限りある永遠

セイロンティー

第1話 一年生

「・・・寒いわね」


「おはよう、12日ぶりだね」


「冬休みと春休み明けに起きるのが一番イヤ。只でさえここ寒いんだもの」


「仕方ないさ、そういう装置なんだもの。ほら、新しい制服だ、着替えなさい」


「新しいって言っても3月に来たのと変わらないわ」


「そりゃそうだがね。でも、来年度はマイナーチェンジだけど少し変えるつもりだ」


「ふ~ん、だったらいっそあと一年入ってようかな」


「君が望むのなら構わないが、私としては今年の一年生に君を見た衝撃を味合わせられないのが、ちとかわいそうに思えるがね」


「冗談よ。こんな寒い所、あと一年もいたくないわ。制服貰うね」


「・・・よく似合ってるよ、とても奇麗だ」


「ありがとう、お父、理事長先生、行ってくるね」


「ああ、後から私も行く、挨拶頼んだよ」


「任せてよ、もう何回目だと思ってるの・・・?」




 桜並木を校門に向かって歩く俺の心は荒んでいた。荒みついでにほっぺも痛い。くそ親父め、夕べは顎が取れたかと思ったぜ。


 俺の前や後ろを歩く、俺と同じく制服を着た、というより、着せられている感がまだ強い連中どもは、皆漏れなくオプションで、母か父、またはその両方が両脇に付いていた。


 俺はというと、もう子供じゃないんだから、そんなオプションいらねえよと、朝啖呵を切って来たので当然一人だ。


 母さんが最後まで一緒に行くからと言ってたけど、周りのアニキたちの視線も気になったから、結局それも振り切ってここまで来たのだった。


 桜の花びらがひらひらと俺の鼻を掠めるように横切った。俺はムッとして口をすぼめると、フッとその花を遠くへ飛ばした。


 ったく、本当にやってられない。あんなに高校へは行かない、働きたいって行ったのに親父の奴め。


 大体、高校行って何になる?親は将来の為とか、いい大学に行くためとか御託を並べるけど。俺はもう十分頑張った。アニキたちに鍛えてもらった。これ以上学校で教わる事なんてないんだ。


 じゃあ、俺が将来の計画をちゃんとしているかと言われると、そりゃ母さんの言う通りしてないのかもしれない。でもだからと言って、高校生活で学ぶものなどもうない。それより早く社会に出て自分を試したいのに。


 本当、理解が足りない親を持つと子は苦労するぜ。大体、五人も育てたんだから、最後の一人くらい自由にさせてやろうって思わないのかねあの二人は。俺はその為に、長い時間をかけて自分を磨いてきたんだ、それはこんな学校に行くためじゃなくて、社会に出て最初からスタートダッシュを決める為だったのに。


 そうやってグチグチ言いながら歩いていると、いよいよというか、とうとう校門を潜る時が来てしまった。俺はすぼんだ口を今度は大きく広げ、深い溜息を吐いた。


 そんな、高校行きたくない率100%の俺なのだが、実は少しだけ興味がある事があった。正直、その為だけに通うと言っても過言ではない程に。


 敷地内に入ると、多分あそこだろうと思われる、入学式に出る連中の人だかりが見えた。そこに向かって歩いていると、背後から声をかけられた。見るとダチの友 達夫とも たつおだった。


「やっぱり来たんだ。てっきり本当に就職するのかと思った」


「したかったけど、ほら見ろよ、親父にバコっだ」


「ひゃ~痛そう、青くなってるよ?」


「もう俺はマドンナに会う為だけにやって来た」


「ハハハ、まあそうだよな。あの噂の美少女を男に生まれたからには一度は拝みたいもんだ」


「・・・それにちょっと物申したい事もあってさ」


「物申す?何を?」


「まあ、それは追々な。あ、なんかスピーカーで言ってるぞ?そろそろ行かないとまずい感じか?」


「母ちゃん遅いな・・・。ま、いいや行こうぜ」


 やっぱりお前も親と来るのかよと、内心面白くなかった俺だったが、そんなことよりも今は、例のマドンナにどうやって接触しようかということを考えるのが先決だった・・・。




「・・・続きまして、在校生代表あいさつです。在校生代表、冷泉 永遠れいせん とわさん」


「・・・はい」


 皆ざわついてるわね。今年の新一年も例に漏れずに反応上々で宜しい。


 う~ん、この舞台下から皆の羨望の眼差しを受ける快感は、いつまで経っても止められないわね。このざわめきを出来れば永遠に聞いていたいわ。それか、スマホに録音して寝る時も聞いていようかしら。


