第17話 村の見回り。そして真空斬
アオヴェスタは私を乗せて、プニプニとゆっくり村を回る。
後ろをセシリーと、それから小さいスライムが五匹ほど追いかけてくる。セシリーはスライムたちと並んで歩けるのがよほど幸せなのか、笑顔で「ぷにぷに♪」と呟いていた。
私の従者、かわいすぎない?
身体強化魔法による効率化のおかげで、全員分の家が完成しつつある。
テーブルやタンスなどの家具も作らなくてはならないので仕事は山積みだが、外観はかなり立派になった。掘っ立て小屋がポツンとあるだけだったのと同じ場所とは思えない。
タンスで思い出したけど、そろそろみんなに着替えの服を用意してあげたい。私のアイテム欄に布の服がいくつか入っていたけど、さすがに百人に配るには程遠い。
しかし服を作るには布が必要で、この集落には布を生産する力がなかった。
布の材料といえば……パッと思いつくのは、木綿、絹、麻。
一番手に入りやすそうなのは麻かな。今度探してみよう。
いっそ、仕入れたほうが早いかもしれない。
やはり、そろそろ外部と交流を持つべき頃合いかもしれない。
住宅地の外側には、果樹園を作った。
私が錬金スキルで作ったレベル99の果物を植えたのだ。さすがゲームの植物だけあって、一週間で立派な木になった。全て収穫しても三日でまた果物が実るのも、収穫せずに放置しても腐り落ちないのもゲームと同じ。
これで美味しい果物を毎日モリモリ食べても、なくなる心配をしなくてよくなった。
「それにしても綺麗に植えたなぁ。等間隔に並んでる。私だったらもっとグチャグチャにしちゃうと思う」
「実際、掘っ立て小屋の周りはグチャグチャですからね。メグミ様のおおらかな性格が表われていて、とてもよろしいと思います」
「む。それって褒めてるの?」
「半分褒めてます。もう半分はからかってます」
「セシリーって近頃、私に対する敬意を忘れてない!?」
「いえいえ。敬意は今も昔も変わらずありますよ。ただメグミ様の拗ねた顔が可愛らしすぎるのがいけないんです」
そう言いながらセシリーは、私の膨らんだ頬をつついてくる。
やはり敬意がないような気がする。
まあ、可愛らしいって言ってくれたから許すけどさ。
「あ、見てくださいメグミ様。貯水池に水がたまっていますよ。水面がキラキラして綺麗ですね」
そう語るセシリーの視線の先には、大きな水たまりがあった。
私が土魔法で掘った穴に、近くの川から水路を引いて貯水池を作ったのだ。最初は水路を作らず、私の魔法で水を溜め、水位が下がったら魔法で追加する計画だった。
だが、作るのはともかく、それを維持するのにも私が必須というのはどうかと思い、近くの川を利用するよう変更したのだ。
水門があるので流入量を調節できるし、反対側の水門を開けば池の水が川に戻っていく。
なぜ貯水池を作ったかというと、エルダー・ゴッド・ウォーリアの農作物は『水やりコマンド』をしないと成長してくれないのだ。三日で果実が復活するのも、ちゃんと水やりした場合の話。
これまでは私とセシリーが魔法で雨を降らせて一気に水やりしていたが、もう猫耳族だけで管理できる。
それに今はゲームから持ってきた果物しかないが、いつかはこの世界で手に入れた作物も育てるだろう。それらは育てるのにもっと手間暇がかかる。いくら川が近くても、水を汲みにいちいち行くのは時間の無駄だ。村の中に貯水池を作ったほうがいい。
「あ。池の対岸で猫耳族が剣の修行をしてる。おーい」
と、私は手を振る。
次の瞬間、パクラ老が水面に向かって、凄まじい勢いで剣を振り下ろした。
大気が乱れたのか、刃がぐにゃりと曲がって見えた。
衝撃で水面が弾け飛ぶ。
「凄い!」
「お見事です」
私とセシリーは拍手する。
ところが、その衝撃は水面を伝わり、こちらまで届いたではないか。
バシャーンと水が飛び散り、私たちはずぶ濡れになる。
「ぷにー」
スライムたちは全身で水を浴びて気持ちよさそうに跳びはねている。私のお尻の下でもアオヴェスタが「ぷにっに」と喜びの声を出した。
しかし、服と髪をびしょびしょにされた私とセシリーは面白くない。
文句を言うため、パクラ老のところに移動する。
「ちょっとちょっと! 酷くない? 酷くなーいー!?」
「見事な技だとは思いますが、パクラ老ほどの方なら、対岸に私たちがいたと気づけましたよね?」
「これはこれはメグミ様、セシリー様。本当に申し訳ありませんでした。まさか、あちら側まで届くとは……少々はしゃいで、力を入れすぎました。若い頃でさえ、池をぶった斬るほどではありませんでしたからな。いやぁ、身体強化の魔法は素晴らしいですなぁ」
