第48話 寄生源の条件

「回避だって?」


 その可能性に言及していたのは小宮山だ。

 いや、彼はその説を疑っていた。

 探っていたのは日野教授で──自殺の理由はそこにあるのかもしれないと言ったのだ。

 小さく深呼吸して、伊織が龍生を見つめる。


「御堂さん。寄生源となる条件が何なのか、分かりますか」


「条件?」


 寄生源は発芽した時から寄生源ではないのか。

 女王蟻のように、芽吹いた時から役割がふられているのかと思っていたのだが。

 そう言うと、伊織は首を横に振った。


「長生きすることです」


 端的に言って、伊織が付け足す。


「通常より長く生きている嘘花の周囲なら、嘘花に適した環境であるという考え方だと思います。寄生源を目指して嘘花が集まるのか、本来なら寄生せず排出されるはずだったものが発芽を誘発されるのか、それは分かりません。しかし嘘花にとって発芽する環境が重要であることは間違いないでしょう。生き残るために環境を選ぶ力がある。だからこそ、嘘花は寄生源の擁護者には寄生しないのです」


「嘘花に適した環境を作っている人間を残しておこうということか」


「おそらく」


 頷いて、伊織が続ける。


「そもそも嘘花は嘘かそうでないかを主観的なレベルで把握することができるのです。脳を支配するとも言われている。人間の感情がどこへ向かうのかくらい、察知できたとしても不思議ではありません。ただ、誰が環境の支配者か判断することは難しいのでしょう。だからこそ、寄生源となった人間が重要だと思っている人間を残そうとするんです」


 そうか。だから。

 思考がつながって、龍生はふいに泣きたくなった。

 伊織にとっては母も、父も、妹達も、養母も、養父も、自分を守る存在ではなかったのだ。

 明日香や真木はいざ知らず、課長や小宮山さえ、彼女にとって重要な人物とはなれなかった。

 誰もいなかったのだ。

 八年も前に少し優しくしてくれただけの他人の他に、誰も。


「御堂さんは世界中でただ一人、私に心を砕いてくれた人です。あの日髪を梳かしてくれただけじゃない。私に異動願いを勧めて、ビールを取り替えてくれて……千世だった頃の私をずっと覚えていてくれた。私にとって、間違いなく重要な人。側にいれば絶対に寄生されません。だけどそれも、今日で終わりです」


 え、と伊織を凝視すると、大きな瞳がこちらを見つめ返した。


「全てを知った御堂さんは私を許さないでしょう。私を告発して、保健所に知らせる。それはあなたの権利です。義務でもあります。分かっています。だからこそ、あなたを擁護者ではない、と思ってしまうのが怖い」


 味方ではないと思ったが最後、養父や養母のように発芽してしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だと伊織が訴える。


「あなたを不幸にした償いに、傍にいることであなたを守りたかった。だけどもうそれも叶わない。私が近くにいれば、かえって危険が及びます」


「志摩さん」


 呼びかけて、少し迷う。だけどどうしても聞きいておきたくて、龍生は伊織に向かって尋ねた。


「教えてくれ。君が嘘花なら、妻が葬儀屋に連れて行かれた日、俺に言ってくれた言葉は何だったんだ。俺は君が同情から口にしてくれたリップサービスみたいなものだと思っていたけど、もしかして」


 ──龍生さん、愛しています。


 嘘を避けることで発芽を抑えていた伊織が、わざわざ口にしたあの言葉。

 あれを優しい嘘だと思ったから、龍生は直前まで伊織が千世で、嘘花であることに半信半疑だったのだ。

 しかし、あの言葉が本心なら。

 出会った時から伊織はずっと不幸だったことになる。

 龍生には妻がいて、あまつさえ引き合わせ、みっともなく嘆いたのだ。

 その上、妻の代わりに名前を呼ばせて、大事な言葉を言わせてしまった。

 最低だ。あまりにも。

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