第1話 戸惑い、そして降りかかる業務

戸松が放心する中、KYUTEメンバーの自己紹介が全員分終了する。

「はい、それじゃあ、次はとまっちゃん行こうか。……おーい?どうした?」

発言を促すも、戸松の反応がないことに田中は訝しむ。

「あっ、すいません。どうも皆さんはじめまして。音楽面でのプロデュースや楽曲制作を担当します戸松です。よろしくお願いします」

話の流れが自分のせいで途切れてしまったことに気づき、慌てて挨拶をしつつメンバーを見回すと、その拍子に香坂と目が合う。

香坂も戸松であることに気づいたようで、口をあんぐりあけて固まってしまう。

「えー、ちょっと簡潔すぎない?作編曲での名義とか違うんだし、それだとどんな曲作る人か分からんでしょ。彼、楽曲数はそこまで多くないんだけど、固定ファンもつくぐらいには人気なんだよね。とまっちゃんがプロデュースや楽曲制作をすることで話題性も出てくるかもしれないし、もっとちゃんと自己紹介しなよ」

おざなりな自己紹介に対し、田中が茶々半分、手助け半分の突っ込みを入れてくる。

「ん……、そう言われると少しこっぱずかしいですね。とりあえず、自分はTom^2トムトムという名義で活動をしています。曲調としてはBPM150~170ぐらいのややアップテンポなポップスをつくるのが得意です。なので、自分のつくる曲はアイドルソングともマッチしやすいのかな、と思います。とはいいつつ、それ以外のタイプも作れるんで、リクエストとかあれば是非」

田中の助けもあり、なんとか無事に挨拶を終えた戸松は、次に自己紹介をし始めたスタッフの声をBGMにして香坂を盗み見る。

香坂も全く同じ行動をしたようで目が合ってしまい、お互いに慌てて目をそらす。

(一体俺たちは何をやってるんだ……。目が合って慌ててそらすなんて、やってることが中学生じゃないか……)

戸松が羞恥に身悶えるうちに自己紹介や活動方針等のレクが終わり、田中が〆に入る。

「はいはーい。それでは概要説明も終わったことだし、ちょっと休憩にしよっか」

戸松は居たたまれなさからトイレにでも行こうと立ち上がったが、

「戸松さん!戸松さんの作曲名義がTom^2トムトムってことは、”アネモネの花は暁に消えゆく”を作ったのは戸松さんってことですよね!?」

と、興奮した面持ちの種田に呼び止められる。

「ええ、確かにそうですけど……」

種田が言及した楽曲は、戸松のポートフォリオのうち最もCDセールスランキングが高かった作品であり、自身の売り込みの際には代表曲としてまず本楽曲を挙げていた。

尤も、セールスランキングが高かったのは、人気アイドルの曲コンペに通ったからであり、そのアイドルがとてもお上品とは言えない特典商法を展開していたところも大きい。

また、表題曲ではなくカップリング楽曲であったことから、セールスランキングの結果が自分の実力によるものとは認識はしていないが、SNS上での評判は上々であり、クオリティの高い仕上がりになったとの自負もあった。

「私、あの曲すごく好きなんです。歌詞も好きですし、サビ部分のピアノバッキングとストリングスの絡みがめっちゃ琴線に触れたんです。あの曲を聞いてから戸松さんの曲を追っかけるようになったんですよ!」

種田の熱い語りは留まる気配を見せず、戸松の曲が好きという彼女の言葉に真実味がぐっと増す。

「……それはとてもうれしいです。あの曲は私も思い入れがありますし、私の名で曲を追いかけてくれるようになったというのは、クリエイター冥利につきます」

種田の勢いに怯みつつも、あまりの嬉しさについ顔がほころんでしまう。

「いやー、こうして一緒にお仕事できるなんて思ってなかったんでホント嬉しいです。……おーい、しずくー!しずくもこっち来なよ。しずくも戸松さんの曲好きだったよね」

種田のいらぬお節介に、戸松は笑顔を顔に張り付けたまま硬直する。

「……え、えぇ。……戸松さんの作った曲、どれも私好みでよく聞いています」

香坂もまさか再会して早々相対して話すことは想定していなかったのか、やや戸惑いがちに言葉を紡ぐ。

「あぁ、ありがとうございます。初対面の方をこれからプロデュースしていくということでややプレッシャーがきつかったのですが、こういった言葉を頂けて励みになります。これからよろしくお願いしますね」

香坂が目の前にいることで頭は真っ白であるが、数年培ってきた職業人としての資質が、無難な言葉を口から流れさせる。

「おっ、どうしたどうした?もう仲良くなったのか?」

3人の会話を聞きつけ、田中が会話に入り込んでくる。

「えぇ、まぁ私が作った曲をご存じだったみたいで、少し話をしていました。あ、すみませんがちょっとお手洗いに……」

これ幸いと、そそくさと会議室から逃げ出す。


(こんな偶然が起こるなんて、一体どうすればいいんだ……。アイドルにとはいえ恋人がいて、しかもそれが音楽プロデューサーを勤めているなんて露見したら炎上必至じゃないか。立ち回りを失敗すると業界から干される可能性が高いし、頭が痛いな……。兎にも角にも、先ずはしずくと話をしなきゃ……。ってか、どんな接し方をすればいいんだ……)