パクラ老は一応、申し訳なさそうにしている。しかし、なんというか「王に水をぶっかけてしまった」ときの謝り方ではない。
セシリーといい、みんなの私に対する態度が軟化しすぎではないか。
いや、もちろん堅苦しいのよりずっといいんだけどね。友達感覚でも私は気にしないというか、友達が欲しかったのでむしろ嬉しいくらいだ。
しかし態度の軟化が極限まで達し、私が指示を出しても「うーっす。飯食うので忙しいんで、終わってからでもいいっすか? つーかダルいんで、メグミっちが代わりにやってみる系でドゥよ?」とか言い出したらどうしよう……いや、それはそれで割と楽しいかもしれない……。
「まあ、わざとじゃないなら仕方ない。魔法ですぐ乾くしね。それっ」
私は温風のつむじ風で、自分とセシリーを乾かす。
スカートがめくれ上がらないよう調節した、高度な技術のつむじ風だ。
どんなに凝視してもパンツは見えないぞ、ふっふっふ。
……猫耳族のみなさんは私たちのパンツに興味がなさそうだ。純粋に魔法に感心しているご様子。
パンツに興味持たれても困るけど、皆無だと女としての魅力が足りないのかなぁと心配になる。ゲームの私はこんなにかわいいのに。
きっと猫耳族たちは紳士だから、女性の下着が見えそうな場面では目をそらすんだ。そうに違いない。
あれ? エリシアだけは私たちを凝視していたぞ? あんなに目を血走らせて……なぜ? 目にホコリでも入ったのかな……?
「それでパクラ老。さっきのはどういう技なの?」
「|真空斬〈しんくうぎり〉、と言いましての。剣を高速で振りつつ、特殊な捻りを加えることで真空の刃を飛ばし、離れた場所に斬撃を喰らわせるという技ですじゃ」
「真空斬! マンガでよく見るけど、エルダー・ゴッド・ウォーリアにはない技だ。え、凄い。風の魔法を使ったんじゃなくて、純粋な剣の技術でやったんだよね!?」
「ほっほっほ。まあ、それほどでもありますかのぅ。真空斬を使えるのは、剣豪と呼ばれる者の中でも一握りと言われております」
「あ。パクラ老のオリジナル技じゃなくて、ほかにも使える人いるんだ」
「……いや……まあ……そうですな」
「あ、ごめん! 落ち込まないで! 今のは私が悪かった! パクラ老は格好いい! 若者には出せない渋さがある! よっ、達人!」
私はなんとかパクラ老をおだて、シャキッとしてもらうのに成功した。
ふぅ……最近の魔王は、民の心のケアで忙しい。
「ところで、その真空斬を猫耳族のみんなに教えてるの? 剣豪でも一握りしか使えないんでしょ? いくらなんでも無理じゃない?」
「いえいえ。猫耳族はもともと身体能力がほかの人間種族より高いのじゃから、剣士として有利です。それを更に魔法で強化する。真空斬くらい使えるようになるでしょう」
「なるのかなぁ。セシリーはどう思う?」
「そう言われましても……ゲームにない技ですから、なんとも」
「だよねぇ」
「おや、お二人とも疑っておりますな。実はすでにファレンが真空斬をわずかに使えるようになっておりますぞ。ファレン、メグミ様とセシリー様にお見せするのじゃ」
「はい!」
猫耳族の集団の中からファレンが出てきた。
彼は剣を上段に構え、池に向かって振り下ろす。
すると本当に水面を斬った。
風圧で波打ったのではない。彫刻刀で彫ったような溝が一直線に伸びていったのだ。
パクラ老のような激しさはない。池の対岸どころか、ほんの一メートルほどしか進んでいない。
それでも確かにファレンは真空斬を放った。
「くっ……やはりこの程度か……パクラ老には遠く及ばない!」
ファレンは悔しそうにしている。
「いやいやいや! なんで落ち込んでるの!? 剣の刃渡りより遠くに斬撃が届いたんだよ! メッチャ凄いって!」
「そ、そうでしょうか……?」
「現にほかの猫耳族は全然できないんでしょ? 自信持って! ほら、エリシアも『お兄ちゃん格好いい!』って顔してるよ。ね?」
「うん、お兄ちゃん格好いい! ……はっ!?」
私に釣られて叫んだエリシアだが「ごほん、ごほん!」と咳をして誤魔化す。
「ええ、兄は凄いと思います。この森まで辿り着けたのも、兄が村長代理として私たちをまとめてくれたからと評価しています。なのになぜ、そこまで卑下するのか理解に苦しみます。むしろ、もっと自信を持たなければ、ほかの者に対して失礼では? 兄さん以外は、真空斬の初歩さえできていないのですから」
エリシアはキリッとした表情で兄を叱咤激励する。
「自信を持たなきゃ失礼……そうか。ありがとうエリシア。目が覚めた気がする」
「……ふん。自信を持つのはいいけど、調子に乗りすぎないよう気をつけてくださいね、兄さん」
エリシアはぷいっと視線をそらす。
おや?
