第6話 万事休す。そして……

 金曜日の午後2時ごろ、とうとう引っ越し先の町に着いた。


 これまでどんな町だろうと楽しみにしてきたけれど、今は『家を探さなきゃ』とそればかりが気になって落ち着いて周りを見ている余裕もない。


 「おなかすいた~!」とちび達はぴーぴー言っている。

 まず地元新聞を買ってバーガー屋さんへ直行。こういう田舎の町では地元新聞は賃貸情報や求人情報まで載っていて貴重な情報源として大きな役割を果たしているのだ。


 旦那はバーガーを注文するとすぐ新聞を広げ、家探しを始める。

 アパート、家、載っている物件を片っ端から電話してみるけれどどれもダメ。

 そして最後の望みをかけて、旦那が前回この町に来た時にウェイティングリストに申し込んでいた不動産屋に聞いてみるが、あと1か月は無理だという。


 ここまで「最後まであきらめずにいこう」と夫婦で話してきたが、これ以上どうしようもない。

 万事休す。

 力を落とし、ご飯を終えたらとりあえず主人のボスにあいさつに行くことにした。


 挨拶を終えた旦那が戻って来ると、手には貸倉庫のリストを持っている。ボスも心配して荷物は貸倉庫に入れるといい、と言って一緒に調べてくれたらしい。いい人だ。

 土曜日も開いているところを調べて急いで契約しなければ。時間はいつの間にか金曜日の夕方4時半を回っている。この田舎町ではオフィスが閉まる時間は大体5時。とにかく急がなければ。


 何軒か電話で問い合わせた後、一つ開いている貸倉庫に向かう。

そのオフィスで交渉していた旦那がすぐに車に戻ってきた。なんかニコニコしている。

 「今、職場のボスから電話があって、借家が1軒あるかもって。」

 貸倉庫の人と契約の話をしている間に電話があり、ある不動産屋の人と5時に会う約束をしたらしい。

 家が借りられるかも、といっても見てみるまではどんな家かわからない。すぐに入れるかもわからない。あまりにもボロボロだったらすきま風で冬が大変だし。


 金曜日の夕方5時。時間ぎりぎりに期待と不安をもってその不動産屋に向かう。

不動産屋に着くと感じの良い女性従業員が、すぐに車でその家へ案内してくれるという。その人の車の後をついて走っていくと、町の中心から離れてちょっといい感じの住宅地へと進んでいく。

 

 (これは……、いい家かも。)

 だんだん不安よりも期待が膨らんでいく。

 そして車は青い壁の1軒の家の前に止まった。


 (ホントにここなの!?)

 想像した以上に大きくきれいな家だった。玄関までの小道の両脇には赤い花の植木鉢がきれいに並んでいる。ドア横にはアメリカの家らしく花をあしらったリースもかけてある。


 家主は大学の先生で1年間の休暇で東海岸に行っているらしい。その間1年間だけの契約だけどすぐに入れるそうだ。


 中に入ってみると、4つの寝室に大きな居間が2つ。トイレ付き浴室が2つにさらにもう1つトイレがある。地下室もあり真ん中にはビリヤード台まで置いてある。家具付きで、車3台分のガレージもあり、おまけに広い庭もついている。

 そしてなにより驚いたのは、そんな家の家賃がカリフォルニアで住んでいたアパート(2LDK、庭なし、ガレージなし)の3分の2以下の値段という。

 こんな大きな家がこんな値段で借りられるなんて!


(信じられない……。)

 夢を見ているようだった。


 途方に暮れていた2時間前には、これっぽっちも想像もできなかった大逆転ホームランがおきたのだ。

 私たちは興奮がおさまらなかった。


 そして翌朝には家の鍵をもらい、前日の私たちの想像の中で道路に置き去りにされた引っ越しの荷物も、ちゃんと無事に新しい家に迎え入れることができたのである。




 

 

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