第6話 夜がつづく


 ひかりは必死に抵抗した。

 

 抑えつける二人も無我夢中だったが、うつむくようにして一切ひかりの顔を見ようとしなかった。

 

 脚は自由だったため必死でばたつかせたひかりだったが、外国人は笑いながら、オマエラ、アシ、アシ、ナンデアシオサエナイノ、などと言いながら、ひかりのデニムショーツから露出した太腿ふとももを狙いすましたように鋭く蹴った。


 太腿に衝撃が走り、痛みとしびれで麻痺して脚が上がらなくなった。

 それでも、もう片方の脚と上半身でもがくように暴れていると、抑えつけていた一人が、ひかりが着ていたフーディの首回りの部分を口にかぶせてきて、それが目までおおいそうになった。

 視界をふさがれまいと、ひかりは頭を振りながら頭の先の方へ首を伸ばした。


 外国人がひかりのデニムショーツのウエストを掴んだ。

 ひかりはなおもあらがおうと体をひねったが、男二人に抑えつけられてはどうやっても逃げることはかなわなかった。 

 外国人は掴んだデニムショーツを、ボタンを外そうともせずにそのまま引きずり下げようと引っ張った。


 その時だった。

 外国語で何か一喝するような声が聞こえたかと思うと、外国人の動きが止まった。

 そして、他の連中と違い、いかにもインテリヤクザふうのスーツの男が来て、ひかりの顔を覗き込むように見おろした。


 インテリは、もういいからお前らどけ、とひかりを抑えつけていた二人に言った。

 ひかりを抑えていた二人が、待っていたとばかりに素早く離れた。


 インテリはひかりを見おろしたまま、騒いでもコイツ余計に喜ばすだけだから、と言って自分の口の前に人差し指を立てた。


 外国人がインテリに抗議するように、外国語でまくしたてた。


 インテリは嫌気がさしたというような表情をすると、元々お前らが間抜けだから、こんなせこい餓鬼どもになめられたんだろうが、と吐き捨てるように言った。


 外国人は部屋を物色してる他の連中を指さしながら、なおもまくしたてた。


 うるせーなぁ……

 こっちは周りがケジメケジメうるせーから来てやってんだよ。

 ったく、面倒になりゃ、全部こっちにぶん投げといて、こういう時だけ、ケジメとか都合のいい言葉出してきやがるんだからよぉ、オッサンどもは……

 インテリはそう言ってため息をついた。


 その時、ひかりはふと気がついた。

 シュンの声が聞こえない――


 外国人はしつこくまくしたてていた。

 途中で日本語が混じって、オレタチノルール、とかなんとか言っていた。


 インテリは薄笑いを浮かべながら、これだからこいつらとは組みたくねーんだよ、ろくに仕事しねーで好き勝手やりやがって……

 そう言うと、さっきまでひかりを抑えつけていた二人に向かって、お前らもそう思うだろ? と言った。

 二人はどう答えたものか、押し黙って俯いていた。


 そんな二人にインテリは、っつーか、なんでおまえらコイツを手伝ってんだよ、と外国人を親指で指し示しながら言った。

 それから、クローゼットを物色している男に向かって、お前ちゃんとコイツらの面倒見ろよ、お前が声かけたんだろ、と言った。


 すると、クローゼットの男は、いやー、俺は言われたとおり情報提供呼びかけただけっすよ、とだけ言って物色を続けた。


 突然、外国人が再び、ひかりのデニムショーツを引っぱりだした。


 きゃっ!

 ひかりは驚いて小さく悲鳴をあげた。


 だからさぁ……

 インテリが呆れたように首をかしげてつぶやくと、続けて今度は日本語で一喝するように怒鳴った。

 仕事しろって言ってんだろうが!


 次の瞬間、ひかりは目の前でインテリの腕が振り上げられるのを見た。

 

 と、ひかりはそこまでは憶えているらしいのだが、次に気づいた時には、目の前に和雄と警察官がいた、ということだった。


 どうやらひかりの顔面を殴打したのは、そのインテリヤクザと思われた。

 和雄は、自分を殴ったのもこの男のような気がした。


 ひかりは顔に酷い傷を負ってしまったが、着衣が脱がされた形跡はなかった。

 ただ、誕生日に和雄からプレゼントでもらった、お気に入りのディオールのフーディが血で汚れ、首元が伸びきってフードの縫い目も少しちぎれてしまったことに、ひかりは腹をたてていた。

 ちなみにこのフーディが盗品であることをひかりは知らない。


 ひかりは少し休んで落ち着きを取り戻すと、はっと記憶を取り戻したように、シュンは? ねえシュンは? と取り乱した。

 

 シュンは警察が保護し、連絡を受けて駆けつけたひかりの母親に引き渡されていた。


 和雄は、お前んとこの母ちゃんが連れて行ったよ、と、やっとどうにか動かせるようになった手で、ひかりのまだ指の動きがおぼつかない手を握った。



 不可解なのは、和雄が作りかけていたインスタントの離乳食を、和雄が殴られて気づくまでの間に、誰かがシュンに食べさせた形跡があったことだ。


 そのインテリヤクザがシュンを静かにさせるために食わしたとでも――?


 だが、そんなことはどうでもいい……

 それよりも……

 いつか、絶対に復讐してやる……


 ただ、どうやって……?

 それが問題だ――


 しかし、そう思う反面、和雄はこうも思う。


 もしあの時、奴らが襲撃して来なかったら……

 もしかしたら……

 いや、確実に俺はあの時……

 シュンを……

 自分の子供を……

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