第6話 裏方の狛

 狛(はく)は今日も暁の前、夜半(よわ)の終わりころに目を覚ます。

 水汲み場にくるあこが村人から暴力を受けないか白虎様と確認するために、この時間に起きることになった。


 もちろん、俺はまだあこの前に顔を出すことを禁じられている。

 水汲み場で白虎様とあこが会っている間に、あこの家に行き、家の修繕をしたり、食料やあこの着る物を置いてくるのが、俺の役割だ。


 今日は、食料として冬の野菜の大根とねぎを持っていくことにし、あこの足袋が完成したので一緒に風呂敷に包む。


「ああ、そうだ、包丁がなかったな」

 あこの家にある調理道具は鍋以外に皿と木の枝と匙しかなく、一昨日、茶碗を1つ持っていったが、もう1つ必要なことに気づき、包丁と茶碗と野菜を切るのに必要な板も合わせて風呂敷に包む。


「ちょっと重いけど、白虎様が運んでくれるから問題ないだろう」

 狛は、よいしょ、と風呂敷を抱えると、白虎様の待っている玄関へと急いだ。


「白虎様、お待たせしました!」

 といいつつ、白虎様の背中に風呂敷を固定するために紐を使って括り付ける。

「……狛、今日はかなり重いな」

 白虎様が恨めし気に俺の顔を見ているが、それを無視して、

「では、水汲み場まで行きましょう、白虎様」

 と勝手に歩き始める。

 白虎様は、はぁ、とため息をついて、暁になった夜道を歩き始めた。


 屋敷から、水汲み場までは四半刻(30分)もかからない距離にある。

 暁の頃の冬は寒さが厳しいので、今日も狛は着物を2枚と、足袋を重ね履きしている。

 それと、あこが水たまりに落とされたことがあったので、体を拭けるように布を懐に忍ばせている。


 水汲み場までの道中は雪が積もり、この時間は滑りやすくなっているため、慎重に歩いていく。

「白虎様、あこのかかさま、冬を越せるでしょうかね」

 白虎様は耳をぴく、と動かすと、

「春まではもたないかもしれんな」

 悲痛な声で言う。

「そうですか……」

 俺も悲痛な声になってしまう。

「それなら、少しでもかかさまとの時間を大切にしてほしいですね」

 白虎様は静かに頷いていた。

「せめてあこが、一緒にいる女性が、かかさまと認識できればいいがのう」

 白虎様の悲愴な気持ちが言葉の端々ににじみ出ていた。


 なぜ、白虎様があこを気に掛けるかといえば、姿が見えることと、いわれなき迫害を受けているからだと思っている。

 他の村でも、禁忌を破り、村八分になる人はいるだろう。

 白虎様はそういう人たちに情けを掛けることはない。

 村の掟を破ったのだから、咎を受けて当然という態度をとる。

 だが、あこ親子はどうだろうか?

 村人たちとの見た目の違いをありもしない白蛇信仰にすり替えて、自分達の中にある何かの怒りを発散させるかのようにあこ親子に暴力をふるう。

 そんなことは、許されないし、許すべきではない。

 

 狛が改めて村人への怒りが沸騰したところで、水汲み場に到着した。

「では、白虎様、あこの家に向かいます」

 といいながら、紐を解き、体に括り付けた風呂敷を持つ。

「軽くなったのう。では、頼むぞ」

 狛は頷くとあこに会わないように、家に向かう。


 途中であこを見かけたので早めに木の幹にかくれ、あこが通り過ぎるのをじっと待つ。

 あこは寒さで震えていたが、狛が作った草色の着物を着ていた。

「夜着用に、と思ったが、日常着になっているか。上着も早めに用意して渡そう」

 そう思いながら、あこの家へと向かう。


 水汲み場からあこの家までは冬場の雪道では四半刻(30分)はかかる。

 子供の足なら半刻(1時間)はかかるだろうか。

 毎日、水を抱えて帰るのは大変なことだろう、と思ったが、

(今、帰り道は白虎様と一緒に帰っているから、問題ないか)