トイレの鏡に写る自身の顔には生気がまるで感じられない。

頭の中の整理に勤しんだところで解決への道筋が照らされる気配はなく、やむを得ずトイレを出ると、廊下で香坂が所在なさげに立っている。

髪先をクルクルと弄んでいるあたり、落ち着かない様子である。

「……久しぶり。まさかこんな形で再会するとは思わなかった」

香坂がやや気まずそうに口にする。

「だね、俺もびっくりしすぎて自己紹介の時は頭が真っ白になっちゃったよ」

戸松の言葉に香坂も苦笑いする。

「私もよ。話す準備もないまま優美に会話へ巻き込まれたときは焦ったわ」

「確かに。彼女はなかなか陽気な子だね。……それにしても本当に久しぶりだね。何年振りだろう」

「中3の時以来だから、6年ぶりぐらい?あの頃は急にあんなことになっちゃって……うん……」

当時を思い出したのか、香坂の歯切れが悪くなる。

「……とりあえず、こうして再会して一緒に仕事もすることになったし、落ち着いたらゆっくり話そう」

気まずい思いを抱きつつも、彼女に再会できた喜びも一方で内在しており、

勢いのまま言葉を紡ぐ。

「……うん、そうだね。私の連絡先まだ残ってる?電話番号は変わってないから」

「一応残っているよ。俺も連絡先は変わってないから」

素直に答えるのも恥ずかしく、戸松はつい余計な修飾語を添えてしまう。

会話の流れが途切れ、二人の間を沈黙が支配する。

「おーい、二人とも、そろそろ打ち合わせ再開するぞ」

廊下へ出てきた田中が絶妙なタイミングで声をかけてきたことに二人してホッとし、それぞれ会議室に戻る。

全員が再び会議室に集合すると、田中は先ほどの様子とは打って変わって、真剣な表情で話を始める。

「さて、今後のスケジュールについて共有したいと思う。さっきもレクで話したが、KYUTEはこれまでインディーズで活躍してきたこともあって、ある程度の歌唱力やダンス力は兼ね備えている。人気もそこそこあった中でのメジャーデビューだし、アイドル界隈では今話題に火がついている状態だ。そこで、下火にならないうちに1曲ドカンとぶちかまして、同時にインストアライブなんかも開催しつつ盛り立てていきたい、というのが社としての方針だ。なので、かなりカツカツのスケジュールにはなるが、1か月後にはファーストCDリリースまでこぎつけたい。みんなには無理を強いることになるとは思うがよろしく頼む」

「そのスケジュール、本気ですか?」

下準備なしでの1か月CDリリースという無謀を、よりによってレコード会社側が打ち立てたことに驚きを隠せず、戸松はつい横やりを入れてしまう。

「俺だって分かってる、こんなのが無茶だってことは。スタジオや奏者、プレス業者の手配は最優先で行うことは約束する。すまないが協力してほしい」

こぶしを握り締めいつになく真剣な表情で依頼をする田中の姿に、何かしら事情があることを察する。

「分かりました。カップリングと合わせて2曲作成ということで大丈夫ですか?とりあえず、時間がないので、メロだけ先行して作って作詞に投げて、編曲とレコーディングや振付作業を同時並行という感じになりそうですね」

その後、細かいスケジュール感を共有し、打ち合わせを終える。

「本当は今日は軽い顔合わせぐらいにしておくつもりだったんだが、こんなことになってしまって申し訳ない。本日の顔合わせはここでということで、引き続きよろしく頼みます。あ、とまっちゃんは少し残ってくれ」

田中の号令により、ほかの者が会議室から続々と退出していく。

「とまっちゃんにかなり負担をかけることになってしまった。本当に申し訳ない。本当はCDのリリースは3か月後する腹積もりだったんだ。ま、それでも全然スケジュールに余裕があるわけではないんだけどな」

ほかの皆が会議室を辞したことを確認し、田中が事情を説明し始める。外まで声が漏れることを警戒し、田中は普段とは異なり随分と小声である。

「実はさっきの休憩時間中に上司から急に電話で連絡が来たんだ。お偉方が何処かから今日の決起会議を聞きつけたみたいでね。どうやら、お偉いさんの一人がKYUTEを知っていて、随分と期待をしているらしい。クソッタレなことに、それを受けて俺の直属上司がこんな無茶なスケジュールを指示したわけだ。出向で来ていて業界を知らない無能なくせに、功を焦るあまり余計なことをしてくれやがって。既にお偉いさんにも1か月後とオーソライズされているみたいだし、拒否権がなかったんだ。本当にすまない」

かくして、元恋人との再会という感傷に浸る間もなく、急遽山のような仕事が戸松に降りかかることとなった。

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