第3話 歌詞と未練

戸松が意を決して香坂へ折り返し架電すると、2コール目で応答の反応があった。

「……もしもし。ごめん、電話貰っていたのに出られなくて」

「ごめん、忙しいの知ってたはずなのにね。さっきはいきなりの再会でろくに話せなかったから。本当はいろいろ話すべきことが沢山あったのに」

「大丈夫、今一息ついているところだから。俺もあのままじゃ色々と煮え切らなかったし」

香坂の焦ったような口調のお陰で、かえって戸松は落ち着きを取り戻す。

「……ところで、しずくのことは他の人の前でどう呼べばいい?会って間もない段階から親しげに呼ぶとあらぬ憶測を呼ぶかもしれないよな。香坂さんって呼ぶのが一番無難かな」

「確かにそうね。少しむず痒いような気もするけど、余計な波風は立てないほうがいいかも。私もトモじゃなくて、戸松さんって呼ぶようにする」

久しぶりに昔の呼び名を聞き、戸松は思わずドキリとするも必死に声を押しとどめる。

「……ってか、久しぶりにトモって名前を口にしちゃったね」

香坂がはにかんだように囁く。

「とにかく、今後は仕事でいろいろとやり取りをすることになるけど、うまくやっていこう、香坂さん」

いかにも惑わせるような発言をする香坂に様々な感情が湧き上がるものの、それを押さえつけ、極めて無難な言葉を紡ぎだす。

「そうだね。……ところで、実はこうして電話をかけるのは結構勇気が必要だったんだけど、それでもこうして話したかったのは、これを聞きたかったからなんだ。昼間に話したあの曲の歌詞ってさ……」

「あれは商業ベースで作った曲だから、個人の思いが入り込む要素はないよ」

香坂が最後まで話しきる前に、その言葉を打ち切る。

「……え、でも……」

「ごめん、その話をするのは今ちょっと勘弁してほしい。ごめん、そろそろ曲作りを再開しないと。また電話するよ」

半ば強引に切電し、スマホの画面を眺める。

高揚感と気の重さが混ぜこぜとなり、戸松はこれからの作曲作業に集中できる気がしなかった。


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「ごめん、そろそろ曲作りを再開しないと。また電話するよ」

香坂の言及から半ば逃げるように切電した戸松に対し、若干の苛立ちを覚える。

「あの歌詞の内容、間違いなく私との思い出じゃん。あんな風に言い逃れすることないじゃん……。私はただ……」

気が高ぶり、口に出るのは怨嗟ばかり。

しかしながらそうしたところで気分が晴れるでもなく、手の上で持て余していたスマホで件の曲の歌詞を検索する。

“あの日君と食べたアイス。僕のバニラと君のチョコが口の中で混ざりあうけど、味わう余裕なんてなく”

何回目かのデートで訪れた遊園地での、ソフトクリームの食べ合いっこ。

今となっては、小恥ずかしいやり取りであったと回顧する。

(ん?よくよく考えてみれば、アイスの食べ比べなんて恋人では珍しくもないし、あれからトモに新しく恋人ができて同じことをしていた可能性もあるのよね……。でも、味も一致しているし、あれは私たちのことって考えていいのかな?っていうか、仮にそうだったとして、それをトモに話してどうしたかったんだろう、私……)

思考がすぐにまとまりそうもないため、先ほどから燻る苛立ちを解消すべく戸松への意趣返しの手段がないかを模索する。

しばし思索に耽ったのち妙案が浮かんだため、さっそく行動に移すべく田中へ架電する。

「夜分にすみません。香坂です。少しご相談が……。今回リリースする曲についてですが、可能であれば私も作詞に関わりたいと思いまして。実は、書いてみたいテーマがあるんです。タイトなスケジュールな中、無理を言っているのは承知しています。〆切が心配で私一人に任せたくないのであれば、本業の作詞家の方との共作という形でも問題ありません」

「なるほどねぇ。スケジュールは確かにカツカツだけど、話題性も考えるとキミの名前がクレジットに入っているのはアリだね。インディーズ時代にキミが書いた歌詞も見たことあるけど割と良かったし、メリットはありそうだ。キミの筆の速さとかは知らないから、本来の担当作詞家にサポートをしてもらうことになるけど、やってみようか。急ぎ作詞の人にコンタクトとってみるよ」

田中も乗り気で香坂の案に賛同する。


「ありがとうございます」

既に香坂の脳内では、歌詞に紛れ込ませるネタがグルグルと渦巻いていた。


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夜を徹してカップリング曲のメロディを仕上げ、ラフデータを田中へ送付する。

さすがにそろそろ睡眠をとったほうがいいと判断し、DAWを終了しようとしたが、ふと思い立って”アネモネの花は暁に消えゆく”のプロジェクトデータを開き再生する。

レコーディングやミキシングに携わった訳ではないため、手元にあるのはパラデータを取りまとめただけのプロジェクトファイルであり、ボーカルもコンペ提出時点の仮歌であった。

本楽曲は戸松が制作した曲の中で作詞者としてもクレジットされている数少ない曲である。

尤も、自身が望んで作詞に携わったわけではない上、況や過去の恋人をイメージしながら書いた歌詞が採用されるとは思ってもいなかった。

昨今、人気アーティストのコンペにおいては、デモの段階でそれなりの完成度が求められる。そのため、仮歌もハミングでなく、仮であっても歌詞を入れたものが望ましいとされている。

本楽曲の提出先も人気アイドルのコンペであったことから、歌詞つきの仮歌を入れる必要があったが、当時は金銭的余裕もなかったうえ、採用の蓋然性が低い曲の作詞のためにプロへ依頼することに心理的抵抗があったため、やむを得ず自分で行うこととした。

作詞は不得手であったものの、幸か不幸か、コンペ曲のテーマが”失恋”であったため、自分の過去の辛くも甘い経験からすんなりと歌詞を仕上げることができた。

戸松にとって計算外だったのは、コンペでのみ使用するつもりだった歌詞が、そのまま本採用されてしまったことであった。

作詞での印税収入やレーベル側の心象も斟酌し採用を受諾したが、それでも自分の未練タラタラなポエムが公になることは、戸松を悶えさせるには充分であった。

名義が本名でないこと、歌詞の内容も個人を特定できるような要素が含まれていなかったこともあって、まさかこのような形で香坂の知るところとなるとは想像だにしなかった。

(あぁ、次会う時は一体どんな顔をすればいいんだ……。さっきは動揺して慌てて電話を切ってしまったし、あからさまに訝しんでいるよな……)

思い悩むうちに、曲の再生が終了する。

「この歌詞私は好きよ。ストレートで等身大な感じが、the青春って感じ」

仮歌を歌ってくれた女性の感想を思い起こす。

青春なんてもはや縁遠いものと認識していたが、ずいぶんと濁った形でその残影を追うことになりそうで、戸松は口角を上げながらため息をついた。

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