第二十話 封印解除/地底の柱
祭壇に鍵を挿したときのように仕掛けが動くのではないかと、リスティたちは身構えていた――しかし、今度はわけが違った。
「っ……く……!」
「マイトッ……!」
壁に開いた穴に鍵を差し入れると、全身から力が抜けるような感覚に襲われる。
(しまった……罠……いや、違うのか……?)
広い部屋の中のどこかで、何かが光っている――虚脱感に襲われながら振り返ると、外に出るための魔法陣と対になるように、別の魔法陣が現れていた。
「仕掛けを動かすために、魔力を……吸われた、か……」
「大丈夫か、マイト……ッ!」
足元がふらついたところで、プラチナに抱きとめられる。甘えられないと分かっていても、意識が朦朧として立っていられない。
「すまない、何もかもお前に任せてばかりで……私の魔力など戦いには使わないのだから、マイトに与えられれば……」
「……プラチナ?」
「……いや……違う。私には、できる」
プラチナがつぶやく。そして、俺の肩に手を置いて間近で見つめてきた。
「ど、どうした……?」
「昨日の夜ベッドで休んでいるうちに、夢を見たのだ。私にできることが、何か増えた……『鍵を開けられた』という声が聞こえたような、気がしていた」
「そ、その夢、私も……プラチナも見てたのね、私だけかと思ってた」
「えっ……ふたりとも、それってレベルが上がったんですか? でも、それならギルドカードに表示されますよね」
「ううん、レベルは上がってなくて、ただ夢を見ただけで……」
リスティがこちらを見ている――なぜか、その頬は赤くなっている。
普通はレベルが上がると使える特技も増える。レベルが1上がるごとに一つ習得するとは限らず、二つ習得できたり、逆に特技が増えないこともある。
しかし、二人のレベルは上がっていない。それでも、確実に何か変化が起きたのだという。
(……二人の胸の前に、錠前が見えて……それが、光の粒になって、消えた。あの時に聞こえてきた声は……『封印解除I』ができるようになったこと。そして……)
俺が考えるような賢者と、実際に俺が転職した『賢者』は、似て非なるものなのかもしれない。これまでのことでも、十分にそう思う要素はあった。
『封印解除I』を使うことで、何かが起こる。プラチナが『できる』と感じていること――それはおそらく、新しい特技だ。
「……プラチナ、少しいいか」
「うむ。しかし『何かができる』と言ってみたものの、どうすれば……」
(これは……い、いや、それが正式な方法なのかもしれないが……いいのか……?)
『封印解除I』を行う方法は、いつの間にか理解できている。天から降ってくるようなその知識は、必ず正しいことを示す――特技の発動方法に関しては。
「「あっ……」」
「っ……マ、マイト……」
プラチナの手を取る――同時にリスティとナナセが声を上げる。
盾を握っていた手は熱くなっている。それを気にしているようだったが、プラチナは俺から目を逸らさない。
「プラチナが『できる』と思ったことを、これで使えるようになるはずだ。こんな曖昧な言い方じゃ、信用できないかもしれないけど……」
「……今さら疑うものか。私はそれほど恩知らずではないぞ?」
プラチナが微笑む。こんな突拍子もないことをして、何が起こるっていうのか。
「……マイトがするんだから、必要なこと……なのよね」
「だ、大丈夫です、ちょっとびっくりしただけなので。続けてください、どうぞ」
リスティとナナセが見守っている――あまり見られるとこちらが照れてくるので、覚悟を決める。
「っ……」
プラチナの手の甲にキスをする。盗賊でも賢者でもなく、女主人に
――『封印解除I』が発動 『プラチナ』の封印技『乙女の献身』が解放――
「……やはりそうか。マイトが私の、知らなかった力を引き出してくれたのだな」
プラチナが俺の手を両手で包むようにする。そして目を閉じ、祈る――すると。
「私はこんなこともできるのか……そうか。ここで教えてもらうことができて、良かった」
魔力を失って虚脱していた身体に、力が湧いてくる。プラチナが祈るほど、魔力が流れ込んでくる。
『パラディン』を名乗るプラチナだが、その正体は『ロイヤルオーダー』のはずだ。俺が知る限りでは、高貴な身分の主に仕えるための適性を持つ職業。
主人に魔力を捧げるような特技が存在していて、それをプラチナは使った。『封印解除I』を行うことで。
「ありがとう、魔力はもう十分だ……プラチナ?」
「む、むむ……か、加減を間違えた……」
「っ……だ、大丈夫か。俺はちょっとだけ分けてもらうだけで十分だからな」
――『封印解除I』の効果終了 『プラチナ』の封印技を再封印――