 あ、お父、理事長の咳払いが聞こえたわね。早く挨拶しろの催促みたい。じゃあ改めまして・・・。


「・・・新一年生の皆さま、この度はご入学おめでとうございます。そして、ようこそ我が江田奈留えたなる学園に・・・」


 うんうん、皆の私を見つめる目が心地いいわ。じっくり私の挨拶を聞いていきなさいね、そしてこの一年生の中から、誰かしらね、勇気を出して私に告白してくる純情男子は。


 ・・・ん?何かしら?あの、左端の列にいる男子。皆憧れとか早速の恋心を乗せた視線を浴びせてくれてるのに、あの子だけ妙に鋭いというか、今にも登壇してきて私を刺し殺そうとしそうな殺気を感じるわ。


 な、何!?あの子は一体何者なの!?一体何を考えているの・・・?




 確かにアニキたちが言った通り、噂のゾンビ、冷泉永遠は飛び切りの美人だった。あれじゃ男は皆惚れるだろう。歴代のアニキたちも皆一回は告ったらしいけど、見事に玉砕だったそうだが。


 俺の上には五人のアニキがいる。その五人ともがこの江田奈留学園卒業生だ。そして今目の前であいさつしている、冷泉永遠、全員の同級生でもある・・・。


 何を言っているんだと思うだろう。でも事実なのだ。


 この奇々怪々な事実を知ったのは、上二人のアニキの卒業アルバムを一緒に見る機会があった時だ。


 なんと冷泉永遠が、二人の卒アル、その両方に載っていたのだ。


 尋ねるとアニキ二人は教えてくれた。この冷泉永遠はゾンビなのだと。


 正確に言うと、別に死んで生き返ったわけではないからゾンビではないらしい。ただ、冷泉永遠は自身が高校を卒業した後、直ぐにコールドスリープ装置で冬眠に入り、若さを保ったまま、再び四月からの新学期を三年生として過ごす。それを何年も繰り返しているというのだ。


 にわかには信じ難い話だったが、実際こうして両方のアニキたちの卒アルに登場しているのだから間違いない。二人のアニキの歳は十も離れているのだから。


 そしてその後に入学した、三人のアニキたちの卒アルにも冷泉永遠は載っていた。


 俺は五冊の卒アル全てを見比べてみたが、ほぼ変わらない冷泉永遠がそこにはいた。


 最初は気持ちが悪かった。いくら何でも歳を取らずに何年も三年生を繰り返しているなんて異常だ。アニキたちもそれは重々分かっていたらしいけど、皆口を揃えて言うのが、実際の冷泉永遠に会えば、気持ち悪いとかいう感情は全くなくて、寧ろ好きになってしまうのだと。


 そんな馬鹿な、いくら美人でもゾンビはゾンビじゃないか。俺はそう思って、この入学式を迎えたが、確かに実際の冷泉永遠を見ると、アニキたちの言うことも分かるのだった。卒アル写真なんかよりも、何十倍も本物は美人だった。ゾンビと分かっていても、そんな理屈は屁理屈だと捻じ曲げるだけの力を持った魅力が、会って数分しか経っていないのに、彼女には備わっているのだと俺は感じたのだった。


 でも、俺は騙されやしない。美人がなんだっていうんだ。そんな事より、俺は彼女に物申したいのだ。その為に俺はこの学園に来たんだ。そうじゃなきゃ、親父にぶたれただけ大損なんだからな。


 よし決めた、善は急げ。とりあえずこの入学式が終わったら、三年の教室を尋ねよう。そこで冷泉永遠と一騎打ちだ。見てろよゾンビめ、今に化けの皮を剝がしてやる・・・。




「・・・はい、進級した三年生の皆さん、こんにちは。私がこのクラスの担任です。冷泉さん、あいさつお疲れさまでした。そして今年もよろしくお願いいたします」


「・・・あら、先生私には敬語は使わないでくださいよ」


「でも、あなたは本来私よりも年上なのだし」


「それは言いっこ無しですよ」


「そ、そうですね・・・あら?あなたは?」


 ん?誰か教室に来たの?あれ?あの子は確かさっきの・・・。


「すみません、冷泉先輩に用があって来ました」


 私に・・・?


