第十七話 祭壇の仕掛け

「この祭壇には、内部というか……そういうものがあったりしますか?」

「義父が言っていたのは、この祭壇の下は決して掘ってはいけないということでした。地霊様の怒りに触れてはならないと」


 つまり、地霊の本体と言っていいのか――そういったものが、この丘の内部にある可能性がある。


「俺たちが毎日ここに通って、祭礼を行うというのは難しい……これは賭けになりますが、この祭壇の表面にある鍵穴……それを解錠して内部に入り、地霊の本体に接触する。そうさせてもらってもいいですか」

「鍵穴……そんなものがあるんですか? 私も長く祭壇を見てきていますが、そんなものはどこにも……」

「祭壇の表面のレリーフに紛れて、隠されていたんです。この部分ですが……」

「……本当にある……これが鍵穴ですか? でも、どこも開きそうにないですよ」


 アリーさんとマリノは祭壇に近づこうとしないので、代わりにナナセが鍵穴の存在を確認してくれた。


「ここに合う鍵はアリーさんのお義父さん……この辺りの土地を開いた人物が持っていて然るべきです。ですが、俺はこの鍵に合うものを作ることができます」

「い、いえ。そんな鍵があるとは、聞いたことがありません」

「ということは、内緒にしているのか、初めから鍵が無かったか……いずれにせよ、俺たちは地霊が出してきた条件を飲むことはできない。リスティたち三人の代わりに踊れる人を連れてくるのも難しいのなら、なんとか直接交渉しないといけない」


 この辺りの土地を豊かにしてきただろう地霊。その祭壇を開くということ自体、アリーさんとマリノにはとても難しい判断だと分かっている。


「……今すぐに答えを出せというのは、難しいと分かっています」

「お願いします」

「十分に考える時間を……え?」

「今日、お三方に衣装を着ていただくだけでも、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。近隣の農家の人たちも祭礼に協力してくれていたのですが、その……あの恥ずかしい衣装を着続けるくらいなら、地霊様にはもっと別のことで喜んでいただけないかと、そう強く思ったんです」


