第37話 Girl's Side

 不吉の前兆みたいなシチュエーションがある。

 黒猫が目の前を横切ったり、靴紐くつひもが切れちゃったり、というやつだ。


 マミの場合、手鏡が割れるだった。

 そのイベントを境に歯車がちょっと狂った。


 手鏡といっても100円均一で購入した安いやつだ。

 長持ちした方だし特段の思い入れがあるわけじゃない。

 メーカーが製造中止していなければ、まったく同じのを買えるだろう。


 フローリングに飛び散った破片を集めながら、あの日、ユウトと交わした話を思い出していた。


 壁の時計は8時を指している。

 ユウトは今ごろ水谷ショウマと会っているだろう。

 家族の話に花を咲かせているはず。


 生き別れた兄弟が17年ぶりに再会した。

 それだけの美談。


 なんだろう……。

 胸の奥がざわざわして、パーカーの胸元を握る。

 これと似た感覚、中学でユウトがバスケ部に入ったと知って以来だな。


 大丈夫。

 今回はアドバイスを3つも与えた。

 特に3つ目の『水谷ショウマと血縁関係にあることは、卒業式まで内緒にすること』が大切だと思ったから、ユウトの記憶に残りやすいよう、一番最後に伝えておいた。


 あと、ユウトは周りに自慢するようなタイプじゃない。

 テストで満点を取っても、一瞬だけニコリとして、すぐノートの隙間に隠しちゃうような人間なのだ。


 その理由を訊いてみたら、


『今回のテストで悪い点数を取っちゃった人が、俺の点数を見たら不快になるだろう』


 と教えてくれた。

 バカが付くくらいのお人好し。


 だから心配ない。

 自分にそう言い聞かせたマミは、破片を包んだ新聞紙をクシャクシャに丸めて、ゴミ箱へ捨てておいた。


 もしかしたら、ユウトって、私のことが好きなのかしら?

 これと似たことは3ヶ月に1回くらい考える。


 日本文化部にはたくさんの女子がいるけれども、ユウトが軽口を叩いたり冗談をいうのは、マミに対してだけなのだ。


 いやいや……。

 幼馴染だから心の障壁バリアがないのでしょう、という気もする。


 ユウトは特別な男子だと思う。

 でも、これが恋かと訊かれたら怪しい。


 男女の友情?

 ちょっと違う気がする。


『朝比奈先輩は早瀬先輩と付き合わないんですか〜?』


 ナマイキな後輩は時おりマミのことを揶揄からかってくる。

 他の部員に確認してみたら、ユウトに対しても似たような冷やかしがおこなわれているっぽい。


『早瀬先輩は朝比奈先輩と付き合わないんですか〜?』


 気になる。

 ユウトがどういうリアクションを見せているのか。


 いや、ユウトと付き合いたいとかじゃなくて……。

 ユウトに異性の好みがあるのか、そもそも恋愛願望があるのか、そこらへんの事情が気になる。


 小学生の時、ユウトに好きな人がいるのか質問したら、

『教えたくない!』

 みたいな反応を見せられた。


 あれって、相手がマミだから?

 あるいはマミの友達だったから?

 わからない、6年も昔とあっては記憶の彼方だ。


 もしも、だ。

 明日ユウトから告白されたとしよう。

『ユウトは幼馴染だから付き合うとか無理』なんて返すだろうか。

『とりあえず1ヶ月付き合ってみて、居心地がよかったら恋人になりましょう』と返すのが朝比奈マミという女じゃないか。


 ふとユウトの顔を思い出した。

『マミだから相談するのだけれども……』

 それがユウトの口ぐせ。

 特別扱いされると嬉しい。


 マミの父だって『この仕事はお前にしか頼めない』といわれたら張り切らずにはいられない、と笑いながら語っていた。


 ヤバい……。

 ユウトのことが少し好きかもしれない。


 居ても立っても居られなくなったマミは、勉強机にノートを広げて、あみだくじを作成してみた。


 縦線は7本。

 これでもかっていうほど横線を加える。

 下のゴールには丸を3つ、バツを4つ書いておいた。


 自分は決められない女だ。

 委員長に推薦されたら委員長になる。

 xxx高校がいいのでは? と先生に勧められたら、そこを受験する。


 中学の吹奏楽部もそう。

 友達の説得に負けて、仕方ないな〜、という体で入った。


 でも、日本文化部は自分で決めた。

 ユウトが隣にいて『マミはどこに入りたいの?』と水を向けてくれたから『日本文化部がいい』と自分の意思を口にできた。


 ユウトが隣にいなかったら、今ごろ弓道部に所属して、冬場が寒いんだよね〜、とかボヤいていたかもしれない。


 あみだくじがゴールした。

 結果のところをめくってみる。

 大きなバツ印だったので何回も何回も紙を破いておいた。


 私って決められない女だ……。

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