これはもしかして、ツンデレというやつか?
デレからツンに切り替えても結局ファレンを褒めている辺り、かなり兄を好きなんだなぁ。
お堅い人だと思っていたけど、親しみが湧いてきた。
フィクションでも二面性を上手に描くとキャラクターの魅力がグッと増すよね。
クールな表情をしていて実はお兄ちゃん大好きっ子。丁度いい二面性だ。
インパクト重視でクレイジーサイコレズとか出しちゃうのはやりすぎだと思う。
「ああ、ところでパクラ老。前から聞きたかったんだけど。猫耳族って魔法がなくても結構強いじゃん。ちょっとやそっとの数のゴブリンが出てきても倒せると思うんだけど。どういう状況で負けたの?」
私がそれを追及しなかったのは、村と同胞を失ったショックがまだ大きいだろうと思ったからだ。
しかし、猫耳族はかなり落ち着いてきた。
今ならもう思い出しても大丈夫だろう――と判断したのだが、早計だったかもしれない。
パクラ老の腕が、ガクガクと震えたのだ。
ほかの猫耳族たちもうつむく。
「ご、ごめん。言いたくないならいいよ!」
「いえ……情報共有は大切ですじゃ。むしろ、今まで言わなかったのをお許しください。ええ、メグミ様が仰るように、数百……いや千を超えるゴブリンが出ようと、我々は負けません。しかしワシらは村を失った。なにせ、あのゴブリン・ロードが現われたのじゃから……」
ゴブリン・ロード。
そのようなモンスターはゲームにいなかった。だが、特別なゴブリンだというのは名前で分かる。
「千のゴブリンより、ロード一匹のほうが遙かに恐ろしかった。こちらの攻撃はなにも効かず、向こうは指先だけで同胞たちを千切ったり潰したりする。悪夢じゃ……が、しかしっ!」
突然、パクラ老の声が力強くなった。
「今のワシらは、あのときと違う! ワシはもう歩くのに杖が必要なジジイではない。若い頃より強くなった。今が全盛期じゃ。そして同胞たちも立派な戦士になった。全てはメグミ様とセシリー様のおかげですじゃ。今のワシらならゴブリン・ロードを倒せる。再び巡り会うのを想像すると……どう蹂躙してやろうか考えるのが楽しくて仕方ない。なあ、みなのもの!」
「応!」
「俺の剣でゴブリン・ロードの腹をかっさばいてやる!」
「じゃあ、あたしのファイヤー・アローをそこに撃ち込んで内臓を焼いてあげるよ」
「トドメは誰が刺す?」
「無論、競争!」
猫耳族たちはゴブリン・ロードをどう殺すか、心底楽しそうに語り出した。
うわぁ……悪そうな顔。
それだけ敵に対し、激しい恨みがあったのだろう。
そして恐怖を乗り越える力を得た。
いっそ、みんなでノイエ村の跡地に行って、そのゴブリン・ロードがまだいたら倒しちゃおうか。
仲間の弔い合戦は、前に進むための大切な儀式だと思う。
「……ん?」
私はふと遠くを見つめる。
「メグミ様も感じ取りましたか?」
セシリーが耳打ちしてくる。
「うん。なにかの気配がある。なんだろう、これ……」
そして見つめる先から、一匹のスライムが走って現われた。
アオヴェスタの前で止まり「ぷににに!」と報告している。
「その子、なにか発見したの?」
「ぷに!」
アオヴェスタは以前と同じく木の枝を使って、地面に文字を書く。
――大きなゴブリンがシスターさんを襲っている。
それを読んだ猫耳族たちは、目をギラつかせた。
ネズミを前にした猫のようである。
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