第14話 番人は子虎

 白虎様と別れて、俺は1人かかさまの住む家に向かう。

「荷物、詰込みすぎたな」

 白い息を吐きながら、固まった雪の上をひたすら歩く。

「小虎は番人というより、あこの遊び相手になりそうだな」

 白虎様のしっぽにじゃれている光景を見て、紐を荷物の中に入れておいた。

「あ、小虎用の布団も必要だったな」

 かかさまとあこの着物、それに小虎用の布団。

 反物がどんどん消費できてうれしい。

「おっ、そうだ、絹糸もあったから次は緯錦織(よこにしきおり)で着物を作ってみるか?」

 先のことを考えているうちにかかさまがいる家についた。

 空を見ると、まだ白み始める前なので、家が見える木の陰で少し時間を潰す。


 時間を潰している間にも、お供えでもらった物を頭の中に思い浮かべ、にやにやしていると、ふいに人が歩いてくる音が聞こえた。

(あこが戻ってくるのまだ先になると思うのだが……?)

 疑問に思い、木の陰に隠れ荷物を足もとに静かに置くと、音のしたほうを見る。

 そこには20くらいの若い男性が俯き、重い足取りでかかさまのいる家に向かって歩いている姿が見える。

 俺は警戒をしつつ目で追っていたが、その男の目的地はかかさまのいる家なのだと思った時に木の陰から飛び出し、冷たい声で男を呼び止める。

「そこの人、なにようでここにいる」

 男ははっとして顔を上げ、俺の顔を見て驚いている。

 その顔に見覚えがあったが、どこで見たか思い出せない。

 気づかれないように距離を詰めていく。

「あ、いや、道を間違えたようだ」

 男は目を泳がせながら答える。

「ほう、まだ暗いからな。道を間違えることはあるな」

 少しずつ距離を詰めていく。

「そ、そうなんだ。暗いから、入る道を間違えたんだ」

 男の顔をじっと見つめて、

「この先の家には白虎様がお守りになる方が住んでいらっしゃるのだ。手を出したら何が起きるか、久知国(くちこく)の人間なら知っているな?」

 その言葉に男ははっとして、

「やはり、白虎様だったのか……」

 と突然、ガタガタと体を震わせ始めた。

 不思議に思い、話しを聞こうとしたところ、その男は突然座り込み、

「まだ死にたくないんだ。どうしたらいんだ」

 と泣き叫び始めた。


 俺は状況が全く読めずに泣き叫んでいる男に質問をしてみる。

「いったい、どういうことなのだ?すでに白虎様の怒りに触れるようなことをしているのか?」

 男はしゃくりあげながら、

「ま、前に、その、この先に、住んでる、子を水汲み場に落とした時に、白虎様の唸り声を聞いて……」

(あっ、あの時の以都(いと)の仲間だ、こいつ)

 そう思った瞬間、怒りがふつふつと沸き上がってきたのを感じる。

「なぜ、こんな時間にここにいるのだ」

 がたがた震える男をさらに問い詰める。

「いや、あの、詫びをいれようと思って……」

「こんな朝早くにか?」

「……」

「なぜ、こんな時間にきたのだ?」

 俺はさらに問い詰めたが、何も言えずに男は黙り込んでしまう。

「何も言わぬのなら、早く立ち去られよ。じきに白虎様がお越しになるぞ」

 その言葉に男は立ち上がると一目散に逃げて行った。その姿を目で追いつつ、

「まだ安心はできないのだな。これからは小虎に守ってもらわないと……」

 ため息をついたあと、空を見上げると白み始めていた。

 慌てて、木の陰に置いた荷物を持って、かかさまのいる家に向かった。


「失礼します」

 と入口から声を掛けると、すぐに返答があった。

 障子を開けて中に入ると、かかさまは布団の上に座っていたが、いつも着ている着物になっていた。

「おはようございます、狛様」

「おはようございます。体調はいかがでしょうか?」

「はい、このところは随分とよくなってきました」

 笑顔を浮かべながら答えてくれて、俺はほっとしていた。

 障子を少しだけ開けて、かかさまの近くに寄ると、

「えっとですね、今日これから、白虎様がお越しになります」

 かかさまは目を丸くしている。

「というのもですね、この家の番人兼、娘さんの遊び相手として、子虎を連れてきます」

 俺の言葉に目を丸くしたまま聞いているが、すこし考えてから俺に質問する。

「え、となぜ、番人という話しなのでしょうか?」

「それはですね、この家から暴力をふるう村人を守りたいという白虎様の思いなのです」

 かかさまはその言葉を聞くとさらに驚いた顔をする。

「娘さんから聞いたことがありまして、体を休めるためには番人を置いた方がいいだろう、となりまして。なかなか見つからなかったのですが、昨日、虎があらわれまして、番人になる、と言ったのです」

