第25話 時橋 夜光⑩
テレビとかでよく”この世に死んでいい人間はいない!!”って聞く。
でもそれって人を殺した奴も含まれているのか?
特撮ヒーロー・・・アニメや漫画の主人公・・・バラエティーや教育番組の司会者。
そう口にする連中は数多いけど、その対象になっているのは大抵、罪のない人間だけだ。
まあ、クズは死ねって公言する正直者もちらほらいるがな。
・・・でも、現実って言うのは善悪を平然と無視する。
この時の俺も・・・その一例だ。
「夕華?・・・おい!・・・」
俺の目の前には胸に包丁が突き刺さった夕華が横たわっている。
本能的に助かろうとした俺には、目の前の状況が理解できなかった。
包丁を奪い合っていた際に、何かの拍子で突き刺さったのか?
無意識に俺が刺し殺したのか?
正直今でもよく覚えていない。
「夕華? おい!」
俺はおそるおそる夕華を揺さぶって見たが、彼女はなんの反応も示さなかった。
よく見ると目の瞳孔は全く動かず、呼吸も止まっている。
「そんな・・・嘘だろ?・・・」
医者でない俺にでもわかる・・・夕華が死んだということを・・・。
それと同時に、俺の心に言葉では言い表せないほどの痛みが襲ってきた。
これを恐怖と言うのか・・・罪悪感と言うのか・・・悲しみと言うのか・・・なんとも言えない。
「違う・・・俺は・・・俺は・・・」
俺はなぜか涙を流していた。
理解できない心の痛みと涙に、俺は訳がわからなくなった。
いつの間にか、背中の痛みすら感じなくなっていた。
「くっ薬・・・薬!」
俺は誠児が投げ捨てた薬物に救いを求め、自室に戻ろうと重くなった体で再び這いつくばる。。
受け入れきれない現実から逃れようと思った。
こんなことになってもまだ俺は、自分のことしか頭になかった。
「・・・」
だがそんな俺の前に、誠児が立ちふさがった。
「おっおま・・・あぐっ!!」
誠児は無言で俺の襟を傷ついているはずの左手で掴み、右の拳を俺の顔に放った。
俺は衝撃で倒れたが、同時に誠児も膝を付いた。
「お前・・・どこまで腐れば気が済むんだっ!!」
誠児は大声を張り上げ、俺を叱咤した。
「お前は夕華さんを死なせてしまったっていうのに、自分のことしか考えられないのか!?」
「ちっ違う・・・あれは正当防衛で・・・」
「正当かどうかなんてどうでもいい!! 家族が目の前で死んで、悲しくないのか!?
つらくないのか!?」
「そっそれは・・・」
「そんなことはないんだろ? だからそうやって泣いているんだろ!?
お前は心のどこかで、夕華さんに本気で惹かれていたんじゃないのか!?」
「俺が? 夕華に惚れていた?」
「夜光・・・お前は今、心が痛いんだろう?
その痛みを忘れたくて、薬物を使いたいんだろう?」
「だって・・・つらいことや苦しいことを、あれがみんな忘れさせてくれるから・・・」
「お前、薬物で何もかも忘れて幸せだって感じたことがあるのか?
薬物を使ってよかったって・・・心底思ったことがあるのか?
あんなものを使っても、結局つらいことが余計につらくなるだけじゃないのか!?」
「・・・」
俺は何も言い返せなかった。
薬物は俺からつらいことや苦しいことを忘れさせ、楽しいという感情だけを残した。
でもそれは、永遠に続くわけじゃない。
効果が切れれば天国のような気持ちから、一気に地獄のような苦しみが襲ってくる。
そしてまた、薬物に救いを求める。
俺はそれをずっと繰り返してきた。
「うるせぇよ・・・うるせぇんだよ!!
俺がどんなにつらい思いをしたって、誰も俺のことを見てくれなかった! 誰も手を差しのべてくれなかった!
それでも生きていたいから薬を使ったんだ!
それの何が悪いんだよ!?」
「・・・じゃあその気持ちを夕華さんに伝えたのか!?
