③神崎さん謹慎になる!?

 翌日の昼休み。登校してきた神崎さんが生徒指導室へと連行されて事実上学校謹慎になったのを受け、僕は神崎さんの無実を証明するために早速捜査を始めることにした。


 どうやら昨日、生徒会室で僕はまたオーバーヒート状態になってしまったらしい。そのせいで話しの途中からの記憶がすっぽり抜けているのだけど、僕が夜の間に残したメモによると、身動きのとれない神崎さんに変わって僕が彼女の無実を証明してみせると学校側相手に啖呵を切ったようだ。いつもはやってしまったと後悔することが多くデバフな存在でしかないオーバーヒートだけど、今回ばかりはあって助かったってそう思う。うん、普段の消極的な僕ならそこまで大胆な行動に出られる勇気を持ち合わせてはいなかったから。大切な人のピンチに手を差し伸べることができて本当に……。


 とはいってもここで僕が何の成果もあげられず、神崎さんの無実を証明するのに失敗したその時は、冤罪という最悪の展開が待っているかもしれないんだ。僕を信じてくれた神崎さんの期待に応えられるように、気を引き締めて頑張らなくちゃ。


 決意を改め内心で強く頷く。


 昼休みの教室では、普段と同じように木村さんと星野さんと根屋さんが神崎さんの席に集まっていた。普段とは違い、神崎さんではなくその隣の席の僕に用事があって――


「事情はレイコから大凡聞いてるわぁ。山代がレイコに変わって真犯人を捜そうとしてくれてるんやってなぁ。しかも、あの怖いレイコの姉ちゃんと周防の前で堂々と啖呵切ったとか。山代ってほんまおもろい男やねぇ」

「あ、あはは、ありがとうございます」


 にっとからかうように笑った木村さんを前に、僕は恐縮だと苦笑を浮かべて頬を掻く。


「ほんと毎度のことだけどいっくんってすごいよねー。もちろんうちらだって協力は惜しまないから、何でも手伝うし絶対に真犯人捕まえてやろうねっ」

「ま、私らからすればレイコが万引きだとか夏に雪が降るくらいにありえねぇことだからな。真犯人がどういう理由でレイコはめようとしたのか知んねぇけど、絶対とっちめて私ら敵に回したこと死ぬほど後悔させてやる」

「星野さん、根屋さん……」


 神崎さんが無実だと一切疑っていない二人の頼もしい言葉に胸がじんと熱くなる。


「あ、何でもと言ってもうちら使ったえっちなハニトラでの情報収集とかは流石にNGだからねいっくん」

「そんなの言われなくてもわかってますから」

「えーほんとう? ん、今、何でもするって言ったよね?――って心の中で思ったんじゃないの?」

「思ってません!」

「はいはい。一応緊急事態なんやからからかうのはその辺にしときぃ。それでレイコの無実を証明するために山代としてはどう動くつもりやったん? まずは山代の方針を聞かせて欲しいんやけど」

「はい。それなんですがそのことを話合う前に、まずは神崎さんが置かれている状況がどれほどのものなかの皆さんと共有しておいた方がいいのかなぁと」


 木村さんの問いに僕は順を追って説明する。


 昼休みになるまでの間に僕は万引きについてネットでざっくりと調べてみておいた。現状の神崎さんがどの程度の窮地に立っているのか、今一度知っておく必要があると思ったから。


 僕が調べたところによると、万引きはお店側の対応と判断次第で展開は変わってくるらしい。一番重要なのはお店側が既にこの万引きに対し警察へ被害届けを出しているかどうか。

 これはあくまでも僕の憶測になっちゃうけど、ことの発端は警察から学校に連絡が来たことが始まりではあるものの生徒会室で周防先生が話していた、お店側はすぐに謝って品物が返ってくるなら大事にする気はない――というくだりからしてまだお店側は被害届けを出してはいないんじゃないかって僕は思っている。

 というのもお店側から話しを聞いた警察が捜査の前段階――相談という形で学校側とのやり取りを仲介するのはあることらしい。

 下世話な話しではあるけど、どうにも被害届けというのは現行犯逮捕でなければ現場検証やら調書作成やらと色々と手続きが面倒らしく、お店側としても仕事中にそんなことやってる余裕はない――ってことで、少額の場合は示談で終わらせたがるのが殆どなのだとか。


