第一話『緑色の変態とステータス』


「ぅん?…ここどこだ?」


 起きて周囲を見渡す。

これでもかってぐらい緑豊かな自然、木々の隙間から射し込む木漏れ日がなんとも心地よい。


思わず昼寝したくなるような温かさだなぁ……

そうだ、ようやく完成した『超高性能移動式ふとん』で一眠り……


───そこで、私は思い出した。


「あれ?私、川に落ちて死んだはずでは……?」


 そうだ……確かに死んだ気がする。

あの周囲には誰もいなかったし、まじでド深夜だったから住宅があまりない所を選んだのだ。


 私は、自分の肺が水で埋まっていく苦しさを感じたはずだ。

激しい苦しみの中で徐々に意識が途切れていく、あの恐ろしい苦しみを……


「う……思い出したら気分悪くなってきた……」


地面に横になりながら、頭を抱える。

すると、森に吹いているそよ風が私の熱を冷ましてくれた。


はぁ……あんなの一生忘れる気がしないよ。

なんだか、いまも内蔵すべてが水で埋まってるみたいに気持ち悪い。そのぐらい脳裏に焼き付いている。


……まぁ、さっき忘れてたけども。

だが、あれは寝起きだからノーカンだ!再審を要求する!


「うーむ。とりあえず、街道でも探すか……?」


 一通り考えを巡らせてようやく落ち着いた私。


とりあえずの目標として、ひとまずこの森を出ようと考えた。

立ち上がり、パジャマに着いていた土を軽く払う。


 そしてもう一度、落ち着いて辺りを見渡した。


「森だなぁ……?」


 しかし、何度見渡してみても広大な自然しかない。

これでもかってぐらい大量の木で溢れ返っていて、正真正銘The森といった具合である。

アウトドアだいすきおじさんが居たらきっと大喜びだろう。


 とりあえず、ここがどこかも分からないので歩き出す。

学生時代から愛用している運動靴が、ゴツゴツした舗装されていない道を歩いていると教えてくれた。


こうなってくると、一応履いてきた靴が今はすごく頼もしい。


 最初、ふとんで寝るのに靴は邪道かと思ったのだ。

だが、素足で河川敷まで行くのはめんどくさいなということと、目的である寝ながら移動したあとすぐに行動を開始するということを考えた結果、渋々ながら靴を履いて試運転に望んだ。


 ふとんちゃんにはものすごく申し訳なかったが、しかし今思えばあれは英断だったようである。


何しろ、舗装されてない道を素足で歩くのは自殺行為だ。

現代人は舗装されてない道なんて歩きなれていない。舗装されてないというだけで体力は奪われていくし、何より危ないのだよ。


 昔の人は、道に生えていた植物とかが足に刺さって命を落とす人も居たらしいし。

……とにかく、素足はめちゃくちゃ危ないのだ。みんなも外に出る時は靴を履くよう心がけような?


「ん〜……なんもないなぁ」


 暫く歩いたが、ほんとに何も無い。

さっきも言った通り、どこを見ても、森、森、森!


これで喜ぶのは私と真逆の存在である陽キャか、アウトドアだいすきおじさんぐらいのものだろう。

全く、恐ろしい存在だ……陽キャもおじさんも……


「はぁ疲れた。休憩……」


 歩き続けて約1時間がたった。

1時間歩いた結果、得たものはなんにも無い!


……なーんにもない!皆無である!

むしろ体力を考えたらプラマイマイナスである!


そんなわけですっかり意気消沈してしまった私は、疲れたので木によりかかって休憩することにしたのだよ。


……え?早いって?


……仕方ないだろう?


 会社をクビになってから一生家にひきこもってふとんの研究をしていたせいで、エグいくらい体力がないのだよ。

まぁそれ以前の高校時代に体力があったかと言うと、イエスとは言えないけどな?


 体育評定は一生3に上がることはなかったからなぁ……


それどころか1にされなかったのは温情をかけられていたとまで自負しているよ……

ソフトボール投げとか3メートル以下だったし。


「……森の中でひとりか。明らかに遭難だなぁ」


私はこの森から抜け出せるのだろうか?

この鬱蒼とした森から、ひとりで?


……ソフトボール3メートル、50メートル走12秒台の私が?


「……」


 少し悲しくなって空を見上げる。

木々の隙間から、いつもと変わらない青空が見えた。


「……綺麗だな〜」


 はー……これからどうすればいいんだろうか?

まずはどこかの道に出たいのだが、一生出られる気がしないな。


 そもそもここは何処なのだろうか?


 日本で合ってるのか?ワンチャン海外か?


……というか、やはり私は死んだのだろうか?


