第20話 金河 誠児②

「父さんっ!」


 俺は訳がわからないまま、倒れている父さんを介抱した。

父さんはぐったりしており、呼吸もしていなかった。


「父さん! 父さん!! 返事をしてくれ!!」


 何度呼び掛けても返事はなく、俺はすぐに救急車を呼び、その間に学校で習った心臓マッサージをしながら待っていた。

父さんの顔はアザだらけで、体にも打撲の跡があり、誰かが父さんに暴力をふるったことは明白だった。

だけど、その時の俺には犯人捜しよりも父さんの命が最優先だった。

病院が近所にあることもあり、救急車は割と早く来てくれた。


※※※


 病院に着くとすぐに父さんは手術室に運ばれ、俺は父さんの無事を祈ることしかできなかった。

・・・だけど、そんな祈りもむなしく、父さんはそのまま息を引き取った。

父さんの死のショックから、俺は立つ気力も失い、病院の待合室に腰を落とした。


「なんで・・・父さんが・・・」


 何が起きたのかわからない俺の脳裏に、ある記憶が蘇った。


「そうだ・・・家の防犯カメラ!!」


 防犯カメラの存在を思い出した俺は、スマホのアプリを起動し、カメラの映像を画面に表示した。

カメラが玄関全域を映しており、玄関から入った人間がいれば、確実にわかるようになっている。

俺は家を出た時間から帰宅するまでの間の映像を片っ端から調べていった。

そして、夕方6時頃の映像に1人の来訪者が映り、俺は言葉を失った。


※※※


ピンポーン!


『はい。 どちら様でしょうか?』


『すみません。 俺、金河君の友達の道長って言います。 金河君にお祝いのプレゼントを届けにきたんです』


 道長という俺とは別の高校に通っているボクシング部の学生だ。

同じボクシング部として知ってはいるが、別に友人と言う訳じゃない。

だが因縁はある。

実は俺が優勝した大会の決勝戦で対戦した相手が道長なんだ。

俺は彼に勝ち、優勝してチャンピオンベルトを手に入れたけど、今思えば、その時の彼の目は異常なほど負の感情に芽生えていたな。


『あぁ、誠児なら今、いないんだ』


『そうなんですか・・・じゃあ、お祝い品だけでも受け取ってもらえますか?』


『あぁ、構わないよ」


 人柄の良い父さんは玄関のドアを開け、道長を招いてしまった。


『どけっ!!』


『なっ何をするんだ!?』


 家に入った道長は豹変し、父さんを押しのけて家の中に入って行った。

そのままずかずかとリビングに入って行き、父さんもその後を追いかける。


『やめろっ!!』


『離せよ!! おっさん!!』


リビングの中までは映っていなかったが、入ってくる音声が2人の争いを物語っている。

とはいっても、現ボクシング部の道長と精神科医の父さんでは力の差は歴然だ。

それは父さんもわかっていたはずだ。

にも関わらず、父さんは警察や助けを呼ばずに道長に立ち向かっている。

俺には父さんの意図が見えなかった。


※※※


 道長が家に押し入ってから数分後……。

リビングから道長が出てきた。

服やズボンには、ところどころうっすらと血がついているのが見える。

これで道長が父さんを殺したことは決定的だ。

俺の中で道長に対する怒りが沸き上がってきた。


「チャンピオンベルト?」


 道長はなぜか、俺が優勝して手に入れたチャンピオンベルトを脇にはさんでいた。

その真意はわからなかったが、正直どうでもよかった。


「道長・・・」


 俺は怒りのままに病院を飛び出した。

幸か不幸か、道長の家は病院の近所だった。


※※※


ピンポーン!


