第5記 ー『体育祭は、エルとアヴェに牙をむくかも……しれない。』 <2章>


「いいよーいいよーそのままー!」

金色のツインテールを揺らす、小柄なススアの大きな声がグラウンドで響いて消えていく。

晴れ渡った青空の下、遠くのレーンを走っている体操服の子たちが、その声につられたわけじゃないけれどそこを目指して走っている。

ススアと同じく並んで待ってる他の子たちも、ちょっと大きく動くススアが気になるようだ。

そんなレーンを走る子たちの中でも、長い黒髪を結わいた少女は足が遅くて。

ふらふら、でもなんとか、真っ直ぐ走れてるような足取りは、ススアの応援を一身に受けている。

聞こえているかどうかはわからないけれど。

それでもそれが、精一杯のように肩や胸を大きく動かしてて。

他の子たちがバトンを受け取って前へ走り出す中で、ススアはもう一度大きな声を出す。

「そのままこっちー!」

黒髪の少女が頑張って、段々と近付いてくるのを、うずうずを我慢してたススアが少しずつ助走に動き始める。

後ろのその子を見ながら、足を軽く動かして。

それでもスピードの落ちてきた彼女はてろてろと、走るぎりぎりのところで。

ススアは追いつけるように、足を遅くしてて。

なんとか、ススアの手にバトンがぺひっと当たった。

「おぉっけぇーっ!」

受け取ったススアは気合の声と共に猛然と。

小さな体躯は一気に加速して、軽やかに、すぐに遠くに駆けていく。

まるで羽根が生えたように。

黒髪の少女が、ぜぇぜぇしてる間にも、遠くへ。

「交代したら外に出てねー」

声をかけられて。

後ろから走ってくる人たちもいるみたいだから。

大きな呼吸を繰り返しながら。

後ろを気を付けながら。

レーンの外に歩いてく。


グラウンドで走ってるススアさんは遠くて、軽快に走ってて。

私はそれを見ながら、まだ大きめに肩で呼吸してた。

ススアさんは、いろんな子を追い抜いてて。

それから、歩き出す私は。

・・・歩いてく先に、他の子たちみたいに、グラウンドに座って休んでる、あの子がいて、その隣にエナさんもいて。

ススアさんをちょっと瞬くような瞳で、追ってたようなあの子の。

話しかけるようなエナさんに、あの子は、こっちを振り返って見たのを。

私は、少し俯き加減に、てくてく、その子に近付いていって。

「おつかれ、」

エナさんが笑ってて。

「・・はぃ、」

私は、ちょっと頷きながら。

傍に、ぺたんって、お尻をグラウンドにつけて、座って。

まだ出てくる汗に、額に手を、つけながら。

肩で、息をしながら地面を見つめてた。

気がつけば、隣のあの子もまだ少し、肩で息をしてて。

「・・・ふぅ・・」

小さな風のような声が聞こえて。

その子の顔を見上げて。

瞳と目が、合って。

ちょっと疲れたようにしてたあの子。

でも・・、微笑んだから。

・・少し、私も、可笑しくなった気がして。

少しだけ・・、笑ってた。

「つかれたね」

エナさんがそう言ってて。

私は、ちゃんとこくこく、頷いてて。



「あっちのエナとエルザとアヴェのとこ行ってくるー」

ススアが手を振ってあっちに駆けてくのを、見送る体操服のキャロは。

「ススアは相変わらず速いなー」

遠くを額に手をかざして見ているキャロで。

「『ハァヴィ』って呼ぶ、って言ってなかったっけ?」

そんな事を言うビュウミーに、キャロはにっと笑って。

「すぐ忘れるから、」

ビュウミーもキャロに、にっと笑うわけで。

「ススアってクラスの中でもだいぶ速いよね。選抜リレーも出ればいいのに」

ビュウミーはそう言ったけど。

「そういうの嫌いみたいだよ?」

キャロはそう。

「まあ、そうみたいだね。」

ビュウミーも同感のようだ。

「・・あんなに元気なのにね?」

「そうだね?」

ビュウミーもキャロも、ススアがみんなを元気に応援してるのを知ってるから、余計に不思議だ。

「ススアが出たら余裕で1位なんだろうなー」

って、キャロの思いつきなのか。

「そんなの気にしてたんだ?」

「べつに?」

素直にきょとんと返してきた。

やっぱり適当に思いついたことを言っただけみたいだ。

「ま、あの子たちもだいぶ走れるようになったし、」

「全力びっくりしたよ。今はちょっと速くなったよね」

キャロは自分のショートの髪を手でぺしぺし、汚れが気になったのか叩いて落としてる。

「最後まで走れるようになっただけでしょ。」

さして興味も無さそうなシアナは、さっき走ってきたばかりの紅潮した頬で言ってた。

「お?」

「厳しいねシアナは」

ちょっと瞬くキャロに、苦笑いげのビュウミーで。

そんな彼女の表情を見つけたシアナは僅かに眉を上げていた。

意外な事を言われたからか。

さっきの言葉もシアナの素の反応だったみたいだ。

「あっち見てくるー」

キャロはてってっと、あっちに軽い足取りで駆けてって。

「ま、最初の頃よりは全然いいんじゃない」

そう付け足したように言って、歩き出すシアナをビュウミーも後ろを追ってく。

「それは一応褒め言葉でしょ?」

ビュウミーが聞けば。

「・・・まあ。」

遅れて隣に並んだシアナの横顔は、何故か嫌そうな、苦々しげで。

ビュウミーはそれを見てまた悪戯っぽく、にやりと笑ってた。

シアナは紅潮した顔を見られたくないようだけど。

あっちの方では皆が集まってて。

ススアが、エナとあの鈍臭い2人に元気に何か話し掛けてる。

さっきまでは全力疾走してたような『ススアのくせに』。

きっとまた捲くし立てるようにわけのわからなくなる話をしてるのだから。

適当に受け流せばいいものを、あのエルザとアヴェエは生真面目に頷いて聞いてるようだ。

傍に立ってるキャロなんかはその様子を見ながら、タオルを顔に当てて汗を拭いてるらしくて。

・・またこっちを振り向いたビュウミーの視線を、横目に気付いたシアナは、なんでビュウミーが笑ってるのか。

けどシアナは、面白く無さそうに向こうに顔を逸らす。

運動したばかりだから、少し紅くした頬のままのシアナの横顔。

シアナから目を離すビュウミーは、やっぱり少し、にやにやしてるような。

広いグラウンドの上で歩いてれば、色んな方から他の子たちの元気な声も聞こえてくるけど。

そんな子たちの向こうの青い空はもう少し広すぎて、その麓で笑い合ってるようなあの子達で。

近付いてきてる体育祭だから、って感じがして。


それから、そろそろ、シアナはあの子たちに褒めてあげる言葉を1つ、2つは持ってあげないとだな、って思って。



****

遠くの木漏れ日が揺れてる。

青い空を向こうに木の葉たちが風に動いてる。

眩い光を遮る小さな影たち。

光はそれでも、私の手や、服に降り注ぐ。

形を変えて。

・・遠くでは人で溢れてるような音が聞こえてて。

静かなここも少しはその中に染まってるみたいだった。

隣のあの子は、静かに、眠ってるみたいに、瞼を閉じてた。

こういう所が、好きなのかもしれない。

いつも気持ち良さそうだから。

だから、せせらぐ葉の音に、もう一度見上げてた。

光の零れる、風景に。

『――・・・退屈じゃないの?あんたもさぁ・・―――』

・・声のような、声。

形に・・なりかけた、声・・?

横を見ても、レンガの道が続いてく。

・・後ろを見ても、木々が生い茂っていて・・・。

勿論、正面には誰もいなくて。

・・上を、見ても。

葉っぱがせせらいでる。

・・陰の中のエルと、ハァヴィの周りには、他に誰もいないし・・。

エルが、隣のハァヴィを見てても、眠ってるみたいにしてるから。

・・何かを言ったようなことは無さそうで。

「・・・・・・?」

エルはハァヴィの横顔を暫らくじっと見つめながら、瞳を瞬かせているようだった。

薄く目を開いたハァヴィが睫毛を持ち上げて、気が付いて、そんなエルの視線に・・・緊張したように膝元を見て。

それでもエルはじぃっと見つめる・・視線を逸らす事無く瞳は瞬く―――。


―――煌く緑の光の中で彩られてるあの子。

包まれたように、いつもよりもっと光に煌く、瞳も綺麗・・だけど。

ハァヴィが、・・・恐る恐るといった風に横目で気にする視線に動かず。

まるで見つめられてるのに、エルは違う事を考えているような気がしていて。

・・それはなんか少し、止めて欲しかったハァヴィだった。



****

淡い光を見つめながら。

私はぼうっとしてる。

ちょっと、最近は、すぐ寝ちゃうから。

運動して、疲れてるからだと思う。

今日は放課後の練習はしなかったけど。

今日もいろんなことがあって。

ススアさんの元気は多すぎて。

走って追いかけて止めようとするキャロさんとか。

シアナさんはそれをちょっと怖い目で見てたり。

そんなシアナさんに普通に話しかけるビュウミーさんは凄いと思う。

エナさんはそんな皆を笑って見てて。

楽しいような、いろんなことがいっぱい。

あの子は、それを時々呆けたように見てたり。

微笑んでたり。

ちょっと可笑しそうに、笑ってたり。

私は、そこにいて。

みんなが、ときどき、笑いかけてくれた。

声を、掛けてくれた。

私は。

それに応えられたのか、わからないけど。

私は。

あの子と一緒に。


・・・もう寝ないと。

今日は、早く寝ないと。

だって明日は、体育祭だから―――。




****

「おはよー」

「はよー。」

って、友達を見つけて、朝の声が聞こえてくる。

「なんか学校の雰囲気違うねー」

挨拶を交わす子達は友達と一緒になって。

お喋りとか、遊びながら、もう少しの時間を待ってる。

「お前、やる気ありすぎだろ」

「テーピングしとかないとダメなんだよ。すぐ痛めちゃう」

「ほんとか?」

立ってる子や座ってる子も。

教室で集まってる子達は、もう体操服姿になってる子達も多い。

私も、もう、体操服に着替えてきて教室に来てて。

隅っこの方に立っている私は。

ときどき、ちょっと顔を上げて。

「おはよー」

「グラウンドじゃないんだね、あっち行っちゃった」

探してた。

でも、いない。

今日はここに来るはずなのに。

あの子は、まだ、いない。

グラウンドに行っちゃったとか・・?

・・・そんなわけ、ない、と思うけど、あの子。

たくさんの子達がお喋りしてる中で。

もう一度、顔をちょっと上げて。


その隙間に見えた、あの子の姿は、シンプルな動きやすい体操服で。

シャツにハーフパンツに、いつもの姿、教室に入ってきたばかりのような。

きょろきょろしてたようなあの子は。

こっちを見たら、私を見つけたみたいに。

少しだけ口を開いたような。

少し、ぁ、って、私も少し口を開けてて。

あの子がこっちに歩いてくるのを。

私はちょっと顔を俯かせて。

そうしたら。

目の前に立ったあの子の。

「おはよう、ございます・・」

あの子の、静かな声が聞こえて。

「お、おはよ、ございます・・・」

私は顔を上げて、あの子の顔を見て。

綺麗な瞳で、私を見てたあの子は、ちょっと微笑んだ。

ちょっと、楽しそうなあの子。

私の隣に並んで、周りをきょろきょろ、見てたみたいで。

いつもくらいに元気な、クラスの子達は賑やかだから。

私はもう、ちょっと、どきどきしてた。




プリズム色の青空の中にある太陽は眩しくて。

ちょっと目を細めた中に、広がる青空の下の、グラウンドは。

いつもと少し違うみたいだった。

クラスの子達と歩いてく中で、体育祭の会場の、グラウンドの方を見てると、飾り付けされたような。

大きなテントがあったり、人が集まってたり、何かを作業しているような。

それから、いつもと少し違う活気。

明るい色の、華やかな飾りが、グラウンドの中に建つものにどれも色づけてる。

先生から話を聞いた、あれが給水所で、あっちの方は食べ物屋の露店で、お客さんが覗き込んでたり。

ドリンクやハンバーガーを買ってトレイを持ってる人が、きょろきょろ歩いてたり。

遠くて小さい歩いてる人はステージのような所で、マイクの点検をしてるみたいだった。

奥の方では長いベンチとかが出来ていて。

その向こうにもシートを引いてる、たぶん、見に来た人、誰かのお父さんお母さんとかが座って待ってるみたいだった。

いつもと違うグラウンドは見てるだけで、どきどきする。

地面に描かれた、遠くまで続く長くて色の付いてるラインとか。

場所ごとに区切られてると、なにかの線とか。

ここにいるのも、学校のみんな、全員いるのを見るのも初めてで。

こんなに、すごく人がいっぱいいたんだ、学校に。

でも。

もう体操服を着てる私は、もう走れるけど。

ちょっと、走りたくない気もする。

あんな風に、広い所で、一人でって、思うと。

・・またちょっと、どきどきしてきた。

隣で、あの子は一緒に、レンガの道を歩きながら、やっぱりグラウンドの方を見てて。

緑色の木々の、陰の向こうに隠れる景色は。

それからまた、向こうのグラウンドを隙間から覗かせて。

日向に敷いたシートの人たちが見えて。

青空の下で、笑ってる、まるでピクニックみたいな、けど。

だけど、まだ増えてる、けっこう、人が多いような、気がして。

私は、また、ちょっと、どきどき、し始めてた。




「集合はまた・・30分後くらいだ。それまでにここだ。指定の席には帰ってろよー?その後で開会の宣言が始まるからな」

『はーいー』

先生の言葉にクラスの子達は、返事してて・・。

「自由時間は自由だが、この場所、覚えておけな。迷子にならないとは思うけが。それから、親御さんがいるのはあっちの方だ。もしいらっしゃってるなら、会いに行ってきていいからな」

「はぁーいっ」

「おいーっす」

「久しぶりに会うヤツは元気な顔をよぉく見せてこいよー。よし、じゃあ一先ず、解散な。」

先生の声に、みんなはお喋りしながら散らばってく。

私の隣では、あの子と。

ススアさんたち、顔を見合わせてるみたいだった。

どうしようっか、って話してるみたいだったけど。

「始まる前に、ちょっと親に顔出してくる」

ビュウミーさんが、そう言って。

「あ、じゃあ私も。探してくるよ」

キャロさんも。

「・・挨拶してきた方がいいか。」

って、言う、シアナさんは、・・少しめんどくさそう。

「ういー、じゃまた後で、みんなー」

ススアさんが一番先にてってっと走ってく。

そんな後ろ姿を見てたみんなも、顔をちょっと見合わせて、同じ方に歩き出すけど、ススアさんを追っかけて走り出すようなキャロさんで。

「あ、ちょっと待って・・」

エナさんは走り出すキャロさんを追いかけてった。

「・・・。」

「・・・・・・」

って。

私は。

残ったあの子を見たけど・・。

あの子も、私を見てたから。

ちょっと、顔を戻して・・。

「・・お母さんに会います。」

あの子の静かな声。

「は、はい・・・」

私はあの子に頷いてて。

あの子はそれから、向こうの方に、顔を向けて。

お父さんと、お母さんに。

会いに。

・・・お母さんと、お父さん。

・・思い出したら、ちょっと、胸の奥が、重くなった気がした。

お母さんにも、お父さんにも。

ぜんぜん会ってないから。

・・ココさんは何も言ってなかったし。

今日は、来てないんだろうなって・・、わかるけど・・・。

・・あっちの・・方で、探してみても。

人が多いから、あまり行きたくない・・。

・・・やっぱり、来てないんだと思う。

お父さんは忙しいし・・、お母さんは・・・泣いてたし。

あのとき・・・。

よく覚えてない・・・・・。

・・ベッドの上で私は寝てて・・・、お母さんは、頑張って、笑おうとしてたから・・。

・・って。

隣のあの子は。

歩き出してなくて。

私を、じぃっと、日の光に煌く瞳で、見てて・・。

「・・・・・、・・?」

・・な、・・なんで・・?

私は、ちょっと、顔を俯かせてた・・。

「・・あの。」

あの子の、静かな声。

「・・一緒に、来てくれませんか?」

って。

・・・ぇ。

「・・ぇ・・・。」

「お母さんに、紹介します、ハァヴィを。」

あの子は、丁寧に、そう言って。

私を、じぃっと、綺麗な瞳で、見つめてて。

・・・だから、私は・・。

「・・ぁ、は、い・・。」

あの子に、こくっと、頷いてた。

そうしたら。

すっ、と・・あの子の手が、私に差し出されて。

私はあの子の顔を見上げてた。

あの子は、ちょっと、不思議そうに、私を見つめてて。

目の前の、細い、白い手を、見下ろして。

私は・・。

・・だから、その手に私の手を重ねた。

握られた手は、ぎゅっと。

握ったまま、ちょっと引っ張るみたいに、歩き出すあの子に。

ちょっと、ひんやりとした、あの子の手を感じてて。

歩きながら、私は、ちょっと握ってみる。

あの子の手にも、またちょっと、力が込められた。

私は、あの子と一緒に、ついていてく。

人の声で賑やかな、人の道を縫って。

手を握って、一緒に、みんなの行った方に、ついてく。

エルのお母さんに、会いに・・・。

会いに・・・。


・・・ご、ご挨拶・・、ちゃんとしないといけない・・・よね・・?

・・え、えっと、どういう、風に・・・こ、こんにちは、・・だけでいい・・・?他にもなにかあるかな・・・あ、ああ朝だから、おはようで。

お、おはようございます、か・・・。

もっと・・、けっこう、どきどきし始めてきてた・・・。




・・きょ、きょろきょろと、周りを探しながら歩くあの子に付いていきながら。

私も少し周りを、見回してみてて・・。

・・学校には、普段いないような、大人の人達がたくさんいる中を歩いてた。

学校の外から来てる人たちで・・・グラウンドの、端っこに置かれた、椅子やベンチに座ってる人たちとか。

芝生の空いてる所に、シートを敷いて座ってる人達もいて。

笑顔が、いっぱいだった。

家族の人たち。

笑って、話してた。

陽だまりの下で。

・・あの子の手が、少し引っ張って。

あの子の横顔を見たら、何かを見つけたみたいに向こうを見てて。

そっちに真っ直ぐ歩いてくみたいだった。

あの子の見てる先は、四角いシートがいくつも地面に敷いてある方で。

シートに座ってる人たちもいっぱいいる。

でも、あの子が、その横を通って、曲がったり、真っ直ぐ進んでいけば、その先は。

女の人が、1人、座ってた。

男の人も・・座ってた、けど。

あの子は、立ち止まってた。

急に・・?・・私は、あの子の横顔を見たけど。

あっちの方をじぃっと見てた。

なんで、止まったのかわからないけど。

少し、不思議そうな。

その横顔を見てたら。

でも、やっぱり、またあの子は、真っ直ぐ、歩き出してた。

そこは、お喋りして、笑ってる、にこにこしてる、優しそうな、女の人と。

一緒に、話してる、頷いてる、男の人。

その男の人が、こっちを見て、気付いたみたいに、顔を振り向いて。

私は、慌てて、顔を俯かせてた。

あの子は、真っ直ぐ歩いてるけど。

私も・・・。

・・あの子の横顔は、瞳を瞬かせてるみたいだった。

不思議そうな、あの子の表情がなんでか、わからなかったけど・・。

その瞳の先の、シートの上で。

女の人が、気がついたみたいに、こっちに、笑顔で、手を振ってた。

あの子は、私の手を握ったまま、一緒に。

少し、きゅっと、あの子の手に力が入ったみたいだった。




「エル、いらっしゃい。」

にっこり、嬉しそうに笑う黒髪の女の人は、優しそうだった。

・・お姉さん、かな・・若い、から・・。

「・・・お邪魔します・・?」

エル、は、首を傾げるみたいに、そのお姉さんに、そう頷いてて。

お姉さんは、そんなエルにまた、にっこり、微笑んだみたいだった。

笑顔、の、綺麗な人だった。

その、隣の、男の人も、黒髪の、・・やっぱり、若い人で。

エルを見てた目を、私に向けて。

・・・私は俯いてた。

・・ちょっと、目つきが、怖いかもしれなかった。

・・・男の人だから、お父さん・・じゃなくって、・・若そうだから・・エルの・・・お兄さん・・?

「そちらはお友達?」

って、お姉さんが、私を見てて。

・・一気に、どっきどき、してた。

「あ、どうぞ、座って。上がってくださいな」

優しい声。

靴を脱ぎ出すあの子に。

ちょっと、慌てて、私も靴を脱ごうとして。

・・シートの上に、足を乗せたら。

・・ちゃんと、靴を、揃えた。

・・・えっと。

・・それから。

振り向いたけど・・。

あの子は、二人の前に、膝を付いて、・・そのまま座って。

・・えっと。

私も、あの子の隣に、同じみたいに、膝をついて。

なんか、座るのが、膝を曲げたり、定まらない・・。

「好きに座ってね、こんな感じで」

お姉さんがそう言ってて。

・・そっか。

お姉さんと同じ格好に座ればいいんだ・・。

あの子も同じで・・・。

・・えっと。

・・・じっと、正面の、お二人に、見られてる気がして。

・・俯いてた。

・・みんなも、靴を脱いでるみたいだし。

「靴を脱いでこうしてると、気持ちいいですね」

って、お姉さんは、気持ちよさそうで。

「ぁ~・・・」

お兄さんが、そんな声を。

「・・お兄さん。」

って、あの子が。

静かにそう言うのを。

「ん、おぉ。」

男の人の声が、少し驚いたみたいだった。

「・・・」

・・あの子は、何も言わなかったけど。

「・・久しぶりだな?」

男の人の声が、そう言って。

「はい・・。」

あの子は、こっくり、頷いたみたいだった。

「・・あー・・まあ、今日は・・頑張れよ?」

って。

「・・はい・・。」

・・こっくり、頷いたみたいな、あの子だけど。

「おう。」

自信・・、あるのかな・・?

