第10話 謝るニーアは悪くない

 午前中は、ニーアの文字の勉強と本2冊を読んだところで終わった。

 午後からは本棚が来ることになっているので、読み終わった本の中から返してもいいものだけ別にわけることにした。



「ニーア、午後は来ないのよね?」

「はい、次は違うところで、働くことになっていますから」

「そう、では、次はいつくるかしら?」



 そう言うと、ニーアはクスクスと笑い、失礼しましたと慌てて謝る。



「謝らなくていいわ! どうしたの?」

「ビアンカ様とこんなふうにお話ができるなんて思ってもみなかったので、嬉しくて、つい……」

「そんなことくらいで! 私の方が、嬉しいくらいよ!」

「そんなっ! ビアンカ様はこの国内で伝説の聖女様とみなに言われています。そんな方とお話できることは、やはり、光栄なのです」

「光栄だなんて、私の方が話し相手が出来て喜んでいるのに!」

「私など、滅相もないです!」



 ふるふると首を振るニーア。ただ、なにか、心に思うことがあるような、芯の強そうな瞳を向けてくる。



「あの……失礼を承知でお願いしてもよろしいでしょうか?」



 恐縮しきったニーアに「私にできることなら」と答えた。



「次もこちらに来たとき、文字を教えていただくことはできないでしょうか? あの、一生懸命覚えるので!」

「かまわないわ! 次のことは、もう考えてあるから!」

「本当ですか! ありがとうございます、ありがとうございます!」

「たいしたことはしてないわ。そのかわり、また、私の話し相手になってね?」



 ニーアは、嬉しそうにコクリと頷いた。私にとって、何よりのお返しである。かすかに聞こえるお昼の鐘に、ニーアは下がる許可を取り、私の前から退出した。

 私の元にもお昼が運ばれてくる時間でもあるので、机の上を片付ける。

 ニーアがいなくなってしまって、静かになる部屋。さっきまでニーアが書いていた文字を見ていた。私が書いた見本の方は、持って帰ったようだ。

 メイドでは、紙やインク、ペンを買い揃えるのは難しいだろうと見ていた。ニーアのことだ。きっと地面なんかに棒っきれか石かで書いて練習するに違いない。


 体感時間どれくらい経っただろうか?


 未だ運ばれてこないお昼に腹の虫はきゅーきゅーないたが、一向に運ばれてこない昼食。



「どうしたんだろう?」



 何もしなくてもお腹は減るから困りものねと、さすっていると、ニーアが慌てて鳥籠に入ってきた。



「ビアンカ様、お昼が遅くなってしまって、申し訳ありません! 今、用意しますので……」



 息を切らし、昼食を持ってきてくれたようだ。さっきの今だ。きっと、ニーアもまだ、食べていないだろう。

 次々と料理の乗ったお皿をテーブルに並べてくれる。

 ただ、私は、それらを見ながら、どうしてニーアがここに? という疑問を抱いた。

 午後からは、確か別の侍女に代わる予定であったのだ。



「ニーア、準備をありがとう!」

「いえ、昼食をお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした!」



 悪いことをしたと謝るニーアに、「そんなに謝らないで?」と言うと、「なんてお優しい」と目に涙を浮かべ始めた。

 お昼は別問題とて、鳥籠に大慌てで入ってきたことをニーアに問うことにした。


 私の質問に答えてくれるだろうか?



「準備が整いましたので、お召し上がりください」

「ありがとう。ところで……午後からは別のところへと言ってたと思うんだけど?」



 その言葉で、ニーアがどう説明したらと言う雰囲気になった。

 なんとなくわからなくもないなと思い、こちらが考えていることを話そうとした。



「ビアンカ様、今朝、セプト殿下より、このお部屋の入り口に魔法がかけられたことは伝えられておりました。私は、今朝、何気なくこのお部屋に入ることが叶ったのですが……その……」

「次の当番が、私に対してあんまりいい感情を持っていなかったということかしら?」

「……申し訳ございません! 城では、そのようなことがないよう徹底されていたはずなのですが」

「ニーアが謝ることじゃないし、人の感情は表面では完璧に読み取れないもの。気にすることなんて何もないわ!」

「それでも……」

「ふふっ、セプトって、相当遊んでる王子なのでしょう?」

「……そんなことは!」



 慌てて否定するニーアには申し訳ないが、数日顔を合わせ、話をしていれば、セプトの上部くらいの人となりはわかってくる。

 あまりにも女性へ対して、スマート過ぎることは、まぁ、そういうことなんだろう。

 王子のお手付きになりたい侍女やメイドもきっと少なからずいるに違いない。どう頑張っても側室にしかなれなくとも、衣食住に困ることはないし、城内での身分も一転するから、夢物語……程度に若い子たちは、狙っていることだろう。

 セプトが私の婚約者ってことになっているらしいから、私を否定したい気持ちはわからなくもないが、ニーアに隠される程のものではない。

 例え、私がこの国では聖女だったとしても、私は私でしかなく、全属性のちょっと魔法使えるそのへんの令嬢なだけなのだ。

 それも、この国では何の後ろ盾もない、軽いものだった。



「ニーア、ニーアが本当に謝らないといけないことに対してだけ、謝りなさい。いつも、すみません、申し訳ありませんって言っていると、本当に必要な謝罪のときに軽くなってしまうわ! 今のは、ニーアにはなんの落ち度もないことなんだから、気にしなくていいの」

「申し訳ありま……」

「ほら、謝らないで! それより、昼食をいただきたいわ!」

「すみません」

「ほら、謝らない!」



 私は思わず笑うとニーアもふふっと笑いだした。私たちは、お互い視線を交わして笑いあってしまう。

 そこにコンコンっとドアをノックする音が聞こえてきた。


 どうぞ! と声をかけ、ニーアが扉を開けると、そこには本棚を持ってきてくれた下男たちが立っていた。



「あの……入ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ、待ってたわ! と、言いたいところなんだけど……昼食を食べる間だけ、外で待っていてくれるかしら? 急いで、食べるわ!」



 下男たちは、指示に従って、外で待っていてくれた。

 ニーアに給仕をしてもらい、昼食を取る。



「ニーアは、昼食を食べたかしら?」

「いえ、まだ……」

「では、こちらを。残り物で悪いのだけど、食べてしまって!」

「そういうわけには……」

「捨てるのがもったいないから、いいのよ! 誰かのお腹を満たしてあげて欲しいの! あと、食卓へ並べる量を調整してほしいの……たくさん並ぶと豪華に見えるけど、そんなには食べられないわ! 食べる分だけ作ってほしいと、料理長にはお願いしてくれるかしら?」



「かしこまりました」とニーアは頷き、お茶を淹れなおしてくれる。私がそれを飲んでいる間に、ニーアは私が差し出した食べ物を隅の方で口にしていた。

 余程お腹がすいていたのか、それとも外で待つ下男たちを慮ってか……パクパクっと素早くたいらげていく。おいしそうに頬張るニーアを見て微笑んだ。

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