第41話 Girl's Side

 困ったときの神頼み、なんて言葉がある。


 マミは近くの神社へ電話していた。

 厄祓やくばらいの予約をするためだ。


「あ〜、いえ、大病を患ったわけではなくて……小さい不運が続くものですから……これを機に断ち切りたいといいますか……あ、失恋とかではありません!」


 気休めと知っているけれども、変化がほしかった。

 従姉妹いとこがちょうど厄年で、神社でお祓いしてもらった、という話を聞いていたから、ならば自分もと閃いたアイディアである。


 朝の8時から20分刻みで受け付けているらしい。

 マミは電話を切ると、大慌てで他所行きの服装に着替えた。


 ふと眼鏡をかけるべきか迷う。

 変化があった方がいいよね……そう言い訳して慣れないコンタクトレンズをつけておいた。


 お祓いはあっという間に終わった。

 巫女さんが出てきて、シャンシャンと祓ってもらって、最後におふだをもらう流れ。

 事前の知識はゼロでも大丈夫。


 巫女さんってアルバイトかな。

 でも神楽舞はきれいで見応えがあったな。

 すっかり上機嫌になったせいか、予定になかったお守りまで買ってしまう。


 今日はもう一か所、寄ってみたいところがあった。

 いま人気を集めているカフェだ。


 流行はやりものに飛びつくのを敬遠するマミとしては、この手のお店は普段スルーするのだけれども、今日くらいミーハーに染まってもバチは当たらないだろう。


 閑静な住宅街にあるお店は、宇宙船のような外観も相まって、すぐ見つけることができた。

 2階建ての店内はすでに混み合っているから、外から写真を何枚か撮って、テイクアウトすることに。


 すごいな、自分のカフェを成功させるなんて。

 店長さんの自信が、マミにはちょっと羨ましい。


「カフェラテのホット、トールサイズを1つ」


 待つあいだボードのメニューに目を通す。

 シフォンケーキが700円。

 紅茶のフラッペが800円。

 ボロネーゼのパスタが1,200円。


 うっ……これは高い。

 そもそも喫茶店で食事するなんて、コスパが悪いに決まっているけれども、社会人になって自分で稼ぐようになったら、こういう店でゆっくり読書してみたい気もする。


「カフェラテ、ホット、トールサイズでお待ちのお客さま」

「ありがとうございます」


 お金を使うと気持ちいい。

 親切なことをしたわけじゃないのに、店員さんから感謝される。


 家まで距離があるので、時々立ち止まってカフェラテをちびちび飲み、公園に咲いている花を眺めたりしながらリラックスした。

 お祓いの効果も相まって、空がいつもより美しい。


「あら、マミちゃん」


 信号のところで声をかけられる。


「ユウトのお母さん、お久しぶりです」

「お久しぶり。お散歩中?」

「ええ、まあ」


 スーパーの買い物袋にニンジンと玉ネギが見えたから、今夜はカレーかもしれない。

 

「うちのユウトに彼女ができたみたいなんだけれども、もしかしてマミちゃんのこと?」

「いえ、私ではないです。その彼女さん、学校の人ではありますが」

「な〜んだ。てっきりマミちゃんかと思ったのに」


 マミは小首をかしげる。

 ユウトって家では恋人の話とかしないのかな。

 息子の様子がちょっと変だから、ユウトのお母さんは察したのだろうか。


「ほら、ユウトって学校だと話題なのでしょう。ショウマ絡みの一件で」

「ええ、そうですね。やっぱり水谷ショウマの人気は絶大ですから。主に女子から」

「私ってあんまりSNSとかに詳しくなくて。ここまで世間様に知られると思っていなかったから……」


 マミはハッとした。

 水谷ショウマのSNSが発信源だったけれども、ユウトのお母さんも一枚噛んでいたのか。


「ユウトは平気だよ、ていうのよ。でも、学校だと困っていないかしら」

「どうでしょうか。今は同じクラスじゃないので何とも」

「そう……」

「すみません」


 先日、ユウトが部活に来なかった時のことを思い出す。

 もしかして、マミの知らないところでプレッシャーに悩んでいたのかもしれない。


「だからね、恋人ができたことも含めて心配なのよ。本当にその子のことが好きなのか。相手の勢いに押されて付き合い始めたんじゃないかって。ほら、ユウトはお人好しだから、周りの顔色とか気にしちゃうでしょう。相手がマミちゃんだったら心配なかったのだけれども」

「それはどういう意味で……」

「だって」


 互いの顔が近くなり、マミは一歩後ずさる。


「マミちゃんはユウトのダメな部分も含めて、ちゃんと理解してくるているでしょう。それにしっかり者だし。ユウトは学校のこと、あまり話してくれないから、どうしても心配になってね」


 ユウトのお母さんと別れたマミは、呆然としてしばらく立ち尽くした。


 なんか肩が軽い。

 しつこかった頭痛がピタリと止んだ。

 心の中を気持ちいい風がすうっと駆け抜けていく。


 ずっと下降トレンドを刻んでいた運気の波が、こつん、と底を打つ音が聞こえた。


『相手がマミちゃんだったら心配なかった』という言葉が嬉しかった。


 もういい、悔やむのはやめよう。

 いまユウトと付き合っているのはリンネ。


 もし2人が破局したらユウトにアプローチしよう。

 2人が破局しなかったら完全に諦めよう。


 素直に負けを認める。

 人生にはそういう時間も必要だろう。


 チャンスが巡ってくるか、神様しか知らない。

 受験と違って自分の力で左右できるものじゃない。


「それでも……」


 ユウトのことが好き。

 この気持ちは裏切れそうにない。


 久しぶりに胸を張って歩き出せた気がした。

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