「・・で・・」

って、控えめな、お姉さんの声が聞こえて。

「お友達?」

って。

・・た、たぶん、私の事で・・。

顔を上げたら。

・・お姉さんも、お兄さんも、私を見てきてて。

・・・ぁ、ぅ・・。

何かを言いかけたけど。

口は、動かないし、・・忘れてる・・・。

「ハァヴィさんです・・。」

エ、エルに、・・しょ、紹介、されたけど・・。

「ハァヴィさん?初めまして。いつも娘がお世話になってて。」

優しい声で、微笑むお姉さんは。

「は、はい・・。」

私は頷くだけで、精一杯で・・。

・・・『娘』?

「・・・そして、私は・・?」

・・って、お姉さんはそんな事を言ったのを。

・・お姉さんは、あの子を、見てた・・。

「・・ぁ、」

って、エルが声を漏らしてた。

「・・私の、お母さんです。」

って、続けて。

・・あの子の、お母さんはにっこり、嬉しそうに笑って私を見て。

「メルフェースといいます。エルのお母さんでも、メルでも、好きな風に呼んでください」

って、優しい笑顔で、言ってくれたけど。

・・とっても、若い。

はにかんだような微笑みは、綺麗だけど。

「・・『エルのお母さん』は無いんじゃないっすか?」

隣の、男の人がそう言ってたけど。

・・・うん。

「・・そうですか?」

エルのお母さん・・って呼ぶより、メルさんのが良いと思う・・・。

メルさんは、ちょっと、不思議そうだったけど。

・・・それから、あの子が差し出した手が、私の目の前に。

男の人に手を指してるみたいで。

・・・でも。

・・エルは、ちょっと固まってた。

私が、エルの横顔を見ても。

じっと、お兄さんを見てて・・・?

「・・・お兄ちゃんです。」

やっと、口にした言葉は。

簡単な言葉だったけど。

「ん、ぁ・・、あぁ、ケイジ、っていうんだ、よろしく。」

エルの、お兄さんが、そう、私に。

「よ、よろ、しく、おね、がい、します・・。」

・・なんとか、言えた。

俯いたままだけど・・。

「あまり緊張しないでね。」

優しく微笑んでるような、エルのお母さん・・、メルさん・・、だけど。

「・・・・・・。」

なんて言っていいのか、全然・・、わからなかった。



突然、遠くで音楽が鳴り始めて。

『開会10分前となります。生徒は席に戻ってください。保護者の方々・・・――』

放送が続いてた。

「あら。」

エルのお母さんの、メルさんはそう、遠くを見上げて。

もう、始まるみたい・・。

気がついたら、あの子は、私を見てて。

「あとでゆっくり、もっと話しましょう」

メルさんは、そう微笑んで。

「はい。」

エルはこっくり頷いてた。

私も、こくこく、頷いてて。

それから、立ち上がるあの子を追いかけて、私も・・。

靴を履いたあの子は、隣で、2人を振り返って。

「いってらっしゃい」

メルさんの微笑んだような声。

あの子は、男の人の方、ケイジさんを見て。

「おぉ・・、頑張れよ。」

あの子に言って聞かせるような、声のケイジさんは。

エルは、あの人を見つめながら、こくこく頷いてた。

それから振り返って、行こうとしたあの子に付いていこうとしたら。

「ハァヴィも頑張れよ~?」

・・私に。

・・・私?

