第15話 サニーとケルティー

 厩舎は、館の正門から少し脇に逸れた場所にある。

 サニーは正面玄関には向かわず、裏口まで歩いていくとそこから中庭に出た。シェイドの執務室からだと、こっちから回った方が近い。

 裏出にある焼却炉を経由し、ぐるりと館を半周して厩舎へと辿り着く。


 「こんにちわ〜、ケルティー」


 厩舎の入り口からそっと中を覗き込み、ケルティーの姿を認めるとサニーは手を振った。

 

 ――ブルルッ。


 ケルティーは小さく嘶きを上げ、サニーの方を見た。


 ――つーん…………。


 が、それも一瞬で、すぐさま何も見なかったかのようにそっぽを向いてしまう。


 「う…………」


 いきなり出鼻を挫かれたような気分になったサニーだが、ここで怯んでいてはいけない。ケルティーが引いた態度を取るなら、こっちは押すまでだ。

 サニーはシェイドの指示通り、桶に飼葉を詰め込むとおもむろにケルティーの方へと歩み寄る。


 「そろそろ朝ごはんの時間だよね? 今日はね、シェイドに代わってあたしが用意してあげる事になったんだ!」


 ケルティーに見えやすいように桶を両手で掲げながら、サニーはにっこりと人懐っこい笑みを浮かべる。


 ――…………。


 一瞬だけこちらを気にする素振りを見せたものの、やはりケルティーはまともにサニーを見ようとはしない。


 「(まだまだ……!)」


 サニーは桶をケルティーの目の前に置くと、数歩下がって食事を促す。


 「お腹空いたでしょ? たーんとお食べ♪」


 鏡は無いけれど、自己採点で満点を弾き出したと自負する笑顔と共に、両の掌を上にして桶へと向ける。


 「ささっ、どーぞどーぞ! かぷっと、一気に!」


 正直、餌をやるだけなら容易いだろうと思っていた。

 たとえケルティーが自分を嫌っていようが、用意された飼葉くらいは普通に口にするだろうと。何せ彼女だって飢えたくはない筈だ。





 ――つーん…………。





 だがサニーの儚い希望的観測はあっさり覆され、ケルティーはサニーも飼葉も目に入らないと言った具合に明後日の方を向いたままだ。


 「……ご飯くらい食べようよ〜!」


 満点の笑顔が苦笑いに変わる。サニーは桶を持ち上げてみたり、目の前で手を振ったりしてみせたが、ケルティーの反応は依然として冷たいままだった。


 「……ああ、そっか! もしかして毛繕いの方を先にしてほしいのかな? それならそうと言ってくれれば良いのに〜!」


 苦し紛れにご機嫌を取ろうと、サニーは馬の毛並みを整える為のブラシを手にしてケルティーに近付こうとする。


 


 

 ――ブルルッ! ブルッ!!





 が、ダメだった。それまで無視を決め込んでいたケルティーが、『触るな!』と言わんばかりに息を荒くして激しく威嚇してきたのだ。

 厩戸の中なので暴れ回りこそしなかったが、強くその場で足踏みをして拒絶の意を明らかにする。

 誰がどう見てもはっきり分かる反応と態度だった。


 「……そんなにあたしが嫌い?」


 サニーはがっくりと肩を落とした。分かってはいた事ではあるが、こうまであからさまに拒まれると結構くるものがある。

 まぁ、彼女のご主人様から帰れと言われていたのに、図々しく居座りを決め込んだ招かれざる客であるので、その辺の機微を察知しての嫌悪なのかも知れないけど。





 「あらあら、随分と手を焼いていらっしゃるようですね」





 厩舎の入り口から聴こえる筈のない声がして、サニーは心臓が跳ねた。


 「セレン、さん……?」


 日傘を差して入り口に佇んでいたのは、呪いの影響で日中は館まで来られない筈のセレンだった。


 「どうして此処に……? だって、まだ朝……」


 「シェイド様おひとりならともかく、今はお客様もいらっしゃいますので。日没後から仕事を始めたのでは不都合が生じます」


 しれっとそう言いながら、セレンは日傘を畳んで厩舎の中に入ってくる。


 「いや! でも呪いが……!」


 「あまり長時間日光を浴びなければ平気です。日傘だって用意してありますし、私の家……もといレインフォール家の使用人宅は此処から程近い場所にありますから。サンライト様は、シェイド様がアングリッドを送り届ける場面をご覧になったのでしょう?」


 確かに、あの時は急いで家に帰りたがっているアングリッドを、シェイドが日中強行軍で送迎していた。

 あの時のアングリッドはフードとマントで全身を覆い隠していたし、セレンの言う通り直接日光を肌に浴びさえしなければ、ある程度は呪いの影響を軽減出来るのかも知れない。

 ……それでも、結局アングリッドは『エゴ』化しちゃったんだけど。


 「ご心配頂かなくとも結構です。呪いの自己管理くらい、私にとっては造作も無いこと。それよりも今は……」


 もうこの話は終わりとばかりにセレンはサニーから目を外し、ケルティーと彼女の前に置かれた桶を見た。


 「早く“ケルぴー”に朝食を食べさせてあげなくては」


 「……はぇ? “ケルぴー”って……?」


 ポカンとするサニーを尻目に、セレンはケルティーの方に歩み寄る。


 ――ヒヒンッ!


 さっきまでとはまるで様子の違う、嬉しそうな嘶きを上げると、ケルティーは『撫でろ!』とでも言うかのようにセレンに自分の頭を突き出した。


 「よしよし、おはよう“ケルぴー”。こんな時間に会えるのなんていつ以来だろうね?」


 柔らかい微笑みを浮かべながら、砕けた口調でケルティーに話しかけ、彼女の期待通りその首を撫でるセレン。

 それから、桶の前にしゃがむと中から飼葉をひとつまみ取り出し、それを口に含んでケルティーに見えるように咀嚼してみせる。


 「……うん、大丈夫。いつもと同じ、普通のご飯だよ。あのお姉さんは何もしてない。変な混ざり物なんて入ってないよ」


 飼葉を吐き出し、にっこりと安心させるようにケルティーに笑い掛けている。

 

 ――…………ブルッ。


 ケルティーはそれでもやや躊躇していたようだが、やがてモソモソと首を桶に近付け、慎重ながらもしっかりと中の飼葉を食べ始めた。


 「うん、良い子だね“ケルぴー”。しっかり食べて、ご主人様のお役に立たなくっちゃね」


 大人しく餌を食べ始めたケルティーを、セレンは慈しむように見詰めていた。


 「……………………」


 サニーは言葉を失って、一連の流れを呆けたように眺めていた。

 あまりにも普段と違いすぎる。サニーの知らないセレンの姿がそこにあったのだ。


 「……どうかされましたか、サンライト様?」


 絶句しているサニーを怪訝そうに見上げるセレン。


 「えっ……!? あ、いや……! セ、セレンさんって、ケルティーとも親しいんですかっ!?」


 急に話を振られて、サニーは狼狽えた。


 「彼女がまだ仔馬だった頃に、私はこの館に引き取られました。それ以来の付き合いになりますから、今では姉妹のようなものですよ」


 「え……? 引き取られたって……?」


 セレンには圧倒されてばかりのサニーだが、この直後に彼女から告げられた言葉は、それまでの衝撃を全て上回った。




 

 「私は、先代様に拾って頂いた、孤児だったんです――――」

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