第7話 息をするように

 声の方を見ると王子セプトが入口に立っていた。

 入口付近には、メイドと兵士が三人立って出入口を塞いでいたのだが、セプトが声をかけたことで、場が開けたようだ。



「これは、一体、何の騒ぎだ?」



 私の囚われている鳥籠に兵士が入ってきていることを訝しんでいたら、兵士と目くばせしたメイドがセプトに説明をすることにしたようだ。



「あの……ビアンカ様が……その……」



 先程見たことを口にするだけなのだが、メイドは目にしたことが未だに信じられないでいるようで、言葉にならず、口をパクパクとさせていた。

 それを見て、「他に話せる人はいるか?」と尋ねると、兵士たちも同じような感じである。



「これに驚いたのよ!」



 指をパチンと鳴らすと、今度は炎ではなく光を発生させ、セプトの前までシュッとコントロールする。

 その光で、セプトの顔も暗がりの中でも良く見えた。とても、驚いている。それも、面白いほど。



「……こ……これは?」



 好奇心が強いのか、セプトは小さな光に手を伸ばす。



「殿下っ! 危ないです!」



 兵士がセプトの前に出て後ろに庇うが、危ないものを私が出すわけがない。



「危なくなんてないわよ! ただの光ですもの! 触っても何ともないわよ! 熱くもないし……」

「そうか、下がれ。これは、なんだ?」



 手を伸ばし、セプトは手元に引き寄せた。

 ほぉーとかへぇーとか言いながら角度を変えながら、じっくり見ている。



「……魔法?」

「そうよ、魔法。今の人たちって、使えないんですって?」

「……あぁ、魔法は使えない」



 興味深そうに見ているが、パチンと指を鳴らすとその光は消えてしまう。



「もう下がっていい。あとは、二人で話すから……」



「失礼しました」と兵士とメイドが下がり、部屋はセプトと二人になった。

 いつものように席に座ろうとしているので、私も窓際からそちらに歩いて行く。



「本、面白かったわ!」

「そうか、何が良かったかわからなかったから、手っ取り早く国の起こりからのものにしたが……他に欲しいものがあるか?」

「うーん。恋愛小説とかあったらいいかな。気分転換に。もっと、古い歴史書は無いかしら?」

「もっと古いのか……わかった。合わせて持ってくるようにしよう」

「あと、ついでに、本棚が欲しいわ! 床に本を置いておくのは、気が引けるから……」



 足元に置かれている本を見て、「わかった」というセプトを満足気に見ていた。



「それで?」

「ん?」

「魔法だよ! ま・ほ・う! 本当に使えるのか?」

「……えぇ、使えるわよ? 攻撃魔法や大魔法ではなくて、日常的なものであれば」

「他には?」



 少年のように目を輝かせているセプトを見るとなんだか、幼い弟のようである。

 微笑ましく思い、セプトがワクワクとしているので見せてあげることにした。



「まず、火」



 先程メイドが驚いた火の玉がパチンという音と共に現れた。

「うわぁ!」と感嘆の声を出して喜ぶセプト。



「水」

「おぉー! 次は水か?」

「ふふっ、触ってもいいよ!」

「本当か?」

「えぇ、ちょっとやそっとじゃ、この水玉は壊れませんからね!」



 水玉目掛けて手を翳している。私はセプトの手を取り、受けるように置いてあげると、童心に戻ったのかさらに目がキラキラと輝いた。


 風の魔法で蝋燭の火を全て消す。



「わぁ……真っ暗にするなよ!」

「怖いの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「しっかり持っててね! それ」

「あぁ……」



 私は水玉の中にそっと風を送りこむ。すると、今まで水だけであったのに中でクルクルと回り始めた。



「お……おい、どうなってるんだ?」

「風を入れたのよ! もう少しだけ、待って……」

「あぁ、別にいいけど……何をするつもりだ?」

「いいもの見せてあげる!」



 一際大きくパチンと指を鳴らすと、水の中で小さな光の粒が回り始める。

 水と光が反射してキラキラと光り、さらに風で回しているため、光玉がゆっくり動いていた。



「セプト、上を見てみて!」

「……上? うぉ、なんだこれ! 天井に星があるみたいだ!」

「いいでしょ、これ! 落ち込んだときとか、こうやって星を部屋に作ると無心で見れて! 見終わった後、ちょっと元気になるの」

「それは、なんとなくわかる気がするわ! へぇー」

「じゃあ、それ返して!」

「えっ? もう、終わり?」

「いつまでも持ってたら大変でしょ? 打ちあげておくわ!」



 指でひゅいっと上を指すとちょうどいいところに向かう。