「は、は、はい・・っ」

慌てて振り向きざまに返事をしてた・・。

メルさんはくすくす、面白そうに笑ってたけど・・。

ちょっと、恥ずかしくなって、私は・・。

それから、メルさんが。

「頑張ってね、見てるから。」

そう、にっこり、微笑んでた。

「はい・・。」

あの子はこっくり頷いてた・・。

私も、こくこく、頷いて。

・・あの子は、じっと、見てて。

「・・・早く行ったほうがいいわよ?」

って、メルさんが微笑んだまま言うのを。

あの子はこくこく頷いて。

振り返って、てくてく歩き出すのを。

私はちょっと、慌てて、追いかけてた。

隣に並んで、見たあの子の横顔は、やっぱり、いつもの澄まし顔のようだった。

椅子やシートの間を歩いてると。

体操服の、他の子たちもみんな、同じ方向に歩いてく。

私は、あの子と一緒に。

・・それから、ちょっとだけ振り向いた、少し遠い、シートの上のあの人たちは。

私とあの子を見てたみたいで。

・・・だから、私はすぐに前を振り返ってた。




「・・ふふ、可愛いですね。」

メルは2人の後ろ姿に微笑みを向けていて。

「・・・はぁ。」

それを見たケイジは少し曖昧な返事をするのであって。

「ケイジさん、エルのお友達なんですから、どうか大切にしてください」

「・・あぁ、はい。」

頷くケイジだけれども。

「さっきももうちょっと・・、丁寧に言って頂ければ・・。」

「さっき?」

「頑張って、って言った時です」

「は、はぁ・・。」

・・そんな投げやりに言ったかな、と首を捻るケイジである。

「ほんとにわかってますか・・?」

微笑みに混じった、少々疑いの視線のメルにも、ケイジは肩を竦めて見せるくらいが精一杯で。

そんなケイジに、メルも少し表情を崩して笑ってた。

「あの子の話をよく聞くんです。あの子の言葉から。初めて今日お会いしましたが」

メルはそうケイジに嬉しそうに微笑んでいて。

「へぇ・・?」

ケイジはその話にも、メルの表情にも興味を向けたみたいだった。

「エルから聞く学校でのお話には、あの子がいつも出てくるんですよ。」

思い出しているように、優しく微笑むメルは。

「・・ですから、大事にしてくださいね。」

そうケイジに、念入りに、微笑んで。

「・・はい。」

素直に頷くケイジだった。

それをまた満足げに、メルは微笑んだみたいだった。

・・それから、少し大きな音に、何か動きがあったような、遠目の向こうの方に。

2人は顔を向ける。

・・観客席の生徒が、少し騒いだだけのようだった。

それがわかり、メルに目を戻したケイジは。

目を細め、遠くを眺めているメルの横顔を見つけて。

少しの間、見つめていた。

その穏やかな瞳がケイジに気付くと、少し不思議そうに、微笑みながら瞬いて。

「・・メルさん、」

彼は口を開いてた。

「変わったっすね。」

そう、言ったケイジに。

メルはまた少し、瞳を瞬かせていた。

ケイジを見つめて。

そして、可笑しそうに、笑った。

「良いこと、ですか?」

そう聞いたメルに。

「・・たぶん、そうっすね」

ケイジは頷いてた。

「そう言って頂けると、」

メルは嬉しそうに微笑んで。

「嬉しいです。」

そんな微笑みに、ケイジはつい、向こうの方へ顔を向けていて。

「・・でも、そうでもしないと、やっていけないのかもしれませんよ。」

なんて、言うメルは。

振り向いたケイジに、悪戯っぽく笑う、メルは、それから向こうに瞳を向けて。

ケイジはその顔を、少々目を円くしながら、見つめていた。

それから、メルが向こうを見つめる瞳、その先を追って。

また遠くに目を戻したケイジは、まだ動きの無いグラウンドの方でメルが何を見てるのか。

とりあえず、動きはない。

一般の学生の家族やら関係者たちが、食べ物を手にピクニック気分だ。

始まるまでまだ少し、時間はあるようだが、さすがに酒は売ってないだろう。

動きの無い広いグラウンドの上、青にもっと広く広がる空を見上げた。

天高い、プリズム色の青空は今日も何より、この祭りにとって良い、快晴だった。

・・・ごそごそと、音が聞こえて、ケイジが振り向けば、メルが鞄を開けて何かをやっていて。

いそいそと水筒を取り出した後、コップを取り出して。

そのてきぱきと動くメルの手元に、ケイジは視線を止めて見つめてた。

コップに中身を注いで、顔を上げたメルは微笑んで。

「どうぞ、お茶です」

そうコップを差し出してくれた。

ケイジは、姿勢をメルに向けて正し。

「どもっす。」

両手で気持ち丁重に受け取ったケイジは。

「・・なんか変な感じっすね。靴脱いでこんなところで」

「ええ。でも気持ちいいです」

にっこり微笑むメルに、さっきもそれを聞いた気がするケイジだが、頷いてはいた。

あぐらを掻いてるケイジの傍で、両足を揃えて座るメルが上品なのは間違いない。

それから、向こうの方の広いグラウンドを向き、コップに口をつけ。

紅茶らしい、香りの良い、少し熱くて温かいそれを感じながら。

見つめる、何かの動きが始まったらしいグラウンドの方をケイジは見ていた。

ふと、メルの方を見れば。

メルは同じ様に向こうを眺めながら。

嬉しそうに優しく、楽しそうに、目を細め、微笑んでいた。




「どーだったー?」

クラスの子達のための観客席の中は、お喋りの声がいっぱいで。

「うん、ふつー。」

「朝会ったもん」

「最悪。兄貴が来てた」

「あーフライドポテト食べてるー」

「いる?」

「あっがと」

「ジュースもあるの」

帰って来てる子たちは、いろんなお喋りしてて。

もう帰ってきてたススアさんたちと、私たちは隣に座ってて。

それから、帰ってきたキャロさんにエナさんも自然と一緒に座ってた。

「・・スースはどうだった?」

って、シアナさんが言ったら。

「うっ・・・。」

・・って、ススアさんが呻いたみたいだった。

「ん、なに、スースって。」

キャロさんが不思議そうに聞いても。

「・・・秘密。」

スース、って言ったシアナさんはそれしか言わなくて。

「えぇ・・?」

「家で呼ばれてるだけだよ・・っ、」

って、ススアさんがちょっと、紅くなりながら。

「シアナもそういうこと言わないでよ・・」

シアナさんに口を尖らせてた。

「可愛いじゃない」

ちょっと、微笑んだようなシアナさんだけど。

「・・・顔がウソっぽい」

ススアさんはそうジト目で見てて。

「ひど・・っ」

すぐに怒った顔になった。

・・なんだか、ケンカみたいな会話なんだけど。

キャロさんたちは全く気にしないで、違う話を始めてるみたいだった。

いつもこういう感じに遊んでるみたいにしてるから。

・・じぃっと見てる、あの子は、とても気になってるようだけど・・。

「静かにしろー、そろそろ始まるからなー」

騒がしかった他の子たちもみんな、先生の声の後は小さくなっていって。

まだちょっと興奮したような声が聞こえてるけど。

音楽がスピーカーから鳴り始めた。

前の人の頭の向こうのグラウンドを覗いて。

たくさんの人が静かに見守ろうとするグラウンドの。

そのグラウンドの、正面の大きなステージの上に誰か上がってきたのを見つけて。

先生が1人、そのステージの上で、顔をマイクに近づけた。

大きな音が鳴って。

『・・えー、こんにちは。みなさん。』

みんなの声は、静まり返ってく。

『只今からライトィール・エドゥワー、第8回目の体育祭を始めます。』

先生の声は響いて。

『どうぞ、当学園の生徒皆さん、ご家族の皆さん。楽しい一時をお過ごしください。』

静かになったグラウンドの中で。

まだ少しさわさわさ話すような声が聞こえてる。


誰かが、グラウンドの端々から走ってくるのを見つけて。

10人、くらいの。

体操服の、たぶん、学園の生徒の人たち。

男の子に、女の子、大きい子から小さい子まで。

中央に集まって。

顔を見合わせて。

ちょっと喋ってるみたいだった。

聞こえないけど。

大きい子を見上げる小さい子は頷いてるみたいで。

そしたら、みんなが列になって。

正面のステージの方に、一緒に歩き出す。

大きな子と、小さな子達の混じる、ちょっとちぐはぐな列は。

グラウンドの中心から正面のステージまで、真っ直ぐに。

ステージに着くと、上に上がってくあの子たちは、ステージの上の先生に迎えられて。

マイクの前に立った大きな子も小さな子も、こちらを向いて。

みんな、緊張してるようだけど、でも。

一歩出た、中でも背の高い男の子がマイクに、立つ。

『全選手の代表として、』

大きな声がグラウンドに響いてた。

『競技全てにスポーツマンシップを以って臨む事を誓います。

 この学園の、この年の体育祭優勝という名誉を懸けて、皆の力と共に戦いきる事を宣誓します。

 どうか勝者には賞賛の拍手を、戦い抜いた選手達すべてには敬意の拍手を表してください。

 選手一同の声を、今ここに。

 今誓う、僕達のルールが敷かれるグラウンドとさせていただきます。』

彼の言葉が止まって。

一歩引くと。

観客席から、少し、拍手が沸いて。

退いた彼の次に、マイクの前に立つ彼は顔を上げる。

『クラス8A、代表は、私『フィリス・バウード』。チーム名は、『最強スターズ』。』

・・・変な、名前を聞いた気も・・。

『えー・・、代表として、色々言いたい事がありはするのですが。これだけは言いたい。・・優勝っ!獲りにいくぞぉっ!』

『おおおぉぉっ!』

って、大きな声に周りの子も吃驚して振り返ってた。

観客席の、たぶんそのクラスの子達の声が盛り上がってて・・。

立ち上がってる人もいるみたいだった。

笑いながら、慌てて戻ったけど・・。

その人の短いスピーチ(?)が、終わると。

笑い声のような、拍手の音が鳴ってて、会場のたくさんの人たちに歓迎されたみたいだった。

「うわぁ、『最強スターズ』盛り上がってるね。」

「『最強スターズ』、っぷ・・。」

って、周りで話してる人たちもいたけど・・。

『あははははっ』

って、ススアさんやキャロさんは普通に笑ってたみたいだった。

『荒れ狂う金色の暴風雨!』

それからも色々なクラスの、代表の人が次々にスピーチしていって。

『『サボテンみょんみょん!』触ると痛いぜ!』

笑いながらの、みんな拍手を受けて下がってく。

私のクラスの番がきたら、代表の子は、いつも元気で騒がしいあの子で。

『我らチーム名、『ミラクル・パワーズ』っ』

「あはははっ」

って、うちのクラスの子たちも笑ってて。

ススアさんたちも笑ってて、シアナさんも吹いてた。

『優勝しかないっス、散々狙われてますがっ、俺らが獲りにいくっスっ!』

『おおーーっ!!』

って、前の人たちが立ち上がって大きな声を、って思ったら、周りの人たちも立ち上がってて。

私は吃驚して周りをきょろきょろしてたけど、立ってない人もいるから・・・、ほっとしたような、吃驚してたような。

ススアさんとか、キャロさんとかは、立って・・・一緒に声を出してるけど。

シアナさんも、座ったままで、なにか難しい顔をしてるし・・。

エルはまだ周りをきょろきょろ見てるみたいだった。

『ありがとー、声援ありがとー・・っ』

って、うちのクラスの代表と、観客席のみんなは会話できてるみたいだった。

・・・チーム名が『ミラクル・パワーズ』、っていうのは、ちょっと、・・初めて聞いた名前だったけど・・いつの間に決まったんだろう・・・。

名乗りは続いていくけど、・・小さな子の声は可愛くて。

『と、『とびだせパナモー』です、』

マイクの前に立ってると、緊張してるのがよくわかって。

『せ、精一杯がんばります・・っ』

震えてるみたいな声に、たくさんの観客席から笑顔と温かい拍手がいっぱい送られてた。

『全チームの紹介を終わりました。』

みんなが宣誓し終わって、元気な音楽がずっと流れてる中で、みんなは台の上から降りて。

それから走って、クラスの席に帰っていく。

うちのクラスも。

みんなに笑顔で出迎えられた代表の子はおどけながら。

腕とか身体を叩かれてたり、「ぃえーっ」って、楽しそうに笑い合ってて。

『最初の競技を始めます。』

って、大きな、放送の声が聞こえると。

『パウンドの選手は集まってください』

みんなの顔も一斉に、グラウンドの方に全部向けられて。

楽しそうに笑ってる、面白いことに向けられる眼差しに溢れて。

周り全体から送られるいっぱいの拍手の中で、グラウンドの真ん中に遠くのたくさんの生徒が走って行ってた。






「んーー、始まったねーー。」

ススアさんも、椅子の上で楽しそうに身体を揺すってて。

グラウンドを走ってる人たちは一生懸命に。

「最初の種目は何?」

キャロさんがビュウミーさんに聞いてた。

「えーと、高学年の人たちの、パウンド。」

ガイドを開いて見てたビュウミーさんはそう答えてて。

「パウンド?どういうの?」

キャロさんはちょっと考えてるみたいに首を捻ってた。

「さっきちょっと説明してたね」

「なんて?」

「確かあれだよ、玉拾ってくるの。」

「玉を?あ、あれか。」

「うん、今拾ったやつ」

って、走ってる人たちが、その玉を拾いながら回ってく。

「ふーん・・」

「見てればわかるって」

ビュウミーさんはそう言ってたけど。

「ルール知らないんじゃない?」

「知らん。聞いてなかったし。」

って、ビュウミーさんがキャロさんに堂々と言ってた。

「えぇ・・・」

キャロさんが引いてたけど。

グラウンドではチームの後ろの方にあるカゴに。

拾ってきた玉がどんどん溜まってく・・のをチームの人がまた遠くに投げてる。

見てる人たちは拍手したりして応援してるけど。

「私たち自由行動だけどどうする?」

シアナさんが、そうみんなに言ってた。

「見てかないの?」

ススアさんは不思議そう。

「他にやる事無いでしょ。」

シアナさんはそんなススアさんにそう言ってたけど。

「んー。スナック買ってくる?」

「罠だよ。」

ってビュウミーが。

「え、なんで?」

「ポップコーンとか、映画とか見ながら食べると止まらないでしょ?あれと同じことになる。しかも、映画より長い何時間も。」

「ぇ、えぇ・・・」

ススアは信じられないような、引いてるけど。

「太るよ」

「はぅっ」

それはクリティカルヒットみたいだ。

「あと炭酸飲むと走れない。せめてジュースだね」

「スースはお小遣いもらいにいくでしょ」

「やめてよっ」

はっきりぴしゃりと言ってたススアさんだけど。

『スース』って言ってきたシアナさんは口を手で押さえて、笑わないようにぷるぷるしてる。

「まあ、家族と一緒に見るか、ですか。」

キャロさんはそう振り返ってて。

「それこそピザとかいっぱいあんじゃない」

「それはやばいね。」

キャロもすん、と頷いてた。

「体育祭なのに、太って帰るとか・・」

「ぷふっ」

ぼそっと言ったエナさんに、キャロさんは笑ってた。

「もっと見やすいところに移動、してもね。」

って、ビュウミーさんはちょっと回りをきょろきょろしてみてた。

「どこもあんま変わらないって」

キャロさんはそう言ってたけど。

「・・これってどういう採点?」

シアナさんがグラウンドの方をじぃっと見つめながら聞いてた。

「さあ?」

エナさんも。

「なんかポイントがいろいろあるらしいけど。」

「出てないクラスとかあるでしょ?ポイント、ちがくない?優勝とかどう決まるの?」

「さあ?」

「クラス別で、学年の優勝と、総クラスの優勝が決まるんだよ」

って、ススアさんが。

「ふーんー?」

「学年別で競争して、たくさん取ったチームが学年優勝。さらに学年全員で比べて1番すごい総クラス優勝ってこと」

って、ビュウミーさんもキャロさんに教えてた。

「あー、なるほどー」

「キャロは『さあ?』ばっかりだね。」

隣のエナさんがそう言ってて。

「え?だって、わかんないし。」

「ススアのが知ってるね。」

「え?・・へへ。」

シアナさんに褒められたっぽいススアさんは、ちょっと照れてはにかんだみたいに笑ってた。

「まあ、全部良い成績出せば優勝できるわけだしね」

ってビュウミーさんが言ってたけど。

「そうそうそう、それ。つまりそういうことよ。頑張んないとね。」

なんて、キャロさんはびしっと指を指してたけど。

「・・・ふっ」

・・なぜか、鼻で笑ったようなシアナさんだった。

でも、キャロさんには聞こえなかったみたい。

「なんか、玉が増えてない?」

「ねぇー」

エナさんとススアさんがあっちの方を、今やってる競技の謎な様子を見てたみたいだった。




グラウンドで繰り広げられる競技はたくさん種類があるみたいで。

スピーカーから競技の名前と簡単な説明をしてくれるのもあった。

『隠し箱』っていう競技を低学年の子たちが今やっているのも、一生懸命でなんだか面白そうだった。

「たくさんの箱の中から、他のチームが隠したボールを見つけて、陣地にまで走って戻るの。」

ビュウミーが声をかけて、みんなに説明してくれる子もいて。

「よく知ってるね?」

「この学校にずっといるんだ。やったことあるし。」

すべて聞いたことのないオリジナルの競技らしかった。

「何の話ー?」

出かけてたススアが戻って来て、その傍ではシアナがお菓子の包みを持って一緒に来てた。

「体育祭の説明、」

席に座るススアに、エナが教えてて。

傍に腰を下ろしたシアナが、袋を開けて。

「外国の学校のこういう似たような体育祭をモチーフにしてるらしくて、だから似てる競技もあるんだって」

「学生も一緒に交えて会議をしたりしてて、今年の体育祭も2個、新しい競技が増えたらしいね?」

「そうそう」

ビュウミーの言うことにも頷いてる。

主にエルザとアヴェエに向けて説明したことも、キャロたちがうんうん頷いて聞いてた。

シアナが、1口クッキーをつまんで、ぽりぽり食べながら見てて。

目が、合ってた、ススアと。

「・・1口ちょうだいっ」

「いやよ。」

ススアが肩を落としてがっくりしてた。

「買えば良かったじゃない」

「むぅん。」

頬を膨らませてたススアだけど。

「で、次のやつのルールは?」

「よく知らない。」

「知らないの?」

「やらない競技まで覚えてないよ」

「それもそうか」

「あ、あの人見て、あの人」

「うん?・・どれ?」

「あの人だってば」

指を差すススアの隣で、キャロがその指の先を覗きこんで見てみるけれど。

「いや、・・どれ?」

「ほら、よくあの、隣で、ほら、テニス部、の、部長っ」

「あー・・。いるね。」

確かにグラウンドの陣地内で準備をしてる人の中に、いつものスコート姿じゃないあの人が、準備のストレッチをしている。

「あのさ、いつもちくちく言ってきていつもうちの部長が平謝りしてるじゃん」

「うんうん。」

「・・やっちゃおっか。」

良からぬ声に、なにを?と、エナはススアを振り向いてみてたけど。

「おぉ、あれか。」

「そうっ」

キャロとはわかりあったみたいだった。

「なにするの?」

「うっふっふっふ、それはねぇ・・ネガティブぅン砲だ!」

「ネが・・・?・・だいたい、うちの部員のマナーが悪いからじゃ。」

とりあえず、エナが言ってみるけど2人に届いてはいないようで。

2人はお腹の奥に何かを溜め込んでいるように、すでに冥想に入ったらしい。

急に静かになる2人を怪訝そうに見てるのはエナだけじゃなく。

「うーん・・まあ。」

ビュウミーがいちおう、エナに頷いといておいた。

「・・なんで私を見るのよ」

シアナにじろりと睨まれたエナは。

「え、別に・・っ?」

逆に、慌ててぷるぷると首を横に振ってたけども。

別に、見たつもりはなかったエナだけど。

「おそくな~れ、おそくな~れ・・っ」

「転ぶっ、きっと転ぶっ。なんか踏んづけて転ぶ・・っ」

何かに一生懸命なススアとキャロは、二人なりに競技に夢中のようだ。

「・・見苦しい。」

視界の端を吐き捨てるように言うシアナに。

「・・あは。」

エナは困ったように、少し引きつって笑ってた。

そんな様子を見つめてたようなエルザは、・・それから。

「・・ちょっとお母さんのところに行ってきます。」

突然、そう静かに口にして。

立ち上がるエルザを見上げるアヴェエは・・ちょっとぴくっとしてたけど。

「お、いってらっしゃい。」

ビュウミーがそう送り出すのを聞いてて。

振り返ってるエナにシアナに。

気がついて、あの子の方に目を戻したアヴェエは。

あの子が行く後ろ姿があって。

歩いてく後ろ姿を、見てて。

・・周りの子達の方を、ちょっと、おどおどとした風にもう一度見てて。

「おーおー、やるー、テニス部部長。」

「おぉー、伊達じゃないよこれはー・・」

「・・名前で呼びなよ・・・」

他の子達は、競技を観戦してて・・。

「名前なんだっけ?」

「ぇぇ・・?」

「いや、言わないで。この勝負に勝ったら名前を刻んであげよう」

「おぉ、私たちのメモリーにねっ。刻んでやろう。っふっふっ」

「でも、うちの部いつも負けてない?」

「部長いつもちゃんと謝ってるもんね?」

「そうそう」

「・・・力が今試される!」

「私たちのところまでたどり着けるかな・・・?ふっふっふ。」

「・・凄く遠吠えね。」

「そだね・・。」

「メモリーが小さいんじゃない?」

「・・あはは」

そわそわしてた・・・でも、アヴェエは・・立ち上がってて。

あっちの、あの子がまだ見えてるから。

アヴェエはちょっと、ベンチから小走りに、駆けて。

あの子を追いかけて行った。

2つの、空いた席・・。

「あれ、負けちゃったね?」

「やっぱりまだまだ・・いろいろなものが不足してたみたいね・・・。」

「名も無きテニス部部長かぁ・・」

「名前覚えないつもりなのね・・・」

「あれ、アヴェエは?エルザは?」

「また行っちゃったみたい」

振り向くススアに、エナは教えてあげてて。

「ふーん・・?」

ススアは少し不思議そうに小首を傾げてた。

「ススア、」

「ん、なに・・?はぁぶ・・っ!」

目の前にあったシアナの手から1口サイズのクッキーを、ススアは勢いをつけて1口で食べてた。

そして、笑顔でもぐもぐしてるススアの、頭をなでなでしてるシアナで。




「あら、お帰りなさい。」

にこりとメルは朗らかに笑ってお迎えする。

「ただいま・・・?」

少し違うような顔をしているようなエルは、でもそう返事をしてて。

シートの上でくつろぐメルとケイジの前で。

後ろを向いて靴を脱いで、揃えて。

それから、シートの上に。

そんなエルを傍で見てるアヴェは俯いたまま、気恥ずかしそうに。

「どうぞ、お上がりになってくださいね?」

メルの声に、アヴェは紅い顔のまま。

頷いたように俯いて、靴を脱ぎ始めてた。

そんなアヴェよりも先に、ちょこんと、エルは・・メルを見てて。

・・足を揃える真似をして、座るエルは。

近くなった母であるメルとケイジを、瞳を瞬かせるように見回していて。

そんな瞳に小首をかしげながら優しく微笑むメルは。

それから、お隣の恥ずかしがり屋の小さなお客様が同じ様に座るのを見てて。

ケイジはエルが何か言いたい事があるのかと思ったが、じっと見てくるエルの慣れない瞳を気にしつつも、やはりグラウンドの方を見るのだった。

あっちの広いグラウンドの方では、まだまだ競技が続いてて、その成り行きは一応目を向けておいている。

「お茶がありますけど飲みます?ハァヴィちゃんも、エルも。」

メルの声もケイジにはしっかり聞こえてる。

既に鞄に手を伸ばしていたメルへ。

「いえ・・。」

エルはそう首を横に振って断り。

ハァヴィもふるふると俯いた頭を振ってた。

「ですか。」

そう、2人を見てるメルは変わらず穏やかな微笑みに。

「・・ほら、みんな速いわね」

って、競技を眺めるメルは、2人に、話しかけてた。

エルは向こうの競技の方に瞳を向けて。

・・それから、また少し瞳を動かして。

横のケイジの、遠くを見てる横顔を見上げてて。

「・・・」

そんなエルの、視線の先に気付くメルは。

とりあえず、・・2人の顔に、顔と目を行き来させてみてたが。

「・・・・・・。」

・・視界の端に、ハァヴィの、エルを見てた視線に気付き。

ハァヴィを見てると、自然と、目が合っていた。

・・メルは、自然に、優しく微笑んでいた・・と思ったが。

ハァヴィはまた少し、驚いたように俯いていて。

そんな反応にちょっと、きょとんと、寂しそうに目を瞬かせるメルだった。

少しの間見てても、顔を上げてくれないハァヴィに。

やっぱりちょっと、寂しそうなメルは。

それから前隣の、2人も見るけれど。

エルは競技の方を見てたり、ときどきケイジを見上げてたり。

ケイジはただ真っ直ぐ前を向いているみたいだし、気付きもしない。

「・・ケイジさん?」

・・と、つい、メルはケイジに声を掛けてて。

「は、なんすか。」

すぐに振り向いたケイジの顔はエルの頭を通り越してメルの方に向けられる。

「・・えっと、この競技って、どういうルールなんでしょうか?」

そう、朗らかに微笑むメルであって。

ケイジは、・・そんな彼女の顔を少し見つめた。

傍の小さな2人は、そんな2人の顔を、きょとんとした風に、と、恐る恐る覗き見るようにと、様相が違えども。

きょろ、きょろ、見回してたみたいで。

「いやぁ、実は俺もわかんないっすね。」

「あらまぁ。」

口端を持ち上げて笑ってみせるケイジに、メルもくすくすと笑ってた。

エルとハァヴィの、とりあえずお互いの顔を見合わせて不思議そうにした瞳は、すぐ2人に戻る。

「でも、ケイジさんはこの学園の卒業生ってお聞きしてましたが」

「あぁ、俺がいた時はこんな競技、無かったっす。」

「そうなんですか。」

少々、大仰に頷くメルに。

「なんだっけな・・・。やったのはかけっこみたいな、リレーみたいなので、もっと狭くてね。種目も今日のより全く無かったすからね。」

「体育祭って、珍しいイベントですよね。私が学生の頃は、学校でこんな楽しそうなことしなかったですから」

「あぁ・・、昔・・。」

「・・・ふふ、そんな昔じゃないですよ。ケイジさん。」

「あぁ・・・、すんません・・。」

無言の何かを感じるケイジは。

「謝る事じゃないんです。」

朗らかに優しく、包み込むような微笑みのメルだけれども。

彼らしかぬ、くても。

とりあえず悪気は無いことを伝えたいがために、ケイジは顔に笑顔を貼り付けといてた。

「・・ただ、私もここの卒業生だったら、って、ちょっと楽しそうなことを想ってみたんです。」

「・・はぁ、そうすか・・。」

そう言うメルの微笑みはやはり楽しそうで。

ケイジは見つめながら、頷くしかなかった。

「ね、エルも。そう思いますよね。」

「・・はい。」

って、微笑むメルに、エルはこっくりと頷いてた。

本当にわかってるのか、とケイジはちょっとは思うが。

「このお兄ちゃんはこの学園のOBなんですよ。」

って、今度はハァヴィに。

ハァヴィは少し驚いたようにメルに顔を向けていて。

「困った事があったらなんでも相談してください。」

そう言われたハァヴィは、顔を紅くしたままこく、こくと頷いてて。

「・・まあ、できることなら。まあ、なんでも言ってください。」

ケイジと目が合うハァヴィは、やはりすぐに顔を俯かせてしまう。

そんなハァヴィの頭を見つめたままのケイジだ。

聞いてるのか聞いてないのかわからないけれども、ケイジは少し紅い顔の、ハァヴィの俯いてる鼻先を見てた。

・・と、隣のエルが、じっと見上げてきてるのを。

ケイジは気付いて。

・・・その無垢な瞳を、少し見詰め合ってみても。

・・やはり目を逸らしはしない。

「・・・あぁ、マリー元気か?」

ふと思いついたケイジがエルに聞けば。

エルは、ケイジを見つめてた瞳を少しの間、瞬かせていて。

「・・はい。」

こっくり、ケイジに頷いた。

「・・そか。うん、良い事だ」

そう、頷いて見せるケイジに。

「・・・はい。」

もう一度、真っ直ぐ、エルは頷いて。

その瞳を見た後、ケイジは向こうの方に目を移し。

グラウンドで走る選手を目で追ったけれども。

「・・・あいつ、実は寂しがり屋だろ。」

そう、言ってみて。

エルに目を戻してた。

「・・・?」

エルは小首を傾げてたが。

「・・あれ以来、会ってないからな。・・いや、なんでもないわ」

そう、何かを思ったのか、少し笑ったようなケイジに。

エルは、それをただじっと見上げてた。

「・・マリーだったら、エルはいつも鞄に忍ばせてますけど・・?」

・・と、メルがそんな事を言う。

「は?」

ケイジは変な声を。

「はい?」

振り向いたケイジに、小首を傾げるメルだ。

「学校に持ってきてるんすか?」

「ええ、・・ね、エル。」

「・・・・・・。」

そう促されて。

なぜか、少し紅くなったようなエルは。

こく、こくと頷いてた。

その様子を見てるケイジは少し驚いていたような顔を、少しずつ崩し。

「はは。まあ、お前らしいつったらお前らしいんだろうな。・・おっと・・。」

ケイジはそれから顔をそっぽに向けてみていた。

つい、『お前』と言ってしまったのだが、しかもメルの前で。

けれどエルはそのまま、まだ少し紅い頬のまま、頬を移して、ケイジとは逆側に顔を背けてて。

そんな2人を後ろから見てたメルは、少し可笑しそうに笑い、微笑んでいた。

「・・・?」

ハァヴィが、そんな皆の顔を遠慮がちに、きょろ、きょろと、伏目がちに見回してた。

会話が無くなったのが不思議そうに。

そもそも、ハァヴィにとって『マリー』なんて、聞いたことなくて。

それに、それよりも。

隣のあの子が、紅くなったように、こっちの方を見る仕草を。

少し目を瞬くようなそんな気持ちに。

あの子が、恥ずかしそうにした仕草。

それを見たのは、もしかして、初めてだったかも、しれなかったから。

照れてる、のかな・・・?

