第57話「ラストバトル(?)~おそロシアVSヤンデレ偽妹~」

「お兄ちゃあーーーーーーん!」


 家の外から平穏をぶち壊す声が聞こえてきた。

 俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ者はこの世に一人しかいない。


「なんで未海が……」

「くっ!? やはり先手を打っておいて正解だったわ……おとなしく日曜まで待つような妹もどきは思えなかったし」


 先日も平日の夕方だっていうのに押し寄せてきたしな。

 スケジュールとかアポイントメントとかいう概念は未海には通用しない。

 やはり俺の認識が甘かったということだろうか。


「でも、ふふ……一歩遅かったわね? もはやわたしと祥平は恋人同士。あの妹もどきのつけいる隙はないわ!」


 勝ち誇る西亜口さん。

 でも、まぁ、未海をこのまま外で待たせるわけにもいかないよな……。


「ごめん、ちょっと出てくる」

「しょ、祥平、あの子を家にいれるの?」

「約束の日じゃないけど、未海も遠くから来てるんだし追い出すわけにはいかないだろ?」

「あなたは優しすぎるのよ。……でも、まぁ、そういうところがいいのだけれどね……」


 ともかく、こうとなっては仕方ない。

 俺は玄関に行ってドアを開けた。


「わああーー♪ お兄ちゃあーーーーーーん♪」


 ドアを開いた途端勢いよくこちらにジャンプしてくる未海。

 それを俺は最小限の体捌きでかわした。


「んぶぢゅ!?」


 未海は足拭きマットに顔から突っこんでいった。


「すまん。つい、よけてしまった」


 というかよけなかったら、角度的に俺の唇は奪われていた。

 俺のファーストキスは西亜口さんのものなのだ。


「んぶぁ……! ひどい、ひどいよぉ、お兄ちゃん! 未海、足拭きマットにファーストキス奪われちゃったよぅ~!」

「でも、よけなかったら俺のファーストキスが未海に奪われてただろ……? ほら、上がってくれ。洗面所に案内するから」

「う、うん……」


 ちょっと不憫ではある。


 しかし、ここでよけずに未海とファーストキスをしてしまったら俺が西亜口さんに殺されるだろう。未海も殺されるかもしれない。


 ここでドスと針による死闘が繰り広げられるような事態は断固として防がねばならない。埼玉新聞に載るような刃傷沙汰を起こすわけにはいかないのだ。


 ともあれ俺は未海を洗面所へ連れていき顔を洗わせた。

 そして、台所から持ってきたコップでうがいをさせようとしたのだが……。


「お兄ちゃんの歯ブラシ用コップ~♪ んちゅ~♪」


 未海は俺のコップにキスをしていた。

 ……やだなにこの偽妹怖い。


「……実に浅ましいわね。まさに泥棒猫だわ」

「うわっ!?」


 俺の背後にはいつの間にか西亜口さんがいた!

 音もなく忍び寄らないでほしい。


「って、お兄ちゃん! なんで西亜口さんが家にいるのぉ!? って、なんで黒髪!?」

「そ、それは……」


 玄関に西亜口さんの靴はあったのだが、俺に飛びつくことに夢中になっていた未海は気がつかなかったらしい。


 ここはどう説明するべきか……。

 俺はふたりの顔を左右に見ながら、どう答えるのが一番か思案するが――。


「わたしがここにいるのは当然のことだわ。あと黒髪になった理由は企業秘密よ」


 俺よりも先に西亜口さんが口を開いた。


「むぅう~! なんでぇ~? なんでお兄ちゃんの家にいるのが当然のことなの~?」


 未海は頬を膨らませて西亜口さんを睨みつける。

 徐々に瞳が暗いものになってヤンデレモードに切り替わっていく。

 いかん。これはまずいパターンだ!?


