第四話『覚悟と克服』


「頭痛い……助けてぇ……」


 ぐうううぅ……!

最悪だ……もう死にそうなぐらい最悪だ……!


異世界生活多分四日目、【布団手裏剣】を開発した次の日。

私は新しくなった丁度いい硬さのふとんの上で、とてもとても辛い頭痛に悩まされていた。


「つらぃぃぃぃ……なんでこうなったんだぁ……」


 そう言って、独り愚痴る。

いや、愚痴るというか嘆くに近い。


しかし、いくら嘆いたとて、その間にも脳みそを刺すような頭痛が私を蝕んでいる。

もう本当に頭が割れそうなぐらい辛い。相当辛いのだよ!


くそう、どうしてこんなことになったんだァ……!


「うぅぅ……」


 止まらない頭痛に、思わず呻き声を口にする。


……いや、本当はこうなった原因の予測はついているのだ。

それは何かと言うと、MPの枯渇である。


というのも、昨日の夜。

私は【布団手裏剣】が完成したことで調子に乗ってしまい、限界までMPを使ってしまったのだ。


それほどまでに、集中して研究を行っていた。

そう、それも残りのMPが5まで落ち込むぐらいにな。


ふとん召喚の消費MPは一律10MP。

もう召喚することはできないのだ。


だから、私はさすがに切り上げようと思い洞窟に戻った。


戻ったのだよ……?


だが、愚かな私はこう思った。


いや、もうちょっといけんじゃね?……と。


……いや、聞いて欲しい。


自業自得じゃんと思われてしまうかもしれない!

これ以上話しても言い訳になってしまうかもしれないが、とりあえず話を聞いて欲しい!


私は洞窟に帰ってきてとあることに気がついたのだ!


洞窟に置かれている元々使っていたふとんを見て、思ったのだよ!


硬さを調節できるようになった今なら、もっとより良いのが作れるのでは……?!


……とな!


だから使ってしまったんだ。


……


…………


………………うん。


完全に私が悪いね。言い訳のしようがないぐらい私の過失だね?


まぁ、その結果としてふとんが召喚された後、糸が切れたように召喚したふとんに倒れこんだのだ。


そして、そのまま意識を失って、最悪な目覚めとともに今に至る……という訳だよ。


……


はぁ……


「あぁぁぁああぁぁぁぁ……あの時の馬鹿な私を呪いたい……」


 思わず呪詛を吐く私。


仕方ないのだ。それほどに辛い頭痛なのだよ。

例えるならばインフルエンザの酷い時みたいな感じである。

それも大人になってからなる奴だ。辛いぞ?とても辛いぞ?


気を紛らわす為そんなくだらないことを考える。

が、それも貫通してくるので、さめざめと泣くことしか出来ない私。

仕方ないだろ!辛いんだよ!察しろ!


「えぐっ……ぐす……いだぃいいぃ……」


 ───その後、私は昼の時間を思いっきり無駄にして。




太陽が真上に昇った頃、ようやく活動を開始するのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……はぁ」


 比較的軽くはなったが、未だ襲い来る頭痛を感じながらため息を吐く。

最高に憂鬱だ。こんな時にでも働かないといけないなんて……


『異世界は最高だー!転生したいー!』と私の友達は言っていたが、とんだ大嘘である!

どんなブラック企業よりもブラックだ!

きっと世界一黒いとされる塗料ベンタブラックよりも黒いぞ!もうブラックホールだ!真っ黒だ!


心の中で愚痴りながら、昨日と同じように変態の観察をする。

まず絶対にバレないであろう死角になる位置を探し、周囲に変態、もしくは魔物が居ないか確認。


まぁ確認と言っても、今のところ変態以外に怪物らしき怪物は見たことがない……が念の為である。


そのあとはできるだけ身を隠すようにして、いつもと同じようにヴリエの木の影からひっそり見張る。

そして、変態達の生態や食べているものなどを観察するという流れ。


「……」


 ……と、いつもだったらそうなるのだが、今回はひと味違う。

一番注視しているのは、集落から離れた弱そうな変態を探すことだ。


なんでかって?

いや、やはり攻撃手段を得た以上、どれだけ通用するのかを調べなければいけないと思った。


……というのが建前で本音はというと、簡単に言えば復讐である。


私はあいつに1度トラウマを植え付けられてしまった。


だから今、面と向かって戦い勝たなければ、これから先一生トラウマとなってしまうと思ったのだ。

そんなんじゃ、この世界で順風満帆に生きていけない気がする。


だから、殺すと決めた。

そう、前回みたいに意図しない殺生ではなく、意図して私はあいつを殺す。


友人の話を思い出す限り、私のような異世界人?というのは確か冒険者というやつになるしかないと言っていた。

その職業は、魔物、緑の変態の様な奴らを倒す仕事だと話していたはずだ。


友人の話をここまで信じていいのかは分からない。


……が、とりあえず闘うことに躊躇して死ぬよりかは戦って死んだ方がマシだろう。


という訳で殺す。

異論は認めん!私はもう覚悟を決めているからな!


