第2話 いざ出発!

 私たちの引っ越し旅程は、カリフォルニアからサウスダコタへ車で5日かけて約2300マイル(約3600km)を移動する、というものである。


 これは日本を南北に走り抜ける以上の距離である。もちろん制限速度やアメリカの高速道路の走りやすさを考えるとそう単純に比較はできないが、北海道の北端から鹿児島までが約2800kmなので、大まかにいって北海道の稚内から鹿児島まで行き、折り返して岡山まで戻るくらいの距離である。


 旅は7月初めのある日、住み慣れた町を離れ、ロサンジェルスの友人家族を訪ねるところから始まる。

 

 今回の旅程を簡単に説明しよう。


 アメリカ大陸をちょっと横長の長方形に思い浮かべてほしい。左側がシアトルやカリフォルニアのある西海岸・太平洋側で、右側がニューヨークやボストンのある東海岸・大西洋側である。

 出発地は左下端のロスアンジェルス。そこからちょっとだけ内陸(右側)にはいり、そのまま北上(上へまっすぐ移動。この時ラスベガスやソルトレイクといった乾いた乾燥地帯を通る)。上に行き当たる手前で東(右)に曲がり(そこがモンタナ州。このあたりは牧草地帯)、そのまま長方形の真ん中あたりまで進むとサウスダコタ州である。


 うちのカローラ君は5人乗りのセダンで、マニュアル車。窓の開閉も手動という今どきの車としてはほんのちょっとクラシカルな車だ。

 5人分の着替えに当座の生活必需品や炊飯器を詰め込んだカローラ君は子供たちの足の下まで荷物でパンパン。

 

 車の後部座席にはチャイルドシートが仲良く3つ並んでいるが、ドアをばたんと閉めた時、車幅が狭すぎて真ん中のチャイルドシートがちょっと浮いているように見えるのは多分気のせいである。

 

 こんな狭いスペースで、ちび3人を連れてサウスダコタまで無事にたどり着けるのか。

 いや、たどり着くしかない。


 道中、頼りになるのはDVDプレイヤーである。子供たちの好きそうなDVD、お菓子、おもちゃ。私たちはできるだけの準備をした。もちろん、携帯電話もサウスダコタで使えるものを手に入れた。


 いざゆかん、サウスダコタへ。

 こうして人と物を一杯に詰め込まれたカローラ君は、それでもけなげに走り出した。


 1日目はロサンジェルスの友人宅からラスベガスを通って、ザイオン国立公園へ。車で約7時間の距離である。これは東京から青森くらいの距離にあたる。


 初めは都会の街中を走っていたのがだんだん町がまばらになり、いつしか乾燥地帯に入っている。


 転んだら痛そうな乾ききった大地には大小の石がゴロゴロ転がっていて、背の高い木はなくなり、植物といえばくすんだ色彩のとげとげしい葉をもつ灌木ばかり。いかにもアメリカ西部劇に出てきそうな荒野の景色である。ガソリンスタンドでは熱風にあおられ息もできないかと思ったほどだ。道路の上をゆらめく陽炎を見ながら、


(これはきっと道路でも目玉焼きが焼けるにちがいない。)

 

 そんなことを思いながら、冷房をガンガンにかけ水とスポーツドリンクをがぶ飲みしながらなんとか過ごす。砂漠の中に突然現れる大都会、ラスベガスで昼食をとり、有名なベラッジオホテルの前の噴水を見てからこの町に別れを告げ、さらに走って無事に初日の目的地、ザイオン国立公園までたどり着いた。


 親は連日の引っ越し準備と運転で疲れていても、やっと車から降りることができた子供たちは元気いっぱい。小さな公園を見つけては時を惜しんで遊びまくっていた。いや、もちろん元気が1番なんだけどね。お願いちょっと休ませて~。


 移動中の夕食は、もっぱらホテルに炊飯器を持ち込んでレトルトカレーや缶詰を食べた。7時間も車に缶詰めになっていたちび達がようやく車から解放されたあと、また車に乗ってレストランへ行き、落ち着いて座って食べられるわけがない。


 実はその日は、三男さぶの1歳の誕生日。

 もちろん忘れたわけではないけれど、引っ越しと移動で気力体力を使い果たした両親に余力はない。

 ま、いっか。まだ1歳だから誕生日もわかんないよね。ということで、家族全員で「ハッピーバースデ~」と歌うだけで、さぶの1歳の誕生日は終わった。


 ごめんよ、さぶ。

 息子も3人目ともなると、こんなものである。




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