第15話 侍女になるために

 ニーアが少し大きめの瓶を持ってきてくれたので、その中にもらった大量のクッキーを全部入れてくれるように頼む。すぐに終わったようで声がかかった。



「どうされるのですか?」

「こういうときの魔法よ!」



 パチンと指を鳴らすと瓶の中は真空となった。湿気る要素を取り除けば、この大量のクッキーも長く楽しめるだろう。



「これは、どうなったのですか?」

「瓶の中が真空になっているの。風の魔法の応用ね! 美味しくいただくために、余念はないわよ!」



 ニーアにニッコリ笑うと、そのクッキーを部屋の隅に置いた。



「それにしても、もう少し、生活用品が欲しいですね……」



 当たりを見回しぼやくニーアに、あなたが侍女になったら好きに家具も増やしていいと伝えておく。ニーアなら、素敵な家具を揃えてくれるだろう。殺風景な鳥籠が賑わうのはそう遠くない。



「さっきの続きをして、今日中に本の整理は終わらせましょう!」



 本棚に向かい、背表紙をニーアに読ませていく。ところどころつまっては、読み方を教える。

 そんなやりとりをしながら、本は見事に本棚へ収まった。



「ビアンカ様、終わりましたね!」

「そうね! ニーアが手伝ってくれたおかげで早く終わったわ!」

「そんなことないです」

「ふふっ、この部屋に来たときは本を読むことを許可するわ! 持ち出さないでくれれば、自由に読んでちょうだい。1ヶ月で、あなたを侍女に仕上げないといけないのだから、お互い頑張りましょう!」



「よろしくお願いします」とニーアは深々と頭を下げるのであった。



 ◆◆◆



 翌日からもニーアが鳥籠に通ってくれるようになった。

 着ているお仕着せが上品な作りのものに変わり、侍女になるための見習いとなったことがわかる。

 メイドとの違いは、下働きが減ることと常に主人の近くに侍っていること。

 毒味をすることだってあるが、私はそれをしなくていいので、気楽にしてもらえればいい。



「さっそく、セプトが動いてくれたようね?」

「はい、昨晩、侍女長から呼び出しがあり、殿下からの申し出のあったことを聞きました」

「そう、これからが大変よ! メイドと違って、侍女はすることも気を遣うことも多いからね。

 まずは、お茶を入れてくれるかしら? 二人分。その後、文字のお勉強にしましょう!」



 テキパキとお茶用意をしているニーアを後ろから見ていた。



「ニーア、お茶をここで入れてくれるかしら?」

「かしこまりました」



 ワゴンを運び、私の見えるところでお茶を入れる。


 手順は……誰に教わったのだろう?


 少々、私の知るお茶の手順が違うようだ。



「ニーア、お茶の入れ方は誰から?」

「先輩の方に聞きました。あの……何か問題があるのでしょうか?」



 困惑するニーアに微笑みかける。ニーアから茶器を取り上げ、小さく息をはく。

 久しぶりにお茶を淹れるのだから……腕が鈍っていなければいい。



「あの、ビアンカ様」

「ニーア、よく見ていて。お茶はお茶でしかないのだけど……されど、お茶なのよ。貴族では、専属の侍従を置く人もいるくらいこだわりがあるものなの。今のままでも美味しいけれど、専属侍女になるのであれば、お茶の好みは私に合わせないといけないし、お客があれば、そちらに合わせた用意をしないといけないわ。

 さっきの方法は、一般的ではあるけど、あまりお茶の良いところを出せていないの」



 我が家に伝わるお茶の入れ方をニーアに見せる。じっと見つめ、見落とさないようにしていた。

 真剣な眼差しに、笑みがこぼれる。



「今日は、ニーアが私のお客様ね。そこに座ってちょうだい!」

「あっ!えっ……」

「いいから、いいから! これも侍女になるためには必要な経験よ! お茶の道は、1日で成らず! まずは、味や香りを自身が入れたものと比べてみて!」



 ニーアの前に私が入れたお茶を出す。

 表情が一瞬で変わった。

 まず、ポットから香る茶葉の匂い、そして、カップに注がれた紅茶の香りは、ニーアが入れたものより、格段に違うだろう。

 同じ茶葉で入れたとしても、手間と順序だけで全く違うものになる。



「あ……あの……!」

「何かしら?」

「この、香り……同じ茶葉ですよね?」

「えぇ、そうよ! ニーアがさっき入れてくれたものと同じ」

「……全然違う。香りが、部屋にも広がりそう……」



 私は、ニーアに微笑みかけ、どうぞと薦めた。

 カップを持ち、口につけるとわかるだろう。鼻から抜けるお茶の匂いは、優しい気持ちにさせ、口に入れた瞬間、自身からお茶の香りがするのではないかと錯覚するほど、包み込まれる。



「すごい。私でも違いがわかります! 口に含んだ瞬間に、さらに香りが広がるようです!」

「そう。これから、こっちを優先してくれるかしら? 一言お茶といっても種類も多い。産地や取る時期、精製方法で作られた同じ茶葉であっても違うのよ?

 明日は、違う茶葉をいただけないか、侍女長に聞いてみて。例えば、セプトの好む紅茶とか、飲んでもらいたいお茶とか」

「飲んでもらいたいお茶ですか?」

「えぇ、さっきも言った通り、同じ茶葉でも、栄養価が違う場合があるの。効能が違うのよ。例えばだけど、よく寝れないときにカモミールティーを飲んだりするでしょ? 華やかな気持ちのときはジャスミンのような花茶だったり。王子の食事は、王子のことを思って作られた特別なもの。口にするものは全て管理されてるし、体調の変化に合わせて作られるのよ」

「……知りませんでした」



 ふふっと笑う。私もそんなに詳しいわけではないが、そのように妃教育で教えられた。

 妃が先に食べるのも、侍従によって毒見されたうえで、さらに毒見の役割も兼ねていることや、味覚嗅覚について、鋭くなるようにとかなりの訓練もした。

 王子の体調の変化をいち早く感じ取るために医療の真似事まで出来たりもする。しなだれているのは、ただただ可愛がってもらうためだけではないことは、口酸っぱく言われたな……と、思い出す。



「調子のいいときなら、肉をたくさん食べても気にならないけど、調子の悪い日に食べると?」

「……悪化する」

「そういうことね。王子といえど、執務や公務は多いのよ。食事で体調を悪くされては、料理長の立つ背がないから、かなり神経を使って作られていると思うわ! それをセプトが感じて食事をしているかは、別として……」



 私は苦笑いしてニーアにこれから勉強する内容について話していく。

 自身が妃になると決めたことでないことにしても、婚約者と決まったなら、セプトを支えるしかない。

 知りませんでしたと背を向けてしまうのは、私の気持ち的に落ち着かないのだ。

 ニーアに勉強を教えるのは、今後の王宮での生活に大きく影響があるから。

 そして、学ぶ意思があるニーアは飲み込みも早い。


 そんなニーアにとても期待している。早く、私の専属侍女になれることを祈るばかりであった。

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