第41話 符合の兆し

「志摩さんはね、貰われてきた子なんだそうです。嘘花となったお父様と認知症を患っていたお母様は、どちらも血の繋がらないご両親だったとか」


「え?」


 思いがけない方向から告げられた真実に、龍生は大いに戸惑った。

 まさかことが出自に及ぶとは思わなかったのだ。


「最初は施設にいたようですね。はっきりとは言いませんでしたが、施設に入る前のことはあまり覚えていないようでした。養父となったお父様は典型的な男尊女卑の価値観を持った方で、亭主関白でもあったそうです。お母様が認知症だろうと構わず王様のように振る舞い、思い通りにいかないと機嫌を損ねる。志摩さんは、まだ十代の頃から家事の全てを引き受け、同時にお母様の介護もしていたと言っていました」


 最初に利用したのは向こう。

 そう言った伊織を思い出して、龍生は苦々しい思いを噛み潰した。と、同時に奇妙な感覚が体を這い上がる。

 ほとんど悪寒といってもいいその感覚に不吉な予感を覚えて、龍生は原因を探ろうと頭の中の記憶をひっくり返した。

 磯波が先を続ける。


「家事をして介護をして学生をして……その上管理者にまでなったのに公務員試験に合格したのですから見上げたものです。ただ、多忙の中でお母様から目を離す時間も多く、その間に詐欺に遭ったり迷子になったりと苦労したようでした。お母様が亡くなったのも、迷子になった挙句のことですしね。お父様はあまり、協力的ではなかったようで」


 一息ついて、磯波がガラスの向こうの空を見上げた。


「論文のためとはいえ、親が化け物になっていく過程を観察するなんて、ちょっと冷酷だなと思ったものですが……事情を知って妙に納得してしまいました。……あの人はきっと、精神の帰る場所がどこにもないのですね」


 つられて天を仰ぎながら、龍生は必死に考える。

 本当の両親ではない。

 父を実験していた。

 嘘を回避する方法。それから──。

 射し貫くような攻撃的な陽光に晒されながら、龍生は鳥肌が立つのを感じた。

 もしかして……いや、だとするとあの時の発言はおかしい。不自然というより不可能だ。

 ぐるぐると考えあぐねる龍生には気づかぬ様子で、磯波がこちらに視線を戻した。


「志摩さんは心の強い女性です。ですが彼女の強さは芯のない強さでもあります。誰にも心を寄せていないから、強い。そういう強さはね、御堂君。時に自己破滅を迎えるものです。もういいや、と思った時に引き止める要因がないからでしょう。私はそれを予感していながら、人材欲しさに見て見ぬふりをして彼女を特事課に迎え入れました」


 そうして自由になる頭を垂れると龍生に向かって懇願する。


「君にばかり背負わせて、本当に申し訳ない。ですが葛野君のような不幸を繰り返すわけにはいかないのです。勝手なお願いですが、どうか志摩さんを気にかけてあげてください」


 違和感と、同情。そのはざまで激しく揺れ動く龍生は、ついに「はい」と答えることができなかった。

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