夕華さんでなくてもいい。 誰かに伝えたのか?
俺は苦しんでるって・・・俺はつらいんだって・・・自分の本音を誰かにぶつけたことがあるのか!?」
「それは・・・」
「そんなことしてないんだろ? だから何も言わなくても癒してくれる薬に手をしたんだろう?
だから夕華さんを裏切れたんだろう?
だから他人を信じようとしなかったんだろう?」
「・・・」
「口のきけない赤ん坊だって苦しいことやつらいことがあれば、大声で泣き叫ぶことができるんだ。 それがお前にできない訳がないだろう? お前はただ自分を甘やかしているだけだ!」
「だっ黙れっ!」
「その結果がこれだ!! 人の心を無視したお前の身勝手さが招いたことだ! 他人を信じようとしなかったお前の弱さが彼女を殺したんだ!!
そこから逃げることなんて俺が許さない!!」
誠児はすかさず俺の胸倉を掴み、怒りと哀しみに満ちた目で俺を睨む。
その目からは、うっすらと涙まで流れている。
「お前がこれ以上クズになり下がるつもりなら、俺が彼女の代わりにお前を殺す!!
だがもし・・・お前が少しでもやり直したいと・・・人を信じたいと・・・心のどこかで思っているのなら、俺が全力で支える!!」
俺の心は揺れ動いていた。
正当防衛だろうがなんだろうが、夕華を殺したのは俺だ。
俺のことを心から愛してくれていた女を・・・俺がこの手で殺したんだ。
彼女の死が、俺に初めて後悔と言うものを芽生えさせた。
他人を信じない人間の末路を思い知らされた。
だが、俺は臆病者だ。
やり直そうとするのが、とても怖かった。
またつらい現実や苦しい今を生きることが怖くてしかたなかった。
「夜光・・・1度だけでいい・・・信じてくれ・・・」
誠児の懇願するような震える声が、俺の耳を通して心を優しく包み込んだ。
これまで薬物にすがり、自分だけを信じてきた。
その人生を捨て、人を信じる人生を歩む自信がなかった。
目の前で俺のために涙を流し、傷ついた体で俺を止めようとする誠児。
俺を愛してしまったために、冷たく横たわる夕華。
この2人は本気で俺を想ってくれているんだと、この時になってようやくわかった。
ほんの少しだけどな・・・。
「・・・助けて・・・つらい・・・怖い・・・」
まるで3歳児のように、俺は泣きながら誠児に助けを求めた。
言葉も幼稚で恥ずかしい限りだ。
でも、これが俺の精一杯のSOSだった。
かつて俺は昼奈に助けを求めた。
彼女を心の底から信じようとした。
だが俺は拒絶された・・・。
家族としても、人としても拒絶された。
それから俺は思った、”この世に自分を心から信じてくれる人なんていない”と。
たった1度のことで、俺は全てに失望してしまった。
その結果、夕華の俺に対する愛情を信じれらず、いつの間にか芽生えていた彼女に対する気持ちすら信じなかった。
「わかった・・・一緒に人生をやり直そう・・・何があっても俺がついてる」
「・・・あぁぁぁん」
俺は赤ん坊のように、声を張り上げて泣き叫んだ。
今まで封じていた気持ちを一気に解放するかのように・・・。
※※※
それからまもなく、警察が駆けつけてきた。
なんでも買い物から帰ってきた隣の主婦が騒動を聞いて通報したそうだ。
俺と誠児は一旦救急車で病院に搬送され、手当てを受けることになった。
俺はかなりの重傷で出血がひどく、あと少し遅れていたら失血死していたそうだ。
誠児もあばらが何本か折れていたそうだが、命に別状はないそうだ。
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2週間後、俺は病院を訪ねてきた刑事に全てを話した。
夕華のこと・・・薬のこと・・・そして、例の動画のことも全て・・・。
そして・・・同じく重傷を負っている誠児は、あれから毎日俺のところにきてくれた。
そこで俺は過去のことを話した。
義家族のこと・・・リョウのこと・・・復讐のこと・・・誠児は怒ることも説教することもなく、ただただ黙って聞いてくれていた。
そして誠児の方も、色々話してくれた。
父親が死んだこと・・・仲が良かった友達と疎遠になったこと・・・付き合っていた恋人を追い詰めてしまい、彼女を助けるために別れたことも・・・。
俺も同情したり悲しんだりはせず、誠児の話を黙って聞いていた。
「家族も友達も恋人もみんないなくなった・・・そんな俺に残された繋がりは・・・夜光、お前だけだったんだ。
ある意味俺はお前に生かされているようなもんだな・・・」
「・・・いや、生かされているのは僕だ。
お前がいなかったら、僕は落ちるところまで落ちて死んでいた」
「夜光・・・」
「でも・・・なんで僕は生き残ったんだろう?