 だから周防先生や桔梗さんは処罰を反省文に留めることを条件にして神崎さんに直ちに謝りに行くようにと促したのだろう。学校側としては、示談で穏便に済むにこしたことがないのだから。そう、学校側からすればそれが本当にやったかどうかまではたぶんそこまで重要じゃないんだ。事実として桜星高校の制服を着た女子生徒が犯行に及んだ映像が存在する以上、学校としてはなんらかの対応を取らなければらない。それがズルズルと難航して品物が返ってこず、不信に感じたお店側がやっぱ警察に任せよう――って判断すれば様々な人達を巻き込んでのややこしい事態に発展することは間違いないだろうし。学校側からしてみれば早急に犯人っぽい人が見つかって、その人が形だけでも謝罪して示談で終わってくれさえすればそれでオッケーってことなんだ。


「――以上が、僕の憶測を交えた上での神崎さんを取り巻く諸々の情勢になります」

「なるほどなぁ。ようするに今のところ学校側がレイコを勝手に犯人と決めつけてるだけで、社会的になんらかの罪に問われることは薄いってことなんかぁ」


 僕がざっくりと事情を説明し終えると、木村さんがふむと思案顔になって頷いた。

 教師である周防先生はともかく、いくら生徒会長だからって実の姉である桔梗さんまでもがそんな残酷な判断をするのは――いや、だから桔梗さんは僕の生徒会室への同行を許可してくれたんじゃないだろか。立場的に雁字搦めな自分に変わって、妹を救って欲しいと。うん、きっとそうに決まってるよね。



「ですです。とはいっても紛失していた物が神崎さんの鞄から出てきたのは紛れもない事実です。例えば誰か女子の下着がなくなってちょっとした騒ぎになったとして、それが何故か僕の鞄から出てきたら――いくら僕が身に覚えのないと言ったところで状況的に無理がある以上僕は生徒指導室に連れてかれて、不本意ですが先生から相手への謝罪なり反省文なりなにかしらの罰を言い渡されることでしょう。ようするに、現状での神崎さんに学校としてとれる措置と言ったらその程度しかないということです。ま、外部が絡んでる分多少ややこしくなっているのは確かですが」

「警察って言葉のせいですっげーやばそうな感じしてたけど、ようはいまんとこレイコは無事ってことだよな。ちょっと安心した」


 根屋さんがほっと安堵の笑みを零す。


「はい。ただ店側の気が変わって被害届けが出される――なんて展開もありえる以上、なるべく早く解決するにこしたことないと思ってます」

「そんでぇ。山代としてはどうやって犯人を捜すつもりなん?」

「そうですね。例の監視カメラに映っていたという色黒の女性徒、その正体が誰なのかを特定するところから始めていこうと思っていました」

「ほうほう。確かにレイコみたいな色黒の女性徒ってなれば、この学校中の全生徒となってもわりと範囲が絞れてくるもんなぁ。まずはそっからかぁ」

「つうかさー。犯人の野郎はレイコがその香水を愛用しているのを知ってて鞄の中にいれたわけっしょ。だったらそこでもわりかし犯人絞れたりするんじゃね? 少なくともレイコと普段から接しているやつじゃないとわかんないじゃん」

「ふむふむ。犯人は色黒でレイコが盗まれた香水とおなじの愛用してることを知っていて、尚且つレイコに恨みとかありそうな人ってことかぁ……」


 木村さん、根屋さん、星野さんがそれぞれの意見を口にして思案顔になる。

 が、次の瞬間、


「ありゃ?」

「おっ?」

「あっ?」


 三人は一様に何かに気付いたとばかりにはっとなったと思うと、


「「「一人いたー!?!?!?」」」


 顔を合わせて大きな声で叫んだ。


「えっ。ひょっとして心辺りがあるのですか、真犯人の正体に? それは一体どこの誰なんですか」

「「「どこの誰というかわりとすぐそこに……」」」

「へ?」


 三人が困惑した表情で指を差した先を僕は呆然となって目で追う。

 するとそこには、誰か先生にでも頼まれたのだろうか、ノートを教卓に運び終えて一息つく委員長、つい最近黒ギャルへの大胆イメチェンを果たした柏木さんの姿があって――


「ふぇっ!?」


 ギャル三人からの熱のある視線に気付いた柏木さんがぎょっとなって困惑した声を漏らす。


「確保ー」


 木村さんがそう言って再度ビシッと柏木さんの顔に指を差すと、根屋さんと星野さんが一斉に柏木さんに飛びかかったのだった。


「えっ、ちょっなにっ――た、助けて山代君!?」


 



 

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