・・この人の、で。

少しだけ、見上げたあの人の横顔は・・。

「・・ん」

向こうを見ていたあの人がこっちを向いて。

ハァヴィはすぐに顔を俯かせてた。


ハァヴィに気付いたケイジは、それでもハァヴィの顔が見えたのも一瞬で。

すぐに顔を俯かせたハァヴィの早業に、おぉ・・?と、訝しげな表情をしてしまってたが。

隣で、俯いてるような少女が2人。

・・ぽりぽり、と後ろ頭を掻くケイジは。

エルがふとこちらを見上げて、目を合わせたかと思うと。

それから友達の少女の方を見て、その俯いた横顔を見ているみたいだった。

そしてまた見上げてきたエルとケイジは目が合って。

・・よくわからないが、自然と、可笑しくて、にっと笑ってた。

エルは、・・だから、少し、頬を移して。

瞳を瞬かせていて。

僅かに、微笑んだように。

もう、顔を少し、俯かせて。


遠くでは、元気な音楽が競技に、鳴っているけれど。

・・・俯き加減のハァヴィが見上げた、あの子の、横顔の、頬は。

少しまだ、紅く染まってるみたいだった。




グラウンドからの全体放送が入るのは競技の合間に多くて。

『5番目の種目『徒競走』に出場する生徒はクラス席に戻ってください。間もなく各クラスの先生方が誘導します。』

今聞いた放送の声を、メルは遠くを見上げていたと思うと。

「・・えっと。」

メルは鞄からカードを取り出した。

それを彼女の指が表面の傍で滑らせて、操作すれば、その透明なカードにすぐ色が付き、それに目を追うメルはすぐ顔を上げる。

「エル、出番じゃないですか?」

振り向いたエルは、それから。

メルの目を見つめながら、瞬きをしていて。

メルも、その瞳に少し瞬き、微笑みを返していて。

・・・その間は、何かの会話をしていたらしいような。

声は全く聞こえないが。

傍で2人を見比べるケイジは、そのやり取りに何かを感じずにはいられない。

と、エルはそれから手を突いて、立ち上がり。

それを見てたハァヴィも少し慌てて立ち上がって。

2人が運動靴を履こうとしてるのを、メルもケイジも眺めていた。

踵を合わせている様な、靴を小さな音で地面を軽く叩くエルの仕草に。

「いってらっしゃい。頑張ってきてね、エル、ハァヴィちゃん。」

そう、ぎゅっと拳を握った、少し力を入れたような応援の、微笑むメルに。

振り返ったエルはそれから。

こくこく、こくこく、と、多少、力を入れたように頷いてた。

「・・いってきます。」

って告げて。

隣のハァヴィは横で、頷いたような単に俯いてたような。

今いち反応がわからなかったケイジだが。

振り向いて、歩いていくエルをすぐに追ってくハァヴィで。

・・隣では、にこにこ、微笑んでその後ろ姿を見守るメルに。

ケイジは・・・途轍もない・・・母親ってやつなんだろうな、と思った。

「可愛いですねぇ・・。」

そう、メルが少し、頬を赤らめたような・・。

その声は、さっきも聞いたような言葉だ。

「はぁ・・。」

ケイジの声はやはり曖昧な響きになるのだが。

そんなケイジの声に気付いたのか。

メルは彼の視線に気付いたらしく、ケイジに微笑み小首を傾げてみせる。

「・・二人とも、大人しすぎますよね。」

そう、彼に同意を求めたみたいだった。

「そうっすね・・。」

まあ確かに、あの2人とも、ケイジが知っているヤツの中では、性格がダントツだ。

まあ、それでもあの2人は。

「似てるっすね」

「はい。」

「・・良い友達、なんすか、ね?」

少し言いかける途中で、少し首を傾げたようなケイジに。

メルは笑ってくれてた。

「そうかもしれないですね。」

そう。

「でも、」

そう続けて。

「たぶん、性格は全然違うと思いますよ。」

って、メルはケイジに微笑んでいた。

「そうすか?」

「たぶんですけど。」

すぐに曖昧になるメルだけれども。

「・・はぁ。」

やっぱり微笑んでいるメルに、ケイジは頷くしかないみたいだった。

彼女の言いたい事はわからないでもないが。

ケイジには返す言葉もやはり思いつかず、とりあえず広いグラウンドに掛かってる準備の様子を眺め。

コーンを置いたりと、白線を引きなおしていたり、今はスタッフの少ない人数がグラウンドで動いている。

その配置を見てれば次は何がやるのか、何となくわかる気もする。

「・・エルたちは次っすよね。何出るんすか?」

「えっと・・、」

少し考えたようなメルは。

「徒競走、ですね。」

ケイジにそう答えてくれる。

「ほー・・。」

そのメルの顔を振り返りながら、『徒競走』という言葉に頷くケイジで。

昔、確かにケイジもやった記憶がある競技である。

確か、クラス全員が問答無用で参加だった。

元気なヤツらはとことん速く走るが。

それをあの、色白の、いかにも華奢な、体力も弱そうなエルがやるというのは、新鮮な光景が見れそうだ。

「足、速いんですかね?」

正直な思い付きを口にするケイジに。

「んー・・、たぶん・・・」

考えたみたいなメルの声は、途中で止まったわけで。

考えてる音の響きに・・まあ、ビリもありえそうだ、とケイジは心の中だけに思っておいた。

「・・でも、走る練習をしてたらしいですから、今日のために。そう言ってましたから、もしかして・・。」

「ほー・・。」

あのエルが、とまでは言わないものの、ケイジは少し意外そうに。

「最近そうなんですよ。疲れて、夜はすぐ眠たくなるみたいで。」

なんとなく、目がしぱしぱしてるエルを想像して、・・少し笑うケイジである。

「・・最近、そうですね。エルは楽しそうです。」

そう、言ってて、自分で納得したように。

目を細めるメルは。

「楽しそうですよ、本当に。私が聞いたら、色んなことを言おうとしてくれます。」

そのときのエルを思い出しているように、メルは優しい瞳をしていて。

「本当に、通わせて良かったって、思ってます。」

ケイジに、にっこりと笑って見せた。

「・・そすか。」

そう、短く言ったケイジは。

少し見惚れるような気持ちから、少し目を逸らし。

それでもケイジに微笑んでいるメルに。

「・・うん。」

とりあえず、頷いたようなケイジは、向こうのグラウンドの方を向いていた。

「・・わざわざご足労頂いて、あの子のために、ケイジさんに感謝しています。」

急に、妙に、恐縮なメルに。

「は、あ、いや・・、」

少し慌て振り向くケイジだが。

「お仕事、大変ですか?」

そのにこにことした表情を見てると、言う言葉も思いつかず。

「・・はぁ・・はい。」

とりあえずそんな返事に落ち着いてた。

そんな慌てようも、メルには笑われているようで、なかなか落ち着けない気分である。

ケイジはそれから向こうの方を見やりつつ。

そんな彼と同じ様に、メルも向こうに目を向けていた。

そろそろ準備が終わりそうで、競技がいよいよ始まりそうである。

「・・まあ、あんま、まるっきし、」

ケイジが呟くように口を開いたのを。

「はい・・?」

メルはよく聞き取れなかった。

「あぁ・・いや。なんつうか・・。エルは・・。」

『エル』、という言葉にぴくりと、メルの耳は気持ち的に大きくなるのだけれども。

「・・・『なんつうか?』」

ケイジの言葉を辿って、じっと、不思議そうに、覗き込むような、見つめてくるメルに。

とうとう、照れたように目を逸らすケイジで。

「ぁー・・・。呼ばれたら、いつでも来ます。」

そっぽを向きながら、頭を掻きながらそう言ってた。

その横顔は、やっぱり照れたように、誤魔化したようだったけれども。

「・・はい。ありがとうございます」

代わりに出たその言葉は本心であるのも、よくわかった。

「あ、時間があればっすよ。」

そう言い直すケイジにメルは相好を崩して。

「わかってますよ。」

そう、笑っていた。

「お忙しそうですから」

向こうの方を見るケイジに続いて。

「あれは・・特別っすよ」

って、小さくケイジが言って。

メルはそんなケイジの横顔を、にこにこ。

それから。

時折、周りが沸くのを聞きながら。

次の競技が始まったらしく、グラウンドに出てくる体操服の彼らを見つけていて。

彼らが周りから拍手を受けているのを見ていたメルも、楽しそうに控えめに、拍手を送っていたようだった。


「・・まぁ、なんつうか、」

そう、ケイジは1人で呟くように。

「・・なにかできるんなら。」

向こうを眺めたまま。

「・・・はい・・?」

メルはそんなケイジの言葉は全く聞こえなかったが。

ケイジがこちらを見た目に。

「あぁ・・、なにかできるんなら、いつでも。」

「あ、はい・・」

彼女にしては珍しく、少し、その目に瞳を瞬かせていた。

それから、少し視線を落として頷いてたが。

ケイジにはメルがその間も何かを思ってるように見えていた。

そして、ケイジが上げた視線を気にしたように、背筋を伸ばしたように、い佇まいを正したようなメルはケイジの向こう、グラウンドの方を見つめてたようだ。

ケイジはその真っ直ぐ見つめる先と、その顔を見てたが。

あまり見せることのない、何かを見つめるような表情。

それを、メルはじっと見つめてるようになっていたのに気付いて。

目を離し同じ様に向こうへと向けた。

競技は既に始まっていて。

頑張っている彼らも一生懸命に走ってる。

学園の生徒たちの元気な姿。

「・・お茶を入れましょうか?」

と、メルの声に。

「あ、はぁ、ども。」

ケイジはすぐ振り返り、頷いていて。

いそいそとお茶の準備を始めるメルの手元を少しの間見つめてた。

「・・そいや。」

ケイジが口を開いたのが聞こえて。

メルは視線を上げていた。

「エル・・なんか俺のほうを見てませんでした?何回も。」

ケイジからしたら、エルが何か言いたい事があったのかとも思ったのだが。

そんな事を聞く彼を、少し瞬いて見つめていたメルは、それから少し可笑しそうに笑っていた。

「好かれてるんですよ、きっと。」

メルはそう言ってまた手元に目を戻してた。

冗談とも区別がつかないケイジである。

「・・そなんですか・・?」

やっぱり怪訝そうに頭を傾けるケイジに、顔を上げたメルは言葉を正しく言い直す。

「私が言ってるんですよ?」

そう、差し出すコップを。

「・・・わかったっす。」

観念したように頷いて、受け取るケイジに。

メルはやっぱり、可笑しそうに笑っていた。




たくさんの人が見つめてる中で。

大きな音楽が流れてる中で。

独り、立っていて。

「はい、セットして。」

傍の大人の先生が、そう言って。

レーンの中で。

胸がどっきどっきしてて。

「よーい、」

声が聞こえたのに気がついたら、周りの子達が走る構えをしてたから。

私も、慌てて構えて・・。

っぱあんっ―――。

レーンを一斉に走り始めた子達が遠くへ行こうとするから、慌てて。

『がんばれーっ』

走って追いかけた。

『がーんばれえぇーっ』

足が、変な感じ、だけど。

『いいぞー、A-っ』

腕を振るのを、思い出して、振ったら自然に足が動き出して。

ちょっと、前の子達が離れてくのが、遅くなった。

私はもっと、速く行かないとって。

足が無理やり動くから。

線の外に出ないように。

でも、もう、息が苦しかったから。

応援の声があちこちからしてて。

走って。

思いっきり。

明るい音楽、元気な声がいっぱい。

走って。

でも、もう、息も、足もちょっと、苦しい。

前を走るあの子達は、速くて。

背中を追いかけてるけど。

全然、近づけない。

胸がどきん、どきん。

鳴ってる。

もっと速く、走りたい、けど。

『があんばーっ』

横の、観客席の方から、声援が、いっぱい。

口笛の音なんかもあって。

みんなに、見られてるけど・・。

私は、前の人たちを追いかけて。

頑張って、走って。

頑張って。

あの子達の背中を追いかけた。

ラインを超えてゴールしてくあの子達の背中。

次々に。

私も、そこに―――。





「頑張ったねぇー」

ススアが笑顔で出迎えるアヴェは。

俯いたり、息苦しくて天を仰いだり。

はぁはぁと、肩で息をしてるアヴェが歩いて帰ってくる。

「アヴェーっ」

アヴェはその声を聞いて、顔を上げて、辿りついたススアたちの顔を少し見て、また俯いた。

「おぉ、頑張ったじゃん」

って、傍のキャロもその声に気付いて振り返り、言ってくれたけど。

膝に手を当て、今し方の激しい運動から休み始めるアヴェは、地面に両手を着きそうな勢いである。

「つかれたねぇー」

ススアがにっこにこの笑顔だ。

そんなときにアヴェは握った手の中の、ビリっけつのバッジが目に入って。

・・それから、やっぱりちょっと、がっくりと項垂れたみたいにまた俯いたみたいだった。

結局、1人も抜けないまま最後の一人でゴールラインを通ったアヴェで。

・・そんなアヴェの、その隣に寄ってきたエルは、彼女の顔を覗きこみ。

目が合うと、・・少し頬を緩めた。

・・少し楽しそうにしてるみたいなエルに、アヴェは息苦しさのせいか、細めた目で瞬きをしてたけれど。

それから、やっぱり地面に俯いた、というか、項垂れたみたいだった。

「・・やっぱ落ち込んでる?」

そんな後ろで2人に聞こえないようにキャロが小声で、隣のススアに聞いてるわけで。

「でも2人とも足速くなったと思うよ」

って、ススアは大きな声で言うわけで。

さっきのレースでは、ぶっちぎりの1位にゴールしたススアはにこにこと二人を褒めている。

「そだねー」

そう、頷くエナも、笑顔に、2位のバッジを手に持ってる。

「うん。」

キャロも2位。

腰に手を当てて遠くを見てたビュウミーは横で、気が付いて、アヴェとエルの様子を見たけれど、バッジは1位。

・・そんな人たちに褒められるアヴェは、嬉しそうな顔はやっぱりしなくて。

・・・最後に、溜め息のように息を吐いて、肩を落とした後は身体を起こしてちょっと大きく息を吸って、また息をほっと吐く。

そんなアヴェをじっと見てるエルの手の中には、ぎゅっと握られたバッジがあるけれど。

「つぎ、シアナだね」

ビュウミーがそう。

「お、次シアナ走るっ」

って、聞こえたキャロが声を張っていて。

「お?」

ススアも漏れず、みんなが向こうのレーンの遠いスタート位置を見た。

走ってく周りの子たちの中で、レーンの、位置についたグループの子たちが準備してて。

たぶん、長い黒髪の束ねた背の高めの子、シアナらしい子がいて、スタートの準備をしていて。

屈んで、地面に両手を着き膝を曲げる・・・クラウチングスタート、他の子たちも中にはそうやってる子もいるし、機械もあるし使っていいのだが。

「シアナってあの、あれ、できたの?」

「知らない」

「本格的だ。」

見てたみんなも驚いてる。

そして、・・ぱぁんっ、と、スタートの合図が響くと、また一斉に走り出した。

「おぉぉ・・お?」

走って。

シアナも、走って。

走ってく。

けども・・。

上半身を起したまま。

・・なかなか、スピードに乗れないような、彼女は、もうトップスピードのようだった。

・・・そして抜かれたり。

でも、抜き返したり。

周りの子達と良い勝負である。

同じくらいの速さの子達の中で、レーンを曲がって、こっちへ。

懸命に走る感じのシアナは。

息も切れ切れに、どんどんこっちに近付いてきて。

駆け抜けてくゴールラインの子達の、後ろ。

そこ、ぎりぎりの・・・。

3人くらいの中に埋もれながら、順番に並んで、走って。

そのまま、そのまま、走って。

ゴールラインを。

『駆け抜けた』。

『・・・・・・』

とりあえず、シアナの、激闘、を見守ってた、みなの衆は。

「・・・ぉぉっ!」

ススアがだいぶ遅れて反応した以外。

はっとしたような、他の子は、ススアの後ろ頭を見たり。

ちょっと顔を見合わせたりして、お互いの表情を確認して。

ちょっと、頬を持ち上げたけど。




・・ぜはぁ、ぜはぁ、ふらつく足元に。

こっちに向かってよろよろと歩いてくるシアナは汗もだくだくのようだ。

「・・・ぉぉ・・。」

遠くから見てても弱っている。

そんな彼女に口から漏れる奇妙な感歎の声の主は、ビュウミーなわけで。

「頑張ったねーっ」

ススアが笑顔で迎えてた。

「お、ぉお、頑張った、がんばった、」

「シアナ、がんばったねー」

皮切りに、みんなもシアナへ、やっと辿りついたシアナに。

「・・・・・・」

ぜぇぜぇしてるから、なんて声を掛けるか、かなり迷ってた。

けども、とても辛そうなシアナは汗だくのまま、少々目つき悪く見上げる顔に、彼女達に。

「・・ほ、ほら、ぜぇ・・っ、勝った・・っ、・・はぁ・・っ・・・、」

シアナが、にやりとして。

「『4位』・・っ。」

かなり力を込めた『4位』。

「・・・おぉーっ!頑張ったねぇー!」

って、ススアは、元気に、素直な反応に、そんな言葉と膝に手をついて休むシアナの熱い背中を擦っていて。

「よくやった。」

キャロなんかもうんうんと頷きながら、シアナの肩に手を置いて、気持ちを伝えてたりする。

汗だくのシアナは誇らしく口端を上げている。

ビュウミーやエナは、そんなシアナの様子を見守るように、・・ちょと笑ったり。

それからお互いの顔を少し見合って、またちょっと笑顔の交感ができたけど。

「が、はぁ、がんばって・・、はぁはぁ・・、ないけど・・・はぁ・・。」

・・まあ、明らかな、そんな強がりを言うシアナで。

「そだねぇ、うんうん。」

全てわかってるという風なキャロに、一緒に背中を擦り続けるススアで。

「がんばったよー、すごいじゃんシアナ、・・・?」

覗き込んでたススアの肩にも手を置いたキャロが、ちょっとぐっと力を込めて握ったのを、ススアが見上げて、不思議そうにしてたけど。

「こんなのまだよゆー・・」

「はぁはぁいってんねー」

ススアは、やっぱり、完璧に素に、シアナのボケを可笑しそうに笑ってた。

「・・・・・・。」

キャロも含め、みんなが、あ・・、って思うのと同時に。

黙ったシアナのこめかみが、ぴくっと、動いたかもしれなくもない。

「・・・・」

笑顔のススア以外、そんなシアナに注目するみんなで。

またちょっとの沈黙が・・。

「あ、聞いて聞いて、私、一番だよ。凄いでしょー」

嬉しそうなススアの声で、沈黙はあまり続かない。

それよりも、あ・・・って、また思う。

シアナの表情に目が行くと、笑ってはいるけれど、・・笑ってはいるようだけど。

「・・あんたなんかぶっちぎりすぎるからね・・・。」

・・口端を持ち上げたようなシアナの笑みと、多少、低い声を絞り出したようなのは、疲れてるからだと思いたい。

「でしょー。」

素直なススアは褒められて満面の笑顔だった。

「ススアと比べちゃダメでしょ」

笑ったキャロが、シアナの背中をさすりながら言ってた。

「はぁ・・、はぁ、でもね、・・はぁ、・・『あの子達より』は、速かったでしょ・・はぁ・・。」

ちゃんと言い直したシアナの、『あの子達より』発言。

たぶん、みんなわかっただろうけど、エルザとアヴェエのことだ。

「んーどうだろう?」

わかってるススアも、即、真っ向から否定してた。

そこは頷いとけ・・って、キャロたち一同、突っ込みどころに本能の赴くままに声に出しかけたが。

「エルザとアヴェエも速かったよー。」

「あたし『4位』よ。」

「あ、そだ、今度一緒に走って対決してみよーよ。」

・・睨んでるシアナなのに、向けられてるススアの笑顔が屈託無い。

「・・・・」

にこりともしないシアナは、ススアの顔を見つめていて。

その表情だけで、みんなはもう、何かを言うために口を開くのは諦めてた。

なのに、にっこり、笑顔になるシアナで。

「・・・?」

急に笑ったから、にっかりと笑顔で返すススアで。

・・なんだろう、見た目はとても朗らかな筈なのに。

何かある、って、ススア以外のみんなは確信してた。

「・・あぁーでもー・・。」

・・キャロが、遅ればせながら、中和する言葉を挟もうと、したら。

微笑んだままシアナの手が、ススアの頭を。

がっしと・・・。

「・・・?」

笑ったままのススアは反応も出来なかったみたいだ。

その瞬間にシアナはススアの頭を脇に固め。

その華麗な技に驚く前にもう、指の堅いところで獲物の弱い所をぐりぐりと。

「あいででででででっ」

「・・へ、ヘッドロック・・っ!?」

遅れてキャロの驚愕が声に出てしまう。

頭を突っ込んだような格好のススアは、痛みに逃げようとしてるのに、絶対に離さないらしい。

・・・あくまで微笑んでいるまま獲物をいたぶるシアナの微笑みに。

・・誰も声が掛けられないわけだ。

「・・ススアぁ・・なんのために私が一生懸命走ったと思ってるの?ん?」

涼しげな声でつらつらと優しく語り掛けてるシアナの様相。

アヴェはエルの隣に隠れるように、また一歩引いている。

「あーいででででっ、痛いってっ・・!」

アヴェが震える、その光景を凝視する目に、シアナのその様相はまた一つ、彼女に対する恐怖を刷り込んでいるようだった。

みんなは・・とりあえず2人に目を細めつつ苦笑いのような表情を、他の子たちとお互いに、顔を見合わせて確かめ合ってて。

「あー・・、やめときなって・・・」

ビュウミーが仲裁に入ってやろうと。

けれど突然、その瞬間にばっと、そのシアナ地獄から力が緩んだ瞬間に、勢い良く頭を抜き出すのに成功したススアは。

小動物のような機敏さで距離を離し警戒体勢のままに、シアナを威嚇してた。

「ふしゃあああぁぁっ」

どうやらすっかり怯えさせてしまったようだ・・。

「スースア、」

シアナが両手を差し出して、にっこり呼んでいる。

「4位のくせにぃ・・・」

・・・あ。

ぼそっと、搾り出したようなススアの声に、皆がそう思ってた。

・・ススアと相対するシアナは・・。

・・笑顔が固まってる。

「あーら、1位ってそんなに偉いわけぇ?」

「なんで1位なのに、シアナに痛くされなきゃいけないわけぇー?」

もう、ねちねちと、言い返し合うシアナと、やさぐれススアのようで。

「そんなこともわからないのかしらー?ばかねー」

「バカって言うな、ばかー」

シアナとススア、お互い、睨み合ってる目が譲らない。

「ちょっと止めなって」

ビュウミーが間に割って入るが。

一度、俯いたようなシアナは。

「・・・ふっふ・・。」

・・ちょっと、聞きなれないような。

シアナの含み笑いのような音が皆には聞こえてた。

・・・はっし、と。

一歩踏み出して掴まえようとした、シアナの手が、ただの空気を撫ぜる。

「・・・。」

ススアはそのシアナの行動に身を反らして避けたのだが、それでも怯えたようにきょとんとしている、けれども。

シアナはその先を、顔を上げて見る、けれども。

・・また一歩、踏み出したシアナの魔の手から。

「・・・」

簡単に、ひらりと逃れるススアである。

「・・・・・・」

「・・・」

暫し、見詰め合う二人。

「・・・・・・」

「・・・、・・へっ・・・」

ススアが・・・、にやっと笑った、馬鹿にしたみたいに。

――――・・・しゅたたたたたたたたっ!