なんで僕は夕華を殺してまで生きようとしたんだろう?
なんで生きようと思ってしまったんだろう?」
僕なんて言っていきなり何言ってんだ?って思うかもしれないけど、これが素の俺だ。
自分を強く見せるために俺なんて言ってるけど、本当はとても弱い男なんだ。
「夜光・・・人間が生きようともがくのは自然なことなんだ。
お前のしたことは許せないことだが、生きようとするのは罪じゃないと俺は思う。
それに俺だって、あと少しで人殺しになりかけた男なんだ。
それでもこうして生きてるぜ?」
「・・・そうだな」
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さらに半年後・・・。
俺は裁判に掛けられた。
ここでも俺は偽ることなく、全てを洗いざらい話した。
尋問や証言等、色々やったが、結果だけ伝えておく。
※※※
まず夕華に関しては、正当防衛が認められた。
罪に問えずとも、夕華の死を背負うことに変わりないから、別に嬉しいとは思わなかったけどな。
動画の件については、昼奈達の人権を阻害したということでそれなりのペナルティを喰らうことになった。
深夜のパパ活写真についても一応盗撮ということになった。
薬物に関しては、言うまでもなく有罪だ。
自分から手を出してしまった時点で言い訳なんてない。
誠児への暴行については、誠児本人が被害届を出さないと主張したおかげで無罪になった。
色々混ぜ合わせて俺は懲役5年の判決が下された。
人1人殺したにしては軽すぎるくらいだな。
そうそう・・・リョウ達にはめられた強姦未遂事件についてなんだけど、あれについては何も言わなかった。
リョウは神奈のことで廃人になり、その他のサッカー部の連中は輝かしい未来を失ったために自暴自棄になってヤバイ連中とつるんで暴力事件や強姦といった犯罪行為に走っている。
天道は親に勘当されて行方不明になり、顧問の高橋は刑務所にぶち込まれた後、教員免許をはく奪され、妻と子に逃げられた。
もうあいつらは十分罰を受けた。
それに・・・俺には無実だと訴える資格なんてない。
納得できないって思われるかもしれないけど、これが俺の選択だ。
「人殺しぃぃぃ!!」
裁判中、俺を蔑む声を上げたのは朝日だった。
かつての美貌は朽ち果て……まるで人を喰らう山姥のような姿に俺は言葉を失った。
彼女がああなるのも無理もない。
深夜との離婚も・・・昼奈の死も・・・夕華の死も・・・全て俺が招いたことだ。
朝日からすれば、俺は家族全員を奪った悪魔そのもの……殺されても文句は言えないな。
「返せ!! みんなを返せぇぇぇ!!」
「やめなさい!!」
朝日は傍聴席から飛び出し、殺気に満ちた顔で俺の飛び掛かろうとしてきた。
すぐに係官に取り押さえられ、大事にはならなかったけどな。
・・・そして、それから4日後、朝日が首つり自殺をしたことを知った。
元身内ということもあり、彼女が残した遺書を警察を通して読んだ。
内容をまとめると、娘たちに会いに行くという家族愛に満ちた文面と、俺を地獄に葬りたかったという恨みつらみがびっしりと書かれていた。
元義母からの憎しみの言葉に傷つかない訳もないけど、俺はその言葉を胸に刻んだ。
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