 よく落ち込んだ日に、こうやって部屋に閉じこもって、一人で見ていたものだ。



「寝転ぶから踏まないでね!」

「あっ? え……? 床に?」

「他にないでしょ?」



 ごろんと寝転がると、見下ろしていたセプトも私に倣って寝転がった。

「こりゃ、楽だ」と呟く声が聞こえてくる。

 よっぽど、気に入ったようで、夢中で天井を見ているのを盗み見ていた。

 出会いは最悪だったけど、意外と悪いヤツではないんだな……そんなことを考えていると、セプトはふっと笑う。



「そんなに見られても、何にもないぜ?」

「見てなんかないわよ!」

「へぇー視線感じたんだけど……違ったか」

「そうね……私は天井を見ているわよ! お父様、お母様、お兄様を思い浮かべて……」

「家族か?」

「そうね……私にも家族がいた。いたのよ……私が首を切られるようなことになって、みんなはどうなったのかなって、気が付いてからずっと考えていたの」



 ごそっと動いたセプトは、こちらを見ていた。

 そのことには何も触れず、ただ、天井を見つめる。



「それで、首を切られたって……罪人なのか?」

「……そうね。私、王子が婚約者にしたい子を殺しちゃったことになっていたの」

「はぁ? それで、本当に?」



 ふるふると首を振る。



「何もしてなくて、斬首? 調べもしてもらえなかったのか? その王子が上に立つ国は、かなり怖いな……」

「あははは……」

「んだよ、いきなり!」

「おかしくって。私、殺してないわ! 男爵令嬢アリーシャを。侯爵家の令嬢である私が、殺すはずがないもの! もし、そうなら……もっと上手に殺すわよ! 死体も何も残らないようにね! 私、あの日、王子に婚約破棄を言われるためにお城に向かったのですもの。アリーシャを殺して、私に何の得があるの?」

「確かに。それなら、そんな王子なんかより、別のもっといい縁談もあっただろう。もし、王子との結婚が叶っていら……どうするつもりだったんだ?」

「さぁ、どうするつもりだったのかしら? 牢に入れられたとき、100年の恋もすっかり冷めてしまったもの。今更、どうでもいいわ!」



 さてと……と起き上がると、私はパチンと指を鳴らし蝋燭に火を灯し、暗い光源では寂しいので光を灯すと部屋中が明るくなった。



「まぶ……」

「立ってください」



 手を差し出すと、私の手をしっかり取ったので引っ張りあげる。勢い余って私に抱きつく形になった。



「バカな王子と結婚してなくてよかったよ」

「バカな王子って失礼よ! それでも、私、好きだったのに……」



 腕の中で王子のことを思い出していると、「俺の腕の中で、まさか他の誰かを考えられるとは大物だな」と笑い飛ばされる。

 感傷的になっていたのだから、仕方がない。

 今さっき、二人で見ていたものは、そのバカ王子に子どものころ、教えてもらったことなのだ。

 もっとも、王子は全属性の魔法を使えなかったから、私が補助をしていたのだが……



「懐かしい想い出くらい、浸らせてよ!」

「ろくな想い出では、ないのだろ?」

「すべてがすべて、そうとは限らないわ! いい想い出もあるものよ!」



 少し体を離すと、セプトはこちらをじっと見つめてきた。



「何か?」

「いや、恋愛小説と歴史書と本棚だったな。明日には用意させよう」

「お願いね! あっ! あと、この部屋に魔法かけるから、私に敵意や害意ある人は入れなくするけど、いいから?」

「その方がいいだろう。聖女様」

「聖女じゃないわよ!」

「魔法が使える」

「私の時代では、みなが使えたわ! だから、私は特別でもなければ、聖女でもない」

「今の時代は、魔法を使えないからな……ビアンカこそが特別だ」



「不思議なことだ」と呟くセプトに「そうかしら?」と微笑むと頷いた。。



「そうだ! もうひとつお願いしてもいいかしら?」

「なんだ? 面倒ごとは……」

「そんなに面倒じゃないわよ!」

「聞いてからだな……願いはなんだ? たいしたことは、聞いてやれないが……」

「何か植物を育てたいわ! 薬草とかでもいいし、お花でもいいわ! 水と土は必要ないから、種か苗が欲しいの! 後は、植木鉢!」

「なんだ、そんなことか……それなら、お安い御用だ。明日、本や本棚と一緒に用意しよう」



 ありがとうとお礼を言うと、たいしたことではないとセプトははにかむ。

 第三王子だと言っていたので、セプト自身がそれほど、何かできるわけではないのだろう。


 お休みと頬にキスをして、出ていくセプトの後姿を私は見送った。

 明日届くものを考えていて呆けていたので、頬にキスをされたことすら今日は許せてしまえたのである。

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