と全速力で追いかけまわすシアナだ。

「おいおいおいー・・っ」

と、キャロの声も空しく空気に消えてくわけで。

「え、えぇ・・・」

エナも驚いてるけど。

既に猛然とダッシュしているススアとシアナの追いかけっこを目で追ってる。

「・・体力使いきったんじゃないの、シアナって・・。」

なんて、キャロがそんな2人の追いかけっこを眺めながら言うけれど。

「元気だなぁ」

ビュウミーが感心したように眺めてた。

たぶん、今のスピードは全速力のシアナで、重そうに動く足で真っ直ぐにススアを追いかけても、見るからに軽いススアが走って逃げるのに追いつける気が見てて全くしない。

『・・あはははははははははっ』

・・・もう楽しそうなススアは笑い声が込み上げているくらいだ。

それが更に気に食わないらしいシアナはあまり見たことない形相で必死な感じでかなりシャープなフォームで追いかけてはいるが。

・・・まあ、絶対に追いつけないんだろう。

広いスペースを楽しそうに笑いながら走り回るススアに、軽く遊ばれてるようなシアナの2人は。

その場の、競技を見てた他の人たちにもいっぱい注目され始めてたけども。

とりあえず、知り合いの彼女ら5人は、目を細めたまま、諦めたようにその光景を眺めてるだけだった。

「ス、スアぁー・・っ・・ぜえっ・・」

「あははははっなぁんで怒ってんのーっ」

「・・・ぜ、ぜぇっ・・っ」

もう、その声に込めたシアナの怒りも届かなく・・。

なんか、自由に走り回ってる2人を追いかけて止める気もないわけだが。

既に競技も一時止まって、みんなが二人を見てる状況に、そんな勇気は無い。

・・そんな中で、呟く声が聞こえたのは彼女達だけか。

「・・私、5位です・・。」

・・ちょっと、悲しそうな、呟き声は。

・・・エルザからのようだった。

・・えっと、シアナが4位だったのに怒ってる、からだろうか。

ススアとシアナの走る向こうを、ちょっと寂しそうに見つめてるエルザだけれど。

そんな彼女をじっと見てる隣のアヴェエも、ちょっと拗ねたような表情をしてるかもしれない。

・・それを言えば、私はビリです・・、って、言いたいような。

そんな、ちょっと口を尖らせたようなアヴェエの、エルザに向ける複雑そうな表情で。

見てたビュウミーは、とりあえず。

「・・いやぁ、ねぇ・・。はは・・なんなんだかなぁー・・・」

とりあえず、笑ってみるしかないみたいだった。

「・・あはは。」

エナも、今の状況に笑ってくれたみたいだ。

『って!自由すぎんなっ!こるぁーっ!!』

大きな声にみんなもびくっと。

自由な追いかけっこをしてた2人も驚いたように身体を竦ませてた。

ようやく体操服姿の先生が注意しに走ってこっちに近付いてくるのを、ススアは、引きつった顔で驚いて、・・・また、ダッシュし始めて。

「おぉぅっ!?逃げるかっ?逃げんのかぁ!」

逆に驚いたらしい先生だった。

そんな声に臆せず恐怖の本能のままに走り逃げる豪速のススアの背中を追う先生ならば、なんとか捕まえられる、かも。

今度はそんな対決になった2人を見守る彼女達だけれども。

・・・違う相手と追いかけっこを始めたらしいススアを、既にシアナも立ち止まって、きょとんとした目で追っていて。

「待て、おい、待て・・っ!?」

・・首を回して、瞬きを交えるシアナは。

・・・状況を把握したらしい、とりあえず、ゆっくりと歩いて、皆のいる方に・・・そうっと帰っていくのである。

「・・おぉ・・シアナは無事に帰れるか・・っ?」

いち早く、それに気付くキャロが口にしてたり。

シアナは、すっ・・と、向こうの子たちの中に収まったようだ。

「怒らんから逃げんなぁあ!」

先生に追いかけられるススアは、先生の言葉を全く信用してないみたいだった。


・・・なんか、繰り広げられてるそんな怪訝な光景を、遠巻きに見つめる皆の中にいた、眉を顰めて見ているアキィは、終いには大きな溜め息を吐いてた。

結局、競技を一時中断してまでの捕獲劇は、言葉が理解できた小動物のようなススアが、先生の諭しにこくこく、頷いて大人しくなり。

ふらふらしてる先生に手を握られて歩く、というか、逃げられないよう手を掴まれたままみんなの所に戻っていく。

そんな一部始終に観客席からの笑いは、ずっと絶えなかったわけで。

ススアにも先生にも、応援の声さえ沸いてたのは、まあ、良かったのかもしれない。




「あぁ~~~、もうさいあく~~~」

ベンチの上でだるだるしてるススアの。

「・・私が言いたいわ・・」

ススアの深いビブラートの、隣で悪態をつくシアナである。

そんな2人を何とも言えない表情で見てる、いちおう、友達3人で。

席に並んで座る2人はクラスが集まるベンチ席に戻ってこれたのだが。

「次やったら親の所に連れてかれるし~、ぜったい怒られるやつだよ~」

目を付けられたのか、何かいろいろ言われたらしく、さっきからススアはぐちぐち言っている。

というか、散々走り回ったのに、まだまだ元気そうなススアだ。

それをイライラしてるシアナとだるだるしてるススアが、隣同士なのに反対方向を向いて座ってるわけで。

その様子を見てたビュウミーが、エナと目が合い、仕方なさそうな苦笑いを見せ合っていた。

2人の様子をなんだか悪戯に可笑しそうに笑ってるのはキャロだけで、エナの後ろに隠れながらだが。

項垂れていたり、体をゆすったりしてるススアと。

まだ苛々しているようなシアナは目つきが全く直らない、というかたまに舌打ちが聞こえる。

「・・・あれ?エルザとアヴェエは?」

って、ようやく気付いたらしいススアは、周りを見回しながらそう聞いて。

「なんかまたお母さんのところ行ってくるって」

視線の先にいたキャロが答えてた。

「また?」

ちょっと不思議に思ったらしいススアだ。

「なんかあるのかね?」

まだ表情作りが怪しいキャロも、そう首を傾げてみてたけれども。

「・・ただのマザコンじゃない。」

冷たく言い放つシアナはまだ違う雰囲気を放っている。

「あっはは、」

それに無邪気に笑っていられるのはキャロだけであろう。

「・・そういや、どんな人かな?」

ビュウミーがそう、エナに。

「うん?どんな人って?」

「やっぱりエルザのお母さんなんだから、美人なのかなって」

「あぁー、そうかも。」

「ちょっと見てみたいねー」

「うんうん」

「・・・・・・」

まあ、当然のように、何も言わない膨れてるシアナは、そんな会話をする4人を冷たい視線で眺めていたわけだが。




『続きまして、次の種目は』

グラウンドのアナウンスが流れる中で、家族の人込みの傍を歩くメルとケイジもいた。

メルはその手にカメラを持って、ほくほく満足そうに歩いている。

徒競走で走った目当てのエルを撮れた事が、とても嬉しいみたいだ。

隣で付き添っていたケイジも、エルたちが走る姿を前の方で見てきた。

エルの走りは遅かったが、頑張って走る姿をメルは夢中で写真に撮っていた。

ケイジの目から見てもわかる高性能そうなカメラの中に写真をたくさん溜め込んで、大切そうにほくほくしているのだ。

この時のために買ったばかりらしい。

使い方も練習してばっちり撮れた、ともはしゃいでた。

「エルもハァヴィちゃんも、可愛かったですね」

さっきからこんな調子だ。

「まあ、そっすね。」

「あら、褒めてくれないんですか?」

「いや、・・頑張った、んじゃないんすかね。」

「ふふ」

メルは悪戯っぽく笑っていて。

「頑張りましたね。」

それが満足、といった風だ。

まあ、最後の方にちょっとしたハプニングがあったようで。

追いかけっこするあれはかなり面白かった、とは口に出しては言わない。

あのチビっこい少女は、エルたちの傍で話す姿も見ていたから、エルたちの友達だろう。

「ハァヴィちゃんのも撮りましたし、良い写真にできたらあげましょう」

メルはとても楽しそうだ。

「動画をあげればいいんじゃないっすか?」

「動画・・自信がないので。」

悪戯っぽく微笑むメルに、ケイジはなんとなく納得だが。

「それに、写真にした方が上手く仕上げやすいんです。」

仕上げ加工の予習も抜かりないようだ。

エルはぎりぎりビリじゃなかったが、友達のハァヴィは断トツのビリだったな、とケイジはあの時のシーンを思い出していた。

ビリを動画で見せられるのも、そりゃあ本人は嫌だよな、と思う。

写真でかっこよくなるなら、まあアリか。

「ポートフォリオ風にして、良い思い出になればいいですね」

と、メルが微笑んで。

「まぁ、そうっすね。」

ケイジは少し素っ気なくも、素直に返事をしていた。

まあ、絵日記みたいなもんか。

「先生と追いかけっこしてたあの子も、可愛かったですね」

そう、メルは笑ってた。

ケイジも、そんなメルに口端を上げて笑っていた。


メルとケイジがシートに戻って来て、メルが持参した少し高そうなお菓子を摘まんでいると。

戻ってきたエルとハァヴィが、静かに傍に来ていて。

「エルっ、頑張りましたねぇー・・っ!」

シートにの上に降り立つ瞬間にも、メルの感激は爆発したようだ。

「・・・ぅ・・。」

両手を広げたメルに抱きしめられ、その胸の中に閉じ込められるエルは息が漏れたようだ。

驚いているのか、大きく瞳を瞬かせているだけで。

むっぎゅ、とその胸の中の小さく熱い感触を堪能しているメルは幸せそうに、擦り付ける様に頬擦りしている。

「・・・。」

・・隣のハァヴィが、エルへの身の危険を感じたのか、ちょっと、身体を引かせたのを視界の端に見たケイジだったが。

ぐりぐりと顔を胸を擦り付けて、いっぱいに感じているメルの胸の中の最愛の娘である。

「偉いわぁ偉いわぁ・・っ、徒競走で1人も抜けるなんて素晴らしいですよ・・っ」

ケイジも思う。

ここまで『親ばか』ってヤツだったとは、と。

まあ、以前からそうだったのかもしれないが。

「ね、エル・・っ」

ぷるぷると感動に震えてるメルの背中だけれども。

メルの胸の中の小さなエルは、全く動じず、されるがままで。

それから、もぞもぞ動いてメルの胸の辺りに顔を自分からすりすりしてもいた。

もしかして、けっこう慣れているのかもしれない。

ケイジは、そんな幸せが詰まっている光景を見つめていた。

やや引きつった表情の、怪訝な目を少し動かしたが。

あのときの、エルの勇姿を見た直後からメルがそわそわしているような、普段のメルの様子と違う興奮した雰囲気は感じてた。

この光景は、すげぇなと心の中に思う、メルのデレデレした表情は初めて見たが。

いや、これぐらいが普通なのかもしれないが。

自分の小さい頃にはまず無かった。

「凄いわねぇ~、エルぅ、もっと練習すればきっともぉっっと、速くなるわねぇ。」

そう、優しく蕩けているようなメルは、にこにこと微笑んでいて。

顔を正面を向き合うエルはそのメルの笑顔に、こっくりと頷いて見せてた。

そんな仕草に。

メルは、また瞳を潤ませたか。

もう一度、ひっしと背中からエルの華奢な身体をがっちり抱きしめる。

エルは体勢が不安定で、空いてる手がふらふらと彷徨っているが。

まあ・・ケイジに言わせれば、どちらかといえばメルの方がとても幸せそうだ。

・・今のところは、エルよりもな。

堪能してる、薄く目を開くメルは。

気付いたような、メルは。

傍で、じぃっと、警戒したように見ている紅い頬のハァヴィをその目に。

目が合ってしまった・・、ハァヴィはすぐに顔を逸らしたけれども。

「ハァヴィさん、」

メルの声は、優しい。

エルが強い抱擁から解放されて、メルは、膝で擦り寄っていく。

「頑張ったわね・・っ。」

ハァヴィにも優しい微笑みを向けてた。

・・確かビリだったよな、と、ケイジは口にはしなかったが。

ハァヴィはやっぱり俯いている。

けど、すりすりと、近付いていくメルの微笑みはエルに向けられていたものと変わりなかった。

そっと、ハァヴィの頭に手を置いて。

その感触にハァヴィはぴくっと、身を堅くしたみたいだった。

メルの声は、静かに。

「・・順位は、最後だったけど、凄く頑張ったのよね。・・だから、」

ハァヴィに、にっこり微笑んで。

「よくできましたね。」

・・ぐるぐる、と頭を撫でられてるハァヴィである。

顔を紅くしたまま、ハァヴィは。

メルは微笑みながら、ハァヴィの頭をそっと、優しく撫で続けてた。

そんな扱いだからか、ハァヴィがさっきよりも幼く見えてしまう。

撫でられて、褒められて、喜んでると、特に。

顔を紅くしたまま、俯いたまま、頭を撫でられるハァヴィは、むずむずしてても。

少しは、嬉しい、のかもしれない。

いつのまにか、あわあわしてたハァヴィの手が。

行き場の無かったようなハァヴィの手が、拳になって、ぎゅっと握られてた。

・・まあ、ケイジが見てる限り、1番嬉しそうなのは、さっきからずっと可愛いと言ってた子たち二人に触れてるメルだ。

幸せそうに、にこにこしているメルだと思う。

そんなメルからハァヴィは、やはり動けないらしい。

別に、獲って食おうというわけじゃないのだから、放っておいても良さそうだが・・・。

・・隣に、ぽすんと。

気付き、振り向いたケイジは、自分の隣に座ったエルを見つけて。

同じくメルとハァヴィをずっと見てたらしい、エルの瞳が、こちらを見上げていて。

不思議そうに瞬いてた。




「全部投げろ、全部投げろー」

「持ってるもん全部投げろー!」

他の子たちがいっぱい集まってて。

地面に落ちた柔らかい玉を一斉に拾って投げていく。

玉を拾って、投げて、拾って、投げて、最後に高い所に置いた籠にいっぱい入れてく子たちもいっぱい。

私も、頑張って。

みんなが投げてくのを、見よう見まねで投げて。

そうしたら、いつの間にか笛が鳴ってて。

みんなの力が抜けて。

向こうから近付いてくる先生たちが、籠の中の数えた判定は―――。

―――うちのクラスが勝ったから。

一斉に声を上げるみんなは、喜んで。

みんなが笑って喜んでて。

見回して、みんな。

ススアさんたちも、キャロさんたちも、みんな。

喜んでるみんなは、大きな声を出したり手を振り上げたり。

ちょっと、怖かったけど。

あの子が、きょろきょろしてて。

ちょっと、嬉しそうに。

微笑んだのを見てて。



クラスの、席に戻る途中で。

みんなの行く方から離れるあの子を、振り返った。

競技が終わったから、きっとまた、あっちの方に行っちゃうのは、わかってたけど。

あの子は、私を見て、少し止まってた。

私を見て、瞳を瞬かす。

・・だから、私は。

一歩、歩いて。

あの子は。

私に手を差し出して。

・・握った手は、私の手を、温かくする。

一緒に、あの子と、私は。

あの子の、お母さんの所に、歩いてく。

競技を見てる人たちはいっぱいいて。

その中を縫って、歩いていけば。

あの、陽だまりのような、小さなシートが広がってて。

お母さんと、お兄さんが、喋りながら、笑顔なのが見えた。

あの子の手がまた少し、ぎゅっと握られたのを、感じた。




エルのお母さんは、エルと、私に、お茶のコップを出してくれて。

私は、なるべく、音を立てないように少しずつ飲んでた。

「ばっちり撮れたから。上手く撮れた写真はお渡ししますね。」

って、微笑んでくれて。

周りのシートの人たちは、拍手したりとか、ときどき騒がしい。

けど、ここのシートの上のお兄さんたちは、ちょっと、のんびりしてて。

ぼうっと、向こうの方を眺めてるみたいだった。

ときどきエルのお母さんとお話をして。

笑ったりして。

温かい日差しに、ぽかぽかしているのは、ちょっと気持ちよかった。

だから、ちょっと、眠くなりそうだった。

向こうの方を見てるお兄さんも、目を細めてるのは、ちょっと眠いからかもしれない。

あの子のお母さん、メルさんは、いつもにこにこしてて、優しくて。

ときどきお兄さんに、よく話しかける。

仲良しに、喋ってる。

なんだか、優しい会話。

声が優しいのかも。

お茶を見つめながら聞こえてくる。

隣の、エルは、そんなお母さんと、お兄さんを見つめて、よくきょろきょろしてた。

話を聞いてるみたいで。

私もちょっと、聞いてた。

この学校の、前の時の話とか。

お兄さんが、あまり成績は良くなかったこととか、笑ってて。

それから、エルのお母さんの、最近の事?とか。

いろいろ、少しずつ、ちょっと喋ってた。

その度にちょっと、顔を上げて、お兄さん達を見るエル。

ときどき話しかけられて、笑わないけど、少し、ちょっと、嬉しそうだった。

話しかけられて、私は、ちょっと、焦るけど。

すぐに頷いてくれるメルさんは、優しくて、微笑んで。

私は、ちょっと、恥ずかしくなる。

お兄さんに話しかけるメルさんの横で、エルはじぃっと、瞳を瞬かせてるけど。

遠くで、他の学年の子たちが頑張ってる、競技を見てたり。

そうしてると目に入るから、エルは、周りの、他の人たちを、ときどきちょっと、見てたりしたけど。

陽だまりの中の、お母さん達は。

なんだか、ぽかぽか、のどかだった。




次々に、順番に、駆けたり、アスレチックみたいな穴に入ったり、たくさんのボールの池みたいな中を潜ったり。

ゴールにつくまでに、前のみんながちょっと渋滞していたりして、待ってたり。

次にやった競技はちょっと、凄く忙しくて。

ちょっと、凄く汗をかいて。

メルさんがちょっと驚いたみたいにして、エルと私にタオルを渡してくれた。

顔を拭いてると。

「面白かったぞ」

って、お兄さんはエルと私に言ってて。

笑ってたお兄さんを見たら、ちょっと恥ずかしかった。

・・エルは、それでも、お兄さんの隣に座って顔を見上げてたけど。

お兄さんはそれからも、競技を見てると、おぉ・・、とか、惜しい、とか言ってて。

さっきより面白そうに見てた。

そんなお兄さんを、やっぱりエルは時々何度か見上げてた。

後ろのメルさんは、いつも微笑んでて。

競技とか、エルとか、お兄さんとかを見てるみたいだった。

私は、お茶のコップを、少しずつ飲んでて。

幾つかの競技が、それから終わると。

『午前の競技が終わりました。今からお昼休みの時間になります。お食事、お弁当、飲み物などは各自ご持参したもの、もしくはご協力出張店でお買い求めになれます。グラウンド内は整備に入ります。くれぐれも注意を・・・』

