第21.2話 After the Festival -後の祭り- 2

紗枝が部屋を退出するや否や、香坂も自然体を装いつつ慌てて後を追う。

戸松の差し金だとは分かりつつも、紗枝にはかつて世話になっていたうえ、当時何も言わずに二人から距離を取ってしまった負い目がある手前、このタイミングで紗枝を無視する選択肢は選ぶべくもない。


「……紗枝姉。……あの、その、えーっと」

彼女へ追いつきはしたものの掛けるべき言葉が咄嗟に思い浮かばず、フィラーばかりが口をついて出る。


「いいよ、そんなに焦らないで。こうして来てくれたってことは、これからしっかり話をできるってことでしょ。焦って今無理に言葉を紡ぐ必要はないから」

タイミングからして香坂が自発的に追って来たのだろうと判断し、紗枝は柔らかな口調で香坂を宥めにかかる。

尤も、追いかけてこなかった場合には戸松から得た彼女のメッセージIDへ召集命令をを送り付けるつもりであったため、実行せずに済んだことに内心安堵のため息をつく。


「ごめんなさい、今本当に頭も心もグチャグチャで。ライブも上手くいかないまま終了して何も考える余裕なんてないのに、こんな風に紗枝姉と突然再会しちゃってどうすればいいのか全然分からないの」

紗枝の言葉にホッとしたのか、香坂は目じりに雫を浮かべその場に屈みこみ、思いのたけをまくしたてる。


「まぁね。こんな状況で私が出張るなんて、しずくちゃんにとってはブラックスワンもいいところよね。とりあえずもう察してくれていると思うけど、今こうしてしずくちゃんと話しているのは、トモがいろいろと思い悩んでいるのを知っているから。タイミングとしては最悪だけど、今日じゃなければ私が入り込む余地はなかったの。本当にごめんね」

紗枝の説明に、心当たりのある香坂はやや気まずそうな反応を見せる。


「とりあえず、こうして話せただけで私はもうやるべきことを果たしたわ。今日すぐにカタをつけてなんて言うつもりもないし、何なら気持ちが落ち着いた段階で私に相談してくれても構わない。もちろん、私を介さずトモと直接話をしてもいいからね」

香坂へ笑いかけると、彼女はあからさまに安堵の表情を浮かべる。


「私にとってはしずくちゃんも可愛い妹みたいなものだし、トモも含めて二人が納得できる結末を迎えてほしい。結果、私とあなたとの縁が切れることになるとしても、それはそれで仕方のないことだから、私のことは気にしないでね。ただ、今の状態を長く続けるのだけは駄目。実際、しずくちゃんからにじみ出ている態度や言動が、トモやグループによくない影響を与えているっていうのは心に留めておいてね」

紗枝の憂いを帯びた表情が、戸松の音楽プロデューサーとしての顔と重なって見え、香坂も黙って頷き返さざるを得なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る