第2話 宇宙港にて

 カーマインが就職したのは、小さな宇宙運送会社だった。従業員数も、保有する宇宙船の数も多くないが、コ・ビタ国にはそもそも宙運会社自体が少なく、需要は大きかった。カーマインは毎日のように宇宙へ飛び立ち、双子衛星よりも遥か遠くまで荷物を届けていた。

 この日は、いつもよりさらに遠出する予定だった。カーマインの住む惑星ヘリオトから二五〇万光年離れた地球へ、荷物を届けるのだ。

 移動には、ワームホールを利用する。宇宙空間中の二地点を結ぶこの高次元の穴には、入り口と出口が同時刻という不思議な性質がある。内部でどれだけ長時間過ごそうとも、入ったのと全く同じ時刻に出口から出られるのだ。

 久々に通るワームホールにカーマインは興奮していたが、船長キャップとして落ち着いた態度で仕事に臨んでいた。

 それに今日は、ただ荷物を運ぶだけではなかった。なおさら、興奮なんてしていられない。

「お名前をお願いします」

「株式会社メトン宙運のカーマインです」

 ワームホール港で、カーマインは通行手続きを行なっていた。職員が電子書類を見ながら、簡単な質問をする。内容は他の宇宙港と大して変わらない。カーマインは慣れた調子で回答した。

「船の名前は」

「ヒュイスタム号です。あと、貨物用無人船のア・テア号」

「総重量は」

「ヒュイスタム号が四・一八トン。ア・テア号が十・五二トン」

「乗船人数は」

「十一人」

「そのうち乗員数と乗客数は」

「乗員は三人、乗客は八人」

 ここがいつもと違うところだった。メトン宙運ではたまに、客を乗せて飛ぶことがある。イディオスト(双子衛星の観光地の一つ)や地球の観光地などに運送する際に、ときどき行われるサービスだ。従業員だけが乗ることを前提とした船を使うため、他の宇宙旅客機ミア・スプに比べ乗り心地は悪いが、その分格安で宇宙旅行ができた。

「質問は以上です」

 職員は電子書類にサインすると、保安検査場を手で示した。

「次はあちらで、身体検査を受けてください」

「身体検査? なぜ……」

 荷物検査ならとっくに済んでいる。それとは別に身体検査をしたことは、今までなかった。

「あれです」

 職員は港内の掲示板ホロ・ヴィジョンを指差した。各国、各惑星の言語で、ニュースの見出しが書かれている。そのうちの一つが、カーマインの目に留まった。

『勾留中だった地球人テロリストのドクイ、現在も逃亡中』

 数日前に脱走したテロリストだった。ヘリオト星の大国ジーバイスの大統領邸を爆破後に逮捕されたが、拘置所から脱走したのだ。

「まさか、この宇宙港に?」

「わかりませんが、宙警から注意するよう要請が来ています」

 それは惑星外逃亡を防ぐ上で、当然の措置だった。

「ですが、地球人なら見ればわかるのでは? 我々は全員、ヘリオト人ですが……」

 地球人とヘリオト人はとてもよく似ているが、肌の色が異なる。ヘリオト人の肌は青や紫だが、地球人の肌は白や黒なのだ。

 しかし職員は否定を表すジェスチャーをした。

「どうやら変身装置カシピラを持っているらしいんです。だから、もしかしたらヘリオト人に化けているかもしれない」

 脱走の際の状況から、そう推察されたらしい。だとしたら、専用の機械を使わなければ判別がつかない。

 それならば仕方がないと、カーマインは同僚と乗客たちに事情を説明した。ドクイ脱走のニュースは全員が知っていたことで、皆大人しく指示に従った。


 全員の検査が終わり、ようやく船へ戻れた。しかし、出発にはまだ時間がかかる。宇宙港のロボット達が、ヒュイスタム号の重量や寸法を測定する。そのデータは港の管制室へ送られ、ワームホールの調整が行われる。

 その間に、カーマインは船内の見回りをした。船長キャップとしてこの時間にやることは、乗員乗客の安全確認と、管制室からの連絡待機だけだ。カーマインは通信機を持って、あまり大きくない船を歩き回った。

 機関室では、機関士のヨグが計器をひとつひとつ確認していた。ワームホール内では船は勝手に「落ちていく」ので、動力を働かせる必要はない。船内用の発電機だけが動いていて、エンジンは止まっている状態にしないといけない。

「いつもより静かだな」とカーマインは機関士ヨグに声をかけた。

「正常な状態だ」とヨグは答えた。「少なくともワームホールにいる間は、客たちは音も振動も感じずにいられる」

 それは普通の宇宙旅客機ミア・スプなら当たり前の話だった。

「ワームホールにいる三時間だけは、宇宙旅客機ミア・スプと同等の気分を味わえるな」

「できればもっと良い環境で運んでやりたいところだが」

 ヨグは客たちに同情の念を見せた。「運ぶケオバ」という語彙はまるで乗客を物品として扱っているかのようだが、ヨグに限ってはそうではない。長年運送業に携わり続けたヨグは、人であれ物であれ、無意識にその語彙を使っていた。

 人間よりも機械の方が好きなヨグだが、そもそも機械は人間のためにある。ヨグはそのことの意味を、よくわかっていた。

「逆に、こっちの方がいいと言うお客さんもいらっしゃるよ」

「ほお。なんでまた」

「昔を思い出すんだそうだ」

「ああ、あの老夫婦か。たしかに昔の宇宙船は、みんなこんなもんだったらしいな」

 ヘリオト人には男性カレス女性ポレスの二性があり、多くの場合、異性同士で結婚する。今回の乗客には二家族いるが、どちらもその例だった。

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