その放送に、周りの人たちも立ち上がったりとか、始めて。

お店で買ってきたホットドッグとか、サンドイッチとか食べながら歩いてる人たちもいて。

ぽん、って、後ろから音も聞こえた。

近かった気がして振り返ると、メルさんが手を合わせてて。

少し嬉しそうに、微笑んでた。

「お昼にしましょう」

って。

傍に置いてた大き目の鞄をごそごそし始めるメルさんは、やっぱりちょっと楽しそう。

お弁当。

・・・えっと・・。

ランチ、とか。

だから、私も、ごそごそ、私の鞄の中を探す。

鞄は、メルさんたちが見てくれてて。

メルさんの取り出す、袋に包まれたものは大きめの。

開けると、中に入ってたのは控えめな色の、艶のある黒い箱で。

それを敷物の中心に、一つずつ丁寧に置いてく。

そんなメルさんも、ちょっと楽しそうに微笑んでた。

私が、鞄の中から取り出したのは、トレイの箱で。

目の前に置いた、薄い、透明な蓋の箱のお弁当。

今朝、ココさんに手渡されたお弁当と飲み物で。

食堂の、今日の為にみんなに配られるお弁当って言ってた。

ココさん、『楽しんでね』って笑ってた。

「ハァヴィちゃんはお弁当持ってるのね、」

って、メルさんがみんなにお皿を配ろうとしてて。

「でも良ければ、こっちのお弁当も食べてみてね」

だから、私は、こくこく、なんとか頷いてた。

それから、微笑んでるメルさんが蓋を開いてく、幾つものお弁当箱は。

開いた中に、華やかな色がいっぱいに広がってて。

「・・おぉ。」

綺麗なお弁当のおかずとかが、色とりどりで。

見たことないような、食べ物が、いろんな種類の、いっぱいで。

綺麗で、可愛くて。

「凄いッすね・・」

お兄さんの声も、驚いてた。

「ふふ・・っ」

嬉しそうなメルさんは微笑んだみたいだった。

見上げたら、メルさんはちょっと、微笑んでて、でもそれは、ちょっと照れたみたいで。

「さ、手を拭いてくださいね」

お弁当を見てると、なんとなく。

やっぱり、エルの、お弁当は、いつもメルさんが作ってたんだって、わかった。

「はい、」

って、メルさんは、私の前にも白いお皿を置いて。

手を拭く消毒のティッシュも。

見上げたら、メルさんは私に微笑んでた。

「良かったら使ってね。」

私は、ちょっと、俯いてたけど・・。

「さ、どうぞ、召し上がってください」

メルさんの声に。

「いっすか?」

「ええ。」

「そんじゃ・・っ」

って、お兄さんはお腹が空いてたのか、すぐに美味しそうなのを取り始めてて。

たくさん食べてるのを。

私も、ちょっと、驚いて見てたけど。

気がついたら、メルさんも、エルも、ちょっと驚いてるみたいだった。

メルさんは、見てて、それから可笑しそうに微笑んでた。

途中で気がついたお兄さんは顔を上げて、不思議そうな顔で、見られてるのを不思議に思ったみたいだけど。

「あれ、食わないんすか?」

その止まったお兄さんに、メルさんはやっぱり可笑しそうに笑って。

「さ、おじょ・・・、・・エル、ハァヴィさんも。」

こくこく、頷いたエルが、手を伸ばして、手の届く、小さなサンドイッチを持って、小さな口にぱくりと食べて。

もくもく、でも、嬉しそうな。

だから、私は、私のお弁当のおかずを、フォークで刺して食べた。

食堂でいつも食べてる味と、ちょっと違うような。

冷えてるから、かもしれない、ちょっと不思議な感じだった。

ぱくぱく食べてるお兄さんとか、エルも、もっと華やかな色のお弁当は美味しそうだけど・・。

「・・・んー・・。」

・・って、声が聞こえてて。

「・・・?」

私のほうを見て、じぃっと考えてるようなメルさんがいて・・。

・・な、なんだろう・・・。

私は俯いたけど・・。

「・・あの、ハァヴィちゃんは、」

って、私に・・。

「こっちのお弁当、美味しくなさそう?」

って・・。

・・聞かれたけど。

・・・いろんな、明るい色の、美味しそうなお弁当は。

美味しそうだけど・・。

「もし良かったら、好きなのを好きに食べてね。」

私は、こくこく、頷いたけど。

「・・そちらのお弁当を食べちゃうとお腹いっぱいになっちゃいそうですね?」

・・一人分だから、それくらい、なるけど・・。

「・・・、」

・・そしたら、メルさんは、身を乗り出してきて。

私のお弁当箱を、メルさんの、お弁当箱の、横に、・・くっ付けて。

「・・・?・・」

えっと・・・。

・・見上げたら、メルさんは、私に、微笑んでた。

「はい、好きなもの食べてね。」

って。

私は、目を瞬かせてた。

メルさんを、見てて。

にこにこ、優しく微笑んでるメルさんは。

横を見て。

気付いたみたいだった。

「それは全部で1つなのですよ、エル。」

微笑んでるメルさんは、エルに。

ぴくっと、見上げたエルはメルさんを見つめて。

「・・はい。」

ちょっと、瞳を、嫌そうに細めたみたいだった。

半分、剝がそうとしてたみたいで、緑色のものがちょっと見えてたけど。

いつの間にか、細かい作業をしてたエルは、お皿の上で仕分けた緑色の野菜をちょっと、苦そうに。

少しずつ、スプーンで、口に運んでやっつけで噛み締めてるみたいだった。

「はは・・っ、野菜、苦手か」

って、お兄さんが笑ってたら。

ぴくっと、エルは顔を上げて。

お兄さんを見たら、ちょっと顔を紅くしてた。

「一緒に食べると美味しいんですよ。」

って、メルさんはちょっとエルに教えて。

「・・・。」

・・あの子はお皿を見つめて、ちょっとだけ、膨れてたみたいだった。

・・・なんかの野菜、嫌いなんだ・・。

なんか、可愛いけど・・。

・・・あ・・、えっと。

・・ココさんからもらった、お弁当は。

少し遠い。

・・手をちゃんと伸ばさないといけないくらい。

私の前の、綺麗な白いお皿の上は、何もなくて。

・・えっと。

・・・どうしようか。

迷ったけど・・。

・・・私は、フォークを持った手を、伸ばしてみて。

・・何かの、パンとお野菜に巻かれた、綺麗な色の、それを。

・・・メルさんの、お弁当箱の中の。

それを、フォークに刺して。

目の前に持ってきた。

・・それは、1口で食べれそうなくらい、小さくて。

中に色とりどりのものが、あって。

何かの野菜のような、お肉のような、よくわからないけど、いろいろあって。

・・・口に、入れて、噛んでみてた。

ちょっと不思議な味。

そしたら、良い香りが広がって。

なんだろ、すごく・・。

しゃく、しゃく、噛んでて。

やっぱり。

とっても、美味しかった。




周りの人たちも、芝生の上に敷き物をして、食べ物やお弁当を広げて食べてる。

みんな、家族とか、親しい人たちが一緒に、お昼ご飯を楽しんでるみたいだった。

ぱくぱく、たくさん食べてたお兄さんは、傍で。

今は満足そうに、いっぱい食べたからって、脚を伸ばして、休んでる。

「お茶淹れましたよ。ケイジさん」

メルさんはお兄さんの傍に、コップのお茶を置いて。

「あぁ、どもっす・・。」

お茶を取って、飲むお兄さん。

メルさんは、やっぱりそんなお兄さんを、にこにこして見てた。

ふー、って息をつくお兄さんは。

「食べ過ぎたんじゃありませんか?」

って、メルさんに言われて。

「けっこう苦しいっす。」

笑ってた。

メルさんも、笑ってた。

お兄さんは悪戯っ子のように、笑ってた。

さっきも―――。

「これ食べていいんだろ?」

って、私に聞いて。

私の持ってきたお弁当の上を、指差してたお兄さんは。

私は、ちょっとびっくりして、頷かなかったのに。

中のおかずを1個刺して、口に入れてて。

「ん、なんか懐かしい味だな・・」

って言ってたときも、こういう感じだった。

学校の、食堂が、懐かしいって。

美味しいってことなのかな。

それから、私のお弁当も、少しずつ食べてた。

まだちょっと残ってるけど、本当にあとちょっとで無くなりそうで・・。

「美味しかったですか?」

メルさんも。

「美味かったっす。」

お兄さんも。

「良かった。」

笑ってて。

「お弁当は、お弁当用に新しいレシピを調べて作ってるんです。」

「そうなんすか。すごい・・、すごいっすね。・・プロみたいっす」

「ふふ、ありがとうございます。お食事はよく作らせてもらっていますが、お弁当はまた違ってて面白くて、」

・・エルは、お皿の上のサンドイッチを持って、はむはむ食べてるような。

サンドイッチが好きみたいで、お皿の上の、一口のサンドイッチを見つめながら。

それから、ふと、瞳を上げると。

その先は正面のお兄さんで。

エルと、私に、気付いたみたいなお兄さんは。

「2人とも小食だよな?」

って、聞いてきた。

・・・ぅ。

そう、・・じっと、見られてると・・。

・・私は俯いてて。

口の中で、まだ食べてた食べ物を、噛んでた。

飲み込まないと、・・返事できないし・・・。

「・・・そうです、か?」

・・隣の、エルは、静かな声で、そう言ってて。

「ぁ?・・間違いないな。」

って。

お兄さんはエルに、にって笑ったみたいだった。

「ケイジさんと比べると、みんなが小食じゃないんですか?」

って、メルさんは可笑しそうにしながら。

「いや、俺より大食らいのやつなんていっぱいいるっすよ。」

眉を顰めたように、驚いたように言うケイジさんだから。

メルさんはまた笑ってた。

「そうですか?」

「そうっす。」

「・・・・・・」

・・なんか、そんな2人を、じぃっと見てるエルは。

それから、膝元の、お皿の上のサンドイッチを見て。

小さな口に、ぱくりと、大きめの残りを入れて、もっぐもっぐ、食べてた。

頬を膨らませて、それは、・・たぶん、大食いってわけじゃ、無いと思う、けども。




「こんーにちはー・・?」

って、窺うような、女の子の声が聞こえて。

振り返るメルに、アヴェエに、エルは。

シートの外側に立ってる、体操服姿の小柄な女の子がこっちを見てるのを見つけた。

エルとアヴェエは知ってるその声は、やっぱり、ススアのものだった。

その傍にはキャロもいて、手にはお店で買ってきたばかりの、ロングポテトの包みを持ってる。

その子たちに一番遅れて気付いて、振り返ったケイジは。

ちょっと照れたようにはにかむその少女に、メルは少し目を瞬かせてるのを見てた。

じぃっと、見上げているエルに、ハァヴィも。

・・そうしていると、ちょっと困ったような少女たちの顔だ。

「・・あ、こんにちは。」

って、1番先に気が付くメルは挨拶を返していて。

メルの微笑みに、ちょっとほっとしたかもしれないその子も愛嬌のある笑顔を見せてくれた。

「お友達?」

「あ、はい。」

って、まだ瞳を瞬かせて見てるようなメルは微笑みながらも、小首を傾げてシートの上の2人を見るメルで。

振り返ったエルは、メルに、こっくりと一つ、ちゃんと頷いて見せた。

「そうでしたの。」

改めてその子たちに微笑むメルは。

「私、この子の母です。いつも娘がお世話になってます」

って、にっこりと。

「あ、いえ、あぅ、こ、こちらも・・あの、いつもお世話、ですぅ・・・?」

少し慌てたようなその子も。

「は、初めまして、キャロです・・。」

顔を紅く染めてメルを覗き込むように、2人とも緊張してるようだ。

そんな少女に、微笑むメルは、それから。

「キャロちゃん?・・失礼ですけど、お名前は?」

丁寧な優しいメルの声。

「あ、えっと、わたし、ススア、ビッフォ、です。」

「そうですか。可愛い名前ですね、2人とも」

「ぇ、は、はい・・」

って、朗らかに微笑むメルに、ススアとキャロは素直に照れたようだ。

また顔を紅くしたススアは何かを言おうとしてるようだけれど、口をぱくぱくしていて。

「えっとぉ・・エルたちに、えっとぉ・・・」

キャロは、ススアが何か言うのを顔を見て待ったり、メルや、エルたち、それにケイジを見たりしてて。

横目でちらちらと、エルやハァヴィの方を見てたススアに。

「エルたちに会いに来てくれたの?」

そうメルに聞かれて。

「あ、はい。時間だから・・一緒に・・」

「うん。」

紅い頬のキャロもこくこく、頷いてた。

「そう」

納得したように、メルは微笑んで。

「ですって、エル。」

少しはっきりと伝える。

エルは、ススアからメルに向けた瞳を瞬かせてたけど。

「・・・はい。」

少し遅れて、何かわかったのか、こっくりと頷いてた。

・・それからも、ちょっとの間、微笑んでるメルを見つめていて。

『・・・・』

見つめ合っていて。

「・・あれ?」

キャロが不安になったのか、首を振り回して、みんなを見てた。

そんなキャロから、はっと気が付いたススアは。

「い、行こう?」

って、エルたちへ。

「はい。」

ススアを見上げて、こっくりと頷いたエルは、すぐ立ち上がって。

それから、メルを、ケイジを見てから。

「・・いってきます。」

って、少し頭を下げる。

「いってらっしゃい、転んだりして怪我しないようにね、気をつけて」

「頑張ってこいよー?」

って、2人の声に、こくこく頷いてたエルは。

シートから下りて、靴を履いて、それからメルたちへ・・・。

「よっしいこー」

・・って、なぜか掴まれて、ススアに引っ張られていく、から、エルは振り返り。

引きずられていくまま、まだ自由な片方の手で、振り返り。

離れてくシートの上の3人に、小さくバイバイを。

「・・アヴェエ忘れてない?」

キャロが2人に耳打ちするように。

・・・・・・あ・・。

「は、ハァヴィ・・・」

・・って、エルも口にしたんだけど。

ススアには小さすぎる声は、全く聞こえなかったっぽく、ずんずん歩いていく。

「お、おーい」

キャロも追いかけるけど、人が歩くざわめきの中、人込みをそのまま、ずんずん歩いていってしまってた。

キャロも、後でアヴェエも追っかけてくるだろうし、って思って。

それより、まあ、緊張したなーって。

なんかほっとした気持ちだった。

エルのお母さんあんな美人だし、凄い優しいし・・・。


・・・人込みの中で、ススアに手を引かれてくエルたちの姿だったけれど。

――――・・アヴェエは。

途中で、やっと、はっと気付き。

立ち上がりかけようとしたけれど。

自分の持ってきたお弁当が残ってるし、蓋をして、片付けつつ、鞄に入れたり、それから、えっと、いろいろやらなきゃいけなくて、えっと・・・。

「ぁ・・いいですよ、私がやっておきますから・・・。」

メルのそんな声にも、律儀なハァヴィは聞こえてないようにおろおろしてたっぽかった。

ちょっと瞬いてるメルも手を出すのを躊躇いながら、ちょっと笑って。

ケイジもそんなハァヴィの慌て様を見守ってた。

凄い慌ててるのは見ててわかる。

とても慌ててるっぽいハァヴィは、律儀に最後まで仕舞いきって、立ち上がって、靴を履いて。

こちらを見もせずに、てってっと急いでるように走っていってしまう。

「転ばないようにねー」

メルが少し大きめの声で背中に声をかけてたけど、それが届いたとは思えない。

とりあえず、人込みの方に行くハァヴィを目で追いながら、ケイジが思うのは。

鞄を持っていかないなら、急いで仕舞う意味もやっぱり無いのにな、ということだ。

・・まあ、ケイジはとりあえずその律儀であわてんぼうの変わった少女の背中を目で追いかけつつ。

それからメルを見れば、彼女もそんなハァヴィの背中に目を瞬かせてるようだった。

いや、メルは、それから、小さく噴出したように笑ってた。

「可愛いですね」

って、可笑しそうに、というか、頬を少し紅くして、嬉しそうに笑うメルだけれど。

「・・はぁ。」

ケイジはとりあえず頷くだけだった。

メルがこちらに笑顔を向ければ、ケイジも同じ様に笑ったかもしれない。

可愛いのかはわからない。

ただのおっちょこちょいかもしれない。

なんか、掻き分けられない人込みの中でまだ、右往左往しているようにも、簡単にそんな状況が浮かんで見えた。

まあ、自分の学園のグラウンドで、迷子になりはしないと思うが。

コップを飲みかけて。

既に残り少ないお茶に気付いて。

「・・あ、お茶、もう一杯・・」

「はい。」

すぐに返事をしてくれるメルの、差し出したコップに注ぎ注がれる琥珀色のお茶を。

「どうもっす。」

彼なりに丁寧にお礼を言った後、そのコップに口をつけて。

温かいお茶を喉に少しずつ流し込んでいく。

メルはそんな彼の様子を目を細め、見つめていて。

ケイジがその視線に気付けば、それから、メルは視線を伏せ、空になった弁当の重箱を片し始める彼女の手元を見ていた。


――――ケイジがふと、耳に手を当てるのを、メルは見ていなかった。




「・・・よぉ、おまえ、あいつだろ?」

―――――声を掛けられてた。

人の沢山いる中で。

―――名前を呼んだ誰かを、探して。

人込みは、周りが全く見えなくて。

それでも・・。

見つけた男の子が、私を見てた。

その子は・・・。

・・私は。

振り返った瞬間から。

見つけたときから。

身体がぶるっと震えた。

私を見るあの人は。

見覚えのある、人。

・・それは、とても、・・怖い。

・・怖い人・・。

近付いてくる・・。

・・来ないで。

・・来ないでほしい・・・。

私の身体は。

足も、動かないで。

・・息が、鼻の奥で苦しくて震えた。

「ちょっとこっち来いよ・・何もしねぇって、なーんもしねぇって・・おい、」

中でも背の高いあの人の腕。

肩に回って。

その感触に背筋がぞくっと震えた。

捕まった・・。

喉の奥が震えてる。

「そんな怖がるなって、なんもしねぇよ、たぶん」

歩き出すあの人たちと一緒に。

胸が激しく鳴っていて。

喉の奥に何かが引っかかってる。

押してくる力。

・・私はついていくしかなかった。

ここは、どこかわからなくて・・。

知らない人で溢れてるから。

誰も私を見てない。

・・逆らったらどうなるかわからないから。

どうもならないから・・。

・・私は独りだったから。

肩に動く手が、ぞくっとして、気持ち悪かった。


・・ここは建物の陰で。

ざわめく人の声が、遠い。

建物の合間に日が差さない場所。

その隅で手を離されたまま私は立ってた。

『動くな』って言われて、立たされたまま。

知らない男の子達が囲んで、私を見てるみたいだった。

足元を見てる私は、顔が上げられなくて。

「・・んで?・・・んだよ・・・」

「マジかー」

最後に見た男の子達は私を見下ろしてたのを覚えてる。

・・だから、俯いたまま、ずっと。

暗い地面に少しだけ映る、形が変わる黒い影の中を見てた。

影が少しでも動けば誰かが動く音と一緒に、喉の奥の息が震えて。

あの人達の声が少し強くなれば身体が怖くて震える。

だから少し息が苦しくなっても、私は息を潜めてた。

いなくなりたいけど。

ずっとそこにいた。

私は、ずっと。

・・でも。

気がつけば・・。

・・声が、増えてて。

また、男の子達が増えてて。

周りの子達は私を見てて。

私の事を言いながら、私は囲まれてる。

男の子達が見下ろしてる。

男の子達の声だけは聞こえてた。

だから私はただ、息を潜めてた。

「・・あぁ?あいつだっけ?」

「おぉ、あ、あ、なんだっけ?名前」

「知らね」

「んだ・・?たしか・・、アヴェエ、だろ、」

男の子の声が怖くても。

「そうだよ、アヴェエだよ。一緒に名前載ってた、」

「あいつが原因なだろ?」

「知らん。あんなのほっとけよ」

胸が苦しくても。

「変な名前だよな」

痛くても・・。

「なんかちょー可愛いっつう子とよくいるって」

「エルザだろ、知ってるよ」

「あぁ、最近転校してきた・・」

・・あの子の。

「フルネーム知ってんのか?」

「フェプリス、だっけ、名前がエルザニィアって、」

「あれもなんか変な名前だよな」

「そいつと友達なん?」

「さあ、でもよくいるらしいぜ。つりあわねーって評判してるやつらばっか」

胸が、とても・・。

とても痛くて・・。

「親友だったら紹介してくんねぇかな・・」

「だからちげえって。」

「むきになるなよ」

「なってねぇよ」

「仲良くなれたらいいじゃん、」

「それよか、あいつまだかよ。」

「すぐ来るって」

「その後どーすんの」

「は、その後で?」

「エルザに紹介してもうか?」

「おめーとも釣り合わねーよ」

「仲良くできたらいいだろー」

「ぶっはははっは」

痛すぎて涙が滲む・・。

喉の奥がずっと震えたまま。

私は・・。

「今はどーでもいいだろ、んなこと・・。で、どうすんだよこいつ。」

私は、息を止めた。

「あいつらが来るまで待つ。」

『・・・・・・』

胸の中が。

凄く、痛い・・。

足が、震えてる・・。

寒くなったみたいに、身体が震えてる。

みんなが黙って。

私をじっと見てるみたいだから。

身体全部を、見てるみたいだから。

ずきん、ずきん、大きく鳴ってる様な、私の・・。

私の身体の奥は・・。

・・いやだ・・。

いや・・。

いやなかんじが・・・とても、怖い・・。

凄く、苦しくて・・。

痛い・・。

奥が、痛い・・。

・・押しつぶされる・・・。

「つーか、泣いてね・・?」

「なんで?」

「・・どーっすっかな?」

男の子達にじっと見られてる。

小さくなってく・・。

そのまま小さくなって。

身体を抱きしめていたかった・・。

身体を、胸を、抱きしめて。

全部を・・守っていたかった。

息が吸えなくても・・・。

苦しくても・・。

・・息が、出来なくて・・・。

でも・・。

『・・・・・・』

・・見られてるのが嫌で・・。

嫌で・・怖くて・・・。

喉の奥が・・鳴って。

苦しさが・・・、震えた・・。

ずきん、ずきん、奥で鳴ってるのが痛い・・。

私は・・。

・・・私は、・・無くなってく。

嫌だから・・。

無くなりたい・・。

・・無くなる・・・?

・・・無く、なる・・って・・。

・・じゃり、って。

音が。

・・・誰かが、近付いた音。

影、動いたかもしれない・・。

・・それを、見てる私。

涙が滲んでる。

だから、動けなかった。

・・・動けなかった・・。

「・・・ぅ、・・っく・・」

喉の奥が鳴っても・・

・・・聞こえるのは、私だけ・・?・・。

・・黒い影は、関係なく、近付いて、くる。

一歩近付くだけで。

私の、奥、強く、押されて・・。

足元が、近付いて・・。

無くなれば。

いい。

・・無くなれば、いい・・。

でも。

私はずっと。

・・ずっと。

震えてた・・。

「おぉい?久しぶりだな、ちょっと顔見せろって・・」

ぐっと、手に痛みが走った。

身体が堅く、震えてた。

「おい、」

「なんだよ」

「やりすぎだろ・・?」

・・驚いて。

・・腕を強く掴まれて。

「知らねーよ」

持ち上げられて。

上に引っ張られてて。

「おーれ、かんけーねー」

掴まれた腕が痛い。

・・残った腕で、身体をぎゅっとしたかったけど。

・・少し痛くなる手が。

それも駄目みたいだった。

・・少し、痛かったけど・・。

痛かったけど・・・。

・・・痛かったけど・・・・・。

・・痛い・・・。

・・・・・・・・やっぱり・・・やだ・・・―――。

「・・お前ら、何してんの?」

――いたいのは・・やだ・・。

・・いや・・・。

「は・・?」

・・いや・・・。

いや・・。

や・・―――

「誰だおめー」

・・少し。

・・息を繰り返して。

胸が上下してる私の。

「お前らが誰だよ」

・・でも。

・・・でも・・。

・・止まったみたいに。

何も動かない・・。

周りの人達の声だって・・。

「・・お前が誰だよ。」

・・話を、してる。

「あ・・?」

・・会話、してるような、声。

「近づくんじゃねぇよ」

「あー、やめとけってお前ら、」

・・・男の人の、声。

「誰だよ」

・・違う、声。

靴の、音・・。

「・・・『正義の味方』。」

って・・・――――。

「は?だせっ」

「・・ぷっ。はっははは」

「はははは、何言ってんのこいつ」

「・・うるせぇ。ガキども・・言いつけっぞ先生に」

さっきより近付いてきてる、男の人の、声は。

もう・・、私の傍で。

・・苛立ったような、男の人の、声が。

「い・・って。」

私の手首を掴んでた力が、緩んで。

私の、手首、・・痛さが、消えてく・・。

「お・・?なんだ・・。」

「いってぇなっ、いってっ・・」

怒鳴り声が、目の前で。

「軽く触っただけだろ?つうか、何しようとしてたんだよ、こいつ掴まえて・・」

・・溜め息のような、男の人の、声。

「・・なんもしてねぇよ」

・・・私は、小さくなったまま、そこで、じっとして、聞いてた・・。

「今握ってたろ。・・・わぁったわぁった、ほら、もうあっち行け」

肩の力が抜けたような、軽い声。

「なんだこいつ?」

「はあ・・?」

・・嫌な感じの、声。

「何も無かったんだろ。それでいいじゃねぇか。」

「よくねぇだろ」

「急に突っかかってきたのはそっちだかんな」

「お前らだろ。つうか・・だとしたらなんだ?・・やる気か?」

「・・だったらどうすんだよ・・・」

「おぃ、カング・・お前、禁止されてるだろ・・・」

・・声が、無くなって。

・・静かに。

・・なって・・・。

私の、身体は、・・ずきん、ずきん、言ってた。

「・・・・、・・はぁ、やめとけって。」

・・でも、傍の、『誰か』の、溜め息みたいな、声。

「お前が言ったんだろ?」

「言ってねえよ。OBとしての軽い注意だろ。真に受けんな。」

「はぁ?」

「OB?」

「めんどくせぇことになるぞ、ここで問題でも起きたら。」

「お前、この学校出たの?」

「おうよ。」

「同じくらいじゃん?俺らと」

「お前らよりは年上だろ。」

「ちょっとだけだろ」

「ちょっとでもデカいんだよ。」

「そんなことどうでも・・まじやんの?」

・・みんなの息が潜まった気がした。

・・・だから、私はまた少し小さくなってた・・。

「やめとけって」

男の人の、声が。

「お、逃げるか?」

愉しそうな声。

「じゃねぇって、やるっつわれたらなぁ・・・。やるしかねぇんだけどさ。いちおう、パトロールの仕事とか、やってんだよ、俺は。」

「・・警備?」

「・・・学校の?」

「サイレンの鳴る方のだよ。取り締まりたかねぇよ、俺だって、お前らを。」

「・・まじ?」

「・・わかんね。」

「いいからこいつを置いて、あっち行って、スポーツを思いっきり楽しんでこいよ。青少年ども。」

「ちょっと待てよ」

「ああん?」

「証明書とかみたいなの、あんだろ?ちょっと見せろよ」

「お、さすが、」

「はぁ・・?」

「無いの?」

「・・・わぁーったよ、少しだけだぞ・・、ったく最近のくそガキは・・。」

「お前も同じくらいだろ。」

「学校にいるお前らとはちげえよ。ほれ、・・はい終わり」

「・・・見えた?」

「っぽいような?」

「っぽいよな?」

「これでいいだろ、さっさとあっち行けって。女の子を苛めたってそんなに楽しかないだろ」

男の人の声、最後に。

「・・・・・・・」

・・静かになった・・。

・・ずっと、ずきん、ずきん・・、胸が強く鳴ったまま。

私は・・。

・・怖くて。

・・ずっと。

・・・そうしてて。

小さくなって・・。

・・動けないで。

「・・はぁ。」

・・溜め息、・・みたいな、声が、・・した。

誰かの。

・・だけど、たぶん・・。

・・・私の傍で、ずっと、立ってた、その人の、声・・。

・・その人の足元だけ・・。

・・ずっと傍にいたから。

「・・ほら、もう大丈夫だ・・。」

そう、あの人は、・・私に。

・・さっきとは、違う声。

・・だけど・・。

私は。

・・私は、怖くて。

強く・・ずきんずきん、鳴ってて。

・・息が、詰まる・・・。

「・・あ?どうした?」

頭の上から、掛かってくる声は、少しぶっきらぼうな・・。

・・なのに、誰かの顔が・・、私を覗き込んでた。

俯いてる私を、・・覗き込んでて。

「・・ぅ、あ・・・ぅ、」

・・ぁ・・・ぅ。

凄く、吃驚してた私は後ろに・・・・。

・・後ろ、に・・、後ろ・・・あ・・っ・・。

ぐらっと・・浮いた気がして。

・・足、力、入らなくて・・・。

・・どんっ、って、衝撃が・・。

・・・硬いのに、・・お尻をぶつけてて。

痛かった・・。

「・・は、おい?」

・・少し、驚いたような、その人の声が、上から・・。

・・転ん、でる・・?

・・・わたし・・・・・。

目の前の、その人の、足元・・。

運動靴が、あって。

ズボンに・・、服・・。

・・・見上げた、私は。

「く、っははは・・」

・・上から、可笑しそうに。

笑う声が聞こえてた・・。

・・思い切り地面に、お尻を、ぶつけた、私を。

両手を握ってる私は。

・・なんか、恥ずかしくて・・・。

「・・っはは・・大丈夫か。」

・・その人は、・・笑ってたけど、そう言って。

・・・気がついたら。

・・目の前に、大きな、手があって。

手の、もっと、上の方には・・。

笑ってるあの人の顔が・・日の光を背にしてて・・。

可笑しそうに、目を細めた、あの人が、・・私を。

「手、出せ。」

・・軽く、言う、あの人・・・。

目の前の、大きな手・・。

・・・あの人は、私に。

・・手を、差し伸べてる・・。

・・私は。

・・・私は・・。

・・握ってた両手を、少しずつ、開いて。

・・・左手を、持ち上げて・・。

・・・目の前の、大きな手、・・そっと・・。

置いて・・。

そうしたら。

ぎゅっと掴まれて。

そのまま、強い力で、ぐいっと引っ張られて。

・・でも。

「お、おい?」

た、立とうなんて、思ってなくて・・。

あ、足にも、力が・・。

私は・・、また地べたに落ちようとしてて。

また・・転ぶ・・。

・・そう思ったのに。

そしたら、凄く、大きなものに・・包まれてて。

・・・凄く、大きくて・・。

・・熱い・・?