「うーん……」


 なんとなく嫌な気分になって、思考を切り替える。


そういえば誕生日プレゼントでパジャマをくれた例の友人が、死んで異世界に行くっていう内容の本を読んでいたな。


なんだったか、そういうのを確か……異世界転生と言うんだったか?なんとなく今の状況に似てるよなー。


 私も勧められてちょっとだけ読んだが、主人公がステータスとか叫んだ所で寝てしまって読めてないなぁ……

別に面白かったんだが、どうも本を読むとすぐに寝てしまう癖があるからな。どんな場所でも爆速で寝るからな私。


……ふむ。

死んでから知らないところに突然現れるというこの状況。

 思い出せば思い出すほど、件の異世界転生とやらの始まり方に似ている……


……


周りには誰もいないな?


……よし。


「……ステータス、とか言ってみたり……ふぁ?」


 私は少し恥ずかしがりながらも、気持ちの切り替え的な意味でその文言を発した。

べつに何かが起こるなんて考えてもいない、気まぐれで軽率な行動。


───しかし、私がその文言を口にした途端。


突如として私の目の前に、水色の薄い板のような物が出現したのだ。


 「……なんか出てきた!

何だこれ!?ホログラム映像か何かか?!」


目の前のそれを警戒しながら観察する。

サイズ感としてはスマホみたいなサイズで、何やら文字が書かれているようだ。

だが、書かれている文字は少なくとも私が知っているものではなかった。


「な、なんだこれは……?まさか本当に?」


 私は、恐る恐るそれに触れる。


すると、その瞬間画面に映っていた文字が消えて画面が書き変わっていく。

それを馬鹿みたいにぽけっと眺めていると、日本語で『認証完了』という文字が画面に表示された。


「え?私何かしたか!?やっちゃったか?!」


 な、なんか認証したっぽいぞ!?

……あっ!ゲームとかでデータをインストールする時みたいな線が出てきた!これ大丈夫か!?

他人の所有物を勝手に奪ったりしてないか私!?刑法違反してない私!?


「……止まった?」


 私がスマホのような青い板に慌てていると、表示されていたインストールの線が消える。

そして、画面に様々な文字、ご丁寧にも日本語が表示されていく。


 恐る恐る画面を覗き見る。


……すると、一番上に私の名前が書かれた、個人情報のような謎のデータが表示されていることに気がついた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

永巳 叶夢(ながみ かなむ)  性別︰女  種族︰人間


レベル︰1  MP︰40


スキル

〘研究︰6〙〘思考︰6〙〘集中︰7〙〘睡眠︰8〙


固有スキル

〘ふとん召喚〙


スキルポイント︰5   スキル検索︰


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 えっと、なんだこれ?

睡眠8とかレベル1とかなんか色々言いたいことはあるが……


……いや、ふとん召喚ってなんだよ!?


え、何?私はふとんを召喚できるの?どうやって?

いや、嬉しいけど!嬉しいけど、何それ?!


「ちょっとどうやって召喚するんだ?

えーと、あれだ!スマホでもサイトとか開く時にタッチするし、このふとん召喚をタッチすればなんか……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         〘ふとん召喚〙


MPを消費し ふとんを召喚する


消費MP︰10


ふとんポイント︰28


ねごこち︰1 



取得可能(消費ポイント)


硬度調節(5) 結界(5) 回復(5) 浮遊(10)

射出(10) 消費MP軽減(15) 走行(30) 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


?????


 なんかでた!なんか出たけど何コレ?!


えーと、文章から察するに、このふとんポイントというのを消費して色々出来るっぽいのか?


わからん!わからんが取りえず……!


「えーと、取得してみよう……!

うーん、まずは射出か?なんか出てきそう。……えい!」


とりあえず試しにポチッとしてみる。

すると、ねごこち︰1の隣に射出︰1というなぞの項目が追加された。


 なるほど、こうやって追加されるのか……


……お?

なんか弄り回してたらわかったけど、ねごこちとか射出とかにもポイントが割振れそう?


あっ!1ポイント消費して、ねごこちの数字が2になった!


すごい!これ凄いよ!

今なら友達がゲーム楽しいって言ってた理由がわかる気がする!


「これはもしかしなくても楽しいやつだ!

……色々とるか!えいえいえーい!ハハハッ!楽しいな!───」


 結果……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         〘ふとん召喚〙


MPを消費し ふとんを召喚する


消費MP︰10


ふとんポイント︰0


ねごこち︰6 射出︰2 硬度調節︰2 結界︰2



取得可能(消費ポイント)


 回復(5) 浮遊(10) 消費MP軽減(15) 走行(30) 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あれ?ふとんポイントがなくなってしまった……」


 気がつけば、いつの間にかふとんポイントが0になるまで使っていた……

楽しかったんだけどなぁ……もっと強くしたいなぁ?


「……で、どうやってふとんを呼び出すんだ?」


 その時だった。


「ギャァァァァァア!!!!」


「ひっ!何?」


 私の目の前の茂みから、全身緑色の醜悪な見た目をした全裸の小人が飛び出してきたのだ!

