第38話「刺客☆女子高生」

 学校から離れて周りに生徒がいなくなったところで、西亜口さんが俺のほうを見て口を開く。


「クラスメイトとか愚民のことは気にするだけ無駄よ。あなたは我が道を行きなさい。わたしもロシアでは我が道を歩き続けてきたわ」


 西亜口さんがロシアで歩んできた人生も気になるところだな……。


「あなたは小説を書きなさい。書き続けなさい。そして、小説家になるのよ。あとは……そうね。昔のことを少しは思い出しなさい」


 それだけ告げると、俺より先に歩いていってしまう。


 昔のことを思い出す……? それは、やはり幼稚園の頃のことだろうか……。

 今ならば訊ねても答えてくれるかな?


「えっと、西亜口さん……」


 俺が核心部分を訊こうとしたタイミングで――。


「お兄ちゃあぁあーーーーーーーーーーーーん!」


 俺の自宅方面から未海が駆けてきた!?


「げっ!? なんで妹もどきが!?」

「未海!?」


 未海は両手を広げ――いや、両手を握りしめた形で俺――じゃなくて西亜口さんのほうへ駆け寄る。そして――、


「死ねぇええええええええええええええ!」


 握り締めた両手に光る針!


「甘いわね」


 西亜口さんは忍者のような身のこなしで未海の攻撃をすり抜けて背後に回り込み、瞬時に羽交い絞めにしていた。


「ぐぎぇ!?」


 未海の口から女子高生が出してはいけない類(たぐい)の苦鳴(くめい)が漏れる。


「いきなり針で襲いかかってくるとは、ご挨拶ね。あなたには教育が必要だわ」


 ギリギリと腕に力を込める西亜口さん。


「ごげぇ!?」


 未海の瞳が今度は女子高生が剥いてはいけない類の白目になる。

 両手から針が落ちた。


「ふたりとも、落ち着こうか。ここ往来のど真ん中だし」


 さいわい周りに通行人はいなかったが、この騒ぎで近隣住民が出てきては困る。

 ほんと、俺の周りの女子たちはバイオレンスだな……。


「わたしは被害者よ。危うく白昼堂々暗殺されるところだったわ」

「げほっ、ごほっ! うぐぇ……し、死ぬかと思ったよぅ~……」

「というか、なんで未海がこんなところにいるんだ。学校はどうした?」


 とりあえず西亜口さんに襲いかかったことは置いておこう。

 西亜口さんも昼休みに里桜に襲いかかってマウントとってたし。


「お兄ちゃんへの愛を抑えきれなくて仮病使って学校早退して来ちゃったぁ!」


 なんてことだ。未海の行動力を舐めていた。


「……とんだ不良妹もどきね」

「未海、不良じゃないもん! お兄ちゃんへの愛が深すぎるだけだもん!」


 しかし、これはいかん。


「未海、学校はちゃんと行かないとダメだぞ? そもそも来週の日曜に来る予定だったろ?」

「で、でもっ、でもでもでもぉ……! 一秒でも早くお兄ちゃんと会いたかったし、お兄ちゃんの周りに美人いすぎで心配だしぃ!」

「学校を疎かにしたらダメだ。仮病で早退して俺に会ってることが親にバレたら面倒なことになるぞ?」

「うぅ……でも、十年も待ったのにぃ……」

「もう俺の住所を知ってるんだから焦ることはない。俺は逃げも隠れもしない。だから平日はちゃんと学校へ行ってくれ」


 珍しく俺は真面目なお兄ちゃんモードになって未海を説諭する。

 勉強はほどほどでいいかもしれないが、サボり癖はつけないほうがいい。


「うぅう……お兄ちゃあぁん」


 未海は涙を浮かべながらフラフラとこちらに近づき、抱きついてきた。

 俺は、避けなかった。逃げも隠れもしないって言ったばかりだからな。


 ひとりで見知らぬ町へ来るのは冒険だったろう。

 しかも、学校を早退して。


「よく来たな」


 最後は労(いた)わるように未海の背中を撫でてやった。


「うわああああああん! お兄ちゃん! ごめんなさぃいいいい~~!」


 まあ、わかってくれたのならいいだろう。

 俺も、ちょっと未海の気持ちの大きさを見誤っていたところはある。


「……待ち続けていたのは、あなたひとりではないのだけれどね……」


 西亜口さんがつぶやく。

 その意味することは気になるが、今は未海をなんとかせねば。


「とにかく今日はもう帰ったほうがいい。あまり遅くなると親……というか叔母さんが心配するだろ」

「えぇえ!? せっかくだから、お兄ちゃんの家に入りたいよぅ! さっき家の前まで行ったけど入れなかったしぃ……」

「来週の日曜日にだ」

「うぅぅ~……」


 でも、このまま駅まで直行はかわいそうかな……。


「……じゃ、家に一瞬だけ入ってすぐに帰るか?」


 そのことに意味はあるかどうか微妙だが。


「うん! それでオッケーだよぉ!」

「……仕方ないわね……わたしもつきあうわよ……」

「って、そうだよぉ、なんでお兄ちゃんと西亜口さんが一緒に帰ってるのぉ!?」


 俺に抱きついたまま顔だけ西亜口さんに向けて牙を剥く未海。

 西亜口さんは肩を竦める。


「わたしが地球上のどの道を歩いていようと勝手でしょう? たまにはこちらの道を通りたくなっただけよ」

「嘘だぁ! お兄ちゃんと部屋でえっちなことする気なんだぁ!?」


 ぐああ! なんてこと言うんだ!


「そそそ、そんなことするわけないでしょうっ!?」

「そんなことするわけないだろっ!?」


 俺と西亜口さんは揃って反論する。


「お兄ちゃん、こんなビッチ女に騙されちゃダメ!」

「……あなた、やっぱりわたしに殺されたいのかしら?」

「……やっぱり、この女とは戦わないと……」


 再びふたりの空気が剣呑になる。

 いかん。これはピンチだ。

 しかし、そこで思わぬ救世主が現れた。


 ――ギャギギギギギギッギィ!


 梅香さんの車が目の前で急停車したのだ。

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