「ちょ、待――」


 慌ててふたりを止めようとするが、そこで西亜口さんが口を開いた。


「わたしが祥平の彼女だからよ」


 西亜口さんは一切隠し立てすることなく事実を告げた。


「…………へっ?」


 未海がキョトンとした表情になる。

 そのまま動きが止まる。


 俺も西亜口さんも未海も動かない。

 正確には、動けない。


 静寂――。不気味なほどの無音。

 だが、それは一気にぶち破られる。


「お兄ちゃあん!? 本当!? 嘘!? 嘘だよね!? 嘘だって言ってぇーーーーー!」


 未海は俺に掴みかからんばかりの勢いで訊ねてきた。


「え、あ、う……そ、それは、その…………事実だ」

「ぴげえぇえぇえぇえええぇええ~~~~~~~!?」


 未海は女子高生が上げてはいけない類(たぐい)の奇声を発しながら、その場に崩れ落ちた。


「お、おい!? 未海!? 大丈夫か!?」


 返事がない。

 どうやらショックのあまり気を失ってしまったようだ。


「騒がしいわね。でも……いつかは告げなければいけない事実だからね。なら、隠し立てすることなくさっさと告げるのが優しさだと思うわ」

「西亜口さん……。ごめん、俺から言うべきだった」


 これでは西亜口さんが悪者になってしまう。

 ここは男らしく俺が告げるべきだったのに。


「……………………ぴ、ぎっ?」

「あ、大丈夫か、未海!」


 白目を剥いていた未海が復活した。


 ほんと、未海は美少女なのに女子高生が上げてはいけない白目を剥いたりするから困る。美少女じゃなかったらホラーだ。まあ、無事でよかった。


「……あっ、お兄ちゃん……み、未海……今、信じられないことを聞いた気がするんだけど……夢、だよね? 悪夢だよね?」

「……い、いや……夢ではないぞ……その、本当だ。俺と西亜口さんはつきあうことになった。今日から」

「ぴっぎぃいいぃ~~~~~~~!? ………………ブクブクブクブクブク…………」


 いかん。未海が痙攣しながら口から泡を吹いている。

 女子高生がしていはいけない類の泡の噴き方だ。

 というか人間がしてはいけない類の泡の噴き方だ。


「し、しっかりしろ、未海!」

「…………お、おにぃちゃぁあああ~ん……! うえぇえええ~~~ん!」


 今度は声を上げて子どものように泣き始めた。


「お、落ち着いてくれ。その、俺が西亜口さんとつきあっていても、未海のお兄ちゃん代わりにはなれるから」

「……あら、祥平。わたし以外の女にも優しいのね?」


 西亜口さんから半眼かつ冷たい瞳で見つめられるが、ここはやむをえない。

 

「……未海は俺のことをずっと捜し続けてくれたんだから無下にはできない。西亜口さんもロシアで俺と再会する日を待っていたのなら未海の気持ちもわかるんじゃないか?」

「…………まあ、それは、ね……」


 立場的に、ふたりは似ていた。


「ほ、本当……? お兄ちゃん、本当に、未海のお兄ちゃんになってくれる?」

「あ、ああ」


 彼女は無理でも、お兄ちゃん代わりならいいだろう。

 未海が飽きるまでお兄ちゃんごっこにつきあってやろう。


「わーい! お兄ちゃん大好きぃ~~~♪」

「うわっと!?」


 未海が抱きついてきた。

 ほっぺたをこちらの顔にこすりつけてくる!

 柔らかい! いい匂いがする! 頭が沸騰する!


「離れなさい。殺すわよ」


 西亜口さんが殺意の波動を発しながら警告する。


「むぅう~……! お兄ちゃん! 彼女の尻に敷かれたらダメだよぉ~!」


 尻に敷かれるというか西亜口さんはおそロシアなんだ。

 恐怖と殺意で支配されているんだ。逆らえるわけがない。


「お兄ちゃん、本当に能動的につきあってるの? 脅されてつきあってない?」

「い、いや、脅されているわけではないぞ。俺は自分の意思で西亜口さんとつきあうことにした」

「そうよ。失礼なこと言わないでくれる? わたしたちはお互いに好きあってつきあっているのよ」

「……むぅうぅうぅ~……」


 未海は納得いかないとばかりに唸っていた。

 しかし、ここでまた争乱モードになっても困る。


「まあ、ともかく……紅茶飲んでお菓子食べて落ち着こう」


 口論を封じるためには口は塞ぐのが一番だ。食べ物と飲み物で。


 ――ピンポーン♪


 そこで呼び鈴。

 今度は誰だ? インターホンの画面を確認する。

 そこにいたのは里桜だった。

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