「はーい!」


 インターホンを押し、玄関のドアを開けたのは道長の母親だった。


「道長はいますか?」


 言葉は丁寧を装っていたが、含んでしまった怒気までは隠せなかった。


「むっ息子に何の御用でしょうか?」


 道長の母親は俺の異常な態度に警戒心を持ってしまった。

だが俺にはその警戒を解く気はなかった。


「言わないなら、勝手に探します」


「ちょっちょっと!!」


 母親の制止を振り切り、俺は家の中に入った。

まあ、道長だって俺の家に勝手に入ってきたんだから、文句を言われる筋合いはない。


「けっ警察を呼びますよ!!」


 俺はそんな警告など無視し、道長を探す。


※※※


 2階に上がると、道長の名前入りプレートが飾られていた部屋を発見した。


「ここか・・・」


 直感的に道長の自室だと思った俺は、ドアを蹴破って中に入った。


「なっ! なんだ!?」


 案の定、そこにはスマホゲームに熱中している道長がいた。

奴は突然現れた俺に驚き、腰を抜かした。


「かっ金河!! なっなんでお前が・・・」


「なぜ父さんを殺した?」


「はっ!? 意味わかんねぇよ! っていうか勝手に入って来るなよ!!」


「だったらそこにあるチャンピオンベルトはなんなんだ?」


 道長の問いを無視し、俺は奴のベッドに視線を向ける。

そこには俺の家から強奪した俺のチャンピオンベルトが無造作に置かれていた。


「こっこれは・・・」


「防犯カメラにも、お前の姿が映っている!! 言い逃れできると思うなよ!?」


「うっうるせぇ!!」


 動かぬ証拠に反省の弁を述べるどころか、道長は逆上して俺の胸倉を掴んだ。


「お前が悪いんだ!! お前が俺のベルトを奪ったりしなければ!!」


「奪うだと? 俺は正々堂々と試合に勝ったはずだ!!」


「黙れっ!! 俺はガキの頃からこいつを手にするのが夢だったんだ!!

そのために毎日つらい練習を頑張ってきたんだ!!

それなのに、お前みたいなすかした野郎がしゃしゃり出てきたせいで、俺の夢がぶち壊れたんだ!」


 彼の言っていることはまぎれもなく逆恨みだ。

全く理解はできないが、ベルトを盗んだ理由としては一応、成立している。

だが、俺が知りたいのは父さんのことだ。


「ベルトがほしいなら、父さんを殺す必要はなかったはずだ!!」


「こっ殺す気なんてなかったんだ! 何度痛めつけても、あのおっさんがベルトを返せってしつこくしがみついてきやがるから!!

そ・・・そうだ!! 

俺は悪くねぇ!!

勝手にくたばったあのおっさんが悪いんだ!!」


 道長のあまりに身勝手な言葉に、俺の中で押さえていた何かが俺の心を支配した。


「・・・ざけるな・・・」


「あっ?」


「ふざかるなぁぁぁ!!」


 俺は道長の頬に向かって、右ストレートを喰らわせた。


「がふっ!!」


 その衝撃で道長は床に倒れ、俺はすかさず馬乗りになり、奴の自由を奪った。

そして、道長の顔に左右の拳を交互に放っていった。

父さんを殺した道長への憎しみ。

父さんを守れなかった自分への怒り。

さまざまな感情が俺の心をえぐり続けていた。


「や・・・やめ・・・やめへ・・・」


「黙れっ!! 黙れぇぇぇ!!」


 俺は道長の言葉に耳と傾けることなく、拳をふるうのをやめなかった。

手の感覚がなくなろうが・・・道長が意識を失おうが・・・。


※※※


 それからどれだけの時間が経ったのかはわからない。

気が付けば、俺は道長の母親が呼んだ警察によって現行犯逮捕された。

道長はすぐに病院に搬送され、治療を受けた。

命はどうにか取り留めたようだが、脳に大きな障害が残り、右半身が麻痺で全く動かなくなったようだ。

呂律も上手く回らないため、口をきくこともままならないとか。

当然俺は罪に問われた。

普通なら殺人未遂と不法侵入で結構重い罪に問われるが、道長の殺人が明るみになったことで、多少の温情を受けた。

その結果に道長の両親は不服らしく、俺への訴えを起こしたが棄却された。

道長に対して、俺は罪の意識はなかった。

麻痺が残ろうが、奴は生きている。

だが、父さんは死んでいる。

これほど決定的な差はないだろう。

だけど・・・皮肉なものだな。

父さんを守るために鍛えた拳が、道長を障害者にした凶器に変貌するなんて・・・。


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 温情を受けたとはいっても、障害を起こしたことに違いはない。

