第18.3話 疑義3

「戸松さん、しずくに何したんですか」

須川の言及に、またこれか、と苦笑する。

こうも同じ展開が続くと流石に驚くこともなくなり、うんざりという感情が先行する。

「別段心当たりはありません。どうしてそんなことを?」

戸松の返答に、須川は苛立ちの表情を以って応じる。

「しずく、最近落ち込んでいますし、無意識に戸松さんを避けてますよね」

須川の観察眼に戸松は舌を巻く。

「……そうなんですか。香坂さんが私を避けているというのであれば、逆に私がその理由を教えてほしいぐらいです」

似たような応酬を何度も行ったためか、倦厭しつつも平静に切り返す。

尤も、原因が分からないのは事実であるため、このように返答する以外の選択肢を戸松は持ち合わせてはいない。

真偽を見極めるためか、須川は沈黙し戸松の顔を視線で射貫く。

やや気まずいながらも、戸松もその眼差しに相対する。

逡巡ののち、須川がため息をつく。

「……分かりましたわ。しずくと戸松さんの関係を私は知りませんし、立ち入るつもりもありません。それを追求するのはしずくにとっても本意ではないでしょう」

何もかも見越したような口ぶりで須川は言葉を紡ぐ。

「初めて私たちが顔合わせしてから、しずくが心を動かす要因の大半は戸松さんが占めていた気がします。彼女は普段、あんまり気持ちを前面に出さないですけど、あなたとのやり取りでは、一喜一憂しつつも総じて生き生きとしていたような気がします。でも、最近はそうではありません」

「……」

返す言葉も思いつかず、目を伏せる。須川もそれを咎めることなく言葉を続ける。

「私はしずくのことが大好きです。私は一時どん底状態だったんですけれど、しずくが私を救ってくれました。それに、その生き方もすごく尊敬しています。まぁ、戸松さんのこととなると、あんな風になっちゃうのはどうかとは思いますけど」

空気が重くなり過ぎないよう配慮したのか、戸松にとっては笑いどころのない軽口を織り交ぜる。

「……とにかく、そんなしずくをここまで落ち込ませる人を私は絶対に許しませんし、落ち込むことになった要因は徹底的に排除するつもりです」

戸松は須川のことをおっとりとした嫋やかな女性と評していたが、その認識が誤りであったことに気づく。

いつもどおり穏やかでやや間延びした口調は、内に孕んだ怒気がどれほどかを覆い隠し、むしろ恐怖心を煽る。

「現時点では心当たりもありませんし、あまり考えたくないのですが、仮に私に原因があったとしてそれが分かったら、その時は教えてくださるとうれしいです。精一杯挽回に努めます。私も人を落ち込ませるのは本意ではありません」

ひりつく喉から絞り出した回答は須川を満足させたようで、これ以上の追及はなく、その後しばらく雑談したのち解散と相成った。

尤も、須川と交わした雑談の内容は戸松の頭には全く入ってこなかった。

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