「あの、君はもしかして新一年生?」


「そうです」


「今は入学式が終わって、各々のクラスに向かう時間です。あなたも早く自分の教室に向かいなさい。何組?先生は誰かしら」


「今はそんな事より、冷泉先輩に話があるんです。その為にこの学園に来たんですから」


 その為に?何かしら一体・・・。


「駄目と言ったら駄目です。早く戻らないとあなたの担任に・・・」


「先生!大丈夫です、私話聞きますから」


「え?で、でも冷泉さん・・・」


「大丈夫ですよ、すぐに戻ります。それに、この後の時間はもう何度も経験してますから」


「・・・そ、そうね、分かったわ。話が終わったら、帰りにこの生徒を教室まで送って行ってくれるかしら」


「はい、分かりました。・・・行こっ、新一年生くん、屋上でいい?」


「どこでもいいです」


「よし、生意気上々ね宜しい・・・」




 俺は冷泉永遠に連れられて、屋上へとやって来た。さっき通ってきた鬱陶しい桜並木が一望できる。まあ、小春日和だけあって、屋外に出ると気持ちがいいのは否めなかった。


「・・・君が史上最速だったかもね」


 冷泉永遠は急にそう言った。


「何のことです?」


「私に告りに来たんでしょ?でも残念だけど、まだちょっと早いかな。大人びて見えて血気盛んなのは嫌いじゃないけどね」


 ゾンビが一体何を言うのかと思えばくだらない話である。でも、こうやって二人きりになって、しかもこの近距離だ。現実は、直視することも憚れる程に美人で、ちょっと間違えば確かに告ってしまいそうな気配はある。


 俺は意識的に心の中の自分を律し、平静を保とうと努めた。


「・・・先輩に質問があって呼び出しました」


「・・・君、名前は?」


限梨 有人かぎり あるとです」


「で、有人くん、質問は何かな?」


「先輩はいつまでこの学園にいるつもりなんです?」


「・・・なぁんだ、そっち系の質問か。それなら即答よ、この学園が好きだから。じゃあ、教室まで送るわ新一年生くん」


「まだ話は終わってませんよ、はっきり教えてくれませんか?」


「だから今言った答えが全てよ」


「理解できません」


「してもらおうとは思っていないわ」


「で、でも・・・」


「君みたいに、私に直接、私のこの部分を知りたがる人は何人かいたわ。でもその質問の全てに返してきた答えが今の答えよ。そう答えれば、それ以上の質問は飛んでこなかった。だって、それ以外の何物でもないもの・・・」


 冷泉永遠は至って冷静にそう返す。まずい、俺、押され気味だ。


「・・・だ、だって、ただ学園が好きだからずっと卒業もしないでコールドスリープまでして居続けるなんて異常ですよ」


「・・・それであなたに迷惑がかかるかしら?」


「え!?」


「あなたに直接面倒をかけるのなら止めてあげる。でもそうじゃないでしょ?だったら私はこれからも冬眠させてもらうわ。コールドスリープって簡単に言うけど大変なのよ?毎晩寒い思いをして寝てるわ、少しでも時を止める為には毎晩使用するのがいいの。夏休みとかの長期休みなんかが一番寿命を延ばすには最適なんだけど、そしたら折角できた友達と外で遊べないでしょ?それはそれで寂しいとこもあるんだから」


「そ、そうまでしてこの学園に居続ける意味があるんですか!?」


「あなたも学習しないわね。いい?最後にもう一度言ってあげる。居続ける意味は、この学園が好きだから!分かった?これ以上話す事は無いわ。もっと話したければ、私がもっとこの学園を楽しめるようにしてくれる?」


「ど、どうやって?」


「そうね、この学園、スポーツがからきし弱いの。やっぱり、高校生活を語るうえで部活は欠かせないでしょ?でもあれだけ弱小なら話にならないのよね。だから、君が何か部活で名を上げたら話をもう一度聞いてあげるわ・・・」


 冷泉永遠はそう言うと、踵を返して屋上から去った。まだ全然聞きたいことを聞けてないというのに、その背中を振り向かせるだけの言葉をかける力が今の俺にはないと自覚した俺は、空しく項垂れる事しか出来ないのだった・・・。

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