこはここで待っていてください」

 狛のばつの悪そうな顔を見て、吾子は涙が零れる。

 厨の入口に座っている小虎が吾子の近くにより、涙をなめる。

 狛はその様子を見ながら吾子に、

「今は頑なな態度だけど、そのうちに元通りになるから、それまでは僕と小虎と一緒に食事をしましょう」

 とだけ伝える。

 吾子は頷いて、小虎の頭を撫でながら狛の帰りを待つことにする。


 だが、この日を境にして、しばらくの間、吾子は狛と小虎と一緒に食事をすることになった。

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