第22.6話 父娘6

「珍しいな。とまっちゃんがあんな意見を言うなんて」

香坂が去った会議室で、田中が疑問をストレートに戸松へ投げかける。

「あのまま帰したら噛みつかんばかりの勢いだったじゃないですか。まぁ、それはともかくとして、須川さんがかなり感情的な以上、お目付け役をつけた方がいいと思ったのは実際そのとおりで。事情も知っている親しい同年代の子が傍にいれば少しは冷静になれるかな、と」

「あっそう。ま、そういうことなら」

田中が期待していたような面白い回答が返ってこなかったためか、彼の声のトーンも通常時のものに戻る。尤も、何を期待していたのかを聞いたところで、田中に格好の材料を与えるだけであるため、余計なことを言うつもりは毛頭ない。

「なんにせよ、気合入れて話し合いには臨まないとな」

「ですね。まぁ気合を入れるとは言っても、所詮やっていることは単なる内ゲバですけどね」

「おうおう、痛烈だねぇ」

二人して苦笑いし、ため息をつく。


その後、幾ばくかの雑談に興じてから戸松が自宅へ戻ると、紗枝がコントロールルームのソファでくつろいでいる。

「ちょっとちょっと、あれからしずくちゃんとどうなのよ」

戸松を視認するや否や、不満げな声色で紗枝が現況を尋ねる。

「あの日の夜に伝えた内容以上の進展はないよ。ってか、それ以外の内容でデカい爆弾を抱えてて、今それどころじゃないんだよ」

「え?何が起きたの」

野次馬根性溢れる紗枝の目が、俄然キラキラと輝く。

「大っぴらにできる話でもないから、ここだけにしてね」

守秘義務が戸松の頭をよぎるものの、さんざん情報漏洩をしてきた手前、もはや感覚が麻痺してしまっている。

須川に係るこれまでの経緯と現況を伝えると、うへぇ、と凡そ成人女性にあるまじき声色で呻き声を発する。

「あのユニット、グループ名のわりに全然実態は可愛くないわね。……いや、寧ろ手のかかる子ほど可愛いって言えるのかな?」

「そこまで見越しての命名だったら、サイコーに皮肉に溢れていて、そのセンスの良さに感涙しちゃうね」

戸松が首をすくめると、紗枝はからからと笑う。

「それにしても、しずくちゃんとの決着は着いていないのに、あの子をわざわざ交渉の場へ連れて行くように具申するなんて、彼女も驚いていたんじゃない?」

紗枝がニヤニヤしながら戸松を小衝く。

「どうだろう。まぁ、少なくとも田中さんの方は驚いていたけどね」

「そりゃそうよね。まともに考えたら、メンバーの進退が懸かった大一番の場面に他メンバーを連れ立っていくなんて普通は考えられないわよね。ってか、田中さんもよくOKしたわよね」

「まぁ、結果的に役に立つ情報は得られなかったとはいえ、しずくから話を聞く必要はあったし、現況を知られちゃう以上、あとは話し合いの場にいるかいないかの些細な違いでしかないからね」

戸松の説明に、紗枝が頷く。

「で、トモはしずくちゃんを連れて行ってどうするつもりなの?」

「そこはなんとも。こちらからのアクションがしずくにストップかけられている以上、接触の頻度を増やすのが目的。そのなかで事態の進展を図る機会を見つけたいってのが正直なところだよ」

「ふーん、なんともまぁ涙ぐましい努力よね。物語みたいに劇的な展開なんていうのは発生しないのが辛いところよね」

紗枝がつまらなさそうに大きく息を吐く。

「そもそも、アイドルとそのプロデューサーって関係性自体がフィクションみたいな設定でしょ。尤も、その関係性でさらに劇的な展開が起きたらまずいから、こんな泥臭いことをしている羽目になっているんだけど」

戸松の言葉に、違いない、と紗枝がクツクツと笑う。

「とりあえず、何か面白いことが起こったら教えてよね。まぁ何にせよ、今回のメイントピックは須川さんについてのことだし、しずくちゃんばっかりにかまけてちゃダメよ」

言っていることは正論であるものの、余りにもどうでも良さそうな素振りに、戸松は脱力せざるを得なかった。

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