第2話 誤解と約束

「それでそれで!!まゆは、何に対してあんな嫉妬心剥き出しにしてたの?」

「なんのこと?」


 目を輝かせて問うひなをよそに、まゆりはきょとんと首を傾げながら答えました。先ほどのことを本気でなかったことにしたい様です。


「え〜、あんな顔してて〜?それはないよねぇ〜?」

「待ちくたびれただけ」

「またまた〜、漫画で見る愛の重たい彼女みたいな顔してたよ?」

「眼科行ったら?」

「あっ!もしかして〜、ひなと先生が一緒にいたこと?それとも最近ひなが部活ばかりで一緒に帰れないこと?はたまた〜……」


 デヘヘと笑いながらしつこく聞くひなにいい加減嫌気が刺したらしく、まゆりは「くどい」と突き放す様に言い放ちました。鋭い目つきでギロリと睨む様な視線を送っています。


「も、もしかして……怒った?ごめんね」

「……ぅっ……お、怒って……な……」


 どこぞのひなを口説いた男への怒りを多少ながらもひなにぶつけてしまったような罪悪感を持ったまゆりは「怒ってない」と言いかけました。心なしか動揺しているようにも見えます。


「でも、ね……。でも、まゆがあんなに可愛い顔してた理由がどうしても気になっちゃったんだもん!!まゆが可愛いから仕方なかったと思う!!」


 しかし、その言葉と気持ちをすぐに撤回します。


「……てる。少しは怒ってる」

「えぇーっ!怒ってないって言いかけてたのにぃ!?」

「知らない」


 まゆりからしてみれば、ひながどこぞの害虫に口説かれた話を自分から聞かなくてはならない。という地獄にも等しい苦行を敢えて避けているにも関わらず、聞き出されそうになっているのです。

 まだ勝手に話してもらった方が少しはマシだというものの、それでも耐えられそうにありません。それをわかった上で聞いているのかと、今すぐにでも問いたい気分の筈です。逆の立場ならどう思う?という言葉と共に。

 明らかに気を落としながらも怒りを覚えているまゆりにひなは話を変えることにしました。


「まゆ、ひなと海に行こう?」

「何がどうしてそうなった??」


 急に話を替えられたまゆりは表情には一切出ていませんが、頭の中でひどく困惑していました。例えるならば頭の上に無数のクエスチョンマークを浮かべている漫画キャラのようにです。


「それはね〜。前から行きたいと思ってたから!誘って見た!!……ダメ?」


 まるでぶりっ子のように上目遣いで目をうるうるとさせて聞いてくるひな。同姓ならば嫌悪感を抱いてしまいそうなものですが、ひなに弱いまゆりはたじろぎます。


 ——は?……はぁ!?無理かわいい。海?行く!絶対行く!!


 内心では胸を押さえながら蹲りニヤけるくらいには、色々と感情が大変なことになっていました。キャラ崩壊もいいところです。

 しかし「行く」と言おうとした寸前、どこぞの害虫に殺し文句を言われてはしゃいでいるひなの姿を思い出してしまいました。


「………」


 ——私よりも行きたい人が居るくせに


「……まゆ?」

「行くなら、ひなのことを口説いたっていうどこぞの男とでも行けばいい。満更でもないんでしょ?」

「ん?……なんの、こと??」

「誤魔化さなくても……、先生と保健室で話してたの聞いた、から」

「……?えーっと、心当たりが微塵もないんだけど……?」


 まゆりは急に足を止めました。

 顔から表情が抜け落ちています。


「どう……」


 まゆりは「しっ!」と人差し指を自分の口元に置き、


「……また、付けるられてる」


 声を顰めてひなにだけ聞こえるように呟きます。

 後ろに視線だけをおくり、じっと見つめました。


「えぇ〜、またぁ〜!しつこいなぁ!もおー!」


 ひなは不満気たっぷりにボヤきました。いつもよりやや大きめの声音で、です。

 そんなひなにまゆりは頬を引き攣らました。

 ひなはテヘペロっと舌を出しながら茶目っ気たっぷりに笑います。


「下手な尾行やめてほしい。面白くも何ともない!!」


 そして、開き直ったのかまゆりはそこそこ声量で苦言を呈します。


「もしかしたら罠かも?」

「その時はその時で考える!!」


 まゆりは足に魔力を込めて走り出しました。

 もう相手側には彼女達が気づいているのがわかっていると考え、逃がさんと踏み出さます。少し広めの路地裏に続く曲がり角に入ると、そこには十人ものガタイのいい男性達が佇んでいました。