・・なに?

「ちゃんと立てよ・・?」

奥から響いたような声に。

・・私は。

顔に柔らかいけど、堅いものが、当たってて。

・・・えっと。

・・顔を、頬が擦れる・・、服?・・・上げて。

・・・あの人の顔が。

近くで・・。

・・真上から、私を見下ろしてて。

・・えっと・・。

・・・私は・・。

・・抱きしめられてる。

・・・私は。

あの人に、身体を、抱きしめられてた・・。

「・・は・・っ、ぅ・・ぁっ・・」

吃驚しすぎて、慌てて後ろに逃げたら、背中が思い切り固い物にぶつかったけど・・。

・・くっ、は・・・。

ちょっと息が止まった・・。

「おい、」

建物の、壁・・背中に・・・。

「・・こけんなよ・・?」

すぐに、ちゃんと離れれたあの人。

私をじっと見てて。

けど・・、握られたままの右手が・・、熱いままで・・。

だから、私は、頷いたみたいに、俯いてた。

・・こ、この人・・・抱きしめらてた・・わたし・・。

「・・・あぁ・・、なんもされてねぇんだよな?」

後ろの堅い、壁が、冷たくて、握られてる手が熱い・・。

手が、熱くて・・・。

・・あ、・・あれ・・?

・・どうして・・この人が・・?

さっきの、男の子達は・・?

・・あれ・・?・・、えっと・・っ・・、なんで、この人が今いて・・?

・・あ・・、さっきの、男の子達は・・?

・・・ど、ど、どうしたんだっけ・・・?

「・・おい?大丈夫か?」

・・心配そうな声が聞こえて。

・・・また顔を覗きこんできそうだったから、私はまた、少し、離れたけど・・。

後ろにまた、背中がぶつかった・・。

・・か、壁が、あって・・。

「・・痛くないのか?」

心配してくれた・・。

わ、私は、首を、ぶるぶるぶるって、横に振ってて。

・・た、たぶん、助けてくれた・・んだ、きっと・・、この人が・・。

「大丈夫だな?」

「は、ははいっ」

きっと・・そう・・。

・・私は、凄く震えた返事をしちゃってたけど・・・。

「ぉ、元気だな。」

あの人はそう笑ったみたいに。

それから。

・・ぽん、と。

頭の上に、何かが乗っかって。

少し重くなった頭に。

なん、だろ・・って、思う前に。

軽くなった頭の上から。

あの人の、片手が下りてきたのが見えて。

・・・頭を、撫でられたみたいだった。

それから、左手が、また上がって・・。

「―――ん、大丈夫だ。悪いガキがいただけだよ。」

・・この人が・・、私を・・、助けてくれたんだ・・。

やっぱり・・。

・・・もう、片方の手は。

まだ、ぎゅっと、握られてるけど・・。

・・ぁ・・は、ぁ・・・・、ぁぅ・・っ。

・・手、握られたままなのに、歩いてくあの人に。

引っ張られるみたいに、連れられて。

・・私は、だから、とぼとぼ・・、付いていってて。

・・・地面と、あの人の足元をじっと、見てた。

・・私の手を繋いで。

引っ張ってくあの人と・・。

明るくなってく、日の当たる場所に。

・・でも、その人の声や。

足元とか。

どこかで見た気がしてた、男の人。

顔を上げて・・・、あの人の顔を、気付かれないように、覗き込もうとしたら。

あの人は、ふと気付いたみたいに、私を見下ろして。

どきっとしたけど。

あの人は、私に、にって、笑った。

・・私は、ちょっと吃驚して、すぐ顔を俯かせてた。

笑ってる顔。

ちょっと、子供のような、悪戯っぽい顔。

さっきとはちょっと違う表情だったけど。

その人は、・・私に笑ってたこの人は、さっき会ったばかりの、あの人だった。




きょろきょろと、周りをさっきからずっと、探してるエルは。

席に座るクラスの子達の中を、さっきからずっと、探してて。

あの子が、まだ来ていないのを、さっきから。

すぐに、一緒に、来るって、思ってたのに。

まだ、ここにはいないみたいだった。

でも、・・・。

・・でも・・・。

・・・向こうの方を、首を長くして振り向いていて。

・・そしたら、黒髪の、背の高い人が見えた。

席に座ってる子達の向こうに。

離れた所にいるその人を、見つけた。

体操服じゃないその人は、知ってる人。

こっちに近付いてきてる、その人は。

他の人よりも少し目立ってて。

なんで、ここにいるんだろう。

あの人の、手の先に、あの子はいて。

・・あの子が、いて・・。

・・・あの子の手が、あの人の手と繋がってる。

あの子は、恥ずかしそうに、俯いて歩いてる。

ちょっと顔を上げて、周りをちょっと探すように。

・・こっちの方を、見つけたみたいに、そしてあの人に、少し顔を上げて。

何かを言ったみたいに。

あの人はこっちの方を見る。

・・そしたら、2人の手が、すぐ離れて。

こっちの方を・・。

・・でも、あの子が何かを言ったみたいに。

・・・あの人はあの子を見て、少し、笑ったみたいだった。

それから、こっちに、少しずつ歩いてくるあの子。

その後ろ姿を見つめてたみたいな、あの人。

そして、向こうの方に振り向いて。

元来た方に、ゆっくり歩いて、帰ってく。

私の方は、もう、見なかった。

・・・なんで・・。

・・あの子と、一緒に来たのか、わからないけど。

・・・あの子は、俯きながら、こっちの方に歩いてくる。

顔を、耳まで赤くしてて。

恥ずかしがり屋の。

・・・甘えん坊・・?

1人じゃ、帰れなかったの、かも。

だから、手を握ったり、でも、恥ずかしくて、仕方ないのに。

でも・・・なんで、だろ・・?

・・寂しい?

悲しい・・・?

それは、なんだろう・・。

―――気にしないでいいんだよっ、あんなのは。

・・・?