 かかさまは固まったまま俺を凝視している。いや、凝視されても……。

「そういうわけで、今日から、ここに子虎、名前は小虎がきます」

 俺は持ってきた風呂敷を解くと、

「これは、小虎用の水飲み用と食事用の皿です。あっ、食事はたまに肉が食べたいそうですが、普段はかゆでいいそうです」

 風呂敷の中から、干し肉を出し、かかさまに食事について話す。

 かかさまは、呆然としながらも話しを聞いている。

「それで水が多く必要になるかと思い、桶を新しく持ってきました」

 風呂敷から桶を出すが、今使っている桶より一回りだけ大きな物にした。

 その桶の中に小虎用の皿2枚と干し肉とじゃれるようの紐をいれてかかさまに渡す。

「この紐は小虎がじゃれると思いますので、遊んでください」

 かかさまは戸惑いながらも受け取ると、

「紐で遊ぶんですね……」

 と半信半疑の表情で話したので、

「ええ。白虎様のしっぽにじゃれていたので、紐でもじゃれると思います」

 その言葉にかかさまは笑った。俺は風呂敷を畳みながら、

「今日は少し慌ただしいのですが、これで失礼しますね。間もなく白虎様が来る頃だと思いますので」

「いつも気にかけて頂きありがとうございます。小虎と会えるのが楽しみです」

 満面の笑みでそう言ったかかさまを見て、慌ただしく家を出た。


 俺が家を出た時には白虎様はかなり近くにいた。

 慌てて身を隠しやり過ごした。


 白虎は狛(はく)の慌てぶりを見ながら、

「あこ、今日も家に入れてくれるかのう」

 と伝えると、

「わかった!」

 と元気よく返事をした。それにつられたのか、小虎まで鳴き声を上げている。

「ことらもいっしょ!」

 賑やかに家に前に到着すると、白虎は地面に伏せて、あこと桶を降ろすと、入口の障子が開くのを待つ。

 その間に、小虎に今回の目的を伝える。

『小虎、今日からこの家で見張り番として、あことそのかかさまを守ってほしい』

 小虎は白虎の顔をじっと見ながら話しを聞いている。

『いつ、2人を襲う人間が家の中に入るかわらない。もし、見知らぬ人間が入ってきたのなら、容赦なく噛み殺せ』

 小虎は力強く頷く。

『頼んだぞ。毎朝、あこが水汲み場に行くが、その間はここを守ってほしい』

 その言葉にも頷く。

『我は毎日ここにくる。何か異変があれば、その時に伝えてくれ』

 ここまで話した時に、あこから声がかかる。

『よし、いくぞ、小虎』

 その言葉に、小さく声を上げ、家の中に入る。


「白虎様、おはようございます。そちらの子虎が番人の小虎ですか?」

 その言葉に、白虎が話すより先に小虎が、

「きゃーお!」

 と小さく鳴く。かかさまは驚きつつも、

「かわいい子虎ですね。今日からよろしくお願いします、小虎」

 小虎はぐるぐるとのどを鳴らし目を細めてかかさまに答えた。


「狛から聞いていると思うが」

「はい。お話しを聞きました。いろいろと考えて頂き、ありがとうございます」

 かかさまは頭を下げる。

「そして、あこの遊び相手にと、紐まで持ってきていただきました」

 近くに置いてあった桶の中から紐を出すと、小虎が目を輝かせてきた。

「小虎、遊ぶ?」

 かかさまはそういうと紐を左右に揺らし始める。

 小虎は顔を左右に振りながら一生懸命目で追っている。と突然、左手を出して、紐を止めようとする。

 なおも揺らしていると、右手を出して、捕まえようとしている。

「狛様の言った通り、紐で遊ぶんですね」

 かかさまは楽しそうに言っているが、ふと吾子を見ると、不思議そうに見ていたので、

「吾子、遊んでみる?」

 と紐を渡す。吾子はかかさまの真似をしながら紐を左右に揺らすと、小虎は食いついてきた。

 白虎もかかさまも、その光景を微笑ましく思いながら見ていたが、気づくと、吾子が笑っている気がした。

「白虎様、吾子、笑っているような気がするのですが……」

 白虎も少し驚いたような声で、

「かかさまもそう見えるか?」

「ええ、笑っているように見えます」

 かかさまは感慨深い面持ちで吾子を見つめている。

「やっと笑ったな、あこが」

 白虎の言葉にかかさまは頷くと、吾子の初めての笑顔を忘れないようにとずっと見つめていた。

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