第13話 姉弟

対談が掲載された雑誌の売れ行きも好調だったうえ、その後開催したミニライブの客入りも上々であり、KYUTEの知名度はインディーズ時代と比類ないペースで上昇の一路をたどっている。

尤も、田中曰く「広告宣伝費がこれまでの比でない程につぎ込まれている」とのことであり、レーベルとしての力の入れようがありありと伺える。

戸松にもメジャーでの2ndシングルリリースに向けてのスケジュールが早々に提示され、一時の休息は早くも終わりを告げることとなった。


「ハロー、トモ。頑張ってお仕事してるかーい?」

新曲の構想に悩み、頭を抱えながらドラムループを延々垂れ流していたところ、戸松の姉である紗枝の声が突如スタジオ内に木霊する。

事あるごとに遊びに来る彼女には家の鍵を渡しており、こうして気ままに家に入ってくるのは最早当たり前の風景となっていた。

「あー、いらっしゃい姉ちゃん。ここしばらく大型の案件抱えることになってさ。今は切羽詰まった状況ではないけど、いろいろ頭抱えてるよ」

「あぁ、KYUTEのことね」

「……え、なんで知ってるの?」

姉の口からKYUTEへの言及があったことに動揺し、思わず声が震えてしまう。

「あー、やっぱり。最近KYUTEって最近注目のアイドルとしていろいろメディアで取り上げられているじゃん。私もたまたま何かのきっかけで彼女たちを見かけてね。いやー、なぜかすごく見覚えのある娘がメンバーにいるんだけど、一体全体どうしてそうなったのかな?」

香坂との過去を知る紗枝はニヤニヤとした表情をしており、随分と楽しそうである。

「いや、俺も最初のスタッフ顔合わせでしずくを見たときは本当に頭が真っ白になったよ」

「でしょうに。ねぇねぇ、再会したときはどんな話をしたの?ほらほら教えてよ」

紗枝の口調が一層弾む。

「別に、久しぶりだねって話したぐらいだよ。俺たちもいい大人だし、学生の頃のことなんていつまでも引きずらないよ。ちょっと気まずくはあったけど」

「ふーん、じゃあ、元彼女さんがこの家に来てもなんとも思わなかったの?」

「……え、姉ちゃん、あの雑誌読んだの?」

姉による猛攻に、完全にペースを飲まれてしまう。

「そりゃあ、しずくちゃんが入っているユニットがフィーチャーされた雑誌だもん。読まないわけがないじゃん。ってか、読んでて思わず顔がにやけちゃったわよ、見慣れた家の中がみんなのインタビュー写真の背景に写っているんだもの。で、どうだったのよ、元恋人のおうち訪問は。しずくちゃんの写真、サマになっていたよね。座っていたのはこのあたりだったかな」

香坂が撮影で座っていた位置で、紗枝が同じポーズをとる。

「姉ちゃんが美少女アイドルと同じポーズをとろうだなんて烏滸がましいわ。そんなことするのは1万年早いでしょ」

一方的に攻められるのも癪であったため、苦し紛れの憎まれ口をたたく。

「ほうほう、弟くんにとってはまだ美少女の基準はしずくちゃんなのかな?」

「……客観的な視点での話だよ。ほかの人たちに美少女って思われてなかったらアイドルでデビューなんてしていないでしょ」

からかいの応酬では姉にはやはり勝てないな、と戸松は歯噛みする。

「まぁとにかく、姉はうれしいよ。こうしてまたトモとしずくちゃんとの繋がりが復活したんだからね。まぁアイドルだからお付き合いやデートはご法度だろうけど、私も含めた3人でいれば他の人に誤解されることもないだろうし、しずくちゃんに会いたいときは教えてね。協力するよ」

「それ、俺たちの間に入ってからかいたいだけでしょ」

「いやいや、そんなことは……ちょこっとしか思っていないよ。それに、しずくちゃんと会いたいのは本当の気持ちだしね」

香坂との交際を知って以降、紗枝はしずくを随分と可愛がっていた。

紗枝と香坂の二人で遊びに行くこともあり、戸松との交際が終了したことを知った折には尋常ならざるほど意気消沈していた。

「よーし、今度しずくちゃんと会ったら、私が話したがっていたって伝えてね」

あまりしつこくしてもいけないと気を使ったのか、紗枝が会話を切り上げる。

「あー、分かったよ」

弟のことは弄びがちではあるものの、実際は自分を思いやってくれていること、香坂と真に交流を再開したいと思っていることは重々承知しているため、苦笑いをしつつ受け入れる。

やはり、古今東西、姉に勝てる弟というものは存在しえないのだと思いながら。

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