第18話 疑義

フェスに向けての準備が本格的に始まり、戸松も連日打ち合わせと作業を繰り返す。

今回は純然たる音楽イベントということもあり、デビュー時のように単にCD音源のカラオケをそのまま流して歌わせればOKというわけにもいかない。

演出にかかわるすべての基幹スタッフで綿密にプランを組み立て、ブラッシュアップのための議論を重ねていく。

「戸松さーん……。こうしてピリピリとした打ち合わせが続くと、さすがに参っちゃいますよね!ほら、私ってご存じのとおりメンバー内で一番歌が下手なんで、音楽フェスっていう場で歌声を披露することになるって思うと、恐怖でしかないですよー」

休憩時、いつになく弱気な口調で種田が戸松に不安をこぼし、その意外なしおらしさに戸松も返す言葉がすぐに思い浮かばない。

「あっ、私がこんな弱い一面を見せることを想定していなかった……って顔してますね?私だって緊張したり、落ち込んだりもするんですよ、このっこのっ!」

戸松の反応に余裕が生まれたのか、普段の種田からは想像できない大人びた笑みを浮かべ、わき腹をつついてくる。

「……何言ってるんですか。そんなことを口にする暇があったら1秒でも多く練習してください」

「分かってますよーっ!今日だってこのあとボイトレ入れてるんですからね」

内心ドキッとしつつも努めて平静に言葉を返すと、種田はいつもの無邪気な明るい表情に戻っていた。

「あ、今日はボイトレの日だったんですね。正直なところ、自分はディレクションはできても上達のための指導はできないので、こうしてご自分でトレーニングしてもらえるのは音楽担当としてもありがたい限りです。たしかに、最初に会ったころに比べて徐々に歌唱力は上がってきていると思いますよ」

「それはよかったです!戸松さんの曲はすごくキャッチーで大好きなんですけど、部分転調があったり譜割が細かかったりで、歌う方はすごく大変なんですからねっ!今回の半分ラップみたいなのは、めちゃめちゃ大変でしたよ!」

「いやはや、本当に申し訳ないです。あれをライブでやるのはなかなかエネルギーいるでしょうけど頑張ってください、応援していますよ」

戸松のあまりにもおざなりな激励に、種田が頬を膨らませながら戸松の肩をポカポカと叩く。

「こらこらやめてください。ほら、新垣さんが近づいてきてますし、こんなこと続けているとお説教タイムになっちゃいますよ」

二人向き合い、いたずらがばれてしまったかのごとく笑いあう。


「えっと……。二人してどうしたんですか?随分盛り上がっていたようですけど」

近づいてきた新垣は戸松たちの様子を訝しむ。

「種田さんがもっと歌うまくなるためにいろいろと努力しているって話を聞いていまして。確かにうまくなったねって新垣さんも思いません?」

「……えぇ、たしかに。そうですね」

自分で話題を振っておきながら、戸松の返答に対しおざなりな返事を寄越す。

「……新垣さん?」

「あぁ、ごめんなさい。ところで、ちょっと戸松さんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

大勢に聞かれると憚られる内容であるのか、新垣の声のトーンが低くなる。

「えぇ。何でしょうか?」

「最近、しずくの元気がないんです。私たちの前では普通に振舞っているつもりのようで、事情を聞こうとしてもやんわりとはぐらかされますし。戸松さん何かご存じですか?」

ピンポイントで戸松へ質問を向けるあたり、実は新垣は内情を知りつつ故意にこのような流れに持ってきているのではないか、と戸松は疑念を抱く。

「いえ、私は最近ずっとバタバタしてて、彼女とはそんなに話す機会もないので、皆目見当がつきませんね」

理由が分からないのは事実であるため、淀みなく戸松の認識を新垣へ伝える。

「確かに、しずくの様子なんか変だよね。あんまり立ち入らない方がよさそうな雰囲気だったから触れてこなかったけど」

「あら、優美も気づいていたのね。優美は理由に心当たりある?」

「んー、私もないかな。元々しずくって、悩みとかは気取られないようにするタイプじゃん。今回こうして私たちが気づくだけでもイレギュラーだよね」

「そうね。しずくの性格的にこうして踏み込むことが正解かは分からないけど、やっぱり仲間だし何もしないっていうのもね。とりあえず、二人とも、何か分かったことがあったら教えてください」

「分かりました」

新垣の顔は最後まで晴れないままであった。


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