マキヒコと卑弥呼
北の海の果てから伝わった大きな
ぐぅわぁああああああああん
ぐぅわぁああああああああん
銅鐸は、人の背丈ほどもあり大柄な直営隊が一人一つ宙吊りにして運ぶ。
直営隊は姫巫女とマキヒコにのみ仕え、引退すれば家族や財産を持てるが直営隊在任中は女人に触れることすら禁じられている。
仲間の直営隊がどこかを負傷すれば他の隊員は同じ場所を他の兵士によって傷つけられる。
裏切りや逃亡、卑怯な振る舞いは一切許されない。
そして直営隊のほぼ全員が邪馬台国が過去の戦役で得た虜囚の子どもたちである。つまり、寄る辺もない外国人なのである。
直営隊は姫巫女とマキヒコ、ひいては邪馬台国を頼って生きるしか人生の道はない。
よって直営隊は<
銅鐸を叩くのは白と赤で着飾った姿や形の美しい巫女たちである。
銅鐸の数は二十基ほどか。
その後ろに鈍い黄金に輝く、これまた人の背丈ほども在る銅鏡が数えられないほど続く。
運ばれる銅鏡の角度が変化するたびに見続けるのも辛いほど神々しい光を反射させる。
これは直営隊の兵士でなく、大柄な巫女が運ぶ。
銅鏡の光はこの後の神事に関わってくるのである。
「姫巫女様の御成ぁりぃぃいいいいいいいい」
「姫巫女様の御成ぁりぃぃいいいいいいいい」
どこからともなく巫女の太く甲高い声が聖城内を駆け抜ける。
高さ約16丈(48メートル)もある大神殿を中心にし、各国の<国主>、邪馬台国の<国老>が小さな床几の上に一度着座し、更に床几から降り両手を地につけて頭を下げる。
当然そこには最前列に居るものマキヒコも含まれる。
マキヒコも妻のリフアとともに手を地面に付き頭を深々と下げる。
国主や国老の周囲に漸く邪馬台国の平民がその場で土下座をして平伏している。
銅鏡の盾いや幕あるいは壁に守られながら邪馬台国の姫巫女、卑弥呼が静々と現れる。
黄金に輝く音色と黄金に輝く鏡の中に姫巫女は位置し、神々しく大神殿に向かってゆっくりと歩いていく。
「身をお立てになりまあせ」
「身をお立てになりまあせ」
巫女の甲高い声がさっきより小さな声で響く。
銅鐸、銅鏡に囲まれた姫巫女が通ったところから、最敬礼の姿勢がとかれていく。
マキヒコが背を直し身を正したときには、姫巫女は黄金の幕に守られながら大神殿の大社の長く緩やかでどこまで続く頂上階段をゆるりゆるりと登っていた。
この大神殿には、直営隊ですら登れない。
銅鏡は姫巫女を囲んだままで進むが、銅鐸は地上に残る。
「おおおおお」
流石に姫巫女が階段を一段一段と登っていくにしたがい、ため息ともわからぬ声が概ね平民の席から自然と上がりだす。
身を正さずにずーっと頭を下げ祈りありがたがっているものまで居る。
マキヒコは<鬼道>を一切信じていない。
この宣旨会ですら邪馬台国の権威を確立する上でのただの儀式だと思っている。
姉が倭国全体から敬われているのは統治する上では便利だぐらいである。
大神殿は、概ね三段構造。八本の大柱で立っている。一番上の最上段には
二段目は清流の聖水で清められた白い幕が一面張られている。
その下は太く巨大な八本の大柱のみである。
<鬼道>を信奉していないマキヒコには永遠に感じられたが、漸く姫巫女が最上段の社に入った。
今までバラバラに打ち鳴らされていた銅鐸が一拍の休止をした後に、一度に大きく打ち鳴らされた。
聖城内をなんともいえない静寂が支配する。
「きぃええええええええええええええええええええええええええ」
姫巫女の絶叫が突然聖城内を貫く。
「神託が得られ申し奉りむぁしぃたぞなぁ」
マキヒコは自分の姉の声がこれほど大きかったかと耳を疑う。
最上段の張り出した縁台に姫巫女が現れた。
それだけで城内には小さなどよめきが走る。
もう姫巫女は小さくしか見えず本人かどうかも確認できないぐらいだ。
「
そこまで言ったところで言葉を切った。
「ふやぁあああああい」
姫巫女は急に金切り声に変わったので、マキヒコですら何と言ったか聞き取れなかった。
「早いでは、ないのか、」
「不慣れと申されたのではないか?」
「不慣れとは、例年と違うという意味だろうか」
マキヒコのまわりで国主衆や国老のヒソヒソ声が走る。
マキヒコ自身は真面目な顔つきをしているが吹き出す一歩手前である。
<先き読み>など、茶番である。
偶々当たるときもあれば、外れるときもある。
マキヒコが幼かったころはもしかするとあったかもしれない。
今は確実にない。
冬野菜の収穫や作付けを天候にあわせて仕切らならければならない、国老や国衆は必死である。
それより、もし<御力>で人の心が読めるなら、スサムの心の内を読んでほしいぐらいだ。
「ええぇい、
姫巫女がもごもごと小さい声になって言っている。
ここまでが為政者や支配階級に対する神託、宣旨である。
遠い周囲に居る平民にはほぼ関係がない。
冬が寒かろうと酷かろうと生きていくだけである。
突然、平民の席の間から声が飛んだ。
「姫巫女様、<御力>を、どうか、我らに<御力>を!」
「おお、姫巫女様」
立ち上がり、大神殿に近づこうとさえするものも居る。
ここからは、<鬼道>による平民への恩恵、救済、救民となる。
「巫女供よ、<御力>を」
またもや姫巫女の声が聖城内全員に聞こえるように大きくなった。
すると、身の丈ほどもある銅鏡を持っていた巫女たちが銅鏡で太陽の光を反射させ民草や国衆、国主に光を当て始めた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「その光を」
「<御力>の光を」
「ありがたやぁ」
「温かい、なんとありがたいことか」
「あにも<御力>を」
その銅鏡に反射した光を受けようと平民が蠢く。
役人が棒を使いなんとか民衆を押し止める。
姫巫女の周囲に配された銅鏡のせいで姫巫女そのものさえ見えない。
天気が良くてよかったと、単純にマキヒコは思う。
銅鏡の反射する光をありがたがる<国主>まで居る。
だが、集団での盛り上がりだけはものすごいものが在る。
民衆は老いも若きも身の貴賤に関係なく分かち合っている。
まずもって、これだけの銅鏡と銅鐸を保持している国は邪馬台国以外にない。
そこにも、<御力>は関係している。
<
二つの国の国主が同時に殺され国が滅んだらどうなる。その権力の空白を利用して邪馬台国は大きくその統治を確立したのである。
<
小さな館で行われた和睦の会議である。
誰にも真実はわからない。
国境の小さな邑の館は誰も近寄れぬほど盛んに燃えあがり、二人の国主の燃え残った焦げた死体を両手でひきずって卑弥呼が燃え落ちそうな館から出てきたのだ。
卑弥呼は小さな火傷一つ受けていなかった。
卑弥呼は言った。
『神の意志に従わなかったので、二人の国主共、神の炎によって焼かれたと』
マキヒコも真実は知らない。
だが、知っていることがある。
炎は弱者の最強の武器だ。
稲作のおかげで持つものと持たないものができるようになった。
燃やすとどうなるか?。
すべてが燃えてなくなる。
持っているものはすべてを失う。
この世の中に燃えないものなどあろうか?。
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