「何よう?」

「まさかバレるとは……。その洞察力、目を見張るものがありますねぇ」


 一人眼鏡をかけた周りの男共と比べて貧相な体つきの男が口を開きます。こいつがリーダー的存在なのでしょう。


「そちらから来て頂けて助かりました。どう声をかけて良いやら考えていたものでして……。最近の学生はすぐ魔組合例の組織に通報しますからねぇ」

「で、何よう?」

「できるのなら、我らも無意味な争いは遠慮したかったのですよ。いやー、手間が省けました。本当に」

「で、何よう?」


 まゆりの態度に男は顔を引き攣らせました。しかし、眼鏡をクイっと持ち上げることにより誤魔化しています。


「では単刀直入に、取引しませんか?」

「……取引?」


 心底怪訝そうな口調でした。

 男はそんなまゆりをほぼ無視する形で話を続けます。


「井ノ瀬ひな。彼女のDNAを分けていただきたい」


 まゆりはほとんど衝動的に目の前の男それを殴り飛ばしました。

 眉間に青筋が浮かび、冷ややかな目で見下ろします。


「つまらない冗談。おかげですごく不快」


 それは、何故?とでも言いた気な視線を送りました。だが気にするそぶりを見せることなくまゆりは地面に放り投げて意識を刈り取ります。

 ガタイの良い男共も一人、また一人と気絶させてから地面に放りました。


「で、誰に告られた!満更でないのは誰?」

「今!!今その話続けるの!?」


 余裕が出てきたまゆりは先ほどのひなとの会話に話を戻しました。いつもより若干大きめの声です。

 吹っ切れたのか、感情のタガが外れたのかもしれません


「なに?何か不都合でもある?」

「ない!けどさぁ」


 ひなは苦い顔をしていました。

 思い当たる節がないのは勿論のこと、まゆりに変な誤解をされているのが嫌だと言いたげな表情です。


——ひなが?まゆ以外のその他大勢に?告られて満更でもない?……ちょっとどころじゃなく何言ってるのかわからない!!


 徐々に鈍感なまゆりに対して怒りさえも覚えていきます。ただ、「そんなとこもかわいい!」と思ってしまうのがひなです。

 複雑な感情を抑えるために段々と積み上がっていく人間の山を見ながら、(人間が一人、人間が二人……)と現実逃避気味に数え出しました。

 今更になりますが、ひなはよく研究者たちに狙われます。天性的な能力である『再生』。彼女はまだ回復程度としてしか力を扱えませんが、研究者達は違う可能性を期待しているからです。

 例えば体の欠損部位を作成

 例えば死んだ者を蘇らせる手掛かり

 例えば失った能力を再び使えるようにする奇跡……などなど

 あげればキリがない程ある可能性を試したいと、ひなを正確にはひなの能力のみを狙っています。

 四年前、ひなの能力は多くの悪徳研究者マッドの元に伝わってしまいました。そこから、ひなを狙う愚か者は日を増すごとに年を跨ぐごとに多くなっているのです。

 そして、そんな付け狙われる日々に二人は慣れてしまいました。

 入学して間もない頃、学校に入ってきた不審者達もひなともう一人を狙ってやってきたのです。


「あっ!」


 悪戯っ子のように愛らしくも含みのある笑みを浮かべていました。


「まゆ!!実はひなね。この人たちがすっごく怖くて……だから、強くてかっこいい人に守ってもらおうかな?って先生と話してたの!」


 一通り気絶させたまゆりは、ゆるりと髪を揺らしながら路地裏から出てきました。


「……へぇ?」


 積み上がった人の山から周りの男よりも貧相な体付きをしているそれを引っ張ります。

 強めに何度か往復ビンタして起こすと、鬼の形相で睨み飛ばしました。

 訳もわからず気絶させられ、頬の痛みで起こされた瞬間にまゆりの強力な摩素に当てられたそれは下半身を濡らしていました。失禁です。

 まゆりはそれから手を離すと、侮蔑と嫌悪感溢れる顔でまるでゴミでも見るかのような目で見下ろしました。


「……汚い」


 呟くのと同時に、胸ぐらを蹴飛ばしました。ガッとそこそこ大きな音を立てながら蹴ると、それは頭を強く打ち付けます。ガタガタと歯を鳴らしながら目を泳がせるそれの顔横をまゆりの足が踏みしめます。

 アスファルトに足をめり込まらせ、一言。


「ねぇ、迷惑」


 もう既にそれにはまゆりの声は届いていません。再び気を失っています。今度は泡を吹いた状態です。


「まゆ!通報しといたからトンズラしよ!」


 そんな光景を見ながら、ひなは魔組合に連絡をしていたようです。


「先に行ってて」


 まゆりの言葉に素直に従ったひなは駆け足でその場から離れます。

 まゆりはひなが完全に見えなくなると同時に地面に膝をくっつけました。据わった瞳で見下ろしながら、ガサゴソと男共のポケットを漁り始めます。

 全員の所有物を見定めると、ポツリと呟きました。


「何かに役立つといいけど」



 くすくすと肩を揺らしながら今にも転げそうなほどお腹を抱えて笑うひな。隣にいるまゆりは表情が乏しいものの少しむすっと不機嫌そうにしていました。


「もぉ〜まゆかわいっ!!」


 抱きつきながらもプルプル震えながら涙目になって笑い続けています。

 無事誤解は解けたようです。


「うざっ」


 ボソリと舌打ち混じりに溢しても、ひなは「フヒへへ」とよくわからない声を上げながらくすくすと笑っています。


「だってまゆに言われた口説き文句をどこぞの有象無象から言われたって勘違いしてヤキモチ妬いてるんだよ?」


 ——ひなって以外に興味ない人には辛辣


「ジェラっちゃてるんだよ!?これはもう可愛すぎるよ!!」


 内心では多少なりとも現実逃避をしながら、遠くを見つめていました。『可愛い』と言われ過ぎて脳が茹だりそうになり、挙句、勘違いによる羞恥で頭がいつもよりも回っていません。

 それ故に今のまゆりはこんな暴走気味のひなを止める術を持ち合わせておらず、せめて冷静なふりをしていることにしたのです。

 そしてまゆりはため息と共に苦言を呈します。


「口説いてないしジェラシーも感じてない」

「えへへ~異様な早口……焦ってる?ってことは図星?うひっ!フヒヒヒヒ」

「……っち!」


 まゆりは無言で舌打ちだけ残してそそくさと帰路につきました。

 ひなは必死に後を追い、別れ際までに買い物の約束を無理矢理取り付けるのです。

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