「グギャギャ……!」


 そんな時、広場にいた1匹の魔物が仲間の輪を離れ、森のはずれに行くのが見えた。


「……ふぅ」


 ひとつ深呼吸をする。

そして、その1匹を追う様に私は移動を開始した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 息を潜めながら暫く歩く。


すると、緑の変態が集落から割と離れた茂みで立ち止まった。


「グキャァ……グギャギャギャ!」


 どうやら、お腹がすいて隠していた食料を取りに来たらしい。

そいつは赤い木の実や少し腐った肉を一心不乱に食い漁っているようだ。


腐ったものを食うのは生物としてどうかと思うが、緑の変態は少し腐ったぐらいの食べ物なら全然食うからな。


私も一度、そのせいで酷い目にあった……


あいつらが食べてるから毒はないだろうと思い食ったものが、めっちゃ苦くてまずかった時はほんとに焦った。

死ぬようなことは無かったが、凄まじく舌がピリピリして大変だった……【シュグの実】、お前は一生忘れないよ……


そんなことを考えながら、入念に周囲を見渡す。


よし、周囲に仲間はいない。大丈夫そうだな。


他の魔物が来ていないことを確認し、私は木の影からゆっくりと出て緑の変態に近寄っていく。

緑の変態はそんな私に気がつかず、一心不乱に木の実を食い漁っていた。


食べろ食べろ。それはお前の最後の晩餐だ。

しっかりと味わえよ?


「……」


 ───背後まで来て、左手に持っていた木の槍を構えた。


イメージ、イメージ……


声をかけて、こちらを振り向かせる。

そしたらあいつは隣に置いている棍棒を拾って私に向かってくるだろう。


きっと、私の左手に持っている木槍を警戒して近寄ってくる。

右側、もしくは左の外側から距離を詰める、もしくはそれ以外……


だから、近づいてきたところを不意の魔法で殺る。


……よし、OK。やれる。


私は必死に殺していた呼吸を一定に戻し、目の前の敵に声をかける。


「おい、変態。すまないが私の挑戦に付き合ってもらうよ」


「グギァ?!ギャガァ!」


 そいつは私の呼び掛けに気づいて、隣に置いていた棍棒のようなものを慌てて構える。そして、私に向かって駆け寄ってきた。


(ここまで予想どおりだ……あとは。)


あとは発動するだけ。確実に当たる距離まで来たら発動……!


「グギャァッ!」


「ッ……!」


変態の叫び声で、体がビクッと揺れたのがわかる。


手が震える。息が荒くなる。視界が狭まる。

頭が鈍く、だが熱く思考を開始する。

先程まで5mほどの距離にいた魔物は一心不乱に走り寄り、その差はもう2mもなかった。


その表情は恐ろしく、トラウマが頭に浮かびそうになる。

この世界に来ていきなり襲われた時の、死を間近に感じたあの恐怖。


───そして、殺した時の……


「ギャァァァァァァアッッ!」


「……!」


 落ち着け私!ここでやらなきゃ死ぬんだ!


逸る気持ちを押さえ込んでその時を待つ。

手や額から汗が滲む。左手の木槍がカタカタと震える。


だが、そんなことに構っている暇はない!


イメージをより固めていく。

硬い硬い、布。それは回転し全てを切り裂く。


───あの首筋を撥ねる。今から、私がこの手で撥ねる。


先程まで聞こえていた叫び声はもう聞こえなくなっていた。

そして、ついに魔物との距離が1mもなくなる。


魔物が駆ける。


1歩、2歩、3歩、4歩……魔物は飛び上がり武器を振り上げた!


「ギャァアァ!」


 ……よし!ここだ!!

私は狙いを定めて、迫り来る魔物を殺すための言葉を発した!


「首を撥ねろッ!【布団手裏剣】!」


「ギャゥッ!?」


 言葉を発した瞬間、突き出した右手から40cm四方の布団がバシュッと飛び出した。


迫ってきていた魔物は、飛び出してきたものから咄嗟に身を守ろうとして棍棒を盾にする。

空中にいたため、体を動かして回避することが出来ないのだ。


すると、かろうじて動かした棍棒に布団が当たる。


───だが、それでも布団は止まらない。


「ギャッ……!?」


 回転する鉄の布団。


それは魔物との間に入った棍棒をものともせずに進んで行き、そのまま棍棒ごと魔物の首を綺麗に切断した。


ごろんと地面に転がる頭。

制御を失い、糸の切れた人形のように膝から崩れる体。


そのままばたりと倒れる。

そして、血がどくどくと流れた。


地面に広がっていく血溜まりを見て、自分が殺したことを正しく実感した。

湧いてくる嫌悪感。腹の底から来る吐き気。


───だが、前ほどでは無い。


私は他の魔物に見つからないように死体を茂みに隠すと、足早にその場を立ち去った。



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 魔物を殺したあと、私は鳴り止まぬ鼓動を感じながら洞窟に向い走っていた。


「はぁはぁ……やった。やったんだ!」


 どうしようもなく苦しい。どうしようもなく気持ち悪い。

だが、それよりもトラウマを乗り越えたという高揚感が私の胸に湧いてきていた。


私は無力では無いのだ。戦う力がある。


それがわかっただけで、相当な安心感を覚えた。

自然と涙が溢れてくる。

目の前が霞む。


私は走っていた足を止めて空を見上げた。


「良かった、死ななくて済むんだ……良かった」


 ヘタヘタと木に寄りかかり、座り込む。


涙が止まらない。目を抑えて擦っても、その傍から溢れてくる。


しかし、それもそのはずだ。

だって、私はずっと不安だったのだから。


気づかないように心を騙していた。

沢山ふざけて、考えないよう努めていた。


あんなに大好きだった寝る前の時間が、最近は恐怖で仕方がなかった。


起きたら死んでいるかもしれない。


明日死ぬかもしれない。


食料はどうする?


攻め込まれたらどうする?


……そんなことを考えてしまって、怖くて、辛くて。



───だが、もう悩まなくていいのだ。



脅威への対抗手段を、私は得たのだ。


私は泣いた。何時までも泣いた。


そして、日が暮れて、綺麗な月が空にあがって。

泣き疲れた私は雲ひとつ無いこの空のように、憑き物が落ちたような気持ちで拠点に帰るのだった。




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