鼻が高く、目は少し出っぱっていて充血気味。右手には棍棒のような枝を携えている。そして小人。


 いや、小人といっても私の腰丈ぐらいはあるのだが、まぁそれはそれとして……


「うわぁ!変態だー!」


 私は急いで立ち上がり変態から逃げようと試みる。

座った状態から慌てて駆けだした為こけそうになったが、そんなことを気にしている時間はない。

相手はフル〇ンである。どう考えても逃げた方がいいだろう。


 私は少しでも変態と距離を置くため足を進める。


「ギャァァァァア!」


「あッ痛……!」


 だが、体力のない私では速さで負けていたようで、持っていた棍棒のような枝で殴られてしまった。


めっっっっっちゃ痛い。凄まじい鈍痛である。

例えるならば中学の時の私の発言よりも痛い。


「くそっ……!」


 殴られた部位を確認する。

すると、どうやら殴られた部分が少し腫れているだけのようだ。

良かった。骨が折れたりしていなくて……


「ギャッギャッギャッギャッ!」


 自分の足を気遣う私を見て、変態は下衆な笑い声をあげてゆっくりと近寄ってくる。

どうやら私をいたぶって愉しんでいるようだ。


口元からは、並びの悪い歯と気持ちの悪い唾液が見え隠れしている。相当気持ちが悪い。


「ギャアァァ……」


「あ……にげッ……!」


 やばい、腰が抜けて立てない……

あっ涙出てきた。怖い怖い怖い!


這う這うの体で離れる。しかし、腰が抜けて歩けない私では距離を離すことができず変態はもう目前まで来ていた。


 どうすれば……どうすれば助かる?


思考を回す。

殴る?ダメだ。リーチがない。

攻撃を受け止める?無理だ。私にそんな技量はない。


 なら、何がある?


───ふと、友達の話を思い出した。

 とある小説、友達が好きな異世界転生もの。


 確か……話だと……


私はイメージする。大きな大きなふとん。

それが、あいつを包み込む様子。


 そして、叫んだ!


「〘ふとん召喚〙!」


 その瞬間、私の中の何かがごっそり持っていかれる感覚。

そして、それと同時に変態を包み込む様な形で、眼前から大きなふとんが飛び出した。


「グギ?!」「やった、できた!?」


 ふとんの下でもがいているようで、ふとんがぼこぼこと隆起している。


 ッどうしようどうしよう!

こんなんじゃすぐに出てきてしまう!


私は出てこられないようにふとんに飛び乗る。

下で暴れるのを感じる。

伝わってくる振動は、怒りを伴って私に伝わる。


 殺される!やらなきゃやられる!


意を決して、首らしき場所に手を持っていく。

ふとん越しに少しだけ熱を感じた。


「う……ッ!」


 しっかりと抑えながら首を絞めて、曲げる。

嫌な感触。気持ち悪い。吐きそう。


 だが、手を離せばすぐに出てきてしまうだろう。


「くっ……うぅ!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 首を曲げる。おおよそ生物的にありえない方向に曲がる。

生物的に骨が弱いのか、私の全力の力でもどうにか曲げることができた。


……終わった?


もう、終わった?


……止まってる。


止まっている。私の下で……


 ───ふとんの下が動かない事を確認して、私はふらふらとへたり込む。


「あ、あぁ……」


 殺ってしまった。私の手で。

吐き気を催す。思わず口を抑えた。

このふとんの下には……私の大好きなふとんの下には……


 私は怖くなって駆け出した。

どこに逃げるとも決めずに、ただ、真っ直ぐに……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 暫く走った後、洞窟のようなものを見つけた。


私は心身共に疲れきっていたので、ここで休むことに決める。

奥に進むとすぐに行き止まりになっていて、突き当たりにはどうやら湧き水の様な物があった。


「湧き水か……喉、乾いたな」


 少し、手にすくってみる。

透き通っていて、冷たい。不純物が浮かんでいる様子もない。


口に含んでみる。冷たくて美味しい。

そして、気がつけば夢中になって水を飲んでいる私がいた。

安全な場所に涙が出てくる。


 きっと、私のいる場所は日本でも、ましてや地球でもないのだろう。

涙が止まらない。

元々疎遠気味ではあったが、もう家族や友人とも会えないのだ。


「うっ……あぁ……!」


 落ち着く為にふとんを召喚する。ふとんはいつもどおり暖かくて、私を安心させてくれた。


そのふとんに包まり、考える。


私は死にたくない。

意識がゆっくりと消えていくあの感覚……


もうあんな苦しみは味わいたくない。


ならば、どうすればいい?


この世界で、生きるには……


 その日はそんなことを考えながら、いつの間にか寝てしまっていた。



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