第4話「身体検査&要監視対象&連絡先登録」

「そうだよ。俺は平凡な男子高生だ。スパイじゃない」

「ふむ……」


 西亜口さんは再びドスを手に取って立ち上がると、俺のことをじっくりと頭のてっぺんから爪先にかけて観察してきた。

 そして……。


「最終チェックよ。脱ぎなさい」

「えっ」


 今、トンデモナイことを言わなかったか?

 さすがに聞き間違えだよな……?


「聞こえなかったの? 脱ぎなさい。服を」

「えぇえっ!?」


 本当に西亜口さんは俺に対して、そんな命令をしたのか!?


「あなたがスパイなら武器のひとつも持っているはずだわ。パンツ一丁になりなさい」

「そ、そんな、だから俺はスパイじゃないって」

「いいから早く脱ぎなさい。早くしないと……切り落とすわよ?」

「ひぃいっ……!?」


 ドスを下半身に向けて脅された俺は、仕方なく服を脱いでいった。

 上半身裸になる。


 ズボンはさすがに抵抗があったが西亜口さんに「モタモタしない! あと靴下もよ!」と叱責されたので仕方なく下ろした。これで完全にトランクス一丁である。


「……ふむ、武器は持っていないようね……やはり筋肉もたいしてなさそうだし……」


 西亜口さんにジロジロと身体の隅々まで見られる。

 学園一の美少女転校生から肉体を観察されるってどういう状況だ……。


「まあ、いいわ。一応これで許してあげる。服を着ていいわよ」

「ど、どうも……」


 なんでこんな西亜口さんの意のままに動かされなければならないのだ。

 俺は一度脱いだ服をそそくさと着ていった。


 着替え終わったところで西亜口さんのほうを見てみると、なぜか俺のスマホを操作している。


「なにやってるんだ……?」

「わたしの連絡先を登録しているのよ」

「えっ!? どうして……」

「あなたは要監視対象だわ。だから定期的にわたしに連絡を入れなさい」

「俺のスパイ疑惑は晴れたんじゃないのか?」

「なんとなくあなたは監視したほうがいい気がしたのよ。スパイの勘ってやつね」


 なんてことだ。これで解放されるのかと思いきや、これからも意味不明なスパイ疑惑をかけられ続けるのか?


 しかし、まさかクラスの誰もが手に入れられなかった西亜口さんの連絡先をゲットすることになるとは……。


「これから三日に一回はわたしに連絡をしなさい」

「えぇ……」

「なんで嫌そうなのよ。わたしの連絡先はクラスメイトがこぞって入手しようとしたのよ。ありがたく思いなさい」


 とはいっても、監視対象だなんて言われて喜べるはずがない。


「……連絡が嫌というなら……わたしがこの家をアジト化して住むわよ?」


 西亜口さんはスッと目を細めて、低い声でそんなことを言ってきた。

 なんだその無茶苦茶な提案は……。


「……あなた、創作が好きなのよね? 絵とかは描く?」

「えっ? あ、あぁ……創作は好きだ。絵は……まあ、趣味では描くけど、とても人に見せられるシロモノじゃないが……」


 なんで、西亜口さんはそんなことを訊く?


「次の質問よ。……あなた、昔からこの土地に住んでいるのよね?」

「……あ、ああ。そうだが……?」

「ふぅん……」


 西亜口さんはジロジロと俺の顔を確かめるように見てきた。

 さっきまでとはまた違った感じの視線だ。


「ねえ、あなた……昔、まだ幼稚園くらいの頃……女の子と遊んだことなかった?」

「……えっ?」


 確かに遊んだことはあった気がする。黒髪の似合うお人形さんのような子と仲がよかった。少し、西亜口さんと似ている気もするが……。名前は覚えていない。


「……今の質問は忘れてちょうだい」


 西亜口さんのほうから話を打ち切った。


「……と、ともかく三日に一回はわたしに連絡を入れなさい。今日は帰るわ」


 西亜口さんはそう言うと、ドスを懐にしまって部屋から出ていった。


「あ、西亜口さん、外暗くなってきてるし送っていこうか」


 山が近いだけあってうちの周辺は外灯が少ない。


「舐めないでくれる? わたしはスパイよ。たとえ暴漢が襲ってこようとことごとく返り討ちにしてやるわ」


 西亜口さんは勇ましかった。

 まあ西亜口さんが本当にスパイなら、大丈夫か……。


「でも、玄関前までは送るよ」

「……あなた、そう言ってわたしを尾行する気じゃないでしょうね?」

「いや、純粋に心配なだけだよ」


 と、そこまで話したところで思い当たることがあった。


「西亜口さん、そもそもなんでこっちのほうに来てたの? 家、ぜんぜん方向違うでしょ?」

「……そ、そんなのあなたに話す義理はないわ! 猫を求めていたら偶然この地に至っただけよ!」


 駅前のマンションからかなり離れているので無理がある気がする。

 そういえば……幼稚園の頃に猫玉神社でその黒髪の子と遊んだ覚えがあるな……。


「もしかして猫玉神社に子どもの頃に来たことある?」

「ひょえ!?」


 西亜口さんは珍妙な声を上げて驚く。

 ――が、すぐにキッと俺を睨んだ。


「き、き、きっ! 来たことなんてないわ!」

 

 思いっきり怪しい。

 しかし、それはそれとして……やはり西亜口さんに夜道を歩かせるのは避けたい。


 治安はよいけど、万が一ということもある。

 武器を持っているといっても、西亜口さんは女の子なのだ。

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