俺は少年院にしばらく世話になることになった。

もちろん高校は退学となり、友人達や舞からは励ましの手紙がしばらく届いていたが、

時間と共にそれも数を減らしていった。

その中で、俺はふとチャンピオンになった日の父さんの言葉を思い出した。


『誠児・・・このベルトはお前が強いことだけを証明しているわけじゃない。

お前が何かを成し遂げることができるという努力の証でもあるんだ。

忘れるな? お前にはたくさんの可能性があるんだ』


 俺はようやくわかった。

父さんが命をかけて守ろうとしていたのはベルトではなく、

俺の心だってことを……。


「バカだな・・・俺・・・」


 俺は涙が止まらなった。



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 事件から数年が経った。

俺は刑を終え、親戚の家に拠点を移した。

だが俺は特に何する気になれず、引きこもっていた。

父さんのショックを引きずっているのもあるが、外に出ると周囲から嫌な視線を向けられるんだ。

親戚もそれを感じているせいか、俺をあまり歓迎してはくれなかった。

友人達は事件をきっかけに疎遠となってしまった。

舞は長い間、俺に寄り添ってくれたけど、ついこの間、別れた。

未遂とはいえ、殺人者になりかけた俺に会いに来る舞は、周囲から何かと孤立していた。

”犯罪者の女”というレッテルを張られ、精神的にもかなり参っていたようだ。

舞の両親は彼女の身を案じて、俺に別れてほしいと訴えてきた。

俺自身も、これ以上舞を傷つける訳にもいかないと思い、それを受けいれた。

舞は最後まで別れを拒否していたが、鬱病を発症してしまったため、やむを得なく別れを決意した。


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 それからさらに1年後、俺はひまつぶし程度に荷物を整理していた。

親戚の家に引き取られてから無気力になってなかなか手を付けられなかったんだよな。


「あっ・・・」


 物を押し込んでいた段ボールの底で、俺は手紙を見つけた。

それは俺が夜光と文通していた頃、夜光からもらった手紙だった。


「夜光・・・懐かしいな・・・」


 手紙には、夜光の心境や楽しかった思い出などが書かれていた。

その文面を見るだけでも、あの頃の楽しかった思い出がよみがえる、

文通を絶ってから、夜光とは連絡を取ってもいない。

それどころか、彼のことすら思い出すこともなかった。

あんなに仲の良かったのに・・・騒がしい日常の中で、いつの間にか忘れてしまっていた。


「会いたいな・・・」


 いろんなものを失い、空っぽになった俺の心は拠り所を求めていた。

それが小さなころに芽生えた小さな絆であろうとも……。

会ってどうするか、なんてことは考えていなかった。

ただ会って、話をしたい・・・それだけだった。


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 後日、俺は夜光に会うため、かつて住んでいた町に戻ってきた。

父さんの手帳に記された夜光と義家族の住所を辿って、町を歩いていく。

10年以上経った街並みは、俺が住んでいた頃とはだいぶ違うから、1時間くらい迷った。


「あれっ?・・・ここ?」


 俺がたどり着いたのは、空き家となっている一軒家だった。

俺は手帳を何度も見返すが、住所は間違いない。


「引っ越しでもしたのか?」


 俺は仕方なく、近所の人に話を聞いて回った。

すると、夜光の義家族は父親の不倫が原因で離婚し、一家離散したそうだ。

長女の昼奈も、交通事故で死亡し、次女の夕華だけが成人して社会人になっているという。

それだけでも十分驚きだが、それ以上に夜光が強姦未遂を起こしたというのが驚いた・・・というよりも信じられなかった。

夜光は退学になって義家族に家を追い出され、どこにいったのかは誰も知らなかった。

だが、手がかりが全くない訳でもなかった。

夜光の義母が、不倫の件で心を病み、精神リカバリーを目的とした施設に預けられていると聞いた。

俺はすぐに施設の場所を教えてもらい、そこへ向かった。


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「あの・・・すみません。 時橋 朝日さんがこちらにいると伺ったのですが・・・」


「失礼ですが、あなたは?」


「えっ? えっと・・・私は朝日さんの親戚です。

ちょうど近くを通りかかったから、少しあいさつをと・・・」


 我ながらひどい嘘だったが、受付の方は信用してくれたようで、リストらしきファイルをペラペラとめくり始めた。


「朝日さんですが・・・今、娘さんと面会中のようですね」


「娘さんですか?」


「はい・・・あっちょうどあそこに・・・」


 受付の方の視線を追い掛けると、こちらに若い女性が歩いてくる。

俺は彼女に近づき、驚かさないように真正面から尋ねた。


「あの・・・時橋 夕華さんですか?」


「えっ?」


 顔を見たことはなかったので、念のために訪ねてみた。


「そうですけど・・・あなたは?」


「申し遅れました。 俺、金河誠児っていいます。

夜光の・・・友達です」


 

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