ふらついたプラチナの身体を支える。それだけ疲労してしまうほど、俺に魔力を分けてくれたということだ。
これほどの量の魔力を供与できる特技は、レベル3で習得できるようなものじゃない。封印解除を行って一度使用したら、すぐに再使用はできない――どれくらいの時間で再使用できるのかは検証が必要だ。二度と使えないことはないと思いたい。
「プラチナは、人に魔力を分けることができるのね……」
「その技を使うためには、マイトさんのキ、キキ、キ……キースが必要なんですね」
「キースって誰だ……キスと言うと俺も恥ずかしいけど、そういうものみたいだ」
「ということは……リスティも私と同じ夢を見ているのだから、マイトのキスで新しい技を使えるようになるのだな」
プラチナは悪気なく、嬉しそうにそう言うが――リスティは耳まで真っ赤になり、俺を見てくる。
「……わ、私は……確かに夢は見たけど、プラチナと違って、まだ何かが『できる』っていうのは感じてないから。そういうときは、お願いするかも……お、お願いというか……」
「あ、ああ……必要な時があったら、こちらからも頼む」
あまり意識してはいけないと思ってできるだけさっぱりとした態度を心がける――だが、逆にリスティはそれがお気に召さなかったのか、じっとりとした目で
「今の言い方はちょっとデリカシーがないですよ、マイトさん」
「そうだぞ、必要な時とは事務的な物言いではないか」
「っ……そ、それを気にしてるわけじゃ……こ、こほん。とにかく、マイトの鍵で魔法陣ができたんだから、行ってみましょう」
「そうですね、ちょっとお腹も空いてきましたし、その……」
ふるる、とナナセが身体を震わせる。冒険者が迷宮で苦労することといえば――確かに、あまり悠長にしてはいられない。
今度はリスティが先導して、四人で魔法陣に乗る――すると陣が光を放ち始め、視界が白く染めあげられていく。
遺跡に入るときとは違い、今度は無事に転移する。目が落ち着いてきてくると、そこが今までとはまるで異質な空間であると理解できた。
「この場所は……空中に、浮かんでいる。本当に地下深くなのか……?」
真っ暗な闇が広がる空間の中に、俺たちのいる足場が浮かんでいる。
明かりのようなものはないのに、薄暗い程度で視界には困らない。階段で別の場所につながっているので、俺たちは慎重に上がり始める――落ちることはないだろうが、下を見れば足が竦みかねない。
「わ、私、実は高所恐怖症なんですけど、知ってましたか……?」
「今知ったけど心配するな。俺が後ろにいる限り、絶対に落ちない」
「あっ、い、行けますから押しちゃだめですよ……っ」
リスティ、プラチナ、ナナセ、そして俺の順番で進んでいく――この位置なら誰かが落ちかけても即座に助けられると思ったからなのだが。
三人の衣装を後ろから、それも斜め下から目にするとどうなるのか。思わず声が出かけて、それからは目を閉じた――それでは元も子もないので再び目を開け、罪悪感と戦いながら目の前のナナセを見守り続ける。
「はぁ、やっと着いた……もう足ががくがくです」
「帰るときもこの階段を降りるのね……泣き言は言ってられないけど」
「緊張感があって、私は嫌いではないな。昔から吊り橋が好きということもある」
「……どうやってここまで入ってきたんだい?」
「ひぇっ……!!」
地霊らしき声が聞こえて、ナナセが悲鳴を上げる。
「ボクが間違えて呼んだ……そんなはずは……」
『らしき』というのは、確証がなかったからだ。さっきまでは頭に響いてくるような声だったのに、今は違う――『そこにいる誰か』が話している。
「……あなたが、地霊……?」
リスティも、俺たちも気づいた。少し歩いた先に、土の柱がある。
その柱に、子供のような姿をした何者かが縛り付けられている。首、腕、足、そして胴にも鎖を巻かれている――拘束されているのだ。
「……地霊とは、少し違う。けれど、否定することに意味はないか」
「一体、あんたは何者なんだ? こんなところで、なぜ縛られてる……?」
柱に近づき、問いかける。ぼろぼろの服を着た、十歳前後の子供――髪は伸び放題だが、不思議なほどにその身体は汚れておらず、ただの人間でも亜人でもないということだけは分かる。
「ボクはここに来るまでに、ほとんどのことを忘れてしまったんだ。分かるのは、自分がここから出られないということくらいさ」
縛られた子供は俺たち四人をそれぞれ見る。そして見せた笑顔は無邪気にも見えるが、底の知れないものがあった。
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