 と思い直した。

 それならば、家から水汲み場までの間に寒さをしのげる上着を急いで作ろう。

 狛はあこの着物を作る計画を練りながら歩いていった。


 あこの家に到着し、東雲になる時を待ってから、障子の前に立ち、かかさまに声を掛ける。

 か細いながらも声が聞こえたことに安堵し、中に入らせてもらう。


「体調はいかがですか?」

 後ろで障子を閉めて、かかさまに声を掛ける。

「狛様、気にかけていただきありがとうございます。障子を張り替えて頂いたことと、布団があるせいで、家のなかにいて寒さをそんなに感じません」

 かかさまが布団にくるまり、横たわったままで返事を返す。

 狛は昨日、この家の障子を張り替えるためにきていた。

 本当は茅葺屋根の修繕もしたいが、人手がなくて諦めている。

「そうですか。少しでも寒さが凌げているならよかったです」

 狛は笑顔でかかさまに返す。

「今日は食料と娘さんのために足袋を持ってきました」

 と風呂敷を土間に置くと、結び目を解き、さらに小分けにした布に包まれている物の中から、小さな足袋を取りだして、かかさまに渡す。

「ありがとうございます。吾子が戻ってきたら、すぐに履かせます」

 かかさまは口元を緩ませながら、受けとる。

「あの、それで、大変失礼なのですが……」

 狛の言葉にかかさまは緊張感を漂わす。

「あ、いえ、えーとですね、かかさまにも足袋と着物を作りたいと思いまして、その背格好を知りたいと思いまして、前にきていた着物をお借りできないかと」

 狛が目的を説明すると、緊張感が緩んだのを感じた。

「いえ、私のことは気にしないでください。吾子のことを気にかけて頂けることでさえ恐れ多いことですので」

 かかさまは恐縮してしまう。狛は慌てて、

「いえいえ、白虎様は2人を気にかけていまして、少しでもよい環境にするようにと仰せつかっています。逆に断られてしまうと、僕が白虎様に怒られてしまいます」

 と狛は項垂れた。

 その様子に慌てたかかさまが、

「そうでしたか。それでは、お願いします」

 布団の中で少し頭を下げるような仕草を見せると、

「この家の片隅に風呂敷に着物が1枚入っています」

 狛にその場所を教えるために体をひねり指さして教える。

 狛は頷くと、失礼します、と言ってから、指さした方向に向かう。

 そこには色が褪せている風呂敷があり、結び目を解くと中から1枚だけ着物を取り出し、また風呂敷の四隅を結んでおく。

 狛はかかさまの近くに戻ると、

「こちらの1枚をお借りします」

 と着物を見せた。

 かかさまは頷くと、

「私が死んだあと、風呂敷にあるきものは吾子に渡してください」

 と狛に伝えてきたので頷いた。

「あと、今日の食料として大根とねぎを持ってきました。包丁と板がありますので調理できるようになっています」

 かかさまに説明すると、

「本当に何から何までありがとうございます」

 かかさまの顔を見ると、涙が出ているように思えた。

「今まで辛いことばかりでしたが、白虎様と狛様のおかげで幸せを感じています」

 その言葉に狛は胸を痛める。この幸せな時間が少しでも長くなるように環境を作っていこう、と思う。

 狛は微笑みながら、

「他に困っていることがあれば、話してください」

 とかかさまに伝える。

「ありがとうございます」

 とだけ、かかさまは返したあと思い出したように、

「ああ、この前頂いた食料品を包んでいた風呂敷ですが、かまどの上に置いてあります」

 かかさまが視線を送った先を見て、狛は頷いた。

「では、持って帰りますね。ああ、すみません、長く話しさせてしまったようで申し訳ありません。疲れたでしょう。僕もすぐに失礼させていただきますので、娘さんが帰るまで少し眠っていてください」

 かかさまは布団の中で頷くと、すぐに目を瞑ってしまった。

 狛はかけ布団をかけなおし、かまどの上の風呂敷を持って家を出た。

 

 家を出てすぐに白虎様の声が聞こえてきた。

(間一髪だったな)

 近くの木に隠れて、白虎様とあこをやり過ごすと、そのまま目で追った。

 あこが地面に伏せた白虎様から降りると、水の入った桶を持って家の中に入って行く。

 白虎様があこを見送ると立ち上がり、こちらに向かってくる。

「狛」

 と名前を呼ばれたので、白虎様の前に行く。

「かかさまの様子はどうだった?」

「良くもなく、悪くもなく、という感じでした」

「そうか」

 白虎様は俺の報告を聞いて、悲し気な表情を見せた。

「……白虎様のおかげで幸せです、と言っていました」

「そうか、幸せか」

 白虎様はかすかに微笑むと、

「では、屋敷に戻ろうかのう」

 と東雲の頃、冬の道を屋敷へと帰るため歩き始めた。

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