 恥ずかしい衣装――確かに、水着と表現したのは俺の逃げであり、もはや紐に等しい何かである。それこそ歓楽都市の深夜劇場でやっているような、肌の露出が多すぎる代物だ。


「……こんな衣装を依頼だからって着てしまった私たちは、恥ずかしい人たちということなの?」

「リスティ、ものは考えようだ。こんな恥ずかしい衣装を着たからこそ、地霊の横暴に物申すという流れになったのだからな」

「ああっ、恥ずかしい恥ずかしいって連呼しないでください、ようやく慣れてきたところなんですからっ」


 プラチナの動じない姿が、今は素直にありがたい――彼女の衣装は要所が羊の毛で飾られていて、比較的紐に近くないということもあるのだが。


「では了承を頂けたということで、鍵を使わせてもらいます」

「お願いします。でも、鍵を作るなんてどうやって……」

「それは企業秘密です」


 言いながら、ポケットに手を入れたままで鍵を生成する――魔力の喪失感はやはりある。魔力の最大量を増やすためには、レベルを上げなくてはならないだろうか。


「……鍵っていうより、何か長い棒みたいね」

「いや、表面に文字のようなものが描いてあるし、非常に細かいが起伏がある。よほど特殊な鍵なのだろうな」

「これが賢者の魔法……私の知識の外にある世界なんですね……」


 ナナセが興味深そうに見ている――そして俺は五人が見守る中で、祭壇の鍵穴に鍵を差し込んだ。


 ――俺たちの足元、つまり丘全体が揺れる。


 祭壇の表面、模様のように見えていた部分に光の筋が走る。文字通り、祭壇が二つに割れる――そして割れた下には魔法陣が描かれており、地面から細い円柱がせり出してくる。


「びっくりした……こんな大掛かりな仕掛けがあるなんて」

「古代の遺跡には、こういった仕掛けがあるというが……実際に目にするのは初めてだな……」

「見てください。ここに手のひらみたいなマークが……ここに触れってことですか?」

「ああ、そうだな。俺はこういうのは見たことあるが、しかし……」


 ――遺跡の中に入るときはね、心が救われていなきゃ駄目なのよ。何というか、静かで、豊かで……。


 ――シェスカは留守番でいいの? それなら私とマイトで行ってくるけど。


 ――お預けなんていけずなことされたら、お姉さん欲求不満になっちゃうじゃない……ふふ、悪い子。


 微妙な思い出ではあるが、この魔法陣を起動させるとおそらくこの地下――遺跡の内部に入ることになるので、心構えが必要ということだ。


「みんな、行けるか? 俺一人で行ってきてもいいが」

「そんなつれないこと言わないでください、これが冒険者って感じがようやくしてきたのにっ」

「私も問題ないわ。ちゃんと剣は持っているしね」

「うむ、私も盾があれば役目を果たせるはずだ」

「よし、分かった……二人とも、これはおそらく転移の魔法陣です。俺たちが転移したあとは、辺りのものに触れないようにしてください」

「は、はい……すみません、腰が抜けてしまって……」

「お母さんったら……マイトさんたち、どうかお願いします。このお礼は必ずします……っ」


 アリ―さんとマリノに見送られ、俺たち四人は魔法陣の上に乗る。そして、俺が代表して、せり上がってきた柱の上面にある手形に触れた。


   ◆◇◆


 足元から光が溢れる――上下の感覚が一瞬無くなり、もう一度戻ってきたときには。


「きゃっ……!」

「くっ……!」

「ひゃぁぁっ!」


(うわっ……!)


 三人も、転移する瞬間に平衡感覚を失ったらしい――俺の上に倒れ込んでこられて、受け身も取れずに床に叩きつけられる。鍛えていなければ鞭打ちになりそうなところだ。


「転移ってのはこういう事故が付き物だからな……」

「ど、どこに喋ってるのっ……!」

「ふがっ……!」


 顔に上からまふっ、と柔らかいものが押し付けられる。リスティの声が聞こえたのは、俺の頭上の方からだった――この位置関係からすると、この柔らかいものは。


(――俺は賢者だ。賢者たるもの、こんな……こんなラッキーなんたるかに心を乱したりは……!)

 

「マ、マイト……ッ、身体を動かすな、腕が変なところに……っ」

「う、動かないでくださいね、絶対……こっちを向くのも厳禁で……目、目を閉じてくださいっ……!」


 とにかくこの状況から抜け出さなくてはならないので、三人に従う。目を閉じているうちに、俺に覆いかぶさっていた三人が離れていく。


 そして俺は、一つ重大なことを見落としていたことに気づく。致命的ではないが、ある意味致命的かもしれない。


「……三人とも、着替えてから来た方が良かったな」

「だ、だって……地霊のところに行くんだったら、この衣装の方が機嫌を損ねないかもしれないし……」

「寒い場所でなかったのは幸いだった。ここは、さっきまでいた場所の地下なのだろうか?」

「そうだと思います、コンパスはおかしくなっちゃってますけど」


 方位磁石コンパスなんてものを、祭礼の衣装でも持ち歩いているナナセ――と思ったが、彼女は小物を運ぶために、小さなポケットがいくつかついたベルトを付けていた。


「それにしても広いわね……古代の遺跡って、こんなにしっかり残ってるものなの?」

「あ、明かりをつけますね、光苔の抽出液で作ったライトポーションです」


 ナナセがポケットからポーションを取り出すと、薄暗かったあたりが仄かに明るくなる。


 こちらに背を向けて辺りを見回していたリスティの後ろ姿も照らされて――その時点で、俺はさっきまでまともに彼女の姿を見ていなかったという当たり前の事実を思い出させられる。


(……こんな衣装を着せられる祭礼は、終わりにしないといけないんだ。俺が賢者らしくあるために)


「……? どうした、マイト」

「あ、ああ……俺なら大丈夫だ。少し前を行かせてもらっていいか」

「マイトは賢者なのだから、後ろからついてくればいいのだぞ」

「いえ、マイトさんのことですから考えがあるはずです。先に行ってもらいましょう」


 ナナセのおかげで先行することを許された俺は、三人の背中を見続ける試練を受けずに済んだ。ここまで苦労させられたからには、必ず地霊のお目にかかりたいところだ。

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