―――・・気にしなくていいよ・・・あいつは。

「・・ぇ・・・?」

周りを見ても、誰も、言ったようには見えなくて。

ススアさんが、こっちを見て、不思議そうにしてた。

―――それより、あの子が、ほら、来てるよ――

「・・・うん。」

・・頷いて。

あの子が、こっちに近付いて来てるのを。

ちょっとふらふらしてるような、頼りない感じのあの子を見てた。




「―――いや、だって、すぐこけそうだもんな、お前。」

・・・って、言われたけど・・。

「いやか?」

って、すぐ聞いてくるお兄さんに。

私は、ちょっと、頭を頷く事も、横に振るのもできなかった。

・・・言われたとおり、本当に、ちょっと、手を引かれてないと、足に力が、入らないような気がしてたし・・。

・・小さな子供みたいで、情けないかも、しれないけど。

別に、いやじゃないけど・・・でも、嫌、だけど・・・お兄さんに手を引っ張られてた。

「・・この辺か?」

って、それから、急に立ち止まったお兄さんは。

私は顔を上げて。

席の並ぶ、のを、探して。

向こうに。

私はお兄さんに、顔を上げて、なんとか、こくこく、頷いて。

「友達いたのか?」

って、じっと見てくるから、ちょっと俯きながら、こくこく、頷いてて。

「行けるな?」

って、頭の上から私に聞いてきてて。

だから、私は、お兄さんに、また頭を頷かせてて。

「よし。」

お兄さんはそれから、握ってた手を離して。

私は、自由になった手を、ぎゅっと握って。

「んじゃ、頑張れよ。」

って、言ったお兄さんは。

私に、にって、笑ってた。

・・私は行かなきゃいけなくて。

向こうの方に。

あの子がいる方に。

みんながいる方に歩いて。

・・ちょっとだけ、振り返ってみた、お兄さんは・・。

・・向こうに、帰ってくとこだった。

背中が、人込みに、消えてく。

だから、私は、あの子の所に、戻って・・。

・・お礼。

お礼、言ってない・・・。

・・・私は、お礼を、言えなかったけど・・。

・・言うの、忘れてた・・・。

気付いたのは、独りで、席に戻ってる途中。

座る子達の、席の列の中。

もう、体操服の子達の中の、あの子と、ススアさんたちが、見えてて。

あの子は、私を見てるみたいで。

・・私はちょっと、また、俯きながら、椅子にぶつからないように、歩いてて。

あの子の方に、歩いてく。

・・・あとで、言えれば。

・・お礼、言えれば、いいなって・・・。

・・思った。




「おー・・お?」

向こうに見えたアヴェエの姿に。

ススアは少し不思議そうな声を出していた。

「・・?」

その視線の先を覗くエナは。

・・アヴェエを見つけるのは程なくして、けれどその手が隣の、年上らしい男の人と繋がってるのが見えて。

「・・・お?」

同じ様な反応にビュウミーも気になるわけである。

「ん-・・?」

キャロがロングポテトを咥えながら振り返ってて。

「・・だれ?あの人。」

エナの呟きのような声に。

「お、さっき見た人だ」

って、ススアが、ぽんと思いついたようだ。

「だれ?」

一緒にいたキャロが尋ねてた。

「えっと・・、エルザも一緒にいたよね?」

って、ススアが聞くエルザは。

皆の注目を浴びて、遠くをじっと見つめていた瞳をこっちに戻すと、こくこく頷いてた。

「・・・・・・」

・・じっと、みんなが見てるエルザは。

・・・不思議そうに首を傾けた。

「・・・だれ?」

話を聞いているのかわからないエルザに。

一息おいて、首を傾げてみせたススアで。

その答えを知っているのはエルザだけであり。

皆の視線がやっぱり集まる中で。

「・・・?」

・・なぜか、エルザまでまた首を傾げるのが・・・。

「・・エルザは知ってるんでしょ・・?」

ちょっと、少しだけ、・・苛々が混じったかもしれないシアナの声だった。

それにこっくりと頷き返すエルザで。

「お兄ちゃん、です・・。」

そう、静かに囁いた。

「ほほーう。」

「ほう、エルザのお兄さんですか。」

ススアにキャロがそんな声を出しつつ振り向き・・、けど、もう、向こうから歩いてくるアヴェエは一人でいて。

そのお兄さんの姿が全く見えない。

「あー・・いなくなっちゃった。」

「そうだねぇ」

少し目をきょろきょろさせてるキャロに、エナも同じ様に。

「なんで一緒だったの、あの子は。」

って、シアナが。

「手を繋いでたけど。」

とまで言う。

「手繋いでたの?」

エナが少しばかり目を円くして。

「見えた。」

ススアはうんうん頷いてる。

「あー・・、迷子?」

「さすがにそれは・・。」

ないでしょ・・、って、キャロに言いかけたビュウミーだけれども。

「迷子にならないように、ってこと。」

「あぁー・・。」

「子ども扱いか。」

そうビュウミーの納得の声に重なるシアナの突っ込みらしき声は、含み笑いは入って無かったとは思う・・。

「アヴェエなら迷子になりそうだけどねぇ。」

って、でも、すかさずエナが、にこにこしながら言ったのを。

振り向くみんなで。

みんなが何も言わないで、自分を見てるのに気付くエナは。

「・・あれれ?」

少し慌てたみたいだった。

「・・エナって何気に毒舌だよね、ときどき・・」

「うん・・。」

ぼそぼそとキャロがビュウミーが、隣り合うエナから肩を離して話してる。

「え?そんな・・?そう・・?」

エナには聞こえてたみたいだったけれど。

むしろ非難されたのが不思議そうだった。

「あ、そうだ、」

って、何かを思い出したようなススアは。

「エルザのお母さんに会ってきちゃったよー」

って、報告するススアは嬉しそうだ。

「へー、どんな人だった?」

キャロがススアの顔を覗きこんでみると。

「やっぱり凄い美人だったよっ」

元気に答えてくれるススアで。

「へぇーっ」

ちょっとテンションも上がるキャロたちは、ススアに目を少し輝かせて。

「・・・へぇー。」

・・そして一人テンションの低いシアナである。

「・・おかえり。」

そしてそんな事を言うシアナは。

シアナの視線の先にはアヴェエがいた。

目の端に見つけたらしいシアナだけれど。

そんなシアナに、アヴェエは顔を紅くしたまま、目を瞬かせてるような、驚いてるようなで。

「・・・。」

・・勿論、それを見てて、ん・・?と納得いかないままに眉を寄せるシアナだけれども。

「おかえりアヴェエー」

ススアに。

『おかえりー』

キャロも、エナも。

「置いてきちゃってごめんねー?」

あまり悪びれた感じが無く笑っているススアだけれども。

「た、ただいま・・・。」

・・・小さな声で、アヴェエは返事したのが、聞こえて。

・・シアナの、アヴェエを見る目は、また少し怖くなるけども。

・・エルザの隣に、しずしずと座るアヴェエの背中を、横顔を見てるその目に、アヴェエは気づかなかったみたいだった。

「エルザがずっと探してたよー、アヴェエ置いてきちゃったから、」

「キャロもでしょ」

「わたしは声かけたって。まあ、ススアが気が付かなくってさ、緊張してたのもわかるよー?」

「キャロもでしょ・・っ」

って、ススアがさらに強く。

「あ、そうだ、」

キャロは1人で思い出したようだ。

「そう、お母さん、綺麗なんだよ・・っ。モデルとかやってたりして。」

って。

「え、モデルさんなの?」

「それくらい綺麗なの、」

「そんなに綺麗なの?」

エナも驚いたみたいだ。

「うん。」

「へー見てみたいなぁ」

「・・ねぇっ、エルザのお母さんって何してるの?お仕事は?」

・・エルザが、少し考えたような。

「専業主婦?」

って、ススアが聞いたら。

「・・・はい。」

それから、こっくり頷いてた。

「ふーん・・、そなんだ。」

ちょっと、口を尖らせたようなススアだった。

「見てみたいな~・・」

エナもそう唸ってたけど。

「すっごい綺麗だったよ」

キャロは嬉しそうにエナに教えてて。

「それから、お兄さんもいた。」

って、ススアは。

注目されたような気がした、アヴェエの顔が少しまた赤くなったようだった。

「お兄さんは、かっこいい?」

って、エナが単刀直入に聞いたのを。

ぴくっと、シアナの耳が動いたかもしれない、けど誰も見てはいない。

「ん-」

キャロがちょっと考えてる。

「・・・んーー・・・・。」

・・ススアが、なんか、頑張って記憶を辿ってるよう、だけれども。

「・・・よく覚えてないなー・・・」

絞り出したような声に・・。

「ふつーかな。」

と、キャロがすぱっと言ってた、隣のススアがまだずっと悩んでるけど。

「普通?」

ちょっと首を傾げたようなエナで。

「・・・アヴェエは至近距離で見てるんでしょ。」

って、ちょっと目を細めたまま言うシアナに。

「あぁ、そっか。」

「エルに聞いた方が知ってるんじゃない?」

「身内は採点が甘くなるから。」

「そっかっ」

「採点て・・っ」

「ね、どうだったっけ?」

って、ススアが聞くのをアヴェエは。

「・・・・・・」

俯いている。

「・・・アヴェエ?」

「・・・・・・」

・・・俯いたまま、なぜか顔を紅くしていて。

・・あぁ、そういえば。

「アヴェエには無理なんじゃない?」

エナがちょっと苦笑いの混じった微笑みで、そう言ってた。

「・・・エルザっ」

いきなり呼ばれたエルザはアヴェエから振り返り、また少し瞳を瞬かせていて。

「どう思う?お兄さん。かっこいい?」

って、ストレートに聞いてくれるススアで。

やっぱり、最初に聞くのはこっちの方だったようだ。

目を細めたままのシアナも含め、みんなが一斉にエルザを見てたけど。

「・・・・・・」

エルザは何かを考えているように。

みんなを見ていた瞳をやや中空に上げて。

・・・中空を、見ていて。

「・・あの、じゃあ、かっこいいって、思う?エルザは、」

少しは、優しくなるかもって、質問を変えてみるススアである。

・・それでも、やっぱりもう一度。

中空を見て、考えているエルザは。

「・・・・・・・・・。」

・・なぜか、俯いて。

伏せた瞳に。

唇を軽く結ぶ。

・・なぜかその頬を、微かに染めたような、気がする、仕草だ・・・。

『・・・・・・・』

・・じっと見つめるみんなの中で。

「・・・うん?」

そう唸って眉を顰めるススアは。

みんなの顔を見回したけれど。

みんなも同じ様に、お互いの目を瞬かせて首を捻ったみたいな。

・・・2人並んで、同じ様に俯いたような、頬を染めてるような、エルザとアヴェエのコンビは。

2人がお互いを気にした風に、目を合わせたり、離したり。

「・・うーん??」

ますます首を捻ったススアだった。

「どういう・・・。」

と、呟きかけるキャロだが。

エナが、さっと、手を上げて制止していた。

気が付いたキャロへ、首を静かに横に、何度か振って。

・・何故かシアナの隣のエナが、そんなエルとアヴェエの様子を見つめて、ちょっと頬を染めて、瞳が煌めいている気がする。

キャロはそれを瞬いて、しばらく見てたけど。

なんとなく、エルとアヴェエと、エナって、なんか通じるところあるよなー、って思ったけど。

エナのその横で、シアナは興味なさげに既にそっぽを向いて、グラウンドを見てた。




「おかえりなさい。」

ピクニックシートまで戻ってきたケイジに、メルはにっこりと微笑んでいて。

「どもっす。」

少しは恐縮して頭を垂れるケイジは、脚を伸ばしていつもの位置に腰を下ろした。

「人が多くて活気がありますよね」

「ん、そっすね?」

メルはそれだけを言って、またちょっと微笑んだ。

先ほどケイジが出る時に交わした言葉とメルの反応から、恐らく自分はトイレに行ってきたと思われてるだろう。

それから、メルを一べつした後、向こうを眺めるケイジは、グラウンドで次は何が行われるのかを見ていた。

「・・ケイジさん」

と、静かなメルの声が聞こえ。

「は、なんすか。」

すぐに振り返るケイジだが。

彼女が少し、真面目な目つきのようにしているのを気付く。

・・何かを感じ取り、そのままメルの言葉を待つケイジだが。

手、洗ったかとか、そういう話じゃないだろう、恐らく。

「せっかくのお祭りなのですし・・・、露店の食べ物なども食べた方がよろしいんでしょうか?」

そう、まじめな顔でケイジの答えを待っている。

「・・・ええっと・・、食べる必要が、あるんすか?」

「せっかくのお祭りなのですし」

まじめに返してきた。

「食いたいんならいいんじゃないすか」

「でも、栄養のバランスとか・・気になりますし」

「・・エルのことっすか?」

「はい、・・・?」

『他に何がありますか?』という素直に不思議な顔をされたが。

「欲しがったら少しくらいいいんじゃないっすか」

「そうですね。欲しがったら。」

頷いて納得したようだ。

ケイジは・・そんなメルが考えを巡らせている様子を見てて、少し口端を持ち上げてたのは、自然にだった。

まあ、あのエルがああいうジャンクなものに興味を示す感じはしないが、示したらしたで面白い。

「ケイジさん。1つ、お頼みしてもいいでしょうか。」

と、また違う話がメルからのようだ。

「・・はい、なんですか?」

真摯な目を向けるメルを見つめ返し、ケイジは僅かに目を細めた。

お使いくらいなら行ってもいいだろう、と思うケイジと。

その彼を見つめ、メルは口を静かに開く。

「『家族参加リレー』というものがあります。」

・・・かぞく・・。

「・・・は?」

「ご存知ないですか?」

「あ、いや、知って・・るっす。」

「『家族参加のリレー』ですね。正式な名称は」

『の』の1文字くらい抜けてていいが。

あれだ、生徒の親とか兄弟とか家族とか知り合いとか、関係者が誰でも飛び入り参加するやつだ。

「あの、」

少し言いにくそうに、照れたようにメルはケイジに笑う。

「ケイジさん、参加しませんか?」

「・・・え。」




レーンの傍やリレーのラインの前に集まってきている男たち、中年の、家族のパパらしい人が多い。

軽い準備運動をしては身体の感触を確かめているようで、中にはママさんやもっと若そうな男も少しはいるようだ。

挨拶をして笑顔を交し合う、ほのぼのとした昼下がりだ。

ケイジはそんな彼らの中で、目を細めて周囲を窺っていた。

「・・・なんで俺がこんなこと」

つい、本音も声に出てしまったようだ。

少し思い返すだけで、その理由もすぐ思い出せるのだが。

あの、メルに頼み込まれたら。

いろいろ借りがある、昼飯の恩もある、ここで断ったら後でなにかめんどくさくなる、断れる理由がない。

そもそも、最後らへんには、『エルのためにも。』と言われた。

控えめに、はにかむように、上目遣いに覗くように言われては。

・・・思えば、彼女は子持ちのシングルマザーということになるのか。

いや、・・・。

いや、そこはどうでもいい。

確か、走るのに自信が無いようなことを言ってたメルが理由で。

さらに、エルのために、って変に生真面目な性格なのが理由だ。

家族、関係者の参加だから是非・・、って。

・・・あのとき、曖昧な返答をしたから、まあこうなるわな。

周囲のほのぼのとした様子を見回して、また1つ肩を落としたケイジだった。

・・それから、レーンの周り、遠くを見渡したケイジは。

観客席の、生徒や家族などを合わせて、けっこうな大人数に囲まれ、グラウンドの選手達は見られている。

活気に満ちてる、この、空気は今走る直前の選手たちからだけのものではない。

体育祭の独特な空気だ。

・・・メルのいる方向はあっちの方だな・・、と目を凝らせば、シートの上に、それらしい人が・・よく見えん。

まあ、こっちの方を見てるんだろう。

それから、向こうの方の生徒の席、あのハァヴィと別れた辺りは向こうだ。

あっちも顔の判別はできないが、あいつらもいるんだろうなと。

まあ、生徒が多すぎる。

・・・それでもまあ、ここにいる以上、適当に走って、適当に周りに埋もれて、適当にゴールするだけだ。

・・あいつらに足が遅いと思われるのはしゃくだがな、とケイジは、もう少し目をこらして向こうにいる筈のあのチビどもを探してみてた。




「・・家族参加って、」

シアナが、それ以上言う事が無いように呟いたのを。

「家族が参加だよね」

って、隣のススアが続けた。

「・・わかってるわよ。」

なんとなく、気に入らなかったらしいシアナはススアを見もせずにそんな事を言うけれど。

シアナはさっきからスタート前の選手が集まる方をじっと見ている。

「どうしたの?」

って、ススアもシアナが気にしているような方を見てたけれども。

「・・・なんでもない、・・ぁ。」

「ん、・・お?」

2人して何かに気付いたようだった。

「ほら、ねぇ、あの人っ、お兄さんでしょっ」

ススアはエルザに。

ススアを見て、それからその指の先の向こうを見るエルザは、気付いて。

瞳を瞬かせてじっと見つめる。

「おぉ、あの黒髪の人だよね。」

キャロもすぐ見つけたようだ。

「え、どこ、どこ?」

エナも探してるようにしてて。

「へー・・?」

ビュウミーもあっちへ少し目を瞬かせている。

「・・・。」

シアナはただ無表情に向こうを見つめてた目を、みんなの方に戻し。

・・・他のみんなが見つけて騒いでるのを。

・・アヴェエでさえも、顔を上げて目を瞬かせているようにしてるのを見てて。

エルザが、少し驚いているように向こうを見つめている、その瞳は、少し煌いてるかもしれなかった。

そんなみんなの様子を、微妙に細めた目で、少し瞬いて見てたシアナは。

もう一度、グラウンドの向こうの方を見てみたが。

「そういえば、みんなのパパとかママとか出てないの?」

ススアがみんなに聞いてて。

「いない」

ビュウミーが。

「あたしも。」

キャロも。

「もう少し照れたりした方がいいよ」

きっぱり短く言うみんなに、エナが苦笑いげに、そう言ってたけど。

みんなが見ていたようなあの人は、あまりやる気なさげな様子で、周りの人のように準備運動もしないで。

そもそも、生徒の家族っていう割に、全然若い人が混じってるのも目立つ。

それでもシアナは、少しの間見ていれば。

あの人は周りを見ていた、細めた目を上に、眩しい空に向けていた。




「位置についてくださいー」

大きな案内アナウンスの後、係の人に誘導されて彼らはスタートラインの手前に集まっていく。

やる気があるらしい前の方で彼らが固まっているのを、後ろから眺めるケイジは。

めんどくさげに眉を顰めて、頭を掻いてみてた。

「よし、負けませんよ?」

「こちらこそ、ははは、」

「どうも、よろしくお願いします。どうも、」

律儀に挨拶をしているおじさんもいるような中で。

「それではいきますよー、」

ようやく開始の合図が始まる。

「いいですかー?、いいですねー、用意・・・」

少しは緊張らしいものが走り始める。

・・・っパァンっ―――。

一斉に動き出す彼らとともに元気な曲が流れ始めて。

観客席からの応援も一段と大きくなった。

――――・・おぉ、すげぇ・・。

そんな周りを見ながら走るケイジは、その様子に素直にそう思った。

熱の入った応援はやっぱり、熱くなるものがある。

湧いた熱のような、なにかが向けられて。

そう、軽いランニングのペースを守って走ってくおっさんと並んで、ケイジは周りを見回していた。

トップよりも後ろのこの辺りはそのまま、ジョギング気分のおっさんたちのペースになりつつあって。

前の方は、けっこう伸びて・・。

・・・すげぇハイスピードのおっさんたちが数人もいる。

日焼けした身体はけっこう鍛えてそうで、走りにもかなり自信がありそうなトップフォームのグループの彼らである。

・・あのハイペースはどうかと思うが。

さすがに、この中にい続けるのは・・・やばいな、と思うケイジは少し速度を出していた。

周りにひしめく男集団の景色も動き出して。

だんだんと、前方に出て行っても、ペースを守りながら、走りながら。

少しは周りが空いたか、と開けた景色に周りを見る。

視界の端に見える、観客席に気がつく。

体操服の学園の生徒が、こっちを見ていて。

息切れもしていない自分を見てるのかはわからない。

後ろの方ではくっちゃべっているが。

まあ・・・。

前を見ながら、流れてく周りの景色には。

・・その、体操服の彼らが応援する中には、あいつらがいて。

あいつらは、見てるんだろう、このレースを。

観客席の、生徒が座る広い席のどこかで。

走る人数がけっこう多いこのレースだが。

・・あの2人は、自分を見てる気がしてた。

・・・まあ、ほぼ無責任に任せてきたメルは絶対に見てるだろう。

――――少し、ケイジの身体は、少しずつ、スピードに乗り始めていた。






―――――あの人の、身体が・・、少しずつ。

・・・速くなった。

さっきまで追い抜かれて、他の人に隠れたのに。

・・速くなると、今度はどんどん、他の人を追い抜いてく。

前を走ってた人、1人を・・、2人も・・。

・・3人、・・もっと、速く・・・、それは、ぐんぐん・・速く。

さっきより、もっと、速くなってる・・。

・・速い・・。

・・凄い。

・・・凄い・・―――。

―――――あんなに、速く、走れるんだ・・。

風を、身体に受けて。

風をいっぱい、感じてるみたいに。

あの人は、あの人の、風の中で、走って。

・・また、抜けた・・、気付いたら、あと、もう1人・・。

1人・・・。

・・一番、先頭で走ってる人は、あと、・・1人だけ・・・。

凄く、速い。

凄く、離れてるのに。

離れてるのに・・。

ぐんぐん。

距離が、縮まってく。

凄い速さで、走る、2人は。

もう誰も追いつけなくて。

あの人は・・もう少し。

・・・もうちょっと。

もうちょっとで、一番・・。

・・走るの、速いのに。

一番の人が、とても速くて・・。

同じくらいの速さで、後ろにくっついてて・・。

・・・重なって、・・少しずつ、・・身体が、抜けてく・・。

速くなるあの人は、重なってて・・。

重なって。

少しずつ・・・・・追い抜いた・・・―――。

―――地面から離れる足は。

・・風に飛んでるみたい。

なにかに・・、風に乗って、気持ちよく、駆けてくあの人は――。

独りで。

駆けて、脚を、前へ、飛ぶ―――。

―――あの人は、独りで。

―――ゴールラインを。

・・ちぎった、・・・・・っ―――――



「・・おぉ・・・。」

拍手が送られてる。

大きな拍手が、あの人に。

あの人は、そんな中、地面を見ながら、少しずつ走るスピードを、落としていってて。

・・ぺちぺち、拍手をしてる、隣のエルは。

やっぱり、驚いてるみたいに、あの人に煌く瞳を向けてて。

だけど、凄く喜んでるみたいだった。

・・喜んでるエルを見てたら。

私は、なんでか、笑いたくなってて・・。

エルの驚いてるような顔、見てたら・・、笑いそうになってて。

・・私を見たエルが、瞳を、円くしてるみたいなのを。

やっぱり・・、笑っちゃって。

だから、ちょっと、顔を俯かせて。

・・そしたら。

笑ったような、息の音が聞こえて。

ちょっと、見上げた私は。

エルが、私に。

可笑しそうに、嬉しそうに。

頬を持ち上げて、少し、笑ってたのを、見つけてた。




ゴールラインを越えて切った後。

スピードの乗ったその身体を次第に、落としてくケイジは。

それから、駆け寄ってくる係の子を見つけながらまた、・・地面を向く。

「・・やべぇ」

そう1人で呟く彼はまずった顔をしてる。

やっちゃまずいってことくらい、わかってたろうに。

「い、1位です、おめでとうございます」

同い年くらいの女の子か。

少し可愛い、緊張したように笑って、差し出してくるバッジに。

「・・や、いいっす」

息切れもしていないケイジは短く答えていた。

そしてすぐ向こうを向き。

・・1位を取ったいうのに、まるで逃げるように観客席の方へと軽く走って行ってしまう。

「あ、あの、バッ・・・」

と、制止しようとする女の子の声も後ろに、聞こえないようにして。

「・・・見られてたらどやされてたな。」

1人で呟くケイジは。

観客席の人たちの隙間から、掻き分けて行こうとしても周りから少しの拍手が送られてまだ少し目立っている。

「あぁ、どうも、ども・・・。」

なので、そそくさとその奥に消えていってしまう彼を目で追う人は多かった。

「・・・バッジ・・。」

・・その背中をきょとんと、目を瞬かせて見つめていた女の子は。

「あ・・」

それから、手の中のバッジに気付いて、・・どうしようかと周りをきょろきょろ、あたふたし始めた。

2位・・・の、人には、今、別の子が、バッジを渡していて。

「・・っく。」

悔し紛れに先生の元へ駆けていく彼女だった。




「おぉ~~っ、」

思いっきり、感動したように、感心したように声を震わしていたススアさんで。

「あの人でしょ?1位になった人、お兄さん。」

キャロさんがちょっと、興奮したみたいにそう聞いてた。

「そうっぽいね」

ビュウミーさんが私たちに、私たちを見て言ったみたいで。

「すっごいはや・・・」

「けっこう、かっこいいかもーっ」

エナさんが、何かを言いかけてたのに、ススアさんの声がかき消してた。

ススアさん、感激してるみたいだった。

エナさんはにこにこしながら頷いてて。

「かっこよかったねー」

一緒に笑顔で顔を見合わせてた。

「・・・」

けど、1人、まだ向こうを見てるシアナさんは、何も言わないけど・・。

・・・。

じっと、あっちの方に顔を向けてて。

「ねっ、・・・ね?シアナ?」

ススアさんが振り向いて、シアナさんを見つけて、ちょっと不思議そうに。

「・・うん?」

いま、気付いたみたいに、シアナさんはススアさんを見て。

「・・あー・・・、そうね。」

そんな風に、認めてた。

「ねっ、かっこいいよね」

「・・・」

って、言うススアさんを、無感動な目で見てたシアナさんは。

開きかけた口を・・、でも、閉じて。

「・・・ん。」

・・・って、頷いた、ような・・。

「お?シアナも認めた。」

キャロさんが驚いたように笑ってたけど・・。

「ぇ?」

シアナさんも。

「うぇ?」

ススアさんも、そんなキャロさんにきょとんとしてて。

「おぉ、あのシアナが・・?」

エナさんがそう囁くように、笑いながら驚いたようにしてて。

ビュウミーさんも、みんなを見て笑ってた。

「シアナが認めるなんてよっぽどだね」

「狙っちゃうんじゃない?年上のお兄さん。」

なんて、キャロさんは笑ってたけど。

「・・ふん、それもいいかもね。」

・・シアナさんはそう、たぶん、わざとらしく言ってたけど。

「大人のよゆー!」

キャロさんが笑って、みんなも笑ってた。

たぶん、冗談・・・。

・・・そんなみんなを、細めた目で見てるシアナさんは・・、ちょっと、ぶすっとしてるみたいだった・・けど。

でも、ちょっと頬は紅くて。

流し目に、じろりとエナさんたちを見て。

・・えっと。

ちょっと・・。

・・・怖い。

・・・・・って。

隣のエルは。

じっと、シアナさんを見つめてて。

・・・えっと。

・・エルが、瞬きする度に。

ちょっと、眉がぴくって、動いた。

・・うん?

「どしたの?シアナ・・」

ススアさんがエナさんたちに聞いたみたいだけど。

「なんでもないよ。」

エナさんがそう、丁寧に笑いながら首を横に。

キャロさんとビュウミーさんはそれで、ちょっと笑ってた。

「うん?」

ススアさんが首をかしげて。

「・・きっとね?」

エナさんは、やっぱり笑いながら、一緒に小首をかしげて。

「お兄さん、スポーツの選手とかなの・・・?」

エナさんが、エルに聞いて。

「・・・・・・。」

・・・聞いてみてたけど。

・・あれ?

「・・どしたの?」

キャロさんが妙なイントネーションで不思議そうにしてた。

やっぱり・・・・・・えっと。

・・シアナさんをじっと、見つめたまま。

エルは、振り向きもしないでいて。

「・・怒ったとか?」

ビュウミーさんは冗談みたく、笑ってたけど。

「・・あ。」

エナさんはなんか、気づいたみたいだった。

「え、なんで?」

ススアさんはエナさんに不思議そうに。

手を添えて、ススアさんにぼそぼそ。

今度こそ小さな声でエナさんがススアさんに何か言って・・。

「・・え、えー、冗談だよねー、シアナの冗談だよー、ね?」

・・ススアさんはちょっと正直すぎるみたいで。

言っちゃったススアさん、の隣でエナさんが慌てたような、困った顔をしてて。

エルに、シアナさんに、ちょっと困った風に笑って言ってたススアさんは。

「ねぇ?シアナっ」

って、聞いてたけど。

シアナさんは、少し遅れて気付いたみたいに。

またあっちを見てたから。

ススアさんを見たら。

・・瞳をちょっと瞬かせて。

それから、・・エルを、見て。

・・じっと見つめてるエルに。

シアナさんは真っ直ぐに、・・でもちょっと。

「・・・うん。」

こっくり・・頷いてた。

小さな声で。

少し、しおらしいような。

・・頷いたシアナさんは。

他のみんなも、シアナさんを見つめたまま、何も言わなかったけど・・。

『・・・・・・・』

・・ちょっと、ぞくぞくっと背中が、して。

私は、ちょっと、震えて。

たぶん、みんなも、なんか、そう感じてる・・・。

「ぇ、ぇ、ぇ?」

ススアさんが困ったような。

「・・・なに。」

ちょっと低い、シアナさんの声が、じろりと。

「べ、べ、別にぃ・・?」

「ねぇ?」

「う、うん、うん・・」

目が合ったら思い切り目をそらして、エナさんたちに言うキャロさんで。

みんなを見るような・・シアナさんに、じろりと見られたから、私はすぐに目を逸らしたけど・・。

・・隣のエルだけは、シアナさんに瞳を瞬かせて、きょとんとしてた。

なんか・・、一番よくわかってないような感じがする、エルで。

「・・ぁれ、どうなの、ぁれ・・・ていうか、ススアになんて言ったの・・・」

「え、だって・・、お兄さんいないから、私・・・」

・・ぼそぼそ、キャロさんとエナさんが小さな声で話してたのが少し聞こえてた。




「おつかれさまでした」

にこにこと、微笑んで迎えてくれるメルはとても心を安らげてくれるが。

ケイジには珍しく曖昧な笑みを、気のせいかもしれないが、少し張り付けたような笑顔に見えた。

「どうぞ、タオルを」

差し出してくれる真っ白いタオルだが。

「・・あぁ、ども。」

ケイジはそれを受け取って、顔に付いていた気がした砂か何かをごしごしと拭き取り、そのまま首に掛ける。

まだ続く競技がやっている、向こうの方を向きかけて、ケイジはメルの視線に気付き。

「・・ぁ、」

それに少しメルは、淑やかに微笑む。

「汗、掻かれてないんですね・・・」

感心したようにケイジの顔を見つめて言うメルに。

・・やっぱそれもまずいか。

もう一度首に掛けたタオルでこめかみ辺りを擦ってみるケイジだった。

まあ、確かにそんなに汗は掻いていない。

けどこれくらいの奴は普通にいるんじゃないか・・・?

「あんなに速く走って良かったんですか・・?」

それに、メルは気を使っているようで。

「あーいや・・、つい。」

「つい・・・」

メルはそれだけで、少し可笑しそうに笑ってくれていた。

「つい、・・はい、」

って。

「とても速かったです、凄いですね、ケイジさん。」

「・・はは・・ども。」

メルの驚いた感心したような声に多少、笑うケイジだ。

内心は少し、きゅっ、としてる。

あんな風に目立っても、別に何か言われる筋合いは無いんだが、文句を言ってきそうな奴の顔は、ぱっと数人は浮かぶ。

まあ、にっこりと微笑む彼女は、少しは事情を知っているから、細かい所までは聞いてこない。

素直に凄いと言ってくれるのは、何ともいえない気持ちになるが、それは流しておけばいい。

いきなり参加させられたこっちが面倒ごとだったんだ、少しは文句を言ってもよかったが。

機嫌の良さそうなメルを見てれば、やはり口を閉じるケイジだ。

ぽろっとでも安っぽい文句を言ってしまえば、本気で謝ってきそうだしな。

ケイジは苦笑いのようにして。

まあ、いいか。

向こうの方に目を向けた彼は、残ったレースの成り行きに目を追わせていた。




「そろそろ終わりそうだよ?」

向こうを見てる子が言って。

「そろそろ出るんじゃない?」

向こうを見てる他の子が、その子に言って。

みんな、向こうの方を覗いたりして。

みんな、今かと待ってる。

たくさんの列に並んた体操服の子達の中で。

私も、エルも、みんな。

ススアさんは目をきらきらさせて、私たちに。

「いよいよ『みんなリレー』っ!」

凄く楽しみみたいに、目をきらきらさせて、落ち着かないみたいに、あっちを見たりこっちを見たり、両手を上げたり下げたり、振り回したり。

「どきどきするねぇ~」

エナさんが笑いながらキャロさんに。

「うんぬぅぅ~・・」

キャロさんは、気合が漏れてるような、ぷるぷる震えてる感じだった。

「エルザと、アヴェエ、練習の成果、ここで、だね。」

ビュウミーさんが私たちに、笑ったような、真っ直ぐの目で。

エルと、私はこくこく、頷いてて。

「ほら、シアナ、なんだっけ、あれ。」

「・・うん?」

隣で振り向いたシアナさんは不思議そうに。

「アドバイス。」

ビュウミーさんは少しにっと笑って。

シアナさんはそれを見て、少し、考えてるみたいに、目を瞬いた。

それから。

「転ばないように。」

シアナさんはそう、私たちに言ってくれて。

「何回も言わさないで」

笑ってるビュウミーさんに、シアナさんはちょっと呆れてたみたいだった。

でも今日は、初めて聞いたけど。

エルと一緒に頷きながら。

・・転ばないように走ろうって、思った。

興奮してるみたいに、みんなが騒がしい中は。

ちょっと、どきどきしてくる。

みんなも、今か、今かと待ってて。

でもその間もみんな楽しそうに、どきどきしながら、ときどき向こうの方を見つめてた。

笑ったり、しゃべってたり、ストレッチしてたり。

「もう少しで入りますから、準備してねー」

ちょっと遠くで先生の声が聞こえて。

返事とかもまばらに、ちょっと静かになったら、誰かが笑ってるのが大きく聞こえてた。

『―――続きまして送り出しますのは、』

「行くよーっ」

放送の声と一緒に列の前が動き出したのを、続いてく私たちも、だんだんと。

『『みんなリレー』を走る選手たち。この競技は体育祭が始まった第1回目からあります、伝統競技であります。各年の優勝チームからすべてのチームが殿堂入りと記録されておりまして――――』

前の人たち、入場門を潜ってく子たちに続いて、開ける、明るくて、広い、大きなグラウンドに少しずつ駆けていく――――。




プリズムが混ざる空からは陽の光。

観客席に囲まれたようなグラウンドはとても広くて。

人のざわめきのような、音や声が遠くから混ざり合って、自然と溢れてくるみたいで。

徒競走のときも、走ってたら、わかる、見える流れてく人がいっぱいみんなを見守ってるのが。

やっぱり強く、どきどきしているアヴェは・・・。

・・顔を上げかけて、やっぱりすぐ、足元のグラウンドを見つめる。

移動してる間も応援してくれる人たちもいたけど。

またちょっと、ぶるっと身体を震わせてたみたいだった。

並んでいる他の子達もなんだか緊張したような表情に、隣り合う子達と笑い合う。

ススアも、緊張がそのまま笑顔になってるみたいな、楽しそうだけれども。

並ぶ列が半分に分かれてく。

リレーのレーンの傍に止まると、そこで少しまた用意が始まって。

その間も、みんなときどき顔を見合わせて、緊張したように笑ってて。

「1位っ、目指すのっ1位っ」

ススアがどきどきしたまま口にしてるみたいだった。

「ういーっ」

キャロが笑いながらススアのほっぺの両方を引っ張っれば。

「はんへっ、はんへっ?」

ススアがほっぺたを伸ばされて、変な声で言うのを、みんな笑って。

手を離したら、ススアがちょっとむくれてほっぺたを擦ってた。

キャロも面白そうに笑ってて、ススアのほっぺたを撫でてた。

「あんたの走りに掛かってるからねー」

って、誰か、他の子が言ってて。

それを聞いたススアは、振り返って。

「おうっ・・!」

その子に、みんなに、頼もしく右手を上げてた。

元気な、それを見て、みんなが笑って。

いよいよ、レースが始まる。

エルの隣で、アヴェはまた、緊張した面持ちにぶるりと肩を震わしてた。




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