第11話 葬儀屋

 


 面会室の惨状は飛び込んできた五十嵐によって保全され、負傷した刑務官は【嘘花】の種子が一粒でも外に持ち出されないよう、その場で上着を剥かれて運ばれて行った。

 【嘘花】がそこになければ特事課の出番はない。追い出されるように部屋を出た龍生は、拘置所横の駐車場に向かっていた。

 使い込まれた公用車を見つけると、中から伊織が降りてくる。

 そういえばこの子、吐いたんだったな。

 何だかずいぶん昔の残像を見るような思いで龍生は力なく笑った。


「おー。気分はどうだ。帰りは俺が運転するから」


 小走りに駆け寄ってきた伊織が足を止めて気まずそうに俯く。


「すみません。ご迷惑をおかけしました」


 ただでさえ小さな声を更に小さくして、伊織がぺこんと頭を下げた。


「いいよ。うちの課じゃ珍しいことでもないし。──ただ」


 目の前の小ぶりな頭を見下ろしながら、龍生は続ける。


「やっぱり君に特事課は難しいと思う。悪いことは言わないから人事に掛け合え」


 弾かれたように伊織の顔が上がった。

 ほとんど動かない伊織の表情筋に刻まれていたのは、焦りだろうか。


「いえ……いいえ。できます。大丈夫です」


「大丈夫って、志摩さん」


「今度は吐いたりしません」


 頑なに意地を張る伊織の頑固さに龍生は思わず苦笑した。


「そんなに一生懸命しがみつくような場所じゃないだろ」


 嫌われ、疎まれ、踏み込むくせに助けない。果ては化物の自害を見せつけられる始末だ。

 龍生の表情から何事か察したのだろう。伊織がそのまま口を噤んだ。

 と、その時。

 一台のリムジンが音もなく駐車場に入って来た。

 真っ黒な車体にスモークガラス。一見普通の乗用車にも見えるが、恐らくあれは後部座席を改造した霊柩車だ。


「葬儀屋か」


 早いな、と呟いた龍生を伺うように伊織が見上げる。


「あの、彼は」


 彼、というのが真木を差していることはすぐに分かった。

 身内に【嘘花】がいたせいだろう。伊織にとって、たとえ化物の姿になろうとも、真木は人間なのだ。


「死んだよ」


 できるだけ平坦な声で伊織に答える。


「奪われるくらいなら自分で握り潰したかったようだ。最後にとびきりの嘘を吐いて【終末】を迎えた」


 ──この世は美しい。生まれて来たことに感謝する。


 あれは真木にとっての呪詛だ。

 バラバラになった真木の残骸を思い出していると、霊柩車のドアを開けて数人の男たちが降りて来た。

 ビニール製の黒い作業着に黒い長靴。黒い長手袋と黒いマスク、黒いキャップ。一般のそれとは違う、葬儀屋が抱える【嘘花】専門の特殊清掃作業員だ。

 最後に降り立った男はスーツ姿だった。真っ黒な三揃いに真っ黒なネクタイ。葬儀用の礼服である。

 目元の涼しい顔立ちのその男がこちらに気づき、小さく会釈した。

 男の指示を受けた作業員達が拘置所に向かっていく。その背中を見送ってから、男がこちらに近づいて来た。


「こんにちは。もしかして特別事例収集課の方ですか」


 公用車の白い車体に貼り付けられた役場のロゴを確認しながら、男がにこやかに問いかける。


「五十嵐所長のご要請をいただいて参りました。葬儀屋です。朝一番でご連絡をいただいたのですが、特事課が先だと仰っていましたので、もしや、と」


 狐目を細めて男が名刺を差し出した。

 室鬼(むろき)葬祭、瓜生嵯峨(うりゅうさが)。派手な名前の男である。

 仕方がないので龍生も懐から名刺を取り出した。


「特別事例収集課の御堂と、新人の志摩です。すみませんね、こっちを待ってもらったせいで【嘘花】が爆発してしまった」


「いえ、不測の事態には慣れていますから。化物だろうと残骸だろうと一粒残らず回収してみせますよ」


 言いながら名刺に目を落とした瓜生が「おや」と僅かに目を瞠った。


「御堂、龍生さん……あなたが」


「どこかでご縁がありましたか」


 尋ねる龍生に瓜生が笑って首を振る。


「いいえ。でも近いうちにまたお会いするかもしれませんね」


 意味ありげな言葉に眉を潜めると、瓜生がセールストークで話題を切り上げた。


「これを機に、ぜひともうちも優良葬儀屋としてリストに加えていただきたいものです。どうぞご検討ください」


 にこにこと会釈を残して、瓜生が作業員達を追って拘置所に向かう。

 なんだか胡散臭い。

 もしや脱法葬儀屋かと疑いかけて、龍生は思考するのをやめた。

 あの五十嵐が【嘘花】に利するように動く脱法葬儀屋を所内に入れるとは思えなかったし、真木に限って言えばどのような葬儀屋でも末路は変わらないからだ。

 真木は死んだ。

 大金を出して彼の種子を保護したがるような縁者もいない。

 押し黙った龍生を伊織が怪訝そうに見上げた。


「何でもない。庁舎に戻ろう」


 首を振って運転席に回る。ドアを開けてシートに沈み込むと龍生は深くため息をついた。

 二年目の真実。真木の【終末】。意味深な葬儀屋。──何だか疲れた。


「酒でも買って帰るかなー」


 投げやりに言うと、一歩遅れて助手席に滑り込んできた伊織が「いけませんよ」と真顔で龍生を窘めた。


「あー。はいはい。勤務中だからね。分かってますよ。冗談だって」


「いえ、そうではなくて」


 作り物のように美しい顔の横に細すぎる左腕を掲げて、伊織がそこに嵌まっている腕時計を指先で示す。


「まだ午前中です。午前中には呑まないと決めているのではなかったですか」


「ああ……」


 なるほど。小宮山とは別ベクトルで冗談が通じないタイプか。

 何度目かになる脳内の情報修正を行いながら、龍生はシートベルトに手をかけた。

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