第2話 この町を、ちょっと案内していきましょう。

「ムスタファさん、そろそろ出かける時間でしょうか?」


秘書が声をかけるころには、机の上も片付け終わって、外に出る服を選んでいたころだった。



…、あ、あぁ、そうです、私の名前は、ムスタファといいます。自己紹介がまだでしたね。申し訳ありません。



仕事の範囲は幅広く、町長代理も務めることがあります。その中で今日のこの時間は町中散策で、これも大切な時間のひとつです。


「ああ、もう出れるよ。今日は誰と行くのかな?」


町中散策は、遊びだけではない。町の情勢をこの目で見るという、大切な時間であって、これはもう昔からの慣行であった。いわゆる、新人教育の一環でもあるのだな。


「今日は財務のデフネさんと、新卒のハムザくんですね。もう玄関に向かっていますので。」

「おお、わかった。じゃ、行ってくるね。」


*  *  *


役所の入り口から続く、大通りに向かう小道を、私たち3人は歩いていた。

「デフネという名前…月桂樹ですか。お綺麗ですね。」

「あら…ありがとうございます。」


その名の通り、美人といった顔立ちのこの女性、役所に勤めて5年を超える、ベテランの仲間入りの頃合いだ。

「デフネさんは、この散策はもう何度も経験しているんですか?」

若い男の子、ハムザくんはデフネさんに聞いてみた。

「私ですか?今回で4回目くらいかしら。先々月にも来たので、続けてという感じですね。」



「ハムザくんは初めてですよね。配属は決まりましたか?」

ハムザ…強いという意味の名前とギャップがある、小柄で目が大きく可愛らしい顔立ちのこの子、緊張して手足がガチガチになっている。つい先日、学校を卒業して、役所に勤めることになったのだ。

「オレ…ぁ、わ、私は、まだ選考の途中だそうで、まだ、決まって、いません。」

「フフフ。硬くならなくていいよ。普段のように。町中を歩いて回るだけだからな。」


小道を抜けて、商店街の入り口まで来た。ここから大通りに沿って歩いていく。


「じゃあ、まだ総務の部署にいるのね。そうなると、このまま総務の仕事になるんじゃないかしら。」

「え、あ、そうなんですか?」

「この町中散策も、総務の仕事なんだよね。そっか、それでハムザくんが来ることになったのかな?」

「あ、え?そ、そうなんですか?」


食べ物屋さんのお店の前を通り過ぎる。ふわっと美味しそうな香りが漂ってくる。


「最初から総務と決まっていたなら、ずっと配属されないって思われるかもしれないけど、もう総務の仕事、手伝ってるんでしょ?たぶん、そういうことじゃないかしら。」

「あ、あぁ、そうなん、ですね…?」

「まあ、人事の内容については、私でも知らないんだ。変わるかもしれないし、そのままかもしれないし。その時、だね。たぶん、正式の辞令が出ると思うよ。」

「はい。そうですね。」

というところで、町の一番大きい交差点、三叉路に着いた。



*  *  *


この町のシンボルともいえる、中心地のロータリー公園に、私たち3人が到着した。


この町の中心部にある公園から、それぞれの道路の向こうを見ると、それぞれの巨大都市が展望できるという、壮観な場所になっている。道路の中心は公園の周りを回るロータリーになっていて、地下通路を使って、この円形公園に行くことも出来る。


役所があったのは、このロータリーから見ると、ちょうど北側にある。


南西側の遠くには山々が連なっている。雪解け水の川もあるので、水源として利用できるのだ。


東はこの町の食糧生産部門、畑や果樹園が広がっている。


そもそも恵まれた土地だったところに、遠くに都市が出来て、たまたまこの場が通り道になった、というところから、この町の発展が始まった。




「…ということでしたよね。この町の歴史って、学校の授業でやってました。」

ハムザくんのアピールポイントとして、この町の概要を説明していただきました。ありがとう、ハムザくん。



15年前に、この中心部の大工事が行われ、このような街並みになったのだが、それ以前までは町の活性が危ぶまれていたそうだ。そこで前々町長が一大決心をし、多少の反対を押し切って、この工事を敢行したのだ。


そしてこの町は生まれ変わった。


それ以来は好景気のうなぎ登り。

この計画では、町の人口を50万人で想定していたという。商店街の規模はこの程度なのだが、道路から奥に広げられるように土地が確保されているのだ。住居は、その商店街の上物と郊外の設定になっている。現在でもまだ2万人なのに、先を読みすぎているかもしれないが。


「それで当時の町長さんは永久市民を獲得し、一族の安泰も決定になったんだけど、ウチの役所もその時に組織改革をして、いまのやり方になったんだ。ヤるところはヤる、要らないものは切り捨てる。」

「あ、…あー、だから部署の数が少ないんですか?下水部門はあるけど水道部門って無いですよね。」

「家の火災消化も、地域でやってもらうようになっているのよ。道路の維持管理も。許可とお金は役所が出すけどね。」

「なお、ギルドは役所直接の管轄だ。だからここはよく私も通ってるんだよね。」

と話したところで、ちょうどギルドの入り口の扉の前に着いた。



*  *  *


カランカラン…


「いらっしゃい。あら、ムースおじさん。こんにちは。」

今日の受付の担当嬢が挨拶してきた。ムスタファという名前なので、略して、ムース。悪くない(笑)。


「今日は若いのも連れてきましたよ。」

と、紹介する。こういった人との橋渡しも、重要な役割を持つからだ。

「わー。ここは私もめったに来たことが無いんですよねえ。」


「あら?ハムザくん、でしたね。久しぶりね。」

「あ、ど、どうも…。」

ぺこりと頭を下げている。

「お?もしや、登録してたことがあるのかい?」

「わ、若いときに、ちょっとだけ。アルバイトですけどね。」


「あ、もしかして、役所に勤めることになったんですか?」

と、登録証簿をめくっていき、

「そういってるけど、ハムザくん、レベル6になったんですよ。」

へー、と、私たちは意外な事情を聞くことになって驚いた。


「あらー、やるじゃない。可愛い見た目だから、ギャップ負けしてると思ってたわ。ゴメンね。」

と、美人のデフネさんに顔を寄せられて、

「あ、いえ、そんな…」

なんて顔を真っ赤にしている様子を見せられるもんだから、


「いいねぇ、若いって(笑)。」

肩を竦(すく)める仕草を担当嬢に見せた。その様子にクスッと笑って

「あらあら。そういうムースさんだって。」

「オレはいいよ。もう仕事だけだからなあ。」

と、市場に向かおうとして、思い出した。ここに寄った理由を。



「そうだ、最近、転生者が新規登録してたみたいだけど、どんな人なのか教えてほしくてさ。」

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