第21話

 ショートフィルムを視聴したユウトの感想は、


『これを短編小説という形で読んだら、おもしろそうだな』


 という好意的なものだった。


 ストーリーは都会から避暑のためにやってきた女の子と、田舎の男の子が出会うところから始まる。

 2人はちょっとした冒険に出かけて、穴の中へ落っこちるのだ。


 いずれ村の人が探しにくるだろう。

 けれども、救助を待つあいだ、特段やることがない。


 身の上話するうちに、どちらも年相応の悩みを抱えていることや、誰にもいえない将来の夢があると知り、徐々に心を通わせていく、といったエピソード。


 作品のタイトルは『真夏のまゆ』。

 幼虫から成虫に成長する繭を作中の穴に重ねたわけか。


 穴から脱出できないか自力でトライするシーンや、穴に侵入してきた毒ヘビを追い払うシーンは、映像作品ならではの緊迫感があった。


 予算もない。

 お金もない。

 機材も限られているだろうに……。


 高校生でも良作を生み出せるという事実にユウトは惜しみない拍手を送った。


「これはすごい! すごいの一言だよ!」

「でしょ〜。ずばり私の演技はどうだった?」

「良い方の意味で、舞原さんらしくなかった」

「地味でしょ。私のキャラクター」

「そうそう」


 登場人物は3人いて、少女と男子とその友人。

 演技力という意味ではモデル経験者のリンネがずば抜けている。


 だからこそ主役に抜擢ばってきされた反面、他2人との調和が崩れて、アンバランスな作品に仕上がってしまうから、リンネは実力をセーブする必要があった。


 素人っぽさは残す。

 手を抜いているとは感じさせない。


 この矛盾した2つをクリアできるリンネは、並ならぬ映画愛を持っていて、かなりの勉強家だというのは伝わってきた。


 もし、この作品をショウマが観たのなら……。


 いや、考えるのはやめよう。

 リンネもショウマもそういう行為は望まない。


「作中に出てくる穴が、繭ってことだよね。あの中で男女は大人になったと?」

「そう、精神的にね。肉体的にという意味じゃないわよ」

「分かっているよ」


 ユウトは相好そうごうを崩して、感想を続ける。


「舞原さんが楽しそうに演技していた。これが特に意外。てっきり、メンバーにわれて渋々協力したものと思っていた」

「まさか」


 リンネは自信たっぷりに笑う。


「引き受けたからには本気よ。アマチュアだからって、手を抜いたりはしない。撮影の衣装とか、作中のセリフとか、監督にたくさん意見したわ。最初は水着のシーンがあったのだけれども……」

「水着って、舞原さんの? サービスシーンみたいな?」


 リンネは腕組みして、こくり、とうなずく。


「でも、水着なんかに頼らなくてもお客さんを満足させられるって啖呵たんかを切った。だいたい、男性のお客さんにおもねっちゃうと、女子から嫌われちゃうじゃない。私はそういうのに敏感なの。安易な水着シーンで釣るんじゃなくて、ちゃんと実力で勝負すべきだと思っている」

「すごい自信だね。自分のポリシーがあるって好感が持てるな。さすが芸能人だ」

「ありがとう。でも、芸能人を名乗るのはおこがましいかな」


 ユウトが知りたかったことは、すべて確認させてもらった。

 ぴんと背筋を伸ばしてからリンネの目を直視して、用意してきたセリフをぶつける。


「昨夜、ショウマと話した。電話越しだったけれども」


 これから何の話が始まるのか、まったく見当がつかないらしく、リンネはキョトン顔になる。


「ショウマが小学生だったころの話も聞いた。舞原さんは以前に、有名になる前のショウマと話したことがある、といっていたけれども、それって小学生のショウマだったんだね」

「ああ……なんだ……昔の話か」


 リンネは淡々と認める。


「そうよ。私とショウマくん、同じ小学校だったの。まさか、ショウマくんが私のことを覚えていたなんてね。とっても意外」

「意外じゃないよ!」


 強い声が出てしまい、ユウトはごめんと謝った。

 感情をぶつけるなんて自分らしくない。


「舞原さんに告白したって、ショウマはいっていた。でも、断られたと」

「しょせん、小学生の恋だわ。ショウマくんの気の迷いだったのでしょう」

「まさか、ショウマがそんな軽い気持ちで告白したと思っているのか?」

「そういう趣旨じゃないけれども……」


 リンネは反省するように目を伏せる。


「何年も昔の話なのよ。今さら蒸し返すことに意味はないでしょう。むしろ、この世から消えるべきエピソードだわ。あの水谷ショウマを袖にした女がいるなんて」

「違う。そうじゃない。ショウマは今だって君のことを覚えている。それに君だって……」


 ショウマに未練があったから、ユウトに絡んできたのではないか。


 古傷をえぐろうとしているのはユウトの方なのに、